第4話 人飼い領主
「さぁ今宵は宴だ! 我らが輝かしい未来に向かっての宴だ!」
煌びやかな大広間。輝くシャンデリア。夜において昼を超える光を放つ城。
その中心で、豪華な衣装に身を包んだ男がそう叫んだ。周囲にいる者達は全員この地における貴族たち。
皆隠し切れない喜びに打ち震えて、次々とテーブルに置かれたグラスを手に取る。
「さぁ! 我こそはと思わん者は声をあげよ!」
貴族たちはお互いに顔を見合わせる。領主の声に、誰が答えるべきかを彼らはそれぞれの心の中で決める。
そして注がれる彼らの視線。その先にいるのは、どの貴族よりも豪華なドレスを纏った妙齢の女。
女は少し遠慮がちに周囲を見回す。だがその顔は、当然自分だと言わんばかりに自身で溢れていて。
女は高々とグラスを掲げる。周囲の者達も皆、続くようにグラスを掲げる。
大きく息を吸って、女は満面の笑みで、こう叫んだ。
「領主様に乾杯を!」
「乾杯!」
声が上がった。そこにいる全ての者たちの声が一つに重なった。
貴族たちは皆、手に持ったグラスの中身を一気に喉に流し込んだ。領主である男もまた、飲み物を飲み干した。
「さぁ! 宴である! 皆存分に食べてくれ! 我が城腕利きの料理人たちが作った料理ぞ! ふはははは!」
手に持ったグラスを置いて、領主は両手を広げて高らかに宣言した。宴の開幕を。
貴族たちは椅子に座ることも忘れて、料理に手を延ばす。我先に、我先に、我先に。
肉を手で掴み、口に運ぶ。スープをスプーンを使わずそのまま直接皿から口に流し込んでいく。
「ふははははは! まだまだ料理はあるぞ! まだまだな! ふはははは!」
まるで動物のように、豪華な衣装をまとった動物のように、その城にいる者達は食料に貪りついた。
気がつけば、彼らの服はソースやスープで汚れていて。彼らの手も、彼らの口も、ドロドロになっていて。
人としての威厳はどこへいったのか。その地の領主が催した晩餐会は、ただの家畜への餌やり場となっていた。
「ふふふ……はははは! 滑稽かな! 実に滑稽かな! 我が領民よ家畜であれ! ふははははは!」
その男が支配する領土は男のための大きな大きな家畜小屋。人を育て、人を支配し、そして人を使う。彼以外の人間は、彼にとってはただの材料。
オーダーナンバー7、養人場の主、ウルスド・ラッディット。自らの目的のために人を飼う男。尊厳というものから最も遠い男。
――人は、何のために生きるのか。
その答えは誰にも分らないのだろうか。いやたぶん、いつかはわかる時がくる。それはたぶん、振り返る時。つまりは、死んだあと。
答えを求める。彼は常に答えを求める。10の頃、恋した女の子が腐りきった村の掟に貶められようとした時から、彼は答えを求め続けた。
その答え、彼は未だ得ていない。それを得る時は未だ来ていない。
「あー……くそ、気持ち悪くなってきた。なぁ、もっとでかい船なかったのかハルネリア」
「文句言わないで。これでも結構苦労したから」
「そーですかい……変なところケチるよな魔法機関……」
それは小さな船。風に逆らって、帆を張らずに進んでいくその船は、人四人が乗るには少し窮屈で。
パンをかじりながらエリンフィアが船の後方に目をやった。そこにあるのは水を吐き続ける光の環。この船は、魔法によって進んでいるのだ。
「便利なものだな……おい、ハルネリア。あとどれぐらいで着くんだ」
「もうすぐ」
「そうか、旅は道中こそが醍醐味というが、何とも飽きて来たな海ばかりで」
エリンフィアはパンを口に投げ込むと、立ち上がった。海風に揺られて、その束ねられた長い黒髪がなびく。
眼を閉じると、聞こえるのは渡り鳥の声。
「姐さん本当によかったんですか? オーダーナンバー7ですよ? 先生の、機関長の留守の時に10番内を狙うなんて」
そう小さく声を出したのは、青髪の魔法師、ラナ・レタリア。不安そうな顔を彼女はハルネリアに向けた。
「ハルネリア姐さん……」
「大丈夫。私一人なら無理だけど、今日は協力者がいる。しかも二人。いい加減、ウルスドは倒さないといけない。もう10年もオーダーに載ったままだ、し」
「ですが……!」
「最近では埋葬者狩りまでしてるらしい。現に18位のレーテルさんはあいつに殺された」
「知ってます。だからこそ……ああ……大丈夫かなぁ……」
頭を抱えて蹲るラナの姿に、どこか面白さを感じたのかハルネリアは小さく微笑んだ。
