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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第7話 日昇る山の奥地へ

 万年の歴史があるこの大地、数百の文化と、数万の国、数億の人々が現れては消えていったこの世界。


 文化も、国も、言葉も、人の世は変わり続ける。今となっては一万年前の世界を知る者はいない。


 ただ、この空に浮かぶ太陽。これだけは、一万年前より同じ姿をしているに違いない。現に、どんなに古い文献にも、どんなに古い絵画にも、様々な表現の下、太陽というものは存在している。


 ジュナシアは空を見上げる。眩しい太陽が彼の顔を照らす。どんなに世界が不安定になろうとも、太陽は昇るのだ。


 彼は視線を落とす。目の前に広がるのは獣道。植物が生い茂り、片隅には小さな川が見える。


 振り返ると草を剣で払いながらゆっくりゆっくりとついてくるランフィードがいた。彼は額に汗を浮かべて、必死に道を進んでいる。


「ちょっと、待ってくれないか。はぁ……ジュナシア、君、すごいなやっぱり、こんなに歩きにくいのに、普通に歩いていくんだもんなぁ……はぁ、はぁ……マディーネ様は、大丈夫ですか?」


「お気になさらずに、こういうところを歩くのは魔法師にとっては普通の事です」


「魔道具の材料探しに、出るからですか? はぁはぁ……」


「ええ、ランフィード様、お辛いのでしたらあそこの小川で休みましょう。あの透明度です。飲用にも使えるでしょう」


「すみません、はぁはぁ……僕もまだまだだなぁ……全く、なんでこんなところに……隠れ家を……」


 ランフィードは足を震わせながら、ゆっくりと小川の方へと歩いていった。ジュナシアはそれを見て、自分も子供の時は、山道はこんな風に苦労していたなと思い出し、微笑んだ。


 ジュナシアは一枚の紙を腰の物入れから出した。それに軽く触れると、文字と顔写真、そして地図が空へと浮かび上がる。そこにはこう書かれていた。


 封印師テスタメント・サラスト、オーダーナンバー9。埋葬済。


 ――数時間前。


「犯人はオーダーの、魔術師ですか? しかももう死んでいると」


「はいランフィード様……一年以上前のことなんです。それで、その時の任務書があるんです……これに」


「いただきます。おっと真っ白ですね……これは、魔力で文字を?」


「はいランフィード様。オーダーは全てこの紙で渡されます……」


「オーダーの任務書なんて初めて見ました。ははは」


 ヴェルーナ女王国の城、その一角の、王族が住む場所の一室。肩まで伸びた赤い髪を持つ少女が優しい声でランフィードに説明する。


 ヴェルーナ女王国第二王女、メリナ・ヴェルーナ・アポクリファ。女王譲りの赤い髪と、美しさをもつ彼女は、ちらちらとランフィードを見てその都度頬を赤らめていた。


 呼ばれて来たジュナシアと、マディーネは居心地の悪さを感じて。二人は自然と無口になっていた。


「ランフィード様、どうぞお姉様をお助けくださいませ……お姉様は強くて、可憐な人なんです。きっと今事不安で苦しんでおられるはずです……」


「大丈夫です。ロンゴアドからの仕事は終わりましたから。あとは戻るだけでした。少し寄り道をしても大丈夫でしょう」


「ありがとうございますランフィード様……やはりあなた様は、頼りになります。わたくしには、あなた様は眩しいです……」


「そんな、私など……メリナ様の美しさこそが眩しいというのです」


「まぁ……ランフィード様ったら……」


「メリナ様……っと駄目です。共がみておりますので」


「はい……」


 見つめ合う二人を横目に、気づかれないようにジュナシアは溜息をついた。思慕し合う男女を外から見るというのは、何ともやるせないと彼は思っていた。


 ランフィードが彼のそんな視線に気づいてふと申し訳なさそうな顔をする。構わないと、ジュナシアは頷く。


「では、詳しくお聞かせ願えますかメリナ様。こちらの二人は何度もオーダーを倒している者たちです。必ずや姉上君を助け出してくださいます」


「はい……お願いいたします。では……そうです、ね。どこからお話いたしましょうか……」


「はい、メリナ様、では何故、姉上君がその魔術師に攫われたと知ったのです? 先ほどもおっしゃってましたが、女王陛下は知っておられないのでしょう?」


「はい……実は……ここだけのお話です。お姉様、つまりヴェルーナ女王国第一王女。シルフィナ・ヴェルーナ・アポクリファは、王家から離れているんです。凄く簡単にいいますと家出しているんです」


「なんと、知りませんでした。ジュナシア知ってたかい?」


「無理に聞くな。知ってるはずがない」


「これは誰にもお伝えしてはいけないことになってますので、どうぞご内密に」


「わかりました。このランフィード、ロンゴアドの名にかけて、絶対に口外は致しません」


「ありがとうございます……ああ、ランフィード様……あなた様のような誠実なお方に、そこまで言わしてしまってわたくしは……」


「いいんですメリナ様、私は貴女様のためならば……っと、いかんいかん……」


 ランフィードが緩む顔を自ら叩き、気を入れる。どうにも彼は、どうしようもなく目の前にいる赤髪の王女に心を奪われているらしい。


 再びため息ついたジュナシアが横を見ると、つまらないものを見るかのようにマディーネが足を組んで遠くを見ていた。いつもの粛然とした彼女からは想像もできないほど悪態をついて。


