第12話 世界諸王会議 前編
天高く浮く大陸の中心で、廃墟に囲まれたその中心で、ただ一つ輝くは巨大な宮殿。
その宮殿を含むこの大陸では決して争いは許されず、決して誰の死も許されない。
もし、この大陸で誰かが死した場合は、大陸にいる全ての生物は死に絶える。それは絶対的な連帯責任。
それ故にアズガルズは世界で最も平和な大陸と呼ばれている。死による絶対的な法がそこにはある。
宮殿に集まるは世界中の王たち、そこで本日開かれるのは世界諸王会議。王たちの最後の話し合いの場。
宮殿の中にある巨大な会議場はせり出したバルコニー状の足場が右に左に上に下に、それらは中心にあるアズガルズの紋章を囲むように円を描き、高き場所から全てを見渡せるその構造は、まるで劇場のよう。
さらにそこには議会を円滑にするための様々な仕掛けがある。
一つ、足場の前に立ち、そこで話す声は、どんなに小さな声であっても会議場全てに聞こえる。
一つ、議長国の判断により、見苦しい発言をする者に対しては個人単位で発言をすることを封じられる。
一つ、多数決を取る際は足場の前についている紋章に手を当て、念じるだけで集計される。集計結果は会議場の中央の空に数値として映し出される。
一つ、万が一会議場で戦闘行為に及んだ場合は、被害者の有無に関わらずその戦闘行為を行った者は無条件で退場となる。
それらの条文が書かれた書類を読みながら、胸を押さえて呼吸を整えるのは純白のドレスに身を包んだファレナ・ジル・ファレナ。彼女は現在一国の代表ではないが、特別に一国として席を与えられていた。
彼女の両脇を固めるのは赤と青の髪を揺らすアルスガンドの両名、ジュナシアと、セレニア。
そして彼女の後方、一歩下がって白き鎧を着たリーザ・バートナーと宮殿で合流した魔法師マディーネ・ローヘン。
たった五人、バルコニー状の足場には十名以上座れる席があるが、彼女たちはたった五人。周りを見ても、彼女たち程人数が少ないところはなかった。
胸を抑える手に、決意を込めて、ファレナは一歩前へと進む。そして飛び込む、上下左右、大小さまざまな国の王並びにそれに準ずる代表者がパラパラと足場の前へと出ている。
出席国の数は90か国以上。世界中の国々の代表者が今、一堂に会したのだ。
静かに王たちは開催を待つ。暫く後に、唐突に聞こえたのは咳ばらい。それに続いて、低い声が会議場に響き渡った。
「諸王たちよ。世界諸王会議開催にあたって、主催国の名を告げる。ヴェルーナ女王国、ロンゴアド国、ファレナ王国。以上三国の声により、開催となる。前回議長、私、オルケーズ共和国が代表マルティスより、議長国の譲渡を行う。ファルネシア・ヴェルーナ・アポクリファ女王陛下。声を」
「了解した」
諸王たちの視線がヴェルーナの旗が下がる席に向けられる。遠めでもわかる、輝く赤髪は最古より続く魔法師が始祖の血族の証。ファルネシア・ヴェルーナ・アポクリファ。優雅に、華麗に、彼女は両手を上げて高々と宣言した。
「これより、世界諸王会議を開催する。諸王たちよ。本日はよくぞ集まった、な。国力上下全て関係なく、皆一律に同列である。一つの遠慮もいらぬ。では、開催といたそう。鐘をならせ!」
ファルネシア女王の声に続いて、鐘が鳴った。鳴り響く鐘は諸王会議開催の証。ガランガランと、響く音と共に、会議場へ続く全ての扉は締められる。
これよりは誰の退場も許されず、誰の入場も許されない。
誰もここから逃げられない。
「さて……議長国となるのは数十年ぶりである、な。わらわが顔、初に見る者はおらんだろうが、告げておこうか。わらわがヴェルーナ女王国女王、ファルネシア・ヴェルーナ・アポクリファである。今日から続く諸王会議が議長国代表である。よろしく頼もう、か」
赤く輝く頭を下げて、女王は諸王たちに挨拶を交わす。諸王たちは、それらの従者たちは、それぞれその場で頭を下げ、彼女に応える。
ファレナもまた、同様に頭を下げた。ジュナシアは見回す。そして気づく。頭を下げない者がいることを。
ジュナシアはその男を見る。その男は、ただ冷たくジュナシアの眼を見る。
何故か、ジュナシアにはその眼に憐れみが含まれているように思えた。何かを強く彼は、憐れんでいる気がした。