ハルネリアは胸元から一枚の紙を出すと、それを指で一度パチンと弾く。すると、文字が空に浮かび上がった。
「そろそろ着く。やつの領地に着いたら、まずは情報収集。皆いい?」
アルスガンドの長が右手を上げる。エリンフィアが頷く。ラナが渋々頭を下げる。
「あそこは西のファレナ王国と東のルッテ国とを結ぶ交易の場所。まず、目立たないで。私たちはあくまでも、交易のために立ち寄った者たち。私たちはアルスを長に、交易品を買いに来た商人。これを徹底すること。特にアルス」
「わかってるよ。仕事はちゃんとする」
「わかってくれればいい。あと、この島には大きな娼館があるけど、絶対行かないで。いい?」
「えっ!?」
「ぶふっ!」
ハルネリアの言葉に、大きな声で反応するアルスガンド。そしてその反応を見て吹き出すエリンフィア。
「何でだ娼婦ってのは情報が集まる最高のだな!」
「馬鹿? 娼館を利用するのは外部の人だけ。私たちが知りたいのは島の内部。だいたいいつもいつも情報収集は娼館って気持ち悪い。反省して」
「ええ!? そりゃないぞハルネリア! 他ってどこで情報集めればいいんだ!? っていうか内部のやつも使うだろうがなんだそれ!」
「あははははは!」
狼狽え、大きな声を出すアルスガンドの長。その姿があまりにも滑稽だったのだろうか。エリンフィアは大いに笑った。
「あ! エリンフィアお前なんか入れ知恵したな!? ハルネリアはもっと優しかったはずだぞ!」
「ははは……あー……馬鹿言うな。私は聞かれたから答えただけだ。お前の情報収集は大概女からだとな。くくく……」
「お前……娼婦と遊ぶのは別にいいって……!」
「私がよくてもハルネリアは駄目みたいだぞ? ふふふ、これはもう二度と行けないな。くくく……はははは!」
「ふふ」
「あ、くそ、ハルネリアまで笑いやがって。お前ら……あーくそ。わかった、わかったよ。諦めるよ……はぁ、じゃあな俺の理想郷……」
肩を落とすアルスガンドに、どこか勝ったような気がして、エリンフィアとハルネリアは晴れ晴れとした顔をしていた。
互いの眼を見て、二人は互いに微笑む。
「知らない間に仲良くなったなお前ら。エリンフィアお前何日か前はハルネリアを殺したいとかいってなかったっけ?」
「そうだったか? 忘れたな」
「全くお前は……で、ハルネリア。そこからはどうするんだ?」
「宿を取る。できれば、術式が解明できるまで近くに潜伏したい」
「交易商人なんだろ俺たち。滞在許可そんなに長くないだろ」
「うん、5日ほどだと思う」
「5日で術式解明しろって? なかなか難しいな。派手に動いていないんだろう相手」
「うん、これを見て」
ハルネリアは浮かんでいる文字を横に滑らした。そこに現れたのは、数字が書かれた一覧表。
「魔法機関が把握しているこの島の行方不明者と、犠牲者の数。ここ一年は3人しかいない。うち一人は、埋葬者」
「こりゃ骨が折れるぞ。魔術使ってるところにすら会えない可能性が高い」
「うん、アルスが言うように、たぶん普通にしてたら苦しいと思う。だから、普通にしない」
「何するつもりだ?」
「使い魔を出し続ける。この島一体に。うっとおしい程に。5日以内に排除に動けば私の勝ち」
「釣りか」
「うん、当然、並行して情報収集はする。術式が解明したら、城に乗り込む。それで終わり。何か質問は?」
静寂に包まれる船の上。ハルネリアは他の三人の顔を見回して、何も聞かれないのを確認した後、浮かんでいる文字を押し込んでオーダーの情報が書かれている紙を胸元に仕舞った。
「魔術協会を出てから、ウルスドは目立つような事件を起こしていない。でもナンバーは7。最初にファレナ王国内で仲間の魔術師ごとたくさんの人を殺した。決して、油断しないで。特にアルス」
「わかってるよ」
「ふふ」
「エリンフィア旦那が貶されて笑ってるんじゃないぞ」
「いや、こんな小娘に手玉に取られてるのが面白くてな。くくく」
「変なやつだな……へヘへ」
船は進む。水をかき分けて。高い高い日の下で。遠くに見えるは大きな島。
島の頂上、岩山の上、そこに立つ巨大な城。それは禍々しくも、美しく、黄金色に輝いていて。
いつの時代も、悪を狩るが魔法師の役目。それを暗殺者が手助けするようになったのは、偶然からか、必然か。
船の上では和やかに、四人は島へと向かっていった。




