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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第18話 対峙する者たち

 アズガルズの大陸は無人の大陸、そこにいた人々は世界中へと旅立ち、そこで各々様々な物を創り上げた。


 世界を進めたのは間違いなくこの大陸出身の者たち。故郷を捨てた者たち。


 何故捨てたのかを議論する者はすでにいない。どんな国があったのかを議論する者もいない。


 意味などないから、誰も考えない。一万年前のことなど、知ったところでどうにもならないから誰も考えない。


 それは誰もが気づいていて、誰が眼を背けている世界の歪み。


 少女は泣いていた。歪みきった世界の前に、丘の上からただ燃やされていく自分の故郷をみながら、少女はただ泣いていた。


 槍を持った鎧姿の男たちが少女に気付く。彼らは少女を指さして、大きな声で何かを叫び、そして走った。


 ――こっちへ来る!


 そう思った瞬間、少女は走り出した。涙を流しながら、必死に来た道を戻る。必死に、必死に。


 白百合の入った籠を投げ捨てて、少女は走る。転がった籠から覗く白百合は花弁が千切れていた。


 少女は振り返ることなく、走った。必死に走った。皆が死んでしまったと涙を流しながら。死にたくないと願いながら。殺したいと呪いながら。


 それは、肉体に刻まれた、ある少女の記憶。


「あれ……」


 頬を伝う感触に、ファレナは手を添えるとそれが涙であることに気がつく。


 涙で濡れた指先をこねて、何故涙が出たのかを疑問に思いながらも彼女は前を向いた。


 そこは橋、大きな橋。朝日に照らされて、橋は明るく輝く。


 アズガルズへの大橋。橋の上で、ファレナは白き鎧に身を包み歩く。前を向きながら。


 彼女の傍にはリーザが同じく純白の鎧を着て歩いている。緊張した顔で。


 前には魔法師が二人、ハルネリアとマディーネ、そしてヴェルーナ女王。


 先頭には黒き刻印師、ジュナシアとセレニア。


 計7人。世界に反抗する7人。


「セレニア、来るぞ」


「分かってる」


 そこにいる全員が、突然頭の中にある何かが外れたような感覚に襲われた。ヴェルーナ女王の赤き髪は輝きを取り戻し、ジュナシアとセレニアの髪の色がゆっくりと黒く染まる。


 魔力の封印が解かれる。二回三回と感覚を確かめるようにジュナシアは手を握り広げる。セレニアは軽く背伸びをする。


「ふぅ……やはりこっちがいいな。なぁ、お前もそう思うだろ?」


「まぁな……さぁセレニア」


「ああ、ほらお前も」


「俺はいい、使う気はない」


「そうか、それもいいさ」


 セレニアが自らの左手から手袋を外し、ジュナシアに渡す。セレニアの左手に青く輝く刻印。それを撫でて、セレニアはゆっくりと息を吐いた。


「皆いい? 聖皇騎士は全力で叩くこと。でも一般の騎士たちはなるべく殺さないで。リーザさんの情報通りなら、アリアに疑問を持ってる者がいるなら、必ず使える。いいわね」


