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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第二章 輝ける君のために
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第6話 月夜の城で

「さて、どうしたものかな……」


 月夜の下で、ランフィードが呟く。月は満月、下には華の町。ヴェルーナ女王国の城にある、貴賓用の部屋のバルコニーから彼らは町を見る。


 ランフィードの隣にはジュナシア、そして部屋の中にはマディーネが足を組んで茶を飲んでいる。


「自分で自分を弾劾する場を作る? それとも、あれだけやって尚、要求できるとでも思ってるのかなぁ……どう思うジュナシア」


「考える必要はない」


「だよね。とにかくロンゴアドには報告の文を出したんだ。正式に開催が決まれば、諸王会議が終わるまでは世界中の争いは一時的にだが止まる。強制休戦規定があるからね」


「そうか、ところでランフィード、メリナ姫には会いに行かないのか? 食事会で一言二言交わしただけだろう」


「あ、いや、それは……一応公務中だからさ。さすがに、夜だし……まずいだろうさすがに……さすがに……」


「呼ばれていただろう。ならば待ってるはずだ。行ってやれ」


「……聞いてたのか。いや、でもさ……うーん、そりゃ、行きたいよ? でもね、さすがに……わかったよ。ちょっと行ってくる。おっと勘違いするんじゃないぞ。僕とメリナ姫様は健全な交際をしているんだ。そういうのはないからね?」


「帰ってこなくても大丈夫だ。誤魔化しておく」


「ち、違うからな? くっ……行ってくるよ。マディーネ様、隣に寝室をもう一室借りておりますので、どうぞ就寝の際はお使いください。個室ですので顔を隠し続けなくとも大丈夫でしょう」


