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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第11話 天架かる橋

 天に登る巨大な橋。橋の先にあるのは巨大な大地。浮遊大地。


 そこは全ての魔に連なる者にとっての故郷。名をアズガルズ。嘗て、錬金術より派生した魔法と魔術と刻印を生み出した場所。大いなる大地。


 嘗てはどこよりも知に溢れた大国があったその大地も、今では廃墟を残すのみ。綺麗な建物は大陸の中央にある巨大な宮殿だけ。


 世界中の国の祖であるこの大地に建てられるその宮殿は、世界諸王議会の手によって作られた議場。諸王たちによる国家間の最後の決定は常にこの場所で行われる。


 天に伸びる橋は広く、数千人規模で足を踏み入れたとしても揺れることすらない。アズガルズの大地に行くにはこの橋を渡る以外術はない。


 今そこに、二か国の軍勢と、王たちがいる。片方は東方の大国であるロンゴアド国。そしてもう一方は――


 掲げる旗は大きく、旗に輝く剣に鳥の紋章。


 世界最大、最古の王国。ファレナ王国。


「確かに隣国だぜ。だがよ……かち合うかよ……」


「黙っておれボルクス」


 先頭を行く二頭の馬にまたがるロンゴアド兵団の団長ボルクスと副団長のベルクス。その隣、黒き鎧に光り輝く剣を腰にするはファレナ王国騎士団長オディーナ・ベルトー。精悍な顔つきで、ボルクスたちを一つもみることなくオディーナは馬を進めていた。


 異様な雰囲気だった。敵対してる軍勢の長たちが、戦うことなく肩を並べて橋を進むのだ。兵士たちも何も言えずに、ただピリピリとした緊張のままに進んでいた。


 互いの軍勢の数はほぼ同数。会議へ出席するだけの護衛なのだろう。


 ロンゴアド兵団後方には王族の乗る馬車と、それを護衛する者たちがいる。ファレナ王国の後方にも同様に王族の馬車と、それを護衛するものたちがいる。


「ラーズ、あんた落ちたわねぇ。聖光騎士が近衛兵になるなんて」


「姉さんのせいだろ……レイドールのやつが死んじまったから一人責任取らされて聖光騎士外されたんだよ……しかも雪山で姉さんにボコボコにされたせいで僕の面目が……あーくそっ! 給金も半分なんだぞ全く!」


 並ぶ二人の赤髪の姉弟。リーザ・バートナーと、ラーズ・バートナー。敵同士であるというのに、彼らは並んで話しながら橋を進んでいた。


「ねぇラーズ。お母様たちは、何か言ってた?」


「姉さんは勘当だってさ。父上がもう怒り狂ってやばかったよ。母上は、心配してたけどさ」


「そう……」


「まぁ、いろいろ不満があるのはわかるよ? ここだけの話、騎士団で何だか変だなって思ってないのって、聖皇騎士の4人だけさ。でもなぁ離反はなぁ……いきなり抹殺指令でたんだぜ姉さんの」


「だったらラーズもこっち来なさいよ」


「馬鹿言うなよ。母上たちを捨てられるかってんだ。バートナーは処刑人の一族だけど、僕も姉さんも反発して騎士になっちまったからさ。それだけでも家庭崩壊ものだったのに、姉さん離反だろ? 僕まで離反したらバートナー家終わりだぜ」


