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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第3話 白くて赤い姫

 仕事の前にはスイッチを切り替える。普段の姿を残したまま、身体と意志を切り離す。


 目標は二つ、暗殺者の村を狙わせた首謀者の解明と、その者の殺害。単純だが、短時間で仕留めるのはかなり難しい。


 彼らはそれを相談することなく実行に移す。暗殺者の村から城までは数日は必要な距離だが、彼らの足ならばその半分以下で着く。幼少期からの鍛錬により彼らは馬よりも早く走れる。


 身体には栄養が必要で、彼は走りながら果実をもいで口に運ぶ。味など関係ないが、あまりにもそれは酸味がきつくて、あまり美味しいものではなかった。


 眉を少しだけ動かして、彼はそれを後ろについてきている仲間のセレニアに投げ渡す。彼女はそれを受け取り、噛り付くと、ペッと吐き出して恨みの籠った顔をした。


 すでに走り続けて二度目の朝日を見た。そして彼らは城を見まわせる岩山の上に至る。


 岩山の上で、彼らは自分の装備を確認する。


 一人は黒い男、胸に投げナイフ七本、腰に近接用のナイフ一本、そして白兵戦用の剣が背に二本。その他鍵を破る用のピン。


 一人は黒い女、右手に小さな弓と矢、背に予備の短弓、胸に投げナイフが七本、両の足首に投げナイフ二本ずつ。その他小物類を入れた小さな鞄が腰についている。彼女は基本的には投擲武器以外は持たない。


「侵入ルートはお前の使ったルートで行くぞ。問題はあるか」


 セレニアの問いかけに、彼は無言で応える。彼女はしばらく彼の顔をみたあと、前を向き、岩山を降りた。彼もそれを追いかける。


 岩山から下りると城壁がある。高い高い城壁。その一部に、経年変化によるひび割れがある。そこに手と足をかけると、上に登ることができる。


 当然上までうまく登れるわけではないが、ある程度登ればあとはナイフを突き立てることで登ることができる。


 二人は器用に壁を登っていく、城壁の隙間にうまくナイフを刺し、音もなく少しずつ登る。


「右を」


 セレニアが声を出す。彼は胸元から投げナイフを取り出す。そして指示通り、彼は右の兵士の後頭部にナイフを投げつける。もう一人いた左の兵士はセレニアが投げナイフで命を奪う。


 城壁に登り、彼らは二人兵士の死体の下へと歩み寄った。


 日が登りかけているその空の下に、彼らの姿はかなりの違和感を覚えさせる。だから彼らは兵士たちから鎧を奪う。自らの装備の上から、その鎧を器用に着る。


 鎧を脱がせた兵士の死体は城壁の下へと投げ捨てた。そして彼女は呟く。


「臭いなこの鎧」


 転がっている槍を取り、城へと入ると、そこは早朝の静かな城内だった。夜通し巡回している兵士たちはあくびをして、涙を眼に浮かべている。


 数日前に国王が殺されたとは思えないほどの静かさ。


 彼らは城を歩き、ある一室に入った。静かで誰も来ない部屋。そこで彼らは鎧を脱ぎ、天井に登る。ここからは湿気がたまりやすいこの城に走る通風孔を行く。


 狭くて、暗いが、まるで通路のように彼らは進んでいく。カビもネズミも埃も無視して。


 声が聞こえる。周囲から。


 それはほとんど意味のない噂話。次の国王がどうなるか、明日の警邏はどうなるか、友人同士の会話も聞こえる。


 彼はその声を聞きながら、ある部屋へと向かう。彼の顔をみた、唯一の人の下へと向かう。城内の構造は彼の頭に入ってる。だから、迷うことは無い。


 通風孔から降りて、場内を見回し、視界の隙間を見つけて出る。ごく自然に歩いていても、彼らは見つからない。


 扉に手をかける。小さくノブを回すと、抵抗を感じた。彼は自分で鍵を開けようと思ったが、後ろから伸びる白い手を見て一歩引いた。白い手を持つセレニアは鍵穴を触ることなくドアノブを軽くコツコツと叩くと、そのまま扉を開いた。