「はい、ありがとうございます王子殿下」


 照れくささを隠しているのか、ランフィードはいつも以上に丁寧に扉を開けて、客室を出ていった。その顔はどこか嬉しそうで。


 その初々しさをジュナシアは微笑ましく感じて、一人バルコニーで空に向かって微笑んだ。


「……さて、マディーネ」


「はい」


「作業場から持ってこれたか?」


「はい、ここに」


 マディーネはそういうと、ローブの中から一冊の本を取り出す。そして彼女はそれを開き、呟くように何か言葉を口にすると、本が光り、その中に入っていた物がでてきた。


 それは、二本の剣。赤い剣と、青い剣。


「師匠が……いえ、ハルネリア様が自らの隠し作業場に大切に保管してたものです。少し苦労しましたが、持ちだせました」


「やはりあいつが持っていたのか」


「しかし、どこでこの剣の存在を? ハルネリア様にお聞きになられたのですか?」


「俺の死んだ父が言っていた。あいつに渡したと。だからまだあるならあいつが持っているはずだと思っていた」


「え……それじゃ、勝手に持ち出させたのですか? てっきり、ハルネリア様に許可をもらっているのかと」


「許可など貰ってない。あいつは協力すると言ったからな、協力してもらっただけだ」


「ええ!? それ、ええ!? 私怒られちゃいますよ! ええー!? もー師匠こっわいんですから頼みますよもー!」


「……ん?」


「あ、いや、ははは、えーっと……んんっ! 何でもありません。お気になさらずに」


 唐突に口調を変えたマディーネを不思議に思いながら、ジュナシアは床に置かれた二本の剣を手に取った。


 赤と青、赤青の双剣。鞘から剣を抜き、それを手に取ると光を放ちながらそれは独りでに形を変えた。使いやすい、彼にあった剣の形に。


 軽く手で振る。まるで綿を振っているかのように、重さどころか空気の抵抗すら感じずにそれは軽く振られる。


 剣を握り、重さが欲しいと念じる。すると、剣は持っていられない程に重くなる。勢いのままにふり御降ろされる剣、重さはいらないと念じるとまた綿のように軽くなる。


 大きさが欲しいと念じると、その剣は形を変えて長く大きな剣となる。


 剣の大きさと重さを変えて、ジュナシアは双剣を振る。いつの間にか演武のように、彼はその剣技を駆使して剣を振っていた。


 赤青の双剣はアルスガンドの一族に伝わる魔法剣。故に、彼の技に、手に何よりも馴染む剣。


 一通り試した後、彼は剣を鞘に納めて床に置いた。赤と青の双剣は寄り添うように並んでいる。


 ジュナシアは息を吐き、そして椅子に座り込んだ。


「……やはり、これだ。父は武器などどうでもいいと言ってたが、一族の武器があるならそれは、一番合うと思っていた」


 床に置かれる双剣を見て、彼は感嘆の声を上げる。どんな剣よりも馴染む武器が今目の前にあるということに、彼は少しだけ喜びを感じていた。


「マディーネ、ハルネリアはこれを大切にしていたのか? 随分、手入れされてるみたいだが」


「はい、私が幼少期に弟子入りした時にはすでにハルネリア様の作業場にありました。手入れはしっかりとしていたみたいですが、戦闘に持ち出したことは一度も無いはずです。剣を眺めて一日過ごしていたこともあります」


「そうか。大切にしていたのか。まぁ、伝説に残るほどの魔道具だからな……」


「……それほど高名な魔道具で?」


「これはアルスガンドの源流である、一人の刻印師が自分の力を最大限発揮出るように作った道具だ。これには重さ、形はない。基本はこうして剣の形をしているが、剣ではないんだ。何というか、これは、流派……剣技? どう言ったらいいのかわからないが、戦闘技術そのものなんだ」


「なるほど、不定形……つまり、剣を元に魔道具としたのではなく、使う者の技ですかね。それを直接魔道具としたと?」


「言葉で言い表すとややこしいが、つまりは持ち主によって形を変える武器、だな。きっと使いこなせば俺の技をより強化できるはずだ」


「そして壊れない剣だと」


「そうだ。これに崩壊はない。世界の鍛冶師がこれをみたら、皆絶望するだろう」


「ほぅ……面白いですね。そういうアプローチもあるんですね……しかしそんな大切なモノをハルネリア様に渡すとは、よほど仲の良いご友人だったんですねジュナシア様の御父上とハルネリア様は」


「違う。ハルネリアと父は……男女の……そういう関係だったそうだ。あまり気持ちのいいものではないが……」


「ふあっ!?」


 飛び上がる。銀髪を振り乱して。マディーネのその姿に、少しだけジュナシアは驚いた。


 聖母のような、聖職者のような、振る舞いをしていたマディーネは消え去り、大きな声で叫んでいたから。


「えっうっそマジですか!? あの師匠が後生大事に元恋人の剣を持っていたってことですか!? あの恋愛してる人にあんなん時間の無駄とか言ってた師匠が! その割に道行くカップルに舌打ちしてたあの師匠が! 男には興味がないとか言ってたあの師匠が! の割にえっぐいパンツ履いてるあの師匠が!」


「……そうなのか?」


「そうですよ! へぇーあの師匠がぁ……あ」


「……どうした?」


「あ、あー……うー……んんっ! あー……うん、はい、い、いろいろ……んーんっ! いろいろと人には過去があるものですね」


「マディーネ」


「はい、何でしょう」


「いや……何でもない」


「はい、何でもないことにしておいてください」


「わかった」


 一息ついて、ジュナシアは窓から外を見る。風に乗って、漂うのは花の匂い。


 どこか、懐かしいその匂いに、彼は少しだけ故郷を思い出していた。もう戻らない故郷を。


 静かに彼は椅子に座って、佇む。マディーネもまた、どこからか茶を取り出して口に含み、眼を泳がしながらそれを飲み込んだ。いつもと違って彼女はどこか、動揺しているような顔をしていた。


「ん……?」


 ふと、気配を感じてジュナシアが入口の扉を見た。近づいてくる何かの気配。それは扉の向こうに立ち、そしてドアノブを回す。


 音を立てて部屋の扉が開く。扉の隙間から見えるのは黄金色の髪をした男。ランフィード。彼はいつにもまして真面目な顔をしてジュナシアを見た。


 そして開口一番。


「すまない、ジュナシア来てくれ」


「どうしたランフィード」


「メリナ姫様が相談してきたんだ。君の方がたぶんこういうことは得意だ」


「何の相談だ」


「メリナ姫様の姉上君が賊に捕らえられているらしいんだ。女王は気づいてすらいないそうだが……ほってはおけない。詳しくはメリナ姫様に」


「賊だと? 今時……わかった。マディーネも来い」


「はい、わかりました」


 そして彼らは部屋を後にする。どこか深刻そうなランフィードを先頭に彼らは王族の住む一角へと歩く。


 彼らが歩く廊下には、月の光が差し込めていた。

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