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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第25話 鮮血の屋敷 前編

 少女が何かを抱えて前を見ている。


 チリチリと何かが燃える音がする。


 薄暗い地下室の中で、少女はその手に抱えた何かをゆっくりと前につきだして、ただ無言で目の前にいる男にそれを見せつける。


 揺れる蝋燭の火。照らされる周囲。


 彼女が持っている何かは、その灯りに照らされてその姿を現す。それは頭、人の頭。


 突き出されたその頭を眼の前に押し付けられて、少女の目の前にいる者は苦悶の表情を見せた。彼の両手両足は光る紐で縛り付けられ、彼は一切の身動きをできずに座らされていた。


 少女は一歩前へと進む。蝋燭の灯りに照らされたその顔は、無邪気にただ笑っている。


 そして少女は笑顔のまま、手に持っていた人の頭をその座らされている男へと投げつけた。ドンと胸にあたって、それは男のひざ元へと転がり落ちた。


「親父さんの頭を投げちゃ駄目だろ?」


 男は疲れた顔をして、少女にそう声を掛けた。髭は伸び、自由も奪われ、それでも眼に力を残す男は、魔法機関埋葬者第9位、ショーンド・アルドレイ。蝋燭の灯りに照らされる彼の身体は、所々がえぐれ、血を吹き出していた。


 少女は笑顔のまま、ショーンドに近づいた。少女の歳は10にも満たないが、その表情にはすでに妖艶さが備わっている。無邪気に、そして艶やかに、少女は微笑みを浮かべる。


 そして少女は徐にショーンドの肩にかみついた。歯を食いしばって彼は耐える。


 二度、三度、歯をゴリゴリと揺らして、少女はショーンドの肩を食いちぎった。骨の手前まで肉を食いちぎられて、彼の肩口からは鮮血が噴き出す。


 口元を抑えながらそれを咀嚼して飲み込む少女。彼女の口から血が流れ落ちる。


 自らの口から流れた血を舌で掬いとり口に戻す。そして一言、彼女はショーンドに告げた。


「生きたまま食い殺してあげる。また明日ね魔法師のお兄さん」


 そして少女はそこから立ち去って行った。少女が立ち去ると同時に、ショーンドが捕らわれていた部屋の灯りが消えた。


 真っ暗闇の中で一人、彼は溜息をつき、首を強引に肩の傷が見える位置まで回すと、舌で肩口に触れる。そして何か文字を書くように舌を動かすと、肩に流れる血は止まった。


 首を左右に二度鳴らし、窓すらない暗闇の中でショーンドは一人、呟く。床に転がる人の頭に向かって。


「なぁ、もうちょっと教育考えた方がよかったんじゃね?」


 そして彼は眼を瞑った。無駄な体力を使わないためか、彼はすぐに寝息を上げる。彼の身体はすでに全身ありとあらゆるところに歯型がつき、その流れた血の跡が黒くなっていた。


