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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第15話 閉幕

 諸王会議は終わった。会議場の全ての扉が開く。


 王たちは、ファレナ王国より要求された内容の書かれた紙を握りしめて、一人、また一人とその場を後にする。


 まるで子供のように無邪気な笑みを振りまくアリア王妃と対照的に、絶望に染まるファレナの顔。元は同じ顔でも、その二つは全く別の方向を見ていた。


 ファレナの肩を抱いて、何も言えず、悔しそうなセレニアの表情。歯を食いしばって殺意に満ちた目を見せているジュナシアの表情。


 様々な表情の中で、ただ一人アリアだけが、笑っていた。アリアはファレナに手を振ると、そのまま会議場から消えていった。


 そしてファレナの隣の席、ロンゴアド国の席では、ランフィードの怒号が響き渡っていた。


「父上! 何故! 何故従属をお選びになった! 何故ですか! ファレナ王女を見捨てるのですか!?」


 ランフィードにとっては父親であり、尊ぶべき王でもあるロンゴアド王の胸を両手で握るランフィードは、他の眼も気にせず大きな声で王に詰め寄っていた。


「父上ぇ! 何故ですか! 何故だ! 答えるんだ父上ぇ!」


「ランフィード……落ち着け」


「落ち着けるかこれが! ファレナ王女はこれでどこにも行けなくなった! どこにも! あなたは一人の少女に! 全てを打ち砕かれた少女に! 死ねというのかぁ!」


「う、うぐっ、ランフィードっ……」


「王子! おやめください国王陛下が苦しんでおられます!」


「くそぉ!」


 ロンゴアド兵団副団長のベルクスの声をうけて、ランフィードはロンゴアド王から手を乱暴に放す。ゲホゲホと咳き込む国王。怒りの表情のまま両腕を自らの太ももに打ち付けるランフィード。


 従属か否か。拒んだ国家は2つ。ロンゴアドが選んだのは、従属。


 ランフィードは怒っていた。自らの父親が、ファレナを裏切ったことに。


「ふぅふぅ……ランフィード。よいか、もはやこうするしか、我らに生きる道はないのだ」


「しかし……これでは、あまりにも……!」


「やつは、まだあの兵器を作れると言った。一度は何とかなったが、もう一度となると、もはや無理だ。ロンゴアド兵団はもはや死に体なのだ」


「ぐ……!」


「これしかないのだ。理解せよ。ランフィード。それに、もはや我が国はファレナ王国を奪うことができなくなったのだ。してやられた……ファレナ王女がまさかただの……」


「言うな! くそっ……僕は、馬鹿だ。アリア王妃に言われるまで思いもしなかった! 考えれば簡単にわかるものだったんだ。父上がファレナ姫様を女王に推したのは、ファレナ姫様を使ってかの国を裏から乗っ取るつもりだったということを……!」


