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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第25話 人は戦い、そして進む

 世界には大小様々な軍がある。それは自国を守るために、あるいは他国を攻めるために、存在している。


 そして、どこの世界にも、いつの時代でも、必ず議論されることがある。それは、どこが最も強い軍であるかということ。


 その議論の行き着くところは常に同じで、それは、大概の場合は二つの軍勢のどちらかだという結論になる。


 一つは、英雄たるファレナ女王が作り上げたファレナ騎士団。そしてもう一つは、その武力だけで一国を築いたロンゴアド兵団。


 最強談義に名を連ねるロンゴアド兵団のほぼすべての兵が今、ファレナ王国の国境沿いに展開されていた。


 その数総勢12万。まさに圧巻。誰がこの軍勢を止められようか。


 国境沿いの川を横断する巨大な橋の前に、それらは並ぶ。先頭にはロンゴアド兵団副団長ベルクス。そしてその隣に立つのはファレナ王国王女、ファレナ・ジル・ファレナ。


 ファレナは屈託のない笑顔を振りまいて、周囲を見る。本で見て、想像していた軍勢同士の戦いが今始まるということに、彼女は興奮していた。


「ファレナ姫よ。作戦通り参る。ここからは止まることのない戦場である」


「はい、わかってます! どんとやっちゃってくださいベルクスさん!」


「う、うむ……やはり数日前の貴殿とは何か違うような……まぁよいか、では、ロンゴアド国を守るために、世界を守るために、参りましょうかな!」


 ベルクスは大きな剣を抜き掲げる。その剣は日の光を反射して、赤く、白く輝く。


「誰ぞ一人でもたどり着ければそれでいい! 皆魔道具は持ったな! 全員! 陣形など気にするな! 目指すは霊峰ハーボルト山脈! いざぁぁぁぁあ!」


 大きな号令だった。その一声で、ロンゴアド兵団の兵士たちは大きな雄叫びをあげて橋突っ込んでいく。


 ――時は数刻前に戻る。


「対魔の鎧?」


「退魔、よ。退ける魔。これをロンゴアド兵団全員と、王女近衛騎士のリーザさんに着てもらいます」


 天幕の下で鏡のような鎧の前にベルクスと、魔法機関埋葬者ハルネリアがいた。


 そしてその周りにはロンゴアド兵団の兵士長と真っ白い鎧を着たファレナ。そして漆黒の衣装を身に纏うジュナシアとセレニア。少し離れたところで退魔の鎧を着こんでいるリーザ。


 皆が皆真剣な眼差しでそこに立っていた。


「これで魔術師にも対抗できます。というよりも、数回なら魔術でできた火や光が直撃したとしても完璧に遮断できますから負けないでしょう魔術師には。同じ術式何度も喰らうような人がいない前提ですけど」


「ほほぅ……これだけの鎧を10万以上、この早さで揃えるとは」


「正直骨董品なんだけどねこれ。まぁ持ちだせただけ感謝してくださいね」


 ベルクスが鎧をぽんぽんと叩きながら感心していた。


 そして、ハルネリアは本を開き、大きな地図を空に映しだした。それはこの辺り一帯の地図。精巧で、まるで空から地をみているかのようなその地図を前に、ハルネリアは息を吸って、そして大きな声で説明を始めた。


「さて、ではファレナ王国対国兵器『ケラウノス』破壊作戦の概要を説明します」


 ハルネリアは地図を手で指す。すると空に浮かんだその地図の映像のある一点が光った。そこは川にかかる大橋。ロンゴアド国とファレナ王国の国境にかかる大橋。


「当たり前ですが時間がありません。進軍が気づかれれば魔術師たちは迷いなくケラウノスを発動させます。12万なんて兵士、一瞬で消し飛ぶ兵器です。よって、ここ、ヴァードルトの大橋から一気にハーボルト山脈まで駆け抜けます」


「なんと、思い切ったなハルネリア嬢。だが待ってくれんか。屈強なロンゴアド兵団の兵士とは言えこの距離を走り抜けるのはきついぞ。普通に馬車で二日はかかる距離だ」


「はい、ベルクス殿の言う通り、普通は無理です。必ず足が止まります」


「それでは」


「ですが、駆け抜けます。兵士たちにはある魔道具を渡します。これは疑似的にですが、ある一族が得意とする身体強化の術式を真似たものです。石ですので持ってるだけでいいです」