 鮮血の屋敷に少女は一人で微笑んでいる。その顔は、その声は、もはや人の域にとどまらず。魔道に堕ちた幼き少女は終わることのない血の宴を催している。


 行く先全て赤色、行く先全て血の色。少女は、エリー・アルカーは一人その血肉の中で宴を催す。主賓は自分、主催も自分。ただ一人、赤き屋敷の中で少女は肉を喰らい続ける。


 誰かが、止めるまで永遠に。


 その鮮血の屋敷の中に、扉が開く音が鳴り響いた。錆びた蝶番はキキキと甲高い音を鳴らす。


「結界ありませんね」


「結界どころか防衛のための術式すらないわ。でもマディーネ気をつけなさい。この感触、誰か見てる」


 扉から入って来た二人の女性は、壁に手をあててそこに流れる魔力を調べる。赤き髪を持つハルネリアは手元に本を出し、それをパラパラと捲りながら周囲を見回している。


 屋敷の入口は大きなホールになっていて。中央には階段。階段の下はいくつかの部屋へ続く扉。


 とても綺麗なその玄関ホールは、二人に逆に奇妙な違和感を感じさせた。風景と、漂うその空気、そして匂い。これらが全て異なっているから。


 匂い、臭い、錆びた鉄の臭い。そして腐乱臭。鼻を刺すその強い臭いの中でも尚、魔法師の二人は平然とした顔で探索を始める。


「続く道、架かる橋、歪みの中に誰ぞいる」


 ハルネリアがそう呟くと、本からいくつかの光の線が伸びた。それらは無数に分裂し、床を伝って屋敷の階段の上に、扉の下にと走って行った。


 眼を瞑り、暫く後にハルネリアは本をパタンと閉じる。床に走っていた光は本が閉じられると同時に消え去った。


「上の階に死体があるわ。一つ、男ね」


「ショーンドさんですか?」


「縁起でもないこと言わないの。彼よりはもっと年上よ。あの感じ……かなり鍛えてるわね」


「オーダーの男の方ですかね」


「たぶんね。魔力で肉体強化を行った名残があるし。上には他に誰もいないみたい。マディーネ上行ってみましょう」


「はい」


 二人は並んで玄関ホールの階段を上がる。壁には誰かの肖像画が飾られているが、二人にとってそれは興味を引くものではなく。


 階段を上がるとそこには扉が二つあった。迷うことなくハルネリアは右の扉を開けて部屋に入る。


 そして見る。薄暗い部屋の中を見る。窓には暗幕が掛けられており、その部屋は完全な暗闇だった。


 ハルネリアは眼でマディーネに合図をする。マディーネはそれに応えてローブの袖から二枚紙を取り出した。


 紙を手を触れずに棒のように折り込ませて、適当にマディーネはそれを投げる。棒状の紙は空中に浮かび、青白い光を放つ。


 空に浮かぶ青い光は部屋の左右隅へと飛んでいき、そこでさらに強く光を放った。青白い光に照らされて、暗闇に包まれていた部屋は一気にその姿を現す。


「……はぁ」


 思わずため息をついたのはハルネリア。さすがの彼女も、一瞬口元に手を持って行きそうになる。


 姿を現したその部屋の様子は、家畜の屠殺場のようで。転がるのは肢体。人の手と、身体と、足と。


 それらが無造作に壁に積まれている。肉を削ぎ落されたのか、ほぼ骨と、それに付く筋だけの残った肢体は、強烈な臭いを発して部屋に存在していた。


 身体からえぐり出されたのか、内臓のが机に積み重なっている。その独特の形状から辛うじてそれが腸であることが分かる。


 反対側をみると、今度は頭。無数の頭。もはや男か女かなど判断できないほど傷んだ頭。それらがただただ転がっている。部屋の片隅を埋め尽くすように。


「死体、確か一つでしたっけ師匠」


「こんなの死体って言わないわよ」


 数を数えるのも億劫になるほどの犠牲者の数。きっとここにぶちまけられた人の身体の持ち主は、全て食料として屋敷の主たちに処理されたのだろう。


 ハルネリアは部屋に入り、本を広げた。彼女は靴の裏に何ともいえない感触を覚えたが、それでも気にすることなく本を捲っていった。


「……あった、これね。男の死体。私の式に反応したやつ。マディーネ、灯りを寄せて」


「はい」


 マディーネが手をスッと横へ滑らせると、ハルネリアの方へと光を放つ紙の棒が飛んでいった。ハルネリアはそれを手で掴むと、眼の前に倒れている死体の方へと寄せた。


 小さく彼女は何かを呟き、そして死体に手を触れる。


「……なるほど。これ、ショーンドさんがやったのね。彼の式が残ってる。となると間違いないか、これが屋敷の主」


 ハルネリアは立ち上がり、本の一ページを破って倒れている死体の上に置く。本のページは光を放ち、そして火を出さずに燃えた。


 チリチリと、死体と共に、それは燃えて広がっていく。火を出さすに燃え広がっていく。焼ける音、匂い、熱、全てがあるが、火だけが無く。それは次々に広がってついには周囲に転がる人の部品にまで飛び火して。


