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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第13話 世界諸王会議 中編

 王たちは文を作る。それは世界を決める文。


 判決は決まった。ファレナ王国は以下の賠償を行う。


 ロンゴアド国への謝罪及び戦争行為の停止。

 ロンゴアド国が失った兵力と同等の兵力の削減。

 ファレナ王国が有する交易路のロンゴアド国への全面解放及びロンゴアド国内の交易路の整備。

 ラ・ミュ・ラ国の再建のために、ファレナ王国は世界議会に全面的に協力すること。

 

 最初から最後まで、ファレナ王国の国王代理であるオディーナ・ベルトーは口を挟むことはなかった。出される要求を、そのままそれでいいと受け入れるだけだった。


 諸王たちは困惑する。この条件は戦争で負けたわけではないファレナ王国にとっては、あまりにも不利な条件。正直、誰もそのまま飲み込む者はいないと思っていたから。


 だがオディーナはそれを受け入れる。このことは、オディーナは戦争を後悔しているに違いないと、誰もがそう解釈していた。


 ある一団を除いて。


「これ、もしかして騎士団長……オディーナにとってはファレナ王国はどうでもいいってことなのかしら……」


 ぼそりと呟くリーザの声。ファレナははっとして、振り返った。


「それって、どういうことですリーザさん」


「あ、いえ姫様……えっと、非難決議って諸王会議においてはかなりの効力を持ってますけど、それでも交渉はできるんです。だってロンゴアドは実際に戦力を宣戦布告が行われる前に投入するということをしてますから」


「えっ?」


「あ、いえ、悪く思わないでほしいんですけど、正直ロンゴアドの脅されたって、結構弱いんですよね。実際には服従せよではなくて、従属せよって要求したわけですから。簡単に言うと、ただ従えじゃなくて、自分たちについてこいってことですよね」


「……はぁ、確かに」


「確かに、あの兵器で国を一つ潰してます。でも、実際撃たれたのはロンゴアドじゃない。普通に考えてですね。ロンゴアドって結構、ふっかけてるんですよね。まぁ交渉事では当たり前ですけど」


「ふんふん、なるほど、言いなりになりすぎだってことですかねリーザさん」


「ええ、こんなの下手したらただの売国ですよ。ファレナ王国の市民だって不満を持ちます。諸王たちはロンゴアド王の主張を信じてますから、当然だみたいな顔してますけどね」


「ううん……私にはわかりません。ジュナシアさんはどう思います?」


「リーザの言うことで合っていると思う。だが根本がたぶん違う」


「というと?」


「オディーナは、たぶん、本気で自らの目標以外どうでもいいと思っている。嘘偽りなく、本気で。何もかも捨てれるほど、本気で。人が至れる境地ではない」


「すみません……わかりません。私」


「わからない方がいい。気をしっかり持て、次は、お前にとっての戦場だ」


「はい」


 ファレナは前を向く。ジュナシアの言葉を聞いて、彼女は意志を持って前を向く。強い意志を持って。


 ヴェルーナ女王が書類を数枚手に取って腕を上げる。ざわざわと思い思いに話していた諸王たちは、その仕草に一斉に口を閉じ女王を見る。


 そして、女王は告げる。第二の議題を。


「第二の議題。これもまたロンゴアド王より告げられる。ロンゴアド王よ。話したもれ」


「わかった」


 再びロンゴアド王の下へと視線が集まる。先ほどの勝利からか、ロンゴアド王には余裕が見え、その隣に立つランフィードたちには手ごたえを感じているのか、笑みすらも浮かんでいた。


 そして王が口にするはロンゴアド王国における最大の、狙い。


 最大の、報復行為。


「我が国は、ロンゴアド国は、ファレナ王女の即位を求める」


 空気が凍った。息を飲んだ。諸王たちは驚きの表情を見せて、ヴェルーナ女王は苦虫を噛んだような表情を見せて、そしてファレナの隣に立つジュナシアは――――


 酷く冷たい顔をしていた。


「……聞こう。ロンゴアド王よ。何故それを、求める?」


「うむ、先ほどの通り、ファレナ王国を治めるは今は狂人。建てなおさねばならん。あの国は平和の象徴。嘗て、ファレナ王国設立を果たした戦皇女ヴァルキュリエ。ファレナ女王が成した暴力の無い世界。それと今の国はあまりにもかけ離れている」


 諸王たちは頷く。オディーナは無表情でロンゴアド王を見ている。


「今こそ、真の平和国が必要であると余は考える。そしてそれを成すのはファレナ王国始祖と同じ名を持ったファレナ王女以外他はあるまい。いかがか諸王たちよ」


 ロンゴアド王は静かに、その広い会議場に向けて声を発した。諸王たちは皆、思い思いに声を上げているが、会議場にかかっている式によって声が届くのはロンゴアド王の声のみ。


 結果雑踏となって、ざわざわと音が広がる。賛成の声か、それとも反対の声か、それは判断することはできない。


 赤髪を広げ、ヴェルーナ女王は議長国としてロンゴアド王に問いかける。


「確かに、それが最も美しい形であると言われれば、反論はできぬ、な。どうかファレナ王女よ。特別に席を作ったのだ。話してたもれ。もし王となると言うのならば、貴女が思いをすべてここで放つがいい。言葉乱れるとも許す」


