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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第21話 埋葬者

 魔法と魔術。それは人が人として備わる魂の力を使って、世界の理を歪めるモノ。


 それは確かに、確かに世界を進めるモノ。


 それは確かに、確かに世界を止めるモノでもあって。


 数多の犠牲の果てに、今というモノがあるとしたら、それにどれだけの価値があるのだろうか。


 本は、人の知恵の結晶。人の想いの結晶。人の命の結晶。生きていたという、証明。


 自らの本に魔の式を刻み込んで、赤き魔法師は常に価値を求める。自分の価値を。命の価値を。常に価値を求める。


 命を生み出せなくなった自分の価値を、常に求めている。


 永遠に得られることはない自分の価値を、求めている。


 その価値を与えられることのできる人間は、すでに誰もいないのだから。


「マディーネ、最悪の時は手助けはするわ。でも」


「大丈夫です。師匠よりも私若いですから」


「怒るわよ?」


「ふへへ、それに、私、今日下着凄いの履いてますからね。すっごいやつ。もういろいろやる気満々です」


「ちょっと、まさか……誰のやつ?」


「セレニア様のやつです」


「えぇ……さすがにちょっと引いちゃうわ……」


「いやいや! 勘違いしないでください! 純愛ですから! まぁ実は他の方のも一応拝借してるんですけどね!」


「……どこで育て方間違ったのかしら」


 本をパサリと開いて、ハルネリアは複雑そうな顔をして前を向く。一歩前に進むは銀髪の魔法師、マディーネ・ローヘン。


 対峙するは長剣を握る騎士。聖皇騎士トリシュ・ハイベルド。多数の聖皇騎士を輩出したハイベルド家の現当主にして、魔術師でもある男。


 魔剣士トリシュ・ハイベルド。炎を剣に纏わせて、彼はその鋭い眼光でマディーネたちを睨みつける。


「魔法というのは、実に回りくどい。同じ炎を出すならば魔力を熱に変えてしまえばいい。だがお前たちがしているのは炎自体を定義付けて、いちいち根源から道具に刻み込んで在り方を歪めること。瞬発力が無い。故に、戦いには向いていない」


 炎の剣を両手で握り、深く腰を落とすトリシュは、まさしく魔剣士。


 銀髪をかき分けてマディーネはローブの袖に腕を納める。そして袖から放たれた両手には、大量の文字が掛かれた紙があった。


 それをサラサラと手から離して、風に乗って紙は空に浮かぶ。


「紙、そして銀髪。魔法師。師はブックマスターハルネリア。そうか、貴様がマディーネか。埋葬者第17……いや、上位が一人死んだから16位か?」


「よく知ってましたね。私、かなり下位なんですけどね」


「一応な。埋葬者の名と顔は覚えている。私も一人の魔術師だからな。いつ何時襲い掛かってくるかわからんからな。魔法機関のオーダー基準は、わけがわからん」


「それは同意です。師匠、始めます。いいですね?」


「いいわ。全力でいきなさい。この騎士様に魔法師というモノを教えてあげなさい」


「はい、わかりました」


 マディーネが人差し指を立てると、浮かぶ紙は、次々と折り込まれていった。それらは一斉に尖った刃のような形状に形を変えていく。


 舌先を口元から出して、マディーネは右腕を掲げた。折り紙の刃は一斉に向きを変える。聖皇騎士トリシュの方へその刃先を向けて。


「運がよかったですね騎士様。私が相手で。私、あまり遊びは好きではないのです。ですのでだらだらしませんよ一気に仕留めます。いいですね?」


「抜かせ。我が剣、紙如きに止められるものか」


 魔法はこの世に存在する物にありとあらゆる法を刻み込む物。


 浮かぶ紙一枚一枚は、マディーネの手によって武器としての役割を刻みつけられた物。


 根源的に作り変えられたそれは、どんな武器よりも武器らしく振る舞う。武器の定義とは、殺傷。


 マディーネは手を振り下ろした。紙は一斉に弧を描き、上から下から右から左から飛び掛かる。美しく幾何学的な軌道を描いて、飛び掛かる。


 トリシュは炎を発する剣を中段に構えた。雪崩のように襲い来る紙の刃に対して、腰を落とし、彼は口いっぱいに空気を含んで迎え撃つ。


 紙の刃が襲い掛かる。真正面から。そして一刀、炎の剣を上段から下段へ。一気にトリシュは振り下ろした。炎がその剣閃に沿って遅れて剣についていく。その炎に焼かれて、数枚の紙が落ちる。


