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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第27話 世界最高峰を仰げば

 世界最高峰。それは空の彼方に連なる山。


 その大陸にいる者ならば見上げればどこかにそれの影が見える。それは、最も近く、遠い場所。


 五体満足で、そこにたどり着けるはずはない。


 馬を駆けさせ三日はかかる距離を僅か半日で駆け抜けたロンゴアド兵団の兵士たちは、その大きな山の麓にたどり着こうとしている。


 魔力が切れ目に隈を浮かべている者もいる。到着しただけでもはや息も切れ切れで、兵士たちはもはや意地と精神力だけでそこに至る。


 12万いた兵士たちの数はすでに数万まで減っていて、誰がいないか、誰がいるかを数える余裕もなく、ただ彼らは一個の兵団として駆けていた。


「各隊の兵士長は、兵士長おらんところは小隊長が人を集めよ! 敵を蹴散らし支柱を立てろ!」


 大きな剣を掲げて、ロンゴアド兵団副団長ベルクスは走りながら支持をとばす。彼の馬はすでに途中で潰れ、額には汗を流して、それでも力強く走っている。


 とはいっても、彼以外はほとんどが満身創痍。敵を蹴散らすなどできようはずがない。それは皆、理解していた。


 それでも尚、兵士たちは己の任務を遂行するために、背に持っていた長い棒を取り出す。木でできた棒。それはうっすらと光る線が走っていた。


「ショーンドさん、ギャラルドさん。わかってる? 埋葬者らしくでっかいのみせときなさいよ」


「へいへい、わかってますよハルネリアさん」


「それじゃ僕が先行きます。ショーンド君、ちょっと思い切っていくよ」


「おっ、やる気だね。いいぜやりましょうかね」


 白いローブひるがえして、埋葬者であるギャラルドが飛ぶ、彼は両手を横に広げて、小さな輪を大量に空に広げて。


 同時に、全身に筆をぶら下げてるショーンドが滑り込む。手に持った筆で高速で空中に模様を描いていく。


「よぉしこれでどうだ。飛ばせれるぞギャラルドさんよ!」


「よし!」


 そして光は降り注ぐ。大量に敵が待つ山の麓に向かって。輪から飛び出た光が筆で書かれた円形の模様に吸い込まれて、飛ばされて、曲げられて、それは降り注ぐ。


 焼き尽くす光の雨は、麓に積る雪を溶かして、そこにいた兵士を、魔術師を焼き尽くす。


 敵の陣形に穴が開く。まさに一蹴。


「こんなもんですかねぇ。もう一発撃っときます?」


「駄目よ。兵団にあたる。ここからは範囲狭いのにしときなさい。ギャラルドさんもいいわね?」


「はい」


 魔法とは、魔を法としてこの世界に留めるモノ。それは道具を媒介にし、道具として、魔を固定化させるモノ。


 埋葬者である者が戦場で使う魔法は、破壊の魔法。光の熱線、それを集め、撃ちだす。


 如何に高名な魔術師と言えどもそれをまともに喰らえば肉が焼け、骨が砕け、身体は四散する。


 その惨状は、その惨劇は、日常であれば人に嫌悪感を与えるものではあるが、ここは戦場。醜悪なる戦場。


 砕ける敵を見て、ロンゴアド兵団の兵士たちは強く、強く士気を上げた。できる、自分たちならばやり遂げられる。そう誰もが思うほどに、魔法の一撃は鮮烈だった。


「突っ込め突っ込め! 敵の陣が崩れるぞ! 支柱を、あそこに! 麓に! あの敵の陣形があるところならば届く! 上まで届くのだ!」


 大きな声だった。ベルクスが発するその声は、的確に、兵士たちの理性を飛ばす。


 勇敢なその声は、命を懸けていることを忘れさせる。兵士たちは皆、がむしゃらに突っ込んでいった。魔法によって空いた敵陣の空間に向かって。


 ファレナ王国が有する魔術師たちがそれを見逃すはずはない。彼らは兵団に向かって一斉に火球を撃ち込む。騎士たちもまた、矢を一斉に放つ。


「すすめぇぇぇぇ!」


 ベルクスの声が響く。兵士たちがまとっている退魔の鎧が火球をはじく。しかし、矢はその鎧の上から突き刺さっていく。


 うめき声すら上げず兵士たちは棒を立てる。それは決死、まさに決死行。死んでも立てる。その意識だけで彼らは進む。