 ハルネリアは本を閉じると火を出さすに燃える部屋を後にした。後ろで手に扉を閉めて、部屋の外で彼女は深呼吸をする。肺にたまった臭いを吐き出すように。


「死体は焼くに限るわ。置いといたら利用されかねないし。でもあの人の村は、封印の術式かけて埋めちゃうのよねぇ。文化の違いねぇ」


 この惨劇を目の当たりにしても、ハルネリアはいつも通りの口ぶりを維持できる。それは彼女が慣れきっているから。人の死に慣れきっているから。


「師匠、結局ショーンドさんはどこですかね」


「オーダーは完了してるし帰ったのかしら……ああ、そうだ忘れてたわ。確か夫婦の魔術師だから、妻の方もいるはず」


「逃がしたんですかね。それでショーンドさん追って」


「あり得るわ。彼いつもどっか抜けてるもの。となると見つけるのは結構大変ね。彼の力欲しかったけど諦めるしかないかな……」


 考え込むようにハルネリアは両腕を組んで壁に寄りかかった。マディーネは手持ち無沙汰になったのか。その長い銀髪を指に絡ませてふと下を向いた。


 そして眼が合った。全身を真っ赤に染める少女と。


「はっいつの間……あっ」


 少女は微笑んでいた。妖艶に。マディーネに気付かれた瞬間に、少女とは思えないほどの速さと力強さで彼女はマディーネの腕を掴んだ。


 ギリギリと腕を掴まれて、マディーネは力任せに引きずられる。隣の部屋に向かって、引きずられていく。


「誰です!? この力! し、師匠!」


「くっ……!」


 ハルネリアは手を伸ばす。マディーネの手を取るために。


 少女は笑う。それをみて、更に強く、笑う。


 ハルネリアは手を取る。マディーネの手を。


 少女は愉悦に顔を歪める。勝利を確信する。


「助けを呼んでくれてありがと。お姉ちゃん」


「えっ……まずい! 師匠手を離して!」


「何言ってるの! 早くその娘を振りほどきなさい! その娘普通じゃない!」


「師匠!」


 紐とは、緊縛するための物であり、何かを縛り付ける者でもあり。


 マディーネの身体を這うように光の紐は走り、そしてそれは繋がれたマディーネの手から、ハルネリアの手に伝わり。


 しまったと思った時にはすでに手遅れで。その光の紐はあっという間に二人の両手と両足を結び付けた。肉を貫通するかのように、光の紐は執拗に巻き付いていった。


「がっ、しまった両手が……マディーネ攻撃を……」


「駄目です師匠。紙に魔力が伝わらない……!」


「無理だよお姉ちゃんたち」


 床に倒れこんだ二人を見下ろすように、少女は立つ。ぽつぽつと言葉を繋げて、事実を告げながら。


「捕まえたら、力を封印できる。パパとママが言ってた」


「ぐ、ぐぐ……駄目です、師匠魔力が身体から放出できない……! 師匠この娘、何で、どこから出てきたんですか……」


「まさか子供がいたなんて……しかもこの気配の消し方……あーもう……可能性を考えればよかった」


 紐に繋がれた両手は、両足は、指の一つも動かすことはできない。ハルネリアは眼を瞑って、自分の失敗を受けいれるしかなかった。


 少女はありえない程の力で、ハルネリアたちのローブの裾を掴んで引っ張った。引きずられて、二人は階段をガンガンと身体をぶつけながら降りていく。


 痛みに耐えながら、ハルネリアは天井を見て、瞬きを素早く三度行った。天井の、暗闇の中でそれを受けて誰かが頷く。


 少女は子供のように笑いながら、顔を赤らめながら、飛び跳ねるように歩いていく。二人を引きずって。


 屋敷の中に、大きな音が鳴り響く。少女が蹴った壁に、階段が現れる。


 そして少女は、二人の魔法師を引きずってその階段へと消えていった。少女が立ち去った後、そこは静かな屋敷へと戻っていた。


 その静かな中で、一人、漆黒の女性は天井から降りて。音もなく少女たちの通った道を降りていった。

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