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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第38話 前をみることもなく

「早く城へ! 落ち着いて! 押さないで!」


 城門は大きく開かれて、全身を汗で濡らした男たちが息を切らしながら人々と城へと招き入れている。


 ヴェルーナ女王国の市民たちは様々な表情を持ちながら、必死に城へと向かう。ある者は片手に荷物を持ち、ある者は片手に子を抱え、またある者は背に家族を背負い、走る。


 ヴェルーナ女王国は中央に巨大な湖を持つ国。広大な土地ではあるが、そのほとんどが湖のため人口としては数百万程度の国である。


 それでも全国民が城に入ることはできない。早く、早く城の中へ。女王の下へ。女王の庇護のもとへ。人々は押しかける。


 そしてついに、表門から続く城への長い道の先で、人々が詰まりだした。


「……おい、そろそろ」


「くそ……ここ頼む。俺は奥城門を閉じる」


「せめて毛布と簡易的な小屋でも外の者に……なぁ、奥城門の門番に運んでくるよう言っておいてくれないか。ここの門もそのうち閉じなければならないし」


「わかってる物資管理班にはすでに出すようには言ってある。作業班も手配するように言ってある。だが、数万だ。城の備蓄じゃ一日すら辛い。どれだけのことができるかは正直な」


「まさか花の女王国がなぁ……」


 二人いた門番のうちの一人が、人混みをかき分け城へと向かって走っていった。その後ろ姿を残された門番は見送る。


 そして、嘆く。遠く、城下町の入口の方、必死の形相で走る人々の顔をみて、彼はいたたまれなくなった。もしここに敵が来れば、真っ先に死ぬのは今門の外にいる者達だと、彼は知っているから。


 正しく、獄。恐怖の檻。そこに産まれただけで幸せになれると言われていたヴェルーナ女王国が、今は世界で最も不幸な国になりつつあって。


 誰よりも冷たい眼で、足を組んで、頬杖をついて、ただ冷たい眼で、女王は玉座に座していた。


「機関長は不在です。故に、わたくし埋葬者第一位、ラナ・レタリアが発令します。オーダー指令です。オーダーナンバー及び報酬設定は無し、魔に堕ちた騎士団、ファレナ王国騎士団の抹殺指令を下します」


 そこは、ヴェルーナ女王国にある巨大な聖堂。様々な道具を手にして、様々な形のローブを着て、魔法師たちは聖堂に集う。


 聖堂の中央に立つは正しく聖母の佇まい、輝く白き衣のラナ・レタリア。二つ名は『大魔法師』。光る黄金色の瞳を輝かせ、青き髪を風に揺らして、彼女は告げる。魔法師たちに告げる。


 ファレナ騎士団は人の敵になったと、そう告げる。


「埋葬者ハルネリア、状況を」


「はい」


 ラナは手をかざす。聖堂の一角に、光が集まる。


 その光を赤髪の魔法師であるハルネリアは手に取って、それを指の先において。


 自らの顔を照らしながらハルネリアは口を開いた。


「急遽呼ばれて帰って来た魔法師たち。並びに埋葬者たちに。私、埋葬者第6位、ハルネリア・シュッツレイが伝えます。現在、ヴェルーナ女王国へと侵入したファレナ騎士団の騎士並びに兵士の数は1万、東はロンゴアド国境沿いに2万。西はオルケーズ国境に2000。細かい人数は省きます」


 ハルネリアは指の先においた光を弾いた。すると、その光は聖堂の天井へと向かって一気に広がって、地図を形作る。


 地図には小さな光が右へ左へ動き回っている。


「騎士団の動きはかなり早いです。城下町から遠くの村々はすでにいくつか全滅させられてます。協力者であるロンゴアド国がランフィード王子殿下とボルクス兵団長が百程のオートマタを連れて西に向かいました。オルケーズ方面は東に比べるとかなり戦力的には劣りますので、この戦力で十分でしょう。問題は……」


 一息、小さく息を吐いて、ハルネリアは光の地図に手をかざす。ハルネリアの手の先には赤い点が無数に浮かび上がっていた。


「東部、赤点全て騎士団です。そして、青点が民です」


 静かだった聖堂が、更に静かに、物音どころか空気すらなくなったと錯覚するほどに。


 魔法師たちは、絶句した。


「青点、無いですね? 騎士団が進行している場所全て、騎士団以外の人は全て殺されています。エイジスが消されてほんの少しの間に、日が少し動く間にこれだけの惨事が起こりました。現状の説明は以上です。ラナ様」


「ありがとうハルネリア。皆、聞きましたね。今こうしてる間にも人々が殺されています。急ぎヴェルーナ各地にゲートを設置し、各個騎士団の者達を埋葬してください。指令書はハルネリアの説明を代わりとします。急ぎ参りましょう。市民の避難も忘れずに」


 魔法師たちは一斉に頭を下げる。魔法は人のために。魔法は人という種を守るために。魔法機関は人々を守るために。


 世界における守護者である魔法師たちは頭を上げ、一人、また一人と聖堂を後にした。


「ハルネリア、機関長とメリナ姫様が、貴女にエイジスの調整をしてほしいと言ってます。湖底へ急いでください」


「はいラナ様」


「お願いしますね……ああ、すみませんが一つ聞いておいても?」


「はい、何でしょう」


「地図で見ると現在東部、この村を敵は一切超えてません。それどころか次々と死んでいっています。何か手を打ちましたか?」


「ちょっと知り合いに足止めを」


「知り合い……ですか」


「ええ、知り合いです。では急ぎますので」


 そういうと、ハルネリアは忽然と姿を消した。これで聖堂に残っている者はラナ・レタリアただ一人。


「足止め、ね。結構これ、凄いことになってると思うんですけど。本当にわたくしの姉弟子は肝心なこと言ってくれないんですから。ええ、苦労しましたとも。苦労しました」


 ラナは姿を消し、聖堂の火も一気に消える。そして残されたのは、暗闇のみ。


 魔法は人の為に。その意志は、その意思は、その遺志は、とある魔法使いの最期の願い。世界最後の魔法使いが、世界で最初の魔法師に託した最期の願い。


 人は美しく、残酷で、そして、酷く脆い。


 理想郷が世界を侵すとしても、人は自らの力で立ち、歩き、そして支え合わねばならない。


 とある老人が、自らの孫娘に託した最期の言葉。魔法師の、ヴェルーナ・アポクリファの原点。


 玉座に佇む赤色女王は、静かに時を待っていた。

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