 トリシュはその焼け落ちる刃を目で追うと、そのまま身体を右へとずらした。一歩半、残像を少し残して、彼はすり足で身体をずらす。


 そこを通り抜ける紙の刃。紙の動きが贔屓目に見ても速いとは言えず、トリシュは躱すのは容易いと判断した。


 跳ぶ。トリシュは踏み込むように前に足を出して、剣を掲げながら跳ぶ。その動きは実に基本に忠実な剣の動き。身体の中心を動かさず、足さばきで身体をずらす。派手さは無いが、逆にそれが美しさを感じる動き。


 右足を踏み込む。同時に剣を振り下ろす。炎が剣に舞う。紙が焼き払われる。そして二歩目、大きくトリシュは踏み込んだ。


 マディーネとの距離が一気に詰まる。彼女は、腰を落として拳を握り、構えた。


 振り下ろされるトリシュの力強い剣。マディーネは小さく息を吐くと、腰をさらに落として前へと踏み出した。


 マディーネの肩口に刺さるは剣の柄頭。トリシュの振り下ろしよりも速く前へと身体を進めて、肩でトリシュの腕を止める。


「ふっ!」


 声、気合の一閃。突き刺さるマディーネの拳。トリシュの身体がくの字になる。


 鎧越しに腹部に伝わる鈍痛。彼は、数歩よろよろと後退すると、こみ上げてくる胃酸を一気に胃に押し戻し、顔を上げた。トリシュの眼に映ったのは、襲い掛かる紙の刃。


 鈍い。自らの身体が鈍い。たった一撃、鎧を着た上からの一撃。これほど身体に響くのか。


 トリシュは心の中で感嘆の声を上げながら、大きく跳び退いた。剣先を前につきだしながら。


 飛びのきながら剣先から放たれるのは雷光。それは針のように分散し、襲い来る紙の刃を一気に貫き、焼き払った。


 焼ききった紙の奥から襲い来るのはまたも紙。次々に紙がトリシュに襲い掛かる。


「やりにくい……!」


 剣を橋の床に突き立てて、思わず彼はそうつぶやいた。近づけば重い拳、離れれば紙の刃。致命の一撃ではないものの、どちらも侮れない威力。


 魔力を込める。トリシュの周りにできるのは円形の壁。


 ガンガンと、金属を打ち付けるかのような音が響く。トリシュの作った防御壁に紙の刃がぶつかって砕ける音。雨のように降り注ぐ紙を、傘のように壁が防いでいく。


 ふと、トリシュの表情が曇る。彼は剣を床から抜き、そして走り出した。


 と同時に降りぐのは光の槍、防御壁を容易くそれは貫いて、トリシュがいた場所に突き刺さる。


「本物だこの女……」


 トリシュはマディーネを褒めるしかなかった。いつの間にか彼女は紙の刃の形を変えて、紙に書かれた大量の魔法陣を空に浮かべていた。


 光が魔方陣に収束し、光の槍となってこちらを向いている。近接では格闘、遠距離では紙の刃、超遠距離では魔法の矢。


 対魔と対物理、両方が襲い掛かる状況で、トリシュは離れるのは得策ではないと考えた。故に、走る。真っ直ぐに走る。


 何を狙っているのか気づいたのか、マディーネは空に浮かぶ魔方陣を消してピョンピョンと跳び退いた。近づかれないように。紙の形を刃に変えて射出しながら彼女は離れていく。


