第17話 出陣前夜
誰もいない。彼ら以外はもはやこの浮遊大陸には誰もいない。
小会議室と言えどもその広さはかなりもので、彼らは片隅に集まるような形になっていた。
「会議室なのにまともな地図が無いのはどうなのかしら……まぁいいわ、端破れてたり今はある橋がなかったりするけど、これ使いましょ」
ハルネリアが広げる地図は、折り目が至る所に走り、ところどころ破れ、シミすらも残っている年季の入った物だった。
彼女はそれを広げ、周りにいるジュナシアたちはそれを覗き込んだ。
「さてと……それじゃ、聞いて。作戦会議とか言ったけど、私の作戦をまずは言うわ。そこからは微調整よ。いい?」
そこにいる皆は、思い思いに頷いた。ヴェルーナ女王だけは、両手を組んで笑みを浮かべてハルネリアを見ていた。
ハルネリアはそれに気づき、何とも言えない面倒そうな顔を見せたが、すぐに真面目な顔をして地図に向き直す。そして彼女は矢継ぎ早に作戦の説明を始めた。
「私たちはヴェルーナ女王国へまずだどりつかなければならない。反撃を始めるにしてもあそこにつかないと準備も糞も無いわ。ファレナ王国へ今すぐにでも行きたいだろうけど、我慢なさい。いいわね。特にジュナシアさん。あなた、諸王会議で殺気出し過ぎてたわよ。抑えなさい。あの人の子でしょ」
「……ああ」
「さて、それでヴェルーナへの道のりですけど、魔法機関の本部ゲートによる転移、これは使えません。リーザさん、何故かわかる?」
「えっ何で私が……!?」
「そうね、ゲートがあるのは魔法機関支部の近く、つまり、各国首都の近くだからよ。そんなところに行けば大騒ぎになるわ」
「こ、答えてないんですけど私……」
「例外は全部吹き飛ばされた後に再建したラ・ミュ・ラ国のゲートだけど、わざわざ海を渡ってあそこまでいくのもね。何か月かかるのって話よ。そこで、真っ向から行きます。国境を破って真っ直ぐ。アズガルズからヴェルーナ国へ行くのに、通る国は二か所。一か所はアラヤの国、そして」
「ロンゴアド」
「そうよ。ジュナシアさんにとっても、少しやりにくいかしら?」
「まぁ、な。続けろハルネリア」
「ええ、たぶんアラヤの方は簡単にいけるのよ。あそこ、星の巫女とかいうのを崇める宗教国だから戦いには消極的だし、まぁ達人にもなると剣術がとんでもないんだけどね。アラヤ剣術。知ってる? 独特な曲刀を使ってこう、鞘から抜くときに加速させてとんでもない速度で斬る剣術」
全力で首を横に振るファレナ。ハルネリアはその姿を見て、少し微笑ましさを感じる。
「ジュナシアさんも使っているアルスガンドの剣術、それを剣に特化させたモノとか聞いたことあるけど、眉唾ね。誰も知らないものね。さて、アラヤまでは全員でいきます。あそこ関所ないから、普通に通り抜けれると思うわ」
「そこまではって、そこからはどうするんです?」
「ファレナさん、あなたを守ってそのまま関所を破る班と、それと別に、アラヤの国にある、ある村に向かってもらいます。埋葬者のショーンドさん、知ってるわよね? ケラウノス破壊の時に私と来てた埋葬者。筆使う方」
こくりと頷くジュナシア。セレニアは誰だという風な顔を見せていたが、気にせずハルネリアは話す。
「彼、オーダー狩りにその村に行ってるの。アラヤは彼の故郷だから道にも明るいし、すぐ終わると思ったんだけどね。もう1か月になるのよ彼。死んだわけじゃないと思うんだけど……」
「連れ戻せと?」
「ええ、彼はいい魔法師よ。男って生物的に魔法は合わないのよ。ほら、魔法って自分の魔力を何かに式として残すものじゃない? やっぱり子供を作れる女の方がうまいのよそこは。正直彼魔力量的には大したことないのよ。でもね、彼がいれば、すっごい便利なの。治療魔法すごい上手だし」
