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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第32話 国境突破 前編

 剣は日の光を反射して輝く。兵士たちは一列に並びそれを掲げる。


 開かれた門より、ボルクスとベルクス。ロンゴアド兵団団長と副団長。屈強な肉体を揺らして、二人は馬から降りて並んで歩く。


 兵士たちの横を通り、二人は歩く。


 ベルクスはその立派な髭を擦りながら、背中のフックにひっかけられていた大剣を取り出す。


 ボルクスは笑みを浮かべながら、鞘に納まっている長剣を抜く。


 ベルクスの大剣が輝く。ボルクスの身体が輝く。


 彼らの先にいるのは、赤と青の双剣を握るジュナシア・アルスガンド。そして、ロンゴアド王国王子ランフィード・ゼイ・ロンゴアド。


 ランフィードは涼しげに剣を構えて、微笑んでいた。


 彼はロンゴアド王国に敵対した。敵対することを選んだ。


 王の意に背き、王が敵を自らの国に入れようとしている。それは紛れもなく反逆行為。


 だが彼は微笑んでいた。兵士たちもまた、誰一人狼狽える者はいなかった。


「若い、な」


 両手を組み、空に腰かけるヴェルーナ女王がそうつぶやいた。自分の意に背いてでも国を救うが為政者の務めならば、それを放棄したランフィードは間違いなく失格者。耐えられないことそれこそが若さ。


 言葉とは逆に、ヴェルーナ女王は感心したように、静かにうなずいていた。それは、その若さこそが何とも人間らしいという思いから。


「ランフィード王子殿下、いいんですか? 私は、もはや王女でもなんでもありません。あなたに対しては何も返せませんよ?」


「今更ではないですか。ははは」


 ファレナの心配そうな顔をみて、何故かランフィードは笑ってしまった。全てを否定され捨てられた者がそれでも人を心配しているということに、ランフィードは微笑ましさと強さを感じていた。


 この人を殺そうとするなど決して許してはいけないと、彼は思う。そして彼の友人であるジュナシアもまた、同じように思う。


「どうぞ、お好きなようにお使いください。私はこれよりファレナ王女様の、いえ、ファレナ様の剣です。さぁ、誰を斬りましょう。何を斬り開きましょう。命令してください」


「あ、いや、それはさすがに……ねぇリーザさん」


「い、今私に聞かないでくださいよ……!」


 目が泳ぐファレナを、ジュナシアはじっと見続けている。彼は何も言わない。だが、彼は何も言わずとも人を動かせる。彼のその姿が、その佇まいが、その全身に纏う空気が、人を動かす。


 ファレナは彼を見て、少し止まった後、何かを決意したかのように大きくうなずいた。


「じゃあ……やっちゃってください。目の前の兵士さんたちを。私、ヴェルーナ女王国に行きたいんです」


「ヴェルーナまで連れて行けと言うのですね」


「はい王子殿下。でも、約束してください。ジュナシアさんも、約束してください。決してロンゴアド兵団の方は殺さないでください。決して、一人でも殺したら私は怒ります」


「わかりました。ありがとうございます。だそうだジュナシア、いいかい?」


「簡単なことだ。問題はない」


 真剣な眼をして、ファレナは彼らの背を見る。三人が並ぶその姿は、正しく騎士が姫を守る姿であり、周囲の兵士たちも、ボルクスもベルクスも、彼ら三人に少しだけ見惚れていた。


「リーザさん、すみませんまた守ってくれませんか。私、怪我したくないんです」


「勿論ですファレナ様。誰にも指一本触れさせません」


「ありがとうございます。あと……女王陛下はどうしますか?」


「ふむ、まぁ盛り上がっとるようじゃし、二人でやらせてみる、か。門が閉まったら呼べ娘」


「は、はい……では」


 息を大きく吸って、吐いて、ファレナは前を向いて。


「行きましょう。先へ」


 一声。


 一言だけ。


 それだけで二人は走り出した。それにつられて、兵士たちも一斉に武器を構えて前へと出た。


 本気でやりあうわけがないと、どこかでそう思っていた者も兵士の中にはいたかもしれない。


「ファレナ王女とランフィード王子をしとめよ! 許せば国が滅ぶぞ!」


 ベルクスの声が響き渡るまでは。


 彼は大剣を構え、大きな声でそう告げた。その声に、兵士たちの思考は一瞬で切り替わり、武器を持つ手に力が入る。


 ロンゴアド王国はすでに傀儡。それは紛れもない事実。傀儡が、主に逆らうことなどできない。


 逆らってはいけない。逆らえば、光の鉄槌は必ず頭上へと降り注ぐ。


 数百人の兵士たちは足を速めた。一斉に、一気に。最初に兵士が剣を振り下ろした先にいたのは、ジュナシア・アルスガンド。


 一対一でかなう、かなわない。関係などはない。これは軍勢。軍勢による攻撃。


 ジュナシアに向かって剣を振り下ろした兵士は、いともたやすくそれを躱されて、流れるように赤い剣の柄で首を打たれる。それだけで兵士の一人は意識を遠くへと追いやられてしまう。