「では各国、早速議論に移ろうかの。第一の議題はロンゴアド国より発表される。ロンゴアド国王、発言を許可する。議題を述べよ」
「うむ」
立ち上がるロンゴアド王、王の横にはランフィードたちがいる。彼らの位置は、丁度ファレナが立つ右横。声を遠くまで飛ばす術を使わなくとも、彼の声はファレナに届く。
ロンゴアド王が咳払いをして、自らのマントを腕で払って一歩踏み出した。そして声を貼り、彼は述べる。一つ目の議題を。
「第一の議題、それは、我らが正面、ファレナ王国が数々の悪行、それの真意を問いたく。討論如何によっては断罪を求めるものである」
ロンゴアド王は怯むことなく正面の足場に立つファレナ王国を睨みつけて宣言する。その国に対する非難を。
他の王たちは様々な表情を浮かべて、一斉にファレナ王国の方を向いた。
「ヴェルーナ女王よ。この議題、いかがか?」
「わらわも本議題に関して異議はない。諸王たちよ。正面の紋章に触れよ。本議題で開催してよいか否か。第一の投票である、ぞ。もし意義があるならば反対と念じよ。これは本会議場の式が作動するかの確認でもある。棄権含めて必ず意思を伝えよ」
諸王たちが一斉に足場の前へと踏み出し、全員が紋章に手を当てた。ファレナもまた、恐る恐るながら前に出て紋章に触れる。
触れた紋章は輝き、白い光を放つ。しばらくの猶予の後、光は消えた。
全員が一斉に会議場の中央を見る。そこに浮かび上がる大きな文字、書かれているものは数字と、賛成と反対を示す言葉。
「賛同が67、反対が21、その他は棄権、か。では本議題から一日目をはじめるとしよう、か」
女王が告げるその内容に、ファレナは眼を見開いて信じられないという風な顔をした。彼女は思っていた。反対などでるわけがないと。
不安そうな顔で彼女は両脇にいるジュナシアとセレニアを見たが、彼らは何も言うことはない。当然だと思っているから。
悪行を真っ直ぐに断罪することができるのは、物語の中だけなのだ。彼らはそれをよく知っている。だからこそ、アルスガンドは暗殺者となったのだから。
「ロンゴアド王よ。話すがいい。ファレナ王国の悪行と、その罪について」
「では述べさせていただこう。ヴェルーナ女王国も我らと同じ意見だと言う話は諸王たちにすでに伝わっておるとは思う。まず、我らロンゴアドとファレナ王国に関して、知っての通り現在我らは戦争中である。その発端はファレナ王国が我が国に対し、強請と捉えても問題はない要求を行ったからである」
ロンゴアド王が高々と宣言する。周りの王たちは、頷く者もいれば、首を横に振る者もいる。
声は会議場にかけられている魔術に反応して、大きく大きく響き渡り、諸王たちの耳に届いていた。
「従属しなければ、国を焼くと。そうファレナ王国は告げたのである。知っておろうが、世界で最も豊かな土地を持っていたラ・ミュ・ラ国。かの国は一日経たずしてこの世界から消え去った。ファレナ王国が強大な兵器によって。これに関してファレナ王国が代表者に問う。何故このようなことをしたのか」
「悲しきことよ、な。ファレナ王国よ。発言を許可いたす。これに答えたもれ」
ロンゴアド王の宣告の下、ヴェルーナ女王がファレナ王国に返答を求める。その声に従って、ゆっくりと前に出てきたのはファレナ王国騎士団長、オディーナ・ベルトー。
彼は荘厳な鎧を着て、諸王たちにも負けず劣らずの威厳を身に纏ってそこに立つ。壮年のその男の顔は、冷たく、そして強く、正面のロンゴアド国を見ていた。
「諸王陛下たち、並びに国家代表者たちよ。申し遅れました。私が現ファレナ王国代表者、オディーナ・ベルトーであります。ファレナ王国騎士団長にして、国王代理をさせてもらっておりまする」
「オディーナよ。ロンゴアド国王の問いに答えよ」
「はっヴェルーナ女王陛下様。ロンゴアド国王陛下にお答えいたしまする。何故ラ・ミュ・ラ国に兵器を向けたか。それはただの一つの理由からでございます」
オディーナの言葉、そして振る舞い。それはオディーナが行って来た数々の悪行からは考えられないような、堂々としたものだった。
まさしく騎士。その誰もが見習うべき振る舞いのままで、オディーナは非情の一言を告げる。