「……それが、政治というものだランフィード」


「くそっ! くそっ! ヴェルーナ女王陛下とジュナシアは最初から気づいていたんだ! 僕だけが、くそっ!」


「ベルクス。兵を集めよ。国へ帰るぞ。ファレナ王国への従属の準備をせねばならん」


「はっ……国王陛下」


「ランフィード、帰るぞ」


「く、くそっ……すまない、ファレナ姫……すまないジュナシア……僕は……」


 ランフィードは眼に涙を浮かべて、心の底から申し訳なさそうに隣の席にいるジュナシアと、ファレナに頭を下げた。


 ジュナシアは何も言わず、じっと彼を見る。ファレナはランフィードが謝っていることに気付かない。


 そしてロンゴアド国は会議場より去っていった。気が付けば、会議場に残るのはファレナたち一団と、議長国であるヴェルーナ女王国の面々だけになっていた。


 ファレナはうつむいてただ震えている。自分の無力さに。ただ絶望して震えている。


「セレニア、リーザ。ファレナを休憩室へ運んでくれ。もう、いい。ここはもういい」


「……わかった。行くぞファレナ、女騎士」


「マディーネも行け。もう、いい。俺達につく必要はない。ハルネリアの下へ帰れ」


「いいえ、師匠は最後までいろと言いました。ですから、います。私」


「……悪いな」


「いいえ、でも少し師匠に会ってきます。来てますから、師匠」


「ああ」


 セレニアとリーザに肩を支えられて、会議場から出ていくファレナの足は力が無く、よろよろと彼女は支えられるまま歩く。


 気が付けばヴェルーナ女王国の一団もいなくなっていた。そして残る。会議場にただ一人。ジュナシア・アルスガンド。


「そんなにあの女を殺したいのか……?」


 誰もいない会議場で一人、彼は呟いた。強く手を握りしめながら。


 彼は振り返る。会議場を後にする。彼がいた床には、赤い血が一滴落ちていた。


 これにて閉幕、世界諸王会議。ジュナシアが出た後に、全ての会議場の扉は閉まり、次また王たちが集まるまでここは開かれることはない。


 諸王たちはぞろぞろと行列を作って。アズガルズの大陸から続く橋を渡る。自らの国に帰るために。一日でも早く帰るために。


 遅れればそれ即ち反抗であると、ファレナ王国に言われてしまってはもはや急がないわけにはいかない。どんな国王と言えども。


 赤き髪の魔法師は一人、アズガルズの宮殿からその行列を見ていた。魔法機関埋葬者、ハルネリア・シュッツレイ。


「今を選んで未来を捨てた……か」


 ハルネリアは赤い液体の入った小瓶を指先で転がしながら、ぼそりと呟いた。失望した顔をして。


「……遅かったわね。女王陛下」


「貴様が早いのだ馬鹿娘が」


 現れたのはヴェルーナ女王国女王ファルネシア・ヴェルーナ・アポクリファ。輝く赤い髪をなびかせて、彼女は両手を組んでハルネリアの背に立つ。


「ほら、頼まれてたアリア王妃の血液。ちゃんと貰ってきたわ。本当にポンとくれちゃった」


「……うむ」


 ハルネリアは真正面を向いたまま、赤い液体の入った小瓶を背面に投げた。小瓶は放物線を描いて女王の右手に納まった。


 女王は小瓶の口にはまっていたコルクを外す。そして左手の小指にその赤い液体を少しだけつけて、どこからか取り出した紙にその指を押し付けた。


 紙に広がるらせん状の模様。浮かび上がる七色の光。


「何ともいえぬな。数百年を生きる魔術師、か」


「そうね……お母様より年上の人で、あんなに若々しい人がいたなんてね。世の中広いわね」


「歳を重ねても小娘は小娘ぞ。全く、わらわを年寄りと……どこが年寄りだというのだ。こんなに若々しい見た目ではない、か。なぁシルフィナよ」


「いろいろ年寄り臭いのよお母様は。あと、今の私はハルネリア。ボケたの?」


「全く……よりによってわらわと似たような名を名乗りよって。家を出たいのか出たくないのかどっちなのだと……よし、完成だ。アリア王妃の魔力波長図。ファレナ王女の魔力波長を出すがいい」


「はいこれ。念のため前に会った時に採っといてよかったわ。今血をくれなんて言えないもの」


 ハルネリアは振り返って、本を広げて女王へとそれを突き出す。女王は、手に持つ紙をその本に重ね、本の上で紙を回した。


 手を止めるファルネシア女王。目を細めるハルネリア。


「……一つのズレもない、な。シルフィナ。錬金術には疎いお前でも、これはわかるであろう?」


「ええ、全く同じ魔力波長ね。身体の構造、細胞一つに至るまで全て同じでないとこうはならない。アリアの言うことは間違いなかったのね。ファレナ姫はアリアの細胞から作られた、魔術師的に言うとホムンクルス、というやつね」


「極めて複雑で難しい術式ぞ。暇つぶしでできるものではない」


「とんでもない魔術師ねアリアは。お母様、どう、お母様なら彼女と同じように人、作れる?」


「無理、だ。それほどに人を1から作るのは難しい。古来より子を成すための生殖行為というものは、魔法師にとって最も尊い式であると言われる所以ぞ」


「もう、お母様ちょっと品が無いわよ品が。例えるにしても生殖って……」


「生娘ではないのだ。いちいち反応するではない」


「違うわよ。年寄りがそれ言っちゃうと聞いてる方がきっつい感じになるってだけよ」


「ほぅ、まぁそういうことにしておくか、な」


 微笑みを浮かべるファルネシア女王につられて、ハルネリアもまた、口元が綻ぶ。


 アズガルズの宮殿の、窓の傍で赤髪の親子が微笑む。それは、長く離れて暮らしていた二人にとって、数十年ぶりの団欒。


「普通に反対票いれちゃってさ。お母様どうするの? ファレナ姫の一団除いたら、ヴェルーナ女王国一国だけよ。ファレナ王国の敵になったのって」


「構わぬ。あのような小娘に従うわらわではない」


「そりゃあ……正直、騎士団とかいくら来てもなんとでもできるでしょうよお母様だったら。でも国民はそうはいかないでしょ。エイジスだって何度も発動できないし」


「それに、一国だけではなかろう、な。仲間はおるよ」


「えっどこのことよ?」


「ファレナ姫とその従者」


「……いや、ちょっとそれは、彼ら4人しかいないのよ。私の弟子を入れても5人。どうやって世界中と喧嘩させるのよ」


「それはこれから考える、が」


「もう、お母様ったら」


「くははは、さぁ、話をしに参るか。アズガルズの大陸は諸王会議前後一週間しか滞在できんから、な。急ごうか。共に参りたもれ。シルフィナ」


「しょうがないわねぇ。でも私、忘れてないわよお母様、あの人との交際を事あるごとに邪魔したことは」


「何十年前の話じゃ。全く、まぁ、愛しさゆえに、というやつ、だ。忘れよ」


「忘れないっての」


 並び歩く二人の前に、続く長い廊下。肩を並べて進む彼女たちの赤髪は、淡く輝いていた。

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