 一切止まることはない。それはただのきっかけ。兵士たちは次々にジュナシアに襲い掛かる。


 そして次々に屠られていく。赤と青の双剣で、ある者は剣を砕かれ、ある者は剣の腹で兜を叩き潰され。


 ジュナシアの動きはまさに清流のように。兵の剣を難なく躱し、右に左に、兵たちをかき分けて、ほぼ密着しているその状態から剣の柄や腹を使って兵士たちの意識を奪っていく。


 傍から見れば、スルスルと人混みを抜けていくジュナシアの周りの兵士たちは独りでに倒れていくように見えただろう。


 その動き、その技術。誰もそれに追いつくことはない。


 兵士たちはお互いの顔を見て、頷いた。そしてジュナシアの周りを円を描くように並び、味方が倒れていくのも構わず陣形を整え彼を囲む。


 ジュナシアは周りをぐるりと見回した。見回した先の兵士たちは皆、長槍を構えてそれをジュナシアに向ける。


 身長の三倍はあろうかという長槍。距離を取ることで、反撃の可能性を限りなく抑える長槍。


 留まることなく兵士たちは槍を構え進んだ。ジュナシアを囲む円が一気に小さくなる。


 前後左右、逃げれる場所はない。


 無いわけがない。


 ジュナシアは、迫りくる槍の穂先を眼で追いながら、身体を斜めにするりと滑り込ませた。


 不思議なことに大量の長槍はジュナシアの身体の位置わざと避けるような軌道を取る。アルスガンドの血に備わる、おびただしい数の戦いの記憶は、その末裔である彼に先読みの眼を与える。未来視の眼を与える。


 故に、全てが視えている彼にとっては、近接戦に身を置いた方が安全ですらあるのだ。


 ジュナシアの振る剣。その一振りごとに兵士たちはうめき声をあげる暇もなく倒れていく。次々と彼に襲い掛かっては、次々と倒れていく。いつの間にか彼を囲んでいた兵士たちの陣形は崩れていた。


 卑怯さすら感じる彼の強さ。しかしながらロンゴアドの兵士たちは怯むことはない。


 兵士たちは必死な形相で彼に襲い掛かる。あまりのレベルの違いに、兵士たちは本当に殺してもいいのかという躊躇いはどこかへと消え去り、必死に、全力で、ジュナシアを殺そうと武器を振っていた。


 その姿、その迫りくる男たちの顔、その男たちの意思。


「悪くない」


 いつの間にかジュナシアは口の中でそうつぶやいていた。


 一方遅れることランフィード。彼もまた、兵に剣が届く距離に到達していた。


 彼の剣はまるで型を訓練する者のように、美しい剣の動きで、次々と兵士たちの剣を裁き無力化していく。


 そして彼は、空を蹴り上がり、空を舞い、兵士たちの頭上を越え剣を大上段に構えて飛び込んだ。


 飛び込む先には、身長程もある長剣を握る義腕の男。ロンゴアド兵団団長、ボルクス・マクタレン。


 大きな音が鳴り響いた。ボルクスの長剣に、ランフィードの剣が叩き付けられた音。甲高く、そして重い音。


「ボルクス、前に言った通りだ。わかってるね?」


「はい王子殿下。ですが……うまくできるかは知りませんぜ。何たって義手ですからな俺の利き腕は」


「いい、その時はその時だと思っている。では、行くぞ」


「いいご覚悟で」


 二人はギリギリと鍔迫り合いをしながら、ゆっくりと前へ後ろへと動いていた。


 ガキンと大きく二人はお互いの剣を払って。少し間合いを開ける。そして振る。二人は剣を振る。凄まじい速さで剣を振る。


 二人の間に火花が散る。


 連続で、高速で、ランフィードとボルクスは剣をぶつけ合った。それはだんだんと加速していき、ついには振っている剣の姿が消えてなくなった。兵士たちの眼には映らなくなった。


「ふぅむ、そういうこと、か」


 リーザが迫る兵士を一人ずつ気絶させているその後ろで、ヴェルーナ女王はそうつぶやいた。隣でそれを聴いていたファレナはその意味を理解することはできずに、不思議そうな顔を女王へ向ける。


 女王はやれやれといった顔で空中に寝転がった。片手で頭を支えて、優雅に女王は戦況を見物する。


「リーザとやら。あの筋肉の塊をねじふせてこい。あやつゆっくりこっちへ来とる、ぞ。暑苦しくてかなわぬ」


「ええ!? でもファレナ様の護衛を!」


「任せよ。とっとと参れ」


「えぇ……わかりましたよ。もう、って筋肉の塊ってベルクス副団長じゃん……私なんか扱い……はぁ」


 リーザは倒れても尚起き上がろうとしてる兵士を踵で踏みつけ気を飛ばし、溜息をつきながらベルクスの方へと歩き出す。


 女王はそれを見送ると、ゆっくりと眼を閉じて面倒そうにごろりと空中で寝がえりをうった。


「ふぅ……全く、世界で最も強い軍勢、か。小細工を……落ちたものよの……」


 女王はそのまま、空の雲が流れるのを見ていた。

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