「見せしめでございます」
包み隠さず、一切の言い訳もせずそう言ってのけるオディーナに、諸王たちは一瞬ざわついた。そしてオディーナは言葉を続ける。
「我が国は世界を統べる国。それに対し、ラ・ミュ・ラ国は作物の取引を止めると言ってきました。理由は、我らが国が当時行方不明だったファレナ王女を探すために、かの国へ無断で騎士を派遣したせいであるとラ・ミュ・ラ国の国王はおっしゃっておりました」
諸王たちは言葉を失う。オディーナは告げているのだ。自分たちの邪魔をしたせいでかの国は滅んだと。
それに反論するは同じ目にあいかけたロンゴアド国王。
「オディーナ殿、誠に勝手な言い分。まるでファレナ王国がすでに世界の皇帝であるとの発言。甚だ不愉快であるが、それは本意か? 言い過ぎたというならば今なら発言を取り消させよう」
「本意でございます。取り消す必要はございません」
「わかった。まさかそこまでとはな。聞いての通りだ諸王よ。我が国は、この傍若な者たちに脅されておったのだ。我が国から宣戦布告したなどということは一切ないのだ」
「お待ちを、私からも一つ話をしたく願います。ヴェルーナ女王陛下、よいか?」
「よかろう、オディーナ殿、話すがいい」
「はい」
息を飲む。何を論じようというのか。ロンゴアド国王は、他の王たちは、皆オディーナの言葉を待った。
オディーナは王たちを見回して小さく息を吐いてから、告げた。
「ロンゴアド国、そして諸王たちよ。ロンゴアド国王の言葉に、何一つ間違いはございません。その上でお話いたします。貴君たちは、この世界が盤石であると本当に思っておりますか? ロンゴアド国王、この世界はこのままでいいと思っておりますか?」
「何を、当然である」
「ほぅ……? では聞きますが、世界にはいかほどの人口がありますかな?」
「20億はいると、聞いたことがある」
「しからばここまでで、人に殺された者たちの総数。知っておられますか? ロンゴアド国王」
「……わからん」
「では簡単にしましょう。万年の人の歴史の中で、人の手によって殺された人の総数は、20億を超えてるか否か」
「それは」
「考えるまでも無い。当然、超えていまする。今でも簡単に数千万単位で死ぬこの世です。だが何故絶滅しない? その最後の一歩、最終の時は、何故訪れない?」
「何を言っておるのだ。オディーナ殿」
「彼奴、まさか」
ヴェルーナ女王が呟く。オディーナ・ベルトーが微笑む。
「考えてください……くくく。我々に対しての非難? 私個人への弾劾? 好きにすればよろしい。世界の悪こそが、正義であると理解するには貴君らにはまだまだ痛みが必要ですので」
「……わけのわからぬことを。やはり、ファレナ王国、狂人の手に落ちていたか。ヴェルーナ女王陛下よ。議決を」
「うむ。では諸王よ。第一の議題、ファレナ王国が悪行について、非難の声をあげようと思いまする。その後、賠償並びに停戦の条件を諸王議会の命により決する会議へ移る。よいかファレナ王国国王代理オディーナよ。反論があればいいたもれ」
「一切かまいません。次の議へとうつりたいので」
「……では諸王たちよ。紋章に手をかざせ。諸国を滅ぼさんと戦争を起こしたファレナ王国に対して、弾劾の議決を行う。賛成、反対、そして棄権。意を伝えよ。先ほどと同じく、な」
王たちは紋章に手を伸ばす。そして念じる。各々の意志を。
当の本人が、弾劾されるべき国家自身が、非難してもかまわないといっているのだ。当然のように結果は偏る。
「賛成83、反対が9、その他は棄権か。ではファレナ王国よ。貴国に対する非難決議を採択する。これより貴国が起こした戦争責任の取り方について話すこととする」
「了解しました」
オディーナ・ベルトーは頭を下げ、その決議を粛々と受け入れた。諸王たちは、完全に混乱しているようだった。
自分で自分を裁いたようなものである。ロンゴアド国王も腑に落ちないと言った顔を見せて、ファレナたちもまた、何とも言えない気持ちの悪さを感じていた。
そして会議は進む。ファレナ王国の賠償責任と、その方法について。
静かに、だが燃え上がるように、世界は少しずつ動き出していった。