「はい」


 ファレナは振り返ることはない。振り返れば、きっと迷うから。


 彼女は胸に手をあて、息を吸い、息を吐く。諸王たちは息を飲んで、彼女を見た。


「えっと……はい、私、ファレナ・ジル・ファレナと申します。ファレナ王国のお、王女です。よろしくお願いします」


 ファレナは頭を下げた。深く。そのどこか飾らない言葉に、諸王たちの緊張を解く。


「皆様方、私は……私は、今現在のファレナ王国に殺されかけました。私の両隣にいますお二人がいなかったら、今頃は確実に死んでいました」


 唾を飲む音が聞こえる。そこまでやるのかという声も小さく聞こえる。


「私は国を奪おうとした人たちにとって、邪魔だったのでしょうか。ってそれは今はいいですよね。今、大事なことは、ファレナ王国がすでにファレナ王国ではないということです。平和を愛する国ではなくなっているということです」


 ロンゴアド王子である、ランフィードが笑みを浮かべる。


「一つの戦争は終わりました。ですが、次は起こらないということはあるんでしょうか。私は……信じられません。父を殺させて、私を殺してでも得たかったものが、そんな簡単に元通りになるなんて思えません。ですから……私……私が……」


「姫様……」


 思わずリーザの声が出る。


「ごめんなさい。私、自信はありません。ファレナ王国の始祖は、血と暴力に支配された地より蛮族を倒して、世界で最初の王国を作ったと言われています。私にそれができるかって言われると、わかりません。女王になることで、一度壊れちゃったあの国を全て直せるとは思いません」


 弱音を言うなと、セレニアが眼で訴える。


「ですけど……やってみせます。自信はありません。ですが、やってみせます。それが私が生きている意味だと思います。だから、やらせてください王様を。私は、私なりに、私の国を作ります。平和な国を作ります」


 ファレナは正面を見た。その視線の先にいるのは、オディーナ・ベルトー。彼はただ、ファレナをみていた。


「私は、嫌です。もう、誰も殺させはしません。もう、誰にも、誰も、殺させはしません。その手段が王様になるということならば、私はなります。皆様のようには今はうまく統治はできませんけど、私頑張りますから、お願いします。どうか、どうか、私にファレナ王国を建てなおす機会をください」


 宣言する。力強く。ファレナは諸王に宣言する。自分が王に相応しいと、彼女は宣言する。


 その言葉は、説明不足で、心を打つには今一つ内容が足りず、しかしながらしっかりとしたファレナの眼は諸王たちにどこか、感動を与えた。


「……以上です。ヴェルーナ女王様」


「若輩ながら、中々の言葉よ。ではロンゴアド国王、ファレナ王女、そしてファレナ王国代表であるオディーナ。三者に問おう。まずはロンゴアド国王」


「うむ」


「貴君は、ファレナ王女の即位を求めたが、それによって得られるものはあるのか」


「ロンゴアド、並びに全世界の平和、それ以外はありません」


 ロンゴアド国王は一つの動揺も見せない。ヴェルーナ女王はふと冷たい眼を見せて下を向いた。


「……なるほど。確かにその通りではある、な。では次にファレナ王女」


「はい」


「貴女、本当にそれでよいか?」


「えっ?」


「もう一度聞こう。本当にそれでよいのか?」


「いいです。私が、できるならそれでいいんです」


「ふぅ……急ぐか。それもよかろう、よかろう、な」


 ファレナは強く、女王を見る。ヴェルーナ女王は悲し気な顔を見せて、どこか、ファレナを憐れむような顔を見せた。


「では、オディーナよ。わらわが問いに答えよ」


「必要はございません」


 オディーナは言ってのける。問いかけに答える必要はないと。赤き髪の女王は少し怒りの表情を見せて、その男に再び問いかけた。


「……異議があるのか? なれば口で説明いたせ。諸王会議開催の声を上げた割には先ほどから静かではないか。なんとも、不愉快な男、よ」


「では女王陛下、一つ」


「うむ、申せ」


「代表者の変更を求めたいのですが、よいですか?」


「今更か? よかろう、諸王たちの……投票もいるまい。元々騎士団長が立つ場ではないのだ。して、だれをだす、か?」


「ファレナ王国アリア王妃殿下を」


 会議場が騒ぎだす。諸王も、その連れも、皆が声を上げる。


「お母様……?」


 思わずその言葉を口に出して、ファレナは固まる、ジュナシアの眼がより冷たく凍る。


「……おるなら最初から出すがいい。それとも自らの娘にあそこまでしたことを憂いておったか?」


 ヴェルーナ女王は、不機嫌そうにそう口にしたが、オディーナは一切構わずに後方へ退き頭を下げる。


 そこにいるのは、頭までフードを被った女性。


「王妃殿下、お願いします」


「少し早いと思うんだけど」


「ご子女が少し、申し訳ございません」


「ふぅ……全く、不出来な娘を持つと苦労しますね」


 立ち上がるその女性は、フードを深くかぶっていたため顔をみることはできなかったが、それでも纏う雰囲気はまさにカリスマ性を感じさせて。


 オディーナと彼女は交代して足場の前へと立つ。それをみたヴェルーナ女王は、ぼそりと声を出した。


「……名を告げよ」


「ファレナ王国王妃、アリア・セーラ・ファレナ」


「顔を見せよ。諸王が前で不敬である、ぞ」


「ふぅ……いいでしょう」


 フードに手をかけて、ファレナ王国王妃はそれを一気に脱いだ。


 現れる長き黄金色の髪、現れる顔。


 その顔。


「……えっ」


 ファレナは声を出す。その顔を見て声を出す。


 そして場は静寂に包まれる。口を開くことを忘れて、諸王たちは見る行為に集中する。


「ふぅ、ここ、魔力封印されるから、どうにもねぇ……本当の顔出ちゃうのよね。ごめんなさい王様たち」


 フードの下から現れた顔、その顔。アリア王妃のその顔。それは――


「ファレナ、久しぶりね。ちょっと痩せたかしら? ふふふ……」


 先ほどまで諸王たちが見ていたファレナの顔、そのものだった。

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