 降り注ぐ紙の刃は、焼き払うことができる。走りながら炎を放ち紙を焼きながら、トリシュは前へ前へと走って行く。


 騎士と魔法師、魔力での強化を除けば、肉体的な強さは比べるべくもなく。


 とうとう、マディーネとトリシュの間に空間がなくなった。マディーネは拳を構え、トリシュは剣を構える。


「この距離ならば紙の刃など、おそるるに足りん! 覚悟!」


「一筋縄ではいかないってことですかっ」


 振り下ろされる剣にすでに炎は纏われていない。トリシュの魔力は全て剣を振う肉体の強化に使われている。


 踏み込みと同時に振り下ろされる剣。その速さは、もはや常人に捉えられるものではなく。


 マディーネの銀髪が数本宙に舞う。彼女が自らの髪を犠牲にして辛うじて躱したその剣を、トリシュはひねりあげるようにして下から上へと斬りあげた。


 回避の体制で固まるマディーネ。二度目の回避行動は間に合わない。


 剣は真っ直ぐマディーネの顎に。


 咄嗟にマディーネは袖から一枚の紙を出した。それをそのまま、下から襲い来るトリシュの剣へと放つ。


 紙に魔力を込める時間などはない。今その紙はただの紙。白く、インクを吸い込み、文字や絵を残すただの紙。


 紙と剣がぶつかる。何の抵抗も無く、紙は斬り裂かれていく。


 魔法機関埋葬者。無力な人々を殺す魔を抹殺する者たち。力無き者にとっては救い主。堕ちた魔術師にとっては死を司る者。


 その16位がマディーネ・ローヘンは、幼少期に孤児となりハルネリアの下へと弟子として引き取られた。幼少期から常に赤髪の魔法師の背をみて来た彼女にとって、自らの師であり母でもあるハルネリアに抱き続ける心は、親しさ、愛情。


 彼女は知っている。自分は師にとって、大切な人間であるということを知っている。


 故に、死地において彼女の行動は、常に、常に生存。師のために、母のために、自分は生きる。


 分断される紙。まるでコマ送りのように見えるその紙の動きを両手で押さえつける。


 そして――彼女は力の限り紙の上から、マディーネはトリシュの剣を挟んだ。


 ひねる。剣を挟んだ手を。こすり合わせるように回してひねる。当然のように全身を魔力で強化して。


 魔力で肉体を強化する。その術式は、まぎれもなく魔術である。マディーネも、その師であるハルネリアも、魔法師ながら魔術を使える。その要領のよさが、二人を戦闘だけなら埋葬者が最高位にも迫ると言わしめる所以。


 最もそのせいで、二人とも中々昇格できないのだが。


 トリシュが強化した自らの握力のせいで剣から離れられない。彼は、ひねり上げられた剣につられて宙へと身体を投げ出された。


 マディーネは拳を構える。浮かぶトリシュの前で。一息、二息、呼吸を整えて。


 打ち込む。拳を撃ち込む。一撃は腹部。二撃は頭部。三撃は脚。四撃は脇腹。


 流れるように次々と拳を撃ち込まれて、鎧越しに体内の血液を揺らされて、トリシュは口から耳から眼から血を吹き出した。最後の一撃は蹴り。長いローブが捲れるのも構わずに、白い足を出してトリシュの後頭部を強く、強く蹴りつける。


 宙に舞っていたトリシュの身体は一回転した後、橋の床面に頭から叩き付けられた。白目を剥くその顔。もはや、トリシュは意識が無かった。


 ふぅと大きく息を吐いて。マディーネはめくれ上がったローブを治して両腕を左右に広げる。左右の袖に、浮かんでいた紙が収まっていく。


 全ての紙を袖に納めた後、マディーネはハルネリアに笑顔を向けた。ハルネリアもまた、やれやれといった表情で彼女を見た。


 倒れるトリシュ。生きてはいるが、彼は数日は動けないだろう。その姿をハルネリアは見て、一言、告げた。


「いろいろ荒い。50点」


「そんなぁ! 師匠褒めてくれてもいいじゃないですか!」


「私なら最初の拳で内臓いくつかもっていけるわ。まだまだね、精進なさい」


「ぐぐぐ、これだから年増は……っ」


「口だけは達者なんだから。まぁ、ちょっとは強くなったのは認めるわ」


「最初っからそう言ってくださいよ……もー……」


 いじけたように顔を背けるマディーネ。


 そしてハルネリアはこっそりとマディーネの後頭部に手を触れ、口の中で何かつぶやいた。すると、斬られて長さが不ぞろいになっていた髪が見る見るうちに治っていった。


 ハルネリアは小さく微笑み、マディーネを追い越して歩き出した。慌てたように、マディーネはハルネリアを追いかける。


 あちこちから聞こてきていた剣劇の音も、もはや一方向だけ。魔法師の二人は、その音の方へと歩いていった。

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