第23話 朱くて白い女王
騎士たちは集う。王の下へと集う。
兵士を束ねて小隊、小隊を束ねて中隊、中隊を束ねて大隊。
ファレナ王国騎士団、上位騎士から末端の兵全て合わせてその数15万。兵候補合わせて20万。従属した国々の兵士たちを合わせて500万。
世界最大兵力、その名に相応しい兵数。それら全て、ある一人の男が率いている。
ファレナ王国騎士団長、最高位オディーナ・ベルトー。その男は全ての兵士たちにある言葉を伝えた。
「さあ! 全てを支配する時が来た! 動け皆の衆! もはや留まることこそが、罪!」
兵士たちは、騎士たちは、世界中へと散らばっていった。国として体を成していない集落、諸王議会に加入していない小国、そして、頑なに従属を拒む者達。
全てを蹂躙し、全てを滅ぼし、全てを支配するために。ファレナ王国騎士団は動き出した。
ファレナ王国の民たちはその兵士たちに、ある者は力強さを感じ、ある者は恐怖を感じた。
世界は動く。大きく動く。もはや彼らを止める者はいない。もはや彼らを止めれる者はいない。
もはや――
「で、結局全員負けたと。つっかえないわねぇ聖皇騎士って……まぁシャールロット如きが首席だったんだから、しょうがないか。うん、しょうがない。許しますオディーナ」
「申し訳ございません女王陛下」
深く頭を垂れて、ファレナ王国騎士団長オディーナ・ベルトーはファレナ王国が玉座の間にいた。彼が頭を下げる先には、玉座に座る白き女王アリア・セーナ・ファレナ。ファレナ姫と同じ顔をした、ファレナ女王。
玉座の間には二人だけ。他には誰もいない。誰も入れない。
「楽できないわねぇまったくー。まぁいっか。まぁいい。うん。門を開いた者が敵にいるんですもの。対処できるわけがないわよね。ねっオディーナ、聖皇騎士の人たちも、あなたみたいにしちゃおっか?」
「あまり薦めはいたしません。心が壊れる可能性が高いと思われます」
「そーなのよねぇ。あれについてこれる人間なんてそうはいない。試してみるにしてもさすがの聖皇騎士。それなりの力を持ってるからもったいなくもある。うーん……でもねぇ……わかった、全員とは言わない。何人かだけでいいから誰か選べない?」
「わかりました。剣の腕は今一つではありますが、魔力のつきがいい者がいます。まずは彼に試しましょう。化けるやもしれません」
「結構、早速やってちょうだい。魔物は二つしかないんだから、それなりのコマが欲しいわ」
「はい、しかし、魔物に意思があればもっと楽に進んだでしょうに。話に聞いた漆黒の魔物はご子女にとられてしまいました故、中々面倒なことになりました」
「結局どこまでもついてくる。アズガルズの末裔。はぁ……魔導術式、老人たちの夢の跡。世界を縛る鎖。守護者たちの遊び場」
「忌々しいこと、この上なしです」
「世界平和って、すっごく難しいわね。やっぱり」
「はい」
白きドレスを翻して、アリアは玉座より立ち上がる。すらりと伸びた足を包む白いスカート。優雅に、一歩ずつ音を立てずに彼女は歩き、玉座の間にある巨大な窓を開けた。
眼前に広がるは山、城下町、川、遠く遠く、広がる平野。
「世界はこんなに美しいのに。それを支配する豚どもはどこまでも醜悪。オディーナ、従属の件、どこまで進んでるの?」
「はい、諸王会議に出席した王たちには全員、魔術による契約の書に署名させております。思考を縛る契約の書です。これで、王たちは我々に逆らうということはできなくなりました」
「出席していない者たちは? アラヤの国とか」
「騎士団と魔術協会が総出で勧告に伺っております。まぁ、どちらかというと通告ですが」