「分かるけどでも、だからって……こんなひどいことしていいってのは違うんじゃないの?」


「近衛兵にまで落ちちまったけどさ。やっぱり僕の国はファレナ王国なんだよ。まぁ、思考停止かもしれないけどさ。それでも、姉さんみたいにこの国、捨てらんないよ」


「私は殺されそうになったから……それに私はまだ国を捨ててないわよ。ファレナ姫様もいるし」


「姫様ねぇ……逃げ出した人に、何ができるんかねぇ」


「人のことも知らないで。全くもう、皮肉屋のつもり? 背伸びするのやめなさいよラーズ」


「背伸びだけしてられれば、楽だったんだけどなぁ……」


 遠くを見るラーズに、リーザはそれ以上何も言えなくなった。馬が橋を蹴る音が定期的に鳴り響く。


 橋の真ん中あたりを通り過ぎた時、唐突にそこを歩いていた者たち全員は急激な寒気を感じる。頭の芯に何か杭を打ち付けられた感覚。


 それは、魔力が封印されたことによる感覚の変化。誰もが等しくこの大地に入ろうとする者は、魔力を封印される。


 魔法も、魔術も使えなくなる。魔道具もただの物に成り下がる。


 それはこの国で争いを起こさせないための、太古よりかけられた封印術。


「うっ……」


「セレニア、大丈夫か」


「ああ大丈夫だ。だがこれは私たちには、きついものがあるな」


「刻印を封印されるようなものだからな。肉体の強化も一気に無くなる。この気怠さ……」


 みるみるうちに髪が青くなっていくセレニアと、赤くなっていくジュナシア。二人は魔力を封印されたことで、一時的に刻印の影響がなくなり、髪の色を黒から戻す。


 ファレナとランフィードを乗せた馬車の中に、ジュナシアとセレニアもいた。彼らは二人の王族に対しての最後の護衛なのだ。


 心配そうな顔をして、ランフィードが口を開く。


「大丈夫かい二人とも?」


「心配はいらない。一時的なものだ。すぐに身体が慣れる」


「そうかい? なら、いいけど。辛いなら馬車の奥に毛布がある。使ってくれるといいよ」


「ああ、セレニアいるか?」


「大丈夫だ。寒いわけじゃないんだ。気にしないでいい」


「そうか」


 車輪の音が鳴り響く。上へ上へと登っているというのに、そこにいる誰にも不思議と傾いている感覚はなかった。重力すらも操作されている。この大陸はまさに、魔の大陸。


 ランフィードがふと隣をみる。ファレナが静かに組んだ自分の手を見て、佇んでいる。集中するように、邪念を押し殺すかのように、彼女はただ静かに自分の手を見ていた。


「ご心配、ですか? それとも何か気になることでも?」


 優し気に、ランフィードは微笑みながらファレナに話しかけた。


「いえ、大丈夫です。ちょっと、緊張しちゃって」


「それは、当然なことですね。私も少し緊張しております。まさかファレナ王国と共にこの橋を渡ることになるとは。姫様は……あまりいい気持ではないですよね」


「うーん……変な話なんですけど、それは別にいいんです。恨みとか、なんというか、そういうの私よくわからないんで」


「よくわからない?」


「はい、私、わかんないんですよね。そりゃ、楽しいとか、嬉しいとか、い、愛しいとか? は何となくわかります。でも、何というか、恨めしいとか、死んでほしいとか、そういうのは、わかんないです」


「それは、どういうことですか?」


「うーん……わかりません。思ったことが無いというか」


「なるほど……では、何を緊張なされております?」


「私ちょっと、自信なくて。王様たちにうまく話せるかなって。王子様はそういうの慣れてるみたいですけど」


「いやぁそれは……自分の言葉で伝えれればそれでいいんですよ。そんなに硬くなる必要はないと思います」


「はい、頑張ります」


 そういうと、ファレナは馬車の窓を開けて外をみる。上へ上へと続く橋、迫ってくるは大きな大地。


 完全に地面から浮かんでいる大地。その壮大さに、その美しさに、ファレナは言葉を失う。自らの眼に飛び込んでくるその景色に、彼女の緊張は少し、解かれた。


 視界の端に、馬車が見える。隣を走る馬車。その馬車の天幕に描かれるは剣と鳥の紋章。ファレナ王家の紋章。


 ファレナはそれを見て、少しだけ胸が苦しくなるのを感じた。あの馬車に乗っている者を自分は間違いなく知っているから。


 窓を閉めて、ファレナはうつむく。再び自らの手を眺める。


「ファレナ」


「はい」


 ジュナシアの話しかける声は、いつにもまして優し気な声。その声に、ファレナは耳を向けた。


「俺は、ファレナ、君を、お前を信じている」


「ありがとう、ございます……」


「最初に会った時は、お前は生きるために何もしなかった。二度目に会った時は、お前は生きるために自分を殺そうとした母に手を伸ばした」


「……はい」


「英雄は三度死すとも起き上がると言うならば、証明してみせろ。三度目は自分で起き上がってみせろ」


「はい、やってみせます。必ず、必ず……ジュナシアさんの信頼に、応えてみせます」


「それでいい。やるだけやるがいいさ。これはお前自身の仕事、もう俺達にできることはない。だから任せる」


「はい、私は、あなたのために……もう、殺させません。私を、誰にも殺させはしません」


「ああ、悪くない。ランフィード、着いたら俺はセレニアと共にファレナの傍に着く。その後はどうなるかはわからないが、ロンゴアドに戻ることはないだろう。お前の護衛はここまでだ。いいな?」


「当然、今までありがとうジュナシア。楽しかったよ」


「ああ、ランフィード、次会うまで元気でな」


「君も。またいつでも遊びに来てくれ。友人は常に歓迎するさ」


「ふ……友人か。悪くない」


 微笑むランフィードに、ジュナシアは微笑み返す。


 ガラガラと回る車輪。昇る馬車。進む兵士たち。


 数刻後に、ロンゴアド国とファレナ王国の二国はアズガルズへと到着する。この二国が、諸王会議出席国の最後の二国。


 アズガルズの大地に建つ王宮で、議長国であるヴェルーナ女王国の者が鐘を鳴らす。その鐘の音はアズガルズ全体に響き渡り、そこにいる人々に、全ての国が揃ったことを知らせる。


 ――そして王は集う。宮殿の中心に。全世界諸王会議、開催である。

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