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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第43話 救いを求める者達のために

 扉が割れる。十字に斬り裂かれて。割れた扉から覗くのは強く反り返ったの片刃の剣。そして軽装の鎧を纏った女。


 腕を、脚を、赤く染めたその女は、光の無い眼を向ける。彼女が眼を向けた先にいるのは、赤色の女王と偽物の王女。


 剣を強く振る。扉を斬り崩したことで付着した木くずがそれによって床に飛び散る。


「たしか、あなた騎士団の?」


 白き偽物の王女が剣を持つ女騎士に向かって声をかける。騎士はその剣を片手に持ち、一歩一歩踏みしめるように歩き、そして告げる。


「ファレナ王国騎士団、聖皇騎士首席ネーナ・キシリギ、ファレナ王女が命頂戴いたします。邪魔をしないならば、ヴェルーナ女王陛下に用はありません。邪魔をしないようお願いいたします」


 酷く事務的で、全くの感情が籠っていないその宣言。逆にそれが、ネーナの本気さを感じさせる。


 ヴェルーナ女王は横目でファレナを見る。その視線の先で、ゆっくりとファレナは眼を閉じる。


「ネーナさん。あなたは、何故ここに来たのですか?」


 ファレナの言葉は、ネーナの耳には届かなくて。それでもファレナは言葉を続けて。


「そんなにあなたはお母様の……アリア女王の命令を大切にしてるのですか?」


 ネーナは剣を鞘に納める。それは戦闘行為をやめるという意味ではなく、彼女の剣は鞘の中にあって、最大の殺傷力を持つ。


「例えそうだとしても、あなたはきっと誰よりも芯のある人です。さもなければ、ここに来れません。人をたくさん殺してでもここに来るということこそが、あなたの強さを伝えてくれます」


 一歩、二歩、あと数歩で、ネーナの間合いにファレナは入る。


「あなたと同じような人を私は知っています。きっと、このままあなたは躊躇することなく私を切り殺すでしょう。それは私には止められません」


 一歩、ネーナ足が進む。ネーナの身体が沈む。


「ですが、残念ながら私にはやることができました。だから殺されません。リーザさん、お願いします」


「お任せください!」


 ネーナの反応速度は、人のそれを超えていて、振り下ろされる剣に押された風よりも速く抜刀されたその剣は、そのまま半回転してネーナの背に迫っていた剣を受け止める。


「さすが首席、だけどここで、あなたを……!」


「リーザ……バートナー? どうして、ここに? 死んだはずでは」


「死んでまーせーん! っていうか橋の上であったよね!?」


 ギリギリと鍔迫り合いをして、リーザはネーナを押し込んでいった。一歩ずつネーナをファレナから離すように、リーザはネーナを押していく。


「姫様! 女王様! 早く外へ! ここは私が!」


「リーザさん……女王様、行きましょう。邪魔になります」


 逃亡を促すファレナ、解放された扉に向かおうと足を向けたファレナを、ヴェルーナ女王は手をかざすことで止めた。


「向こうではない」


「えっ」


「ついてこい。貴女に仕事をくれてやろうぞ。シルフィナがアレをどうにかしてる間に、こちらはこちらで止めねばならん物がある」


「は……はい、わかりました」


 女王はファレナを抱き込んで、微笑みながら自らの周りに宝石を撒いた。その数5。


 それぞれの宝石は光を放ち、その光は二人を覆う。


「盤上ならば詰み。だが駒次第。極地を超えれば、そこはさらなる極地に。さぁ、どうなるか、な」


 そして二人は消えた。その光に包まれて、その場から姿を消した。ネーナは少しだけ驚いた顔を見せたが、すぐに元通りの無表情に戻り、眼の前にいるリーザに向かって剣を構えた。


 ――さぁ、幕を下ろそう。


 様々な物語がこの世界にはあった。様々な英雄譚がこの世界にはあった。


 世界で最も古い英雄の書。その書の名をニュドリアスの剣。世界を支配せんとする魔王を倒し、そして自らが守った者たちによって、自らが愛した者たちによって生涯を終えた英雄は、最期にこう言ったという。


