第6話 魔法機関
賑やかな街並みに、思わず圧倒される。ここにいる人たちは皆目的を持ち、行き先があり、帰るところがある。
当然、彼らも行き先がある。その人混みをすり抜ける三人の黒い服を着た者たち、二人はただただ進み、一人は周囲をきょろきょろと忙しなく見ている。
所々で前を行く二人は足を止める。それに気づいて、遅れていた一人が駆け寄る。
何度かそれを繰り返して、彼らはある場所へと着く。そこは古城、嘗て領主が住んでいた場所。
門は崩れ、もはや敵を防ぐ役割を果たすことは無い。古城へと入るとまずは酒場、嘗てダンスホールだった場所には屈強な男たちが思い思いに酒を飲み、食事をし、掲示板に群がる。
そこは、冒険者ギルド。路銀が必要な冒険者たちが様々な仕事を紹介してもらう場所。警備、探し物、賊退治、そこでは各々が自分の力量にあった仕事を選び、町民や村民たちの助けになる場所。
掲示板に様々な仕事が張られているが、彼らはそれを見ることなく奥へと進む。
先頭を行くセレニアが受付に木札をみせる。受け付けはそれに眼をやると、無言で奥に続く扉の鍵を渡した。
広場から奥へ、扉を開き、ボロボロの通路を通り進む。冒険者たちが集まって活気のあった広場とは違って、そこは薄暗く、廃れていた。
すれ違う人は皆頭からローブを被り、一人として顔を見せる者はいなかった。彼らを除いて。
通路を歩き、扉を二つ潜って、彼らは奥へと着く。
そこは、本、図書館。右、左、上、全て本。木の机に積み重なるのも本。
パタンと音が響く、本の陰から人が出てくる。その者は地面まで届くほどの赤い長髪、宝石でできた大量の装飾が輝き、紫色のドレスを着た女性。
「あらあら珍しい! まさか本人たちが来るなんて!」
その女性はただただ笑っていた。笑いながら手を広げ、何もないところから何かを入れた袋を出して彼らに投げる。
「はい報酬。全然取りに来ないんだもの」
セレニアはその袋を開けることなく、隣にいた彼に、ジュナシア・アルスガンドに手渡す。
彼は受け取って、その中身を確認した後、腰にさげた物入れへと納める。中身は金貨が十枚、これだけで数か月は苦労しない金額。金貨を三枚セレニアに返し、さらに三枚、本を読みたそうにうずうずしているファレナに手渡した。
「あ、ありがとうございます! で、これなんです?」
少し彼は驚いたような顔をしたが、すぐにやさしい顔になると、仕舞っておけとファレナの物入れを指さして手でジェスチャーを送った。それに気づいたのか、彼女は金貨を仕舞う。
「それで、わざわざ暗殺者三人揃って、この魔法機関に何か御用? まさか私の首を?」
「そうだな。手っ取り早く金が貰えるな」
そう告げる、セレニアの表情に一つの感情も無く、それを告げられた紫色のドレスを着た女性は顔を俯かせる。そして大きく息を吐きだして、顔を上げた。
「私、魔法機関が埋葬者、ハルネリア・シュッツレイがお相手しましょう」
そういうと、その女性、ハルネリアは腕を広げる。彼女の身に着けていた宝石が光り、周囲の本棚が震える。そして本が飛び出す。
何もない空間に、本が浮き、字が空へと映し出される。セレニアは彼を見て、彼はセレニアを見て、少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「全くお前は……変わらないな。冗談だハルネリア」
セレニアがそう告げると、ハルネリアは眼を瞑り、腕を下した。腕の動きと同時に浮かび上がった大量の本は閉じられ、一気に本棚へと帰っていく。
「あらあら、それは残念。アルスガンドの暗殺者、おもしろい相手になると思ったのに。それで、お金がいるの?」
「ああ、実はこいつがアルスガンドの頭首になってな。それで一つ祭りをすることになったんだが、どうにも金が無いんだ。オーダーリストをみせてもらえるか?」
「あらそれはおめでとうございます。ではリストを……ナンバーはどうする?」