 ランフィードが咳ばらいをした。そして、続きを話すよう施すと、メリナは再び話し始めた。


「お姉様は、城を出てからわたくしにだけは連絡をしてくださいました。当時幼子だった私を心配していたのだと思います。事実、お母様とお父様はお姉様に王位を継ぐ資格はないとおっしゃって、わたくしに厳しいしつけを施していました。少しばかり、お姉様を恨みもしました」


「なんと……」


「お父様が亡くなった時もお姉様は葬儀には出ず、誰にも知られないよう墓参りするだけでした。頑なな人なのです」


「その姉上君が、何故突然捕らえられたのですか? どこでそれを?」


「はい、お姉様はわたくしにだけ連絡手段を残してくれたのです。あそこに置いてあります魔道具の本がそれです。開いて本の中身を読んで、魔力を込めればお姉様とお話ができます。毎晩、寝る前にはお姉様とお話をしてから寝るんです。それで、数日前にお姉様からお言葉がありまして」


「魔道具の本?」


 唐突に、場の空気を斬り裂くようにマディーネは呟いた。メリナが疑問に思ってマディーネに向かって顔を向けると、失敗したという表情でマディーネは頭を一つさげ、手で話を促した。


 メリナが気を取り直して、話を続ける。


「捕まったから、少しの間寝る前のお話はできなくなるというお言葉でした。それからは何度呼びかけても反応がありません」


「なるほど、それで、何故その犯人が魔術師だと?」


「お姉様は元々魔法の才能に長けていました。城を出た後は、名を変えて魔法機関に席を置いているんです。本人以外ですと、わたくししか知らないことです」


「へぇ……姉上君はかなり大胆なお方なんですね。魔法機関は女王陛下の足元だというのに」


「はい、お姉様はとても強いんです。わたくしの憧れの人です」


「それはそれは、お会いしてみたいですね」


「はい……お姉様が最後に連絡してきた場所は魔力を追跡して出しております。そこは、ヴェルーナ女王国の東にある山脈の中です。ロンゴアドへの街道の途中で山へと向かう道があります。そちらから進めば着くはずです。地図上では、ですが……」


「そこまで詳しい場所を。兵士や、魔法機関にお話しは?」


「魔法機関は国事には不介入……ですから、お姉様はその、一応は王族ですから。介入してくれないんです。あと我が国に兵士はいません」


「王族ならば個人を助けることもしないのですか魔法機関は」


「はい、特にヴェルーナ王家には徹底して不介入です」


「どういうことですか?」


「わかりません。嫌われてるということではないと思うのですが……魔法師の始祖の血が濃いと言われてますし、案外、本当に畏れ多くて……とかじゃないですよね」


「……ジュナシア、ここまでで、何かないかい?」


「そうだな……」


 これ以上は聞くことが思いつかないと言わんばかりに、ランフィードはジュナシアに問いかけた。


 手で口元を抑えて、ジュナシアは少し考えた後、メリナに質問をする。


「王女殿下、二つ、お教えください」


「はい、何でしょうか」


「……王女殿下はこの犯人が魔術師だと目星をつけて、オーダーの書類まで持ってきました。オーダーに関する情報は、本来は依頼を受けた者か埋葬者しか見れないもの。何故、犯人がこのすでに死んでいるオーダーの女だと思ったのですか? そしてこの書類、これはどうやって手にしたのですか?」


「それは、えっと、その……」


「お答えください」


「ま、魔力探知した場所が、このオーダーの敵の本拠地だったからです。そしてそこに死んだはずの魔術師の魔力を探知しました」


「正確にお願いします」


「……と申しますと?」


「魔力探知など熟練の魔法師でも難しいことです。王女殿下は、そこまで魔法をお修めで?」


「えっと、そうですね。わたくしも一応ヴェルーナの女ですから、魔法は……」


「わかりました。それではこの書類はどうやって手に入ったのですか?」


「……えっと、埋葬者に友達がいまして……貰いました」


「…………わかりました。信じましょう。あと一つだけ」


「は、はい」


「オーダー以外の誰かがいれば、斬ってもいいですか」


「……それは、お、お任せします」


「わかりました。では早速朝日が昇ると同時に、向かいます」


「ありがとうございます……」


 ジュナシアは見逃さなかった。メリナの頬を伝う汗を。


 それは何かを隠している汗なのか、そこまでは彼には理解できない。だが、何かがあると察するのは容易ではあった。


 ――そして、場面は朝日の昇る山奥へと戻る。


「マディーネ」


「はい、何でしょうジュナシア様」


「今回の任務ランフィードにとってはいい経験になるかもしれないな」


「はい?」


「いろいろとな。女は、綺麗なだけではないからな」


「……は、はぁ。そう、そうですね」


 ジュナシアは川の傍で寝転がって空をみあげた。小さな虫が頬の横を歩く。川の中で魚が跳ねる。


 少し微笑んで、彼はゆっくりと身体を休めるのだった。

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