 そう言いながら、ハルネリアは本を取り出した。そして本を開いてページをめくる。


「さぁ、最初の関門よ。皆、頑張って。一人も殺されちゃ駄目よ」


 全員が立ち止まる。橋の上、立ち止まった彼らと距離を取って。大量に並ぶ銀色の鎧が眩しく輝いている。


 ファレナ王国騎士団の旗を掲げ、兵士たちは橋を包囲している。誰も通さないと言わんばかりに。


 そして橋の途中、兵士たちよりも前にいる者たち。四人の騎士たち。


 ジュナシアが剣を抜く、赤と青の双剣を。


「行くぞ」


 一声、ジュナシアの声に続いて、皆歩き出した。四人の騎士たちもまた、同様に歩き出した。


 双方歩くごとに、双方の距離が縮むと共に、空気が凍っていく。


 歩く、歩く、そして目の前。立ち止まる双方。


「私の名は聖皇騎士第四席トリシュ・ハイベルド」


 騎士らしく力強い眼をしたその男、鍛え抜かれた肉体と、短く刈りあげた頭。トリシュは一歩前に出て、声をあげる。彼の眼はファレナに向けられていた。


「ファレナ王女様。残念です。誠に、誠に。貴女様に剣を向けるという不敬を、お許しください」


 トリシュは頭を下げる。深々と。その振る舞いに、有無を言わさず襲い掛かってくるだろうと思っていたジュナシアたちは少し驚いた。


「不敬……私に対して、ですか?」


 ファレナは思わず聞き返した。トリシュは頭を下げたまま、落ち着いた口調でそれに答える。


「もちろんです」


「どうして、私に?」


「我らファレナ騎士団は貴女様に一度は誓いを建てました。ですから、当然のことです」


「……ならば、見逃してくださいっていうことは、無理ですか?」


「それはできません。我々は、貴女を処分するよう仰せつかりました。ファレナ王国にとって貴女はもはや敵なのです。しかし、我々は忠を尽くさねばなりません。ですのでどうか……苦しむことのないよう、一刀で死んでいただきます」


「トリシュ、さんでしたっけ」


「はい」


「すみません、あの、ちょっと口悪いかもしれません。でも言っときます。言っちゃいます」


「はい、ファレナ王女様、どうぞ思うことを」


「そんなくだらない自己満足の言葉をいちいち私に言わないでください」


「はっ?」


「お母様にも言っといてください。私はもう、ファレナ・ジル・ファレナではありません。私はもう、王女でも、姫でもありません。お母様が否定した通り、私はもう、ファレナ王国の人間ではありません」


「ならば、あなたは何だというのですか?」


「人々を死に至らしめて、世界中に憎悪を撒き散らすあなた達を、ファレナ王国を許さないただの女です。私はファレナ、ただのファレナ。もう二度と、私を王女と呼ばないでください」


「……わかりました。では」


 トリシュは頭を上げて、剣を抜き、そして低く、恐ろしい声で告げる。


「今ここで死ね。反逆者め」


 先ほどまでの穏やかなトリシュの顔は、一気に歪む。ファレナは彼から眼をそらさず、トリシュの顔を見る。


「人が人に死ねというってことは、結構酷いことなんですよ。覚えておいてください、トリシュさん。そんなこと言う人には天罰が下りますよ」


 風が吹く。


「う……!?」


 トリシュが声をあげる。


 空気が揺れる。何かが光る。


「これは! 皆下がれ!」


 その声と同時に、聖皇騎士の四人は一斉に飛びのいた。四人とも、四方向に。


 飛びのいた場所に飛び込んで来たのは光の柱。


 ドンと音を立てて、ファレナたちの目の前に落ちるその光。それをみながらハルネリアは本を閉じる。


「あーあ、外しちゃった。もうちょっと引っ張りなさいよファレナさん」


「ごめんなさいハルネリアさん。ふふふ」


「さぁ、ばらけたわ。打ち合わせ通り、トリシュは私とマディーネ、あの槍もってる男はセレニアさん、柱みたいな大剣持ってる男はお母様、曲剣持ってる女はジュナシアさん。さぁ散って!」


 ジュナシアたちは頷く、そしてバラバラに散った四騎士たちの下へと、彼らは駆けていく。


 ハルネリアはチラリとファレナを見て頷くと、他の者たちと同じように走って行った。


 残されたファレナとリーザは、皆が散っていく姿を目で追って、そして橋の中心の方へと歩いていく。


「リーザさん、お願いします」


「はい、姫様には誰も指一本触れさせません」


「はい……あの、今更なんですけど、リーザさんも姫様っていうの、やめません?」


「ええ? いや、でも……じゃ、じゃあファレナ様、で」


「うーんなんか違う……まぁリーザさんだし、よしにします」


「は、はい……それじゃファレナ様私の後ろに」


「お願いします」


 そして響く音、右に左に、前に、奥に、四か所それぞれで響く音。金属音、爆音、風切り音。


 全ての音が重なって、轟音となって周囲に広がる。橋の下にいた兵士たちも、それを固唾飲んでみていた。


 人の、域を超えた者たちの戦いとは、人の眼を引くもの。誰もがそれに、眼を奪われていた。

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