 それは、まさしく、地獄。


「ハルネリア! 無理だ! 全滅するぞ!」


 誰が言ったか、ハルネリアは声の方向を見た。そこには双剣で魔術師たちの首を刈りながら、大きな声で叫んでいるジュナシアがいた。


 奇妙なことに、彼は兵団が死ぬことをよしとしていないのだ。いくらでも人を殺せる彼が、人が死ぬのを良しとしない。その矛盾を、彼は気づいてはいない。


「参ったわ……思った以上に消耗が激しい。アルスガンドの肉体強化の式は……やはり彼らじゃないと魔力が持たないのね……」


「ハルネリアさんよ。さすがにこりゃまずいぜ! 支柱を立てても、ゲートを開くまでいかねぇぞぉ!」


「わかってるわよ! でももうここまで来たら戻れない! どうせ死ぬなら、一個でもゲート繋いで死んでちょうだい……!」


 冷たい祈り、ハルネリアは何もすることなく、ただ祈った。作戦が成功するのを。


 彼は、何を思ったのだろうか。犠牲を前提にしたハルネリアの姿に、彼は何を思ったのか。


「こんなのが、美しいのか?」


 思わず彼は呟く。みるみるうちに死んでいく兵士たちを見ながら。彼は何とも言えない顔をする。


「セレニア」


「駄目だな。あれは、こうなることは覚悟済みだろう。結局は人は死ぬんだ。いつ死んでもいいなら、今死んでもいいだろう」


「だが、それは人が決めていいことじゃない」


「いや、これは自分で決めたことさ」


「……確かにな」


 次々にやられていく者たちを見て、彼らは思う。この光景もまた、幾度となく繰り返してきたことなのだろうと。


「ハルネリアさんあそこ!」


「……来た、来た来た! よくやったわさすがロンゴアド兵団!」


 ギャラルドが指を刺す方向には、人一人通れるかという小さな光る扉があった。その三辺は棒で囲まれ、それを盾を持った兵士が懸命に守る。


 転移陣、ゲートと呼ばれるものが一つ、そこに開かれていた。顔を喜びでいっぱいにして、ハルネリアは走り出す。


「ショーンドさん残ってゲートを守って!」


「わぁってますよ! こんなボロボロの兵士たちだけほっていけますかってんだ!」


「ギャラルドさん、行くわ。頂上まで! セレニアさんたちどこ!? 早く来て!」


 言われるよりも速く、すでにジュナシアとセレニアは駆けだしていた。その速度は少しの衰えも無く、まさに疾風のように。


 途中、満身創痍のベルクスが拳を突き出して二カッと笑っている。行って来いと、その顔は行っていた。


「ロンゴアド兵団の人たちには悪いことしたけど、頂上についたらあとは撤退させて。いいわねシェーンドさん」


「わぁってますって。そのためのアレでしょ」


「アレは切り札だったんだけどねぇ。まぁいいでしょ」


 一番最初にたどり着いたのは、ジュナシア・アルスガンド。迷いなく彼はゲートに飛び込み、その姿を光の中へと溶かす。


 そしてそれに続いて数人。最後に――


「まずいまずいまずい! 止まって、止まって馬! ああああまずいぃ! これ、転移陣巻き込まれる!」


「ん? おい、ちょっと、誰だお前! 行くなって死ぬぞ!」


「行きたくないわよ馬鹿! 馬鹿! ばぁか! ああああ! 姫様捕まってぇ!」


 ゲートにすさまじい速度で突っ込む馬が一頭。騎乗がうまいことが災いして、リーザの駆る馬はまだまだ余力があって、それはショーンドの制止も虚しくゲートへと突っ込んでいった。


 ぽかんとするショーンドは、すぐに我に返り筆で防御壁の式を組む。それは七色の光を放って、周囲の攻撃を完全に遮断した。


 気が付けば、周囲にいる兵団の数は1万を切るまでになっていた。負傷していないものはいない。途中で退避させた者たちを合わせてもよくて2万程度しか兵は残っていないだろう。


 ほぼ全滅ではあれど、ベルクスは晴れやかな顔をしていた。死した者たちの意志を繋ぐ者がまだいるのだ。ならばそれは、どんな犠牲であっても無駄ではなく。


 ベルクスは見上げる。そこには雲を貫く巨大な山がそびえだっていた。

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