「薬箱か」
「ジュナシアさん酷いこというのね。まぁ、その通りだけど。彼がいるだけできっとぐっと生存率はあがると思うわ」
「ふ……相変わらず人使いが酷いなハルネリアは」
「あなたのお母さんよりましよ。さて、ということで二組に分けます。一組はショーンドさんを迎えにいくチーム、もう一組は、ロンゴアド兵団がいる関所を叩きのめしてロンゴアド国へ強引に入るチーム。チーム分けは、私の方で決めるわ。いいわねファレナさん」
「はい、大丈夫です」
「では一組目、関所を破る方、かなりきついと思うから、戦力的に偏らせます。まずはジュナシアさんと、お母さ……ヴェルーナ女王。ジュナシアさん、私の作業場から勝手に持って行った赤青の剣はちゃんと使えるようになった?」
「問題ない」
「そう、貸してあげてるだけだからね。全部終わったら返しなさいよ。あとお母様……女王陛下、腕は鈍ってませんね?」
「当然である、な」
「ロンゴアド兵団殺さないでよ? あと、ファレナさんとリーザさんもこっちに入ってもらいます。リーザさんはファレナさんを全力で守ること、ファレナさんはなるべく兵団に、自分は味方だとわからせるようにふるまうこと。いい?」
「は、はい。頑張ります。私、やってみます」
「関所だけならあなたたちで何とかなると思うけど、何度も言うけど殺しちゃ駄目よ。いいわね。ロンゴアドは、あとでどうにかする方法考えているんだからね。特にお母様、いいわね?」
「わぁっている、年寄り扱いするな。シルフィナよ」
「私はハルネリア。もうっ」
むくれるハルネリアに、少し驚きの顔を見せるリーザ。リーザはハルネリアとヴェルーナ女王を交互に見て、そしておもむろに呟いた。
「ハルネリア、さんと、女王陛下、親子?」
「あれリーザさん知らなかったの? あー……まぁ、そういうこと。他言は駄目よ。話したら、すっごいことするわよ。トラウマなんて眼じゃないぐらいに、すっごいこと。いいわね」
「は、はいぃ!」
「さて、話を戻すわ。もう一組、ショーンドさんを迎えに行く方。勿論、私が行くわ。あとマディーネも。いいわね」
「ええ……師匠とですかぁ?」
「あなただんだんさらけ出してきたわね……あと、悪いけどセレニアさんもこっちへ来てくれる?」
「私が? 何故だ?」
「もしかしたらオーダー狩りしなきゃいけないかもしれない。相手ね、たぶんセレニアさん向きなのよ。詳しくは道中で話すけど」
「ちっ……面倒なことを」
「ごめんね。彼といちゃつくのは女王国に入ってからにしなさい」
「……ちっ」
「さぁてと……道中はよし、ロンゴアドに入ってからはとりあえず森を目指して。ジュナシアさんたちの隠れ家で一旦落ち合いましょう。結界とか生きてるでしょ?」
「ああ、セレニアが変に凝り性だからな」
「ふん」
「よし、それじゃ……後のことはこれでいいわね。じゃあ最初の事、地図を見て」
ハルネリアが机に広げられた地図を見るよう、皆を促した。思い思いの場所から周りの者たちはそれをみる。
「アズガルズから出ると、何がある? リーザさん、何があると思う?」
「え、ええーっと……草原?」
「そうね、橋があるわね。アズガルズは橋からしか出れないの。ということは、私たちはまずここを通ることになる」
「あの……いやいいです……私なんか扱い酷くないですか姫様……」
「まぁまぁ……」
「この大陸にいると魔力探知も、使い魔も、何も使えないから橋の先は見れないんだけど……私なら、まずここに兵を置くわ。アリアがどこまで本気か知らないけど、まず間違いなく、出た瞬間にファレナ王国騎士団が襲い掛かってくるはずよ」