 白い扉、開くと赤い絨毯。二人は部屋に入り、扉を閉める。誰もいない。その部屋には誰もいなかった。


「さて、次の心当たりは?」


 セレニアが彼に問いかける。黒い眼を左右に揺らし、彼は何かを探す。ベッドに向かい、手を向ける。その手は白いセレニアの手に抑え込まれた。


「馬鹿やめろ。術式が残るだろうが」


 言われて彼はその手を引く。少し下を見て、彼は考える。この部屋の主の居場所を。


 きっとそれなりの立場なのだろう。城の中に部屋がある時点で、間違いなく重要人物。


「セレニア」


「ああ。しかしお前、単純な進入路とったな。技に頼り過ぎじゃないのか? いや、それも力か」


 彼女はベッドのシーツに向かって顔を落とす。息を一つ吸い、二つ吸い、そして顔を上げる。


「ちっ、こいつお前の、まだ生きてたのか。何故生かしておいた。これはお前のせいだぞ」


 彼は答えない。必要ないことは答えない。心情など、特に必要が無いからこそ、答えないし、言い訳もしない。彼女の問いかけに、ただ眼を貫くようにみることで答えにした。


「……次はしとめろ。さもなくば許さん」


 セレニアは扉を開き、歩き出した。周囲には当然のように兵士はいるが、そこまで多くはなかった。視界を交わすだけで、彼らは見つからない。


「姫様これを。こことここ、逆ですね。まずは複写をしっかりとしましょう」


「はい、不思議ですね。これで言葉が表せるなんて」


 声が聞こえた。彼はその声に反応し、天井へと登る。セレニアもまた、同じように天井へと登り、上に張り付いた。


 その視線の先で、廊下に二人で話し込む女性たちがいた。一人は紙の束に書かれている文字を見て喜び、一人は微笑ましくそれを見ている。


 綺麗な白いドレスに身を包んだ女が、彼のとりあえずの心当たり。その女は、白い肌をして、子供のような顔をして、彼とはまるで正反対の姿だった。


「姫様、会議の方が始まりますので、文字の勉強は置いておいて、とりあえず早く参りましょう。紙の方は私が戻しておきます」


「はいありがとうございます。今回はどんなお話なんでしょうか?」


「私には……すみません。本当は私も一緒に出席できればいいのですが、極秘とされておりますので」


「そうですか……ではまた夜に」


「はい」


 白いドレスの女性は大きな扉から部屋に入り、従者の女性はその部屋から離れた。


「ちっ、時間をかけてられないな。術式を使う。私に触れろ」


 言われた通りに、彼はセレニアに触れた。天井に張り付いていた二人はその姿を消した。


 そして独りでに扉が開き、そして閉まる。


 そこは、大きな部屋だった。円形のテーブルに、様々な色の宝石で着飾った女性が中央に座り、遠くその向かいに白いドレスを着た女性が座る。


 他にいる者は、髭を生やした男、宝石の鎧を着た男、ローブを着た老人。その他数名の貴族と思われる者。


「では王妃様、やはりしばらくは国王職は王妃様と、騎士団長が分担するということで」


「ええ、それでお願いしますわ」


「諸国に伝える文書に署名を」


 王妃は微笑み、貴族の男から預かった書類にサインをする。その向かいで無垢な顔をして、きょろきょろと周りを見回す白い女。そろそろと目の前に置かれた飲み物を口に運んでいる。