「30からにしてくれ。今回は広めに見たい」
「わかったわ。それじゃ」
セレニアはアルスガンドの村が全滅したということを隠した。本当は、隠す必要はないのだが、彼女は揺さぶったのだ。
魔法機関の関与があれば、反応は違う。セレニアは彼を見て、彼は一つ頷いて安心した顔を見せた。ファレナは違和感を感じていたが、黙っていた。
ハルネリアが人差し指を勢いよく曲げる。本が一冊飛び出し、彼女の前で独りでに広げられた。それはバサバサと音を立てあるページを開いた。空に浮かび上がる赤い文字の列、セレニアはそれを撫でるように指で触ると、その文字の列は指の動きに合わせて縦に縦にと動いていった。
「ほとんど始末済みじゃないか。機関が仕事をしたのか?」
「いえ、機関長からオーダーが発表されないだけよ。本当に大人しくなったのよ魔術協会」
「何かあったのか。まぁ心当たりはあるがな……おっと、おい、これはどうだ?」
セレニアがリストの一つで指を止める。彼はそれを読み、目をそらすと、首を横に振った。
「駄目か? それじゃ……こっちはどうだ?」
また、彼はそれを見て、首を横に振る。さすがに二回連続となったら、セレニアも少しむっとした顔になった。
「だったらお前が選べ」
むくれた顔で、セレニアは腕を組む。彼は、それを見て、リストを指で捜査した。一つ二つ、リストの行を上げる。
そしてある一点で止める。それを指でトントンと叩くと、その字は拡大し、そのリストの詳細を表示させた。
「随分上位選ぶのね。14? 金貨500枚……さすがアルスガンドの次期頭首、自信満々ね」
「おい待て。また魔剣士か。何度目だ?」
「六度目」
「ちっ……まぁ確かに、戦闘力に秀でてる分、やりやすいが……だが暗殺するなら私の選んだやつだろう。報酬は低いが確実だ」
「今回は三人だ」
「連れてくのか?」
「ああ」
「……止めはしないが。薦めはせんぞ」
彼はハルネリアを見て、これでいいと、彼女に告げる。ハルネリアは本を閉じ、一枚の紙を出して彼に渡した。
紙には何も書かれていない。その紙を畳み、物入れへと押し込む。そして彼は、背を向けその部屋を後にしようとした。セレニアはそれに着いていき、ファレナは慌てて手に取った本を置くと一礼して彼らについていった。
ハルネリアは笑顔で手を振る。また本が彼女を覆い、そしてその部屋の扉は彼らが出て行ったあと、静かに閉まった。
「あの……あそこ何なんです?」
ファレナがセレニアに問いかける。セレニアは面倒そうに、静かにそれに応えだした。
「魔法機関。魔術協会を監視する機関だ。魔術師は時に馬鹿な術を開発する。それを消すのがあの機関だ。ちなみに全国の冒険者ギルドの運営もしている」
「へ、へぇ……」
「まぁ敵には回さないことだ。しかしついてたな。誰かオーダーを始末していたのか。これで今夜の宿の心配はないぞ。なぁ通りで何か食べていくか?」
金貨を手の上で弄びながら、セレニアは少しうれしそうな顔を見せる。それを見て、ファレナは不思議そうな顔をした。
「あの、これでお食事がとれるんです?」
「通貨だろう。知らないのか?」
「は、はい、私持ったことありませんから……あのいただきましたけど……私使い方が……」
「なら次はお前がはらってみろ。方法は私が教えてやる」
「はいありがとうございます!」
彼女たちの会話に、彼は微笑ましく思いながら、貰った白紙の紙を眺めた。
排除対象の者たちはオーダーという形でリストに乗る、ランクが高いほどそれは凶悪性が高いということ。決して殺害が困難だからランクが高いというわけではない。
彼が選んだランクは14。選んだ理由はただの一つ。
この顔を、城で見たから。
オーダーは魔術協会から離れた者の証。だがこれは城にいた。その理由が知りたくて、彼はこれを選んだのだ。
隠れ家は城ではないが、この顔は見覚えがある。彼は彼にしか中身をみることができない白紙の紙を仕舞うと、そのまま歩いて古城から出るのだった。