 ――それでいい。誰も何も間違ってない。


 その一行、それでその物語は終わる。その言葉こそが、英雄に絡みつく枷。


 人々は、求める。無条件に救いを求める。広げられる手は、何かを掴むために。弱き者は強き者にすがり、強き者はさらに強き者にすがる。それは永遠に続く人の枷。


 すがることは、生。故に、人々は助けを求めて叫んだ。人々は自らの境遇を嘆いた。人々は、英雄を求めた。


 巨大な青き魔物の足元に、黒き魔者は立つ。この国を包むその声を背に受けて。


「く、くくく……僕を排除できないから、連れて歩いたか」


 黒き魔者の右手に捕まれた男は、首を掴まれながらそう言った。聖皇騎士トリシュ。死なない彼を引きずって、漆黒のエリュシオンは青蒼のエリュシオンの前に立つ。


 ゆっくりゆっくり、細長い身体を揺らして歩いていた青蒼の魔物は、何故か漆黒の魔者が来るや否やその足を止めて。


「くくく、この魔物。名を青蒼のエリュシオン。魔術協会のやつらが最初に見つけた時これは、火山の中で足を動かしていたのさ。ジタバタジタバタ。かっこ悪く……くくく」


 トリシュが首を掴まれたまま、得意げに解説する。


「発見したやつらは馬鹿だった。これを我が国の研究所に転移させて、研究しようとしたのさ。結果は全滅。一人残らず死んだ。騎士団総出でやっとこさ火山に叩き込んだ時に皆思ったね。こんなもん、人が触れていいもんじゃないって。だが、な……」


 トリシュは笑う。魔物たちに挟まれて。


「実際、これほど人を殺せる兵器はない! だから僕たちは、持っていた。これをいつでもどこでも呼べるように、持っていた! まぁ返せないけどさ! なぁ、すごいだろう? これがあれば簡単に敵国が落ちる! これがあれば簡単に支配できる! ふふふ、ははははは! 僕たちの世界が簡単に手に入るんだぁぁぁ!」