「不幸中の幸いですが、姫様も何故か眼が治りましたし。これで国王陛下の心残りもなくなったものでしょうな」


 貴族の男がその様子を見て声を上げる。自分のことを言われているのだと気づいたのだろうか、白い彼女は苦笑いをした。


「治癒の術式とは言え、まさかここまでの精度を出せる魔術師がいたとは。いやはやレイドール殿もよく研究をしてるようですな」


「いやいや、誰かは知らんが、我らの魔術とはまた違う系統の術です。誰がしたのかは知りませんがね。全く……」


 黒いローブの男がその顔を歪める。周囲は談笑をして、彼らはまるで会議と言うよりは一仕事終えた後のような。何ともいえない空気を醸し出す。


「お母様」


「どうしましたか」


「あの、私勉強に戻りたいのですけど。まだいなければいませんか?」


「あなた、始祖の名を貰ったのですよ。もっとしゃんとしなさい」


「あ、はい、すみません」


 白い女は、顔を曇らせてまた飲み物を口に運んだ。談笑に混ざろうにも、話しかけることがないのだろう。ただ飲み物を飲むしかできなかった。


「あれ……あの……」


 白い服の、この国の姫は少し屈んで口を押える。小さく咳をして、身体をかがめて、そしてもう一度小さく咳をした。


「それで、王妃様、騎士団長様。婚姻の知らせはいつ国に伝えましょうか。我々貴族院としても、お早い方がいいと思うのですが」


「うむ……私としても、騎士団としても、まだ早いと判断するが……どうですか王妃様」


「そうですね。とりあえずもう一つ国葬をする必要があるし、半年はこの体制でいきましょうか」


 朗らかに、他の者たちは話をする。


「お母様、あの、体調が……こほっ」


 また一つ、小さな咳をした。小さな彼女の白い手袋には赤い水滴が着く。それはお茶の色と言うよりはより赤く、より黒く。


 白い顔の口回りが赤く染まっている。白い服の姫は、咳き込んで、その白い服を赤く染めていった。


「ごほっ、く、ごほっ」


 咳き込む度にその赤さは増していく。ついに彼女は机に倒れ込んだ。胸を押さえながら、震えて血を吐き続ける。


「思ったより持つわね。レイドール、どうしてこんなにもつの?」


「熱い飲み物に入れたのが少し問題でしたね。あれはもっと人体程の温度でないと効きが弱くなるのです」


「これで死にます?」


「問題なく」


 レイドールと呼ばれたローブの男は冷たい顔を見せる。王妃は何か呆れたような顔で、ふぅと息を吐いて飲み物を口に運んだ。


「始祖の名を貰って、あんなに愛されていたのですもの。きっとあの人のところに行けるわ。ねぇファレナ、国王陛下に会ったら言っといてください。あなたを殺したのは、私が頼んだ暗殺者だ、と。ふふふ」


 王妃のその言葉は、赤く染まりつつある姫には届いていなかった。血にまみれた顔は正面を向き、自分の母親に対して手を伸ばす。届くはずの無い手を伸ばす。


「お、かあ、さま、たすけ……」


 完全に息ができなくなっていたのだろう。もはやその声は鳥のさえずりのような高く、小さな声で。


 誰もその姿に同情すらしていない。きっとこれこそが、人の悪の部分なのだろう。


 ドスッと、姫の首に小さな針が突き立てられた。突然何もないところからそれは現れ、針から手が、腕が、肩が、漆黒の服を着た、一人の男が現れた。


「何だお前は!?」


 その場にいた者たち全員が突然現れた男に驚かされる。貴族たちは椅子を倒し飛びのいて、騎士団長の男は剣を抜いた。


 黒い男は、背の二本の双剣を抜き、くるっと一回転させた。


 騎士団長が机を飛び越える。ローブを着た魔術師の男が手に光を集める。


 そして、それは全て止まった。まるでその場で空間を切り取ったように。彼が首を少し左に回すと、そこには青い紋章を付けた白い手がいつの間にか彼の肩を握っていた。


「お前本気か!? 魔術師と騎士がいるんだぞ! 何万人敵に回すつもりだ! それとも何か、私に刻印を使わせるつもりだったのか! こんな風にっ! お前、くそっ! 一晩や二晩抱かせただけでは許さんからな!」


 ますます彼女の左手の紋章は輝く。その紋章は、時間を止める。青い紋章は時を止める。莫大な魔力と引き換えに。


 激高するセレニアを横目に、彼は伏せている白い姫を抱きかかえた。乾きだしていた姫の血は、匂いを発していたが彼は気にすることはなかった。


「お前私以外の女を、いや、女……女を! 助けるつもりか!? 霊薬無駄遣いして! 私に魔力を使わせて! くそっ! ふざけるな! 殺す! 殺すぞ私はそいつを! とっとと降ろせ! その女の血がお前に着くだろうが!」


 止まった時の世界で、セレニアは大きな声を上げる。青い光がだんだんと弱くなっていくのも忘れて、セレニアは右腕の弓矢を姫に向ける。


「セレニア」


「何だ!? とにかく早く降ろせ!」


「頼む」


「なっ、ぐっ、うっ……ああ! くそっ! くそこの! くっそ! ああくそ! そんな眼で私を見るな! 行くぞ馬鹿!」


「ありがとう」


「黙ってろ!」


 彼らは止まった時の世界を走り出した。青い紋章の光はすぐに消え、時は動き出したが、会議室にいた者たちが気がついたころには突然の侵入者はいなくなっていた。


 走る。彼らは姿を消して。ほどなくして、城中にその騒ぎは広がっていった。

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