彼女が告げるその言葉に、ゴクリと唾を飲んだのはリーザ・バートナー。彼女は自分では気づいていないが、誰よりも思ったことが顔に出やすいのだ。
だからハルネリアは面白がって彼女にちょっかいを出す。
「リーザさん、ファレナ騎士団で今、これは強いって言うのを上げてみてくる?」
「ええ? そ、そうですね……やっぱり騎士の最高位、聖皇騎士の四人ですかね」
「へぇ、どんな人たち?」
「えっと、まず末席のトリシュ・ハイベルド。典型的な魔剣士なんですけど、属性の魔術が得意で、雷とか火とか剣に纏って飛ばしてきます。単純ですけど、術式と剣術を合わせて使える器用な人なんです」
「リーザさんより強い?」
「それは……まぁ、そりゃ強いです。あの人本気でやってるところ見たことないけど。そして、第3席オルディン・サーヴェンス。槍の名手で、ものすっごい速いです。何というか、跳躍っていうんですかね。そこに術式全部かけてるんで、俊敏さが凄いです。たぶん、セレニアさんよりも速いと思います」
「何だと、私を馬鹿にするのか女騎士」
「事実よ、悔しかったら勝って見せなさいってこのぐーたら女」
「わかった……そいつは私がやろう」
「つっかからないでよね……えっと第二席サーガス・ベルディ。老人なんですよあの人、でも、何て言うかとんでもなくでかい大剣持ってます。見たらわかりますけど、とんでもない剣持ってます。それをブンブン振ります」
「何その曲芸師」
「ハルネリアさんも一回見たら私の言ってることわかりますよ。地形が変わるぐらい容赦なく振り回しますから。あと魔術も当然得意です。魔力弾を剣に乗せて落としてきますんで、受け止めたら剣ごと叩き斬られて死にます。絶対に受け止めないでください」
「ふぅん……私は剣もってないから関係ないわね。でリーザさん第一は?」
「えっと、さっき話に出てたんですけど、アラヤ剣術の使い手がいます。ネーナ・キシリギ。彼女、魔術一切使わないんです。強化もしないし、魔力放出もしない。一切使いません」
「何それ、楽勝じゃない」
「それが違うんです。とんでもなく強いんです。剣だけなのに。剣と筋力だけなのに。一応私と、騎士学校の同期で同じクラスだったんで結構手合わせしたんですけど、何で強いのか全然わかんなかったですね」
「へぇ」
「以上ですね。あとは烏合の集ですよ。聖光騎士でも私よりも強い人はいません。聖皇騎士だけ気をつけていれば、突破は容易いんじゃないですか?」
「なるほどねぇ」
手を顎にあてて、ハルネリアは少し考え込む。そして少し、無言のまま時間が過ぎた後、彼女はふと顔を上げて告げた。
「決めたわ。その聖皇騎士。全部倒しましょう。殺さなくても、敗走させるだけでもいい。もし橋の先で会ったら、全員倒しましょう」
「えっ倒すんですか? 適当にあしらって、逃げるんじゃなくて?」
「ええ、倒しましょう。倒せばきっと、使える。最高戦力を倒したファレナの一団。箔がつく。さぁそれじゃ決めるわ。誰が誰をやるか。セレニアさんは速い人だったわね。あと三人、相性考えて決めましょう。リーザさん詳しく話して」
「は、はぁ……」
「流石にアリアとオディーナはいないでしょうけど……ふふ、ちょっと面白くなってきたわ。世界が敵ね……驚かしてあげるわ世界中。ふふふ……」
会議場の片隅で、ハルネリアは笑う。世界中で今最も追い込まれている一団の中で、一人微笑む。
それを見ていた周りの者たちは思い思いの感情を抱く。そしてファレナは思った。何をはじめるにしても、前に進もうと。
月は輝く。長い長い一日が今、終わろうとしていた。