 笑う。大声で笑う。黒き魔者は、高々と片手でトリシュを持ち上げた。


 そして雑に、それを投げつけた。


 投げ飛ばされたトリシュの身体は、まるで人形のように両腕を震わせながら青く巨大な魔物の足に向かって飛んでいく。凄まじい速度で、それは真っ直ぐとそれは飛んでいく。


 空でくの字に身体を曲げて飛ぶトリシュ。成すすべなく、それは青蒼のエリュシオンの脚へとぶつかる。


 触れればどんなものでも凍り、砕け、そして消える。トリシュもまた、同じように。少し前に砕け消え去った魔法師たちと同じように――砕け、そして消えていった。


 ジュナシア・アルスガンドは思う。目の前のこれを何とかできなければ、文字通り全てが終わると。人という種にとってこれは、天敵ともいえる存在。


 漆黒のエリュシオンと化した彼は背から巨大な剣を二本取り出す。青と赤。持ち手によって形を変える魔道具。壊れることのないその剣は、魔者が使える唯一の剣。


「ウオオオオオオオオオオオオオ!」


 ジュナシア・アルスガンドは叫んだ。低い低い魔者の声で叫んだ。巨人に向かって叫んだ。


「フウウウウウアアアアアアアア……!」


 巨人が答えた。甲高い声で叫び、答えた。


 震える空、震える空気。気がつけば、雲の一切は消え去っており。気がつけば、周囲の音も消え去っており。


 ここから全ては、一瞬のこと。世界を超えた二つのエリュシオンの魔物に、時間の概念など関係なく。外から何が起こっているかなど誰にも理解できず。


 跳んだ。黒き魔者は跳んだ。前へ。両手に大剣を握り。


 一瞬のちに上へ、巨人の柱のような足に斬りかかる。両手に持った大剣を揃えて振り下ろす。


 赤い布を風に揺らせて、黒き魔者は巨人の足を斬り裂いた。拍子抜けするほど簡単に、それは斬り裂かれ、そして切り口は伝播して一気に足全体へ伝わる。


 だがそれは、如何に見た目が派手とは言え、ただ少し傷ついただけのこと。真横に両断されたはずの足は一瞬のうちに元に戻り、巨人の姿勢は一切崩れることはない。


 青蒼のエリュシオンを創り上げた源は、大量の魂。死から最も遠いその源は、命を吸うという存在の元になった者の意思を反映し触れた者全てを奪い取る。


 落ちた。ニ本の大剣。氷の上にカランとそれは落ちて。


 それを握っていたはずの漆黒の両腕はなくなっていて、両腕だけ凍りなくなっていたのはある意味幸運だったか。


 すぐさまそれを再生させて漆黒のエリュシオンは力の限り右手で青蒼のエリュシオンの足を殴りつける。少しだけ足の一部はへこんだが、逆に黒い右手は粉々に砕け散った。


 それで理解する。これは、触れることはできない、と。ならばと、着地したジュナシア・アルスガンドは距離を取ろうと足に力を籠める。


「キ……ンンン……アアアア……!」


 甲高い声と同時に、壁が黒き魔者にぶつかった。その壁は、青き巨人の足。そう、漆黒の魔者は蹴り飛ばされたのだ。


 蹴り飛ばされる。即ち、全身に触れられる。


 空気の壁を突き破り、すさまじい衝撃波を発しながら吹き飛ぶ漆黒のエリュシオン。その身体は、両手両足胴体頭、判別できない程に粉々に砕け散った。


 そして叩き付けられる湖の畔の木。ぶつかり砕けた身体は、まるで霧のように。粉末状になって空に舞った。


 だがそれでも、死にはしない。世界を超えた魔者が死ぬときは、それ即ちそれが至った世界が完全消滅する時。身体が粉々になった時ではない。


 一瞬後に身体を構成し漆黒の魔者は氷上に戻る。青蒼の巨人の前に戻る。


 ふりだし。全ては元通り。変わったのは、巨人の足元に青と赤の大剣が落ちているということだけ。


「そのままそこで止まってろ! イザリア当てろ!」


 落ちた大剣に向かって、真っ直ぐ飛ぶ短剣。柄には輝く紙が巻き付けられていて。


 それがかちりと二本の大剣の間に突き刺さった時に、漆黒の魔者はあることに気づく。


 いつの間にか周囲に、少し離れた周囲に。紙の巻かれた短剣が無数に突き立てられていることを。その短剣が、円を描くように二人を囲んでいることを。


「巻き込まれるなよ! ハルネリアやれ!」


「セレニアさんたちもっと離れてなさい」


 短剣に巻かれた紙が、一斉に光を放つ。その光は空に浮かび。巨人の足元、二本の大剣を中心に巨大な円を描く。


「数えて111、天高く光の柱。下り地の先、天の底」


 ハルネリアの持つ書が輝く。それと繋がっているかのように、周囲の短剣から伸びる光は大きな大きな柱のようになって。


 何をしようとしてるのか、気がつくのは旧知の関係からか。ジュナシア・アルスガンドはその漆黒の足に力を込めた。


「中心は赤青の双剣! いけぇ!」


 そして、光の柱が降り注いだ。


 その柱は周囲に突き刺さった短剣目掛けて降り注ぐ。柱が触れた地面、即ち氷の床は溶け、砕ける。


 柱は円形に、次々と、次々と降り注ぐ。それは氷の島を作るように。巨人一人だけが存在する島を作るように。


 黒き魔者は跳び上がった。その島から脱出するように。その飛び上がった黒き魔者を青き魔物は眼で追った。