「ふぅん……ま、私からは何も言わないわ。今はあなたのやり方で、やらせてあげる」
「ありがとうございます女王陛下」
「あなた私を愛してるのでしょう? ならば早く見せて。戦争の無い美しい世界を見せて。私に見せて」
「はい、女王陛下」
「ふふふ……ああ、楽しみ。すごく楽しみ……もう老人たちは邪魔できない。もう誰も邪魔できない。あとはゆっくりゆっくり、進めて進めて、到達するだけ。美しい世界に到達するだけ」
アリアは両手を広げて、ただ笑う。子供のように、無邪気な笑顔で笑う。
誰もが振り向く、美しき顔をした女王は、高らかに笑う。狂気のままに、笑う。
「オディーナ、ねぇ、私、彼が好き。大好き」
「彼?」
「アルスガンドの末裔。アズガルズの末裔。漆黒の魔物。漆黒のエリュシオン。彼、会議の時ずっと私を睨んでた。ずっと私を殺すと眼で訴えていた。最高。気に入ったわ彼。心の底から気に入ったわ」
「あの男ですか」
「ええ、この世で初めて、そしてこれからも決して現れないだろう奇跡。意思を持つ魔物。人のままに魔物となった魔者。老人たちが考えることができなかった、奇跡の人」
「……奇跡」
「そう、彼の存在こそが老人たちを否定する。そして彼の心が私を否定する。だから私は彼が好き。大好き。あんなに強く、世界を否定できる人間はありえない。だから、愛おしい。ああ、こんなに焦がれたことは、生まれて初めてかも」
「さように」
「ねぇ、私、変かしら」
「いえ」
「ふ、ふふふ……無理しないでいいのよ。ふふふ……私ね。ファレナにね、嫉妬してるの。私、嫉妬してるの。人形に嫉妬してるの。彼の傍にいる人形に、嫉妬してるの。不思議、なんで? ふふふ、く、ひひひ……!」
身をよじりながら笑うアリアを、オディーナは無表情でただ見つめる。顔を赤らめ、頬を手で押さえながら、身もだえする彼女の姿は、その幼げな容姿も相まってもはやただの少女のようで。
「はぁ……はぁ……く、ひひひひ……いい、いいわ。いい。面白くなってきたわ。さぁオディーナ、行きなさい。もはや立ち止まる時は終わりよ。さぁ、進みなさい」
「はい」
「万年の戦いの歴史に、私は終止符を打つ。さぁ、戦いなさい。争いなさい。殺し合いなさい。そして死になさい。死に絶えなさい。全て死んでしまいなさい。死んだ先に、いなくなった先に、きっとある理想郷。私の、理想郷。私だけの、エリュシオン。私だけの……」
「女王陛下」
「く、くくく、オディーナ、世界を征服しなさい。世界を征服して、そして、死になさい。私のために死になさい。全てを連れて死になさい。国も、世界も、何もかも、全て一緒に、死になさい」
「はい、全ては女王陛下のために」
「く…く、ひひひ、はーはははは! ああ! 素晴らしいわ! 素晴らしい! ざまぁみなさい老人ども! 悔しかったら生みだしてみなさい! その腐りきった呪いで生みだしてみなさい! 救世主を! 世界の救世主を! 干からびたその力で! できるものならぁ! あーっはっはっは!」
高らかに笑うその声は、玉座の間に一際大きく響き渡って。すでにそこにはオディーナの姿はない。いるのは純白の女王のみ。
その美しい顔で、彼女は一人無邪気に笑う。誰もみてないところで一人、彼女は無邪気に笑う。笑って、笑って、笑い続けて。
「ねぇ……綺麗でしょ。この世界は。ねぇ、見える? みんな見えてる? この世界はね。とっても、とおってもね……美しい……よね。私なんかよりも、ずーっと。く、くひひ……ひひひひ……」
そして玉座の間で、アリアは一人、泣きながら笑った。