 最後に落ちる柱の位置は、巨人の足元。巨人のいる島を砕かんと落ちたそれは、他の全ての光の柱よりも大きく。


 当然のように、氷の島は砕け、そして巨人は湖へとその身体を沈めていった。


 だが、そのまま完全には沈まない。沈むはずがない。


 青き巨人が触れたところから凍っていくのだ。当然のように、巨人が一部を氷の下に、湖の水に沈めたとしても、その水は触れた瞬間に凍っていくのだ。


 つまり、結果的に――――


「やった。思った通り。いや思った以上……!」


 ハルネリアは本を畳んで、声を上げる。その声は、どこか嬉しさが籠っていて。


 結果として、巨人は身体の半分を湖に沈め、氷漬けとなった。巨人が氷から脱出しようとしてるのか、それともただの本能か。細い腕が左右に揺れている。


「ク、キキ……」


 甲高い声が口から洩れている。青蒼のエリュシオンは今、完全に身動きができなくなったのだ。


「やった、のか?」


「わからないわセレニアさん。そもそもが規格外だもの。イザリアさん、短剣残ってる?」


「工房でもらった分はすべて使いました」


「そう、それじゃ同じことはできないわね」


 立つ三人の下に、高く跳び上がっていた黒き魔者がようやく飛び降りてきた。どこから回収したのか、両手に青と赤の大剣を持って。


 その姿、近くにいるだけで魔力の放出に負けて意識を持って行かれそうになるその姿。ジュナシア・アルスガンドはその姿を人の姿へと戻す。とりあえずは、一息つくために。


 魔力の限界などとうに超えていたのか、ジュナシアの髪は真っ赤に戻っていた。


「よく立ち止まらせたな。褒めてやるぞ」


 セレニアが彼に向かって労いの言葉をかける。その声は、彼の耳には届いていなかった。


 彼は、眼を大きく見開いて、ただ驚いた顔で立っていた。彼の視線の先には、真っ黒な服を着た女。優し気ながら、狂気を眼を宿した美しい女。ただただ懐かしいその顔。


「お久しぶりです若様」


 その声も、ただただ懐かしく。


「……ちっ、固まるなよ。まだ終わってないんだぞ」


 苛ついたようなセレニアの声に、ハッと我に返ったジュナシアは、絞り出すように声を出して、その目の前にいる者に問いかけた。


「イザリア、か?」


「はい若様。ですが今はお話は置いておきましょう」


「どういうことだ……いや……今は……」


「さて」


 バサッと本を開いて、ハルネリアが身体を半分氷に埋めた巨人を見る。つられて、ジュナシアたちもそれを見上げる。


「積もる話もしたいでしょうけど、これ時間稼ぎにしかならないのよね。ねぇ、ジュナシアさん。前赤い魔物を吹き飛ばしたやつ、撃てる?」


「……あれは、理性が消える一歩手前まで行って撃った技だ。そうそうは再現できない」


「そう、あれじゃないとたぶん倒せないのよね。まぁ時間があるんだから、とりあえずあなたの魔力回復を待っていろいろ試してみましょう。もう一体の方を先に何とかしないといけないし」


「時間……か」


 ふと、ジュナシアは巨人から眼を離して、何気なく、何気なく右の方を見た。


 それは、彼の中にある何かが察したのだろう。何かが気づかせたのだろう。


 立っていた。片足の無い男が、立っていた。片足だけで、立っていた。


 ジュナシアの視線で気づいたのか、セレニアが、イザリアが、ハルネリアがその男に気付いた。


 そして皆一様に、戦慄した。


「……まずい。まずいぞ! トリシュを止めろ! あいつが持ってるのは!」


 ニヤリと笑って、トリシュは右手に持っていた物を投げた。それは、筒状の、道具。それは、削岩用の――


「何で騎士が持ってるの!?」


「くそっ……なんてしつこさだトリシュ……!」


 それは、火薬を詰めた筒。武器とするにはあまりにも不便で回りくどくて、使うのは炭鉱を掘る者たち程度の、単純な爆発物。


 ヴェルーナ女王国は鉱山国でもあるため、それを手に入れるのは容易だったのだろうが、それでも一本持ってくるというのは騎士にはあるまじき行為。


 火のついたそれは、すさまじい爆音を発して、氷の表面を軽々と吹き飛ばした。魔術で後押ししていたのか、それの破壊力は火薬だけの威力ではない。


 氷を壊す、即ち、氷が割れる、即ち――


「く、くくく……なぁんで止めちゃうんだ? 女神様はこれでお前たちを全部殺せっていったんだぞ! 馬鹿だなぁ凍らせちゃ駄目だろォ!?」


 氷を砕き、水を弾き、青蒼のエリュシオンはその身を前へと進ませる。氷を踏みつけ、踏みつけ、踏みつけ、盛り上がってくるその巨大な身体は、正しく絶望。


「もう……もう! 何なのよもう! どうしろっていうのよ!?」


 普段の冷静さを忘れないハルネリアからは想像もできない姿。つまりそれは、悪態をつくしかできないという今の状況を伝えていて。


 解放された青蒼のエリュシオンの姿に、その場にいる者達は何とも言えない顔をして。


 ――さぁ、幕をおろそう。この国の幕を。

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