「その石で、駆け抜けれると?」


「はい、さすがに疲れないということはありませんが、ぐっとましになります。足も馬の足以上に早くなります。一般的な魔力量でも麓までは一気に走れるでしょう」


「ほぅ……魔法とは便利だの」


「そりゃ何年もかけて弟子総出でつくったものですからね。で、そのまま駆け抜けてハーボルト山脈まで行きます。とりあえず目的地はここ」


 輝く白い山の麓。ハルネリアはそこを指さして、光の玉を残す。その数三つ。


「12万の兵士たちの目的はゲートを作ること。いっちゃなんですけど、障壁に囲まれたケラウノスを破壊するのに兵士たちは正直役立たずです。ベルクス殿の筋肉でも正直無理です」


「う、うむ……私は弟と違って魔術はからっきしでな……弟はファレナ王国へ王子と向かってそれっきり行方不明だしの」


「そっちは私の弟子が救出に向かっております。心配いりません埋葬者ですから。ちょっとおっちょこちょいで惚れっぽいのが玉にきずな娘だけど、実力はありますからご心配なくベルクス殿」


「うむ……兵団最強の男じゃし捕まったとは思えんのだがなぁ。っと話の腰を折ったな。続けてくだされハルネリア殿」


「はい、ということで兵士達にはゲートを作ってもらいます。私たち埋葬者が上に登るためのゲート、魔術にも同じ式があって、転移の術式とも呼ばれてるものです。12万ですからね。まぁ一つぐらいおけるでしょう」


「うむ、そこは任せてもらいたい」


「はい、まぁ、失敗したときように手は打ってありますけどね。あれ本部に黙って持ってきたから使いたくないのよね正直。だから兵団の皆さんがんばってくださいね」


 ハルネリアはにこっと笑顔を振りまいた。ロンドアド兵団の兵士長たちは顔を赤らめ、彼女から目線を外す。


「正直ここまででかなりの犠牲者がでるでしょう。その犠牲はきっと無駄ではないと、私は思います。さて、では、ここからです。精鋭数名でゲートを通ってハーボルトの頂上付近まで一気にいきます。悪いけど、一方通行だから帰りは頑張って歩いてね。防寒着持っていった方がいいわよ」


「精鋭とは? 人選はすんでおられるのかな?」


「はい、まず私、そして表に立たせている埋葬者二名、彼らは破壊力に長けた式を使います。そしてそこのファレナ姫護衛の二名。ジュナシアさんとセレニアさん」


「ほぅ、私はよいのか?」


「ベルクス殿には麓を死守してもらいます。ゲートは一旦つながっても、飛んでる間に破壊されたらそれで終わりです。ゲートで飛んでいた人はいきなり空に投げ出されます」


「なるほど、あいわかった」


「さて、それで、頂上に着いた私たちとジュナシアさんたちは、二手に分かれてケラウノス破壊に向かいます。あ、一応光出してるけど、別にこのルートじゃなくていいからねジュナシアさんたち」


 こくっとジュナシアは頷く。両手を組んだまま、何も話すことはなく、彼は静かにハルネリアを見る。


「任せろ、と眼で言ってるみたいね。うん、それで破壊の方法だけど、たぶん魔力の核があると思うのよ。あれだけの威力ですもの。効率的な魔力の核があると思うのよね。ものすごい硬い防御壁があるだろうけど、なんとかしてそれ粉々にしてください。ね、ジュナシアさんのアレなら簡単よね」


「……ああ」


「ふふふ、以上、名付けて魔法機関・ロンゴアド兵団・ファレナ王女共同、ケラウノス破壊弾丸ツアー作戦よ。質問はある?」


 天幕の下は、沈黙で包まれる。ハルネリアは周囲を見回し、質問がないことを確認すると、手に持っていた本を閉じた。


 浮かんでいた地図が消える。地図が消えたことで明かりも消える。


「走って、作って、壊す。三段作戦よ。失敗したようにいろいろ手は打ってるけど、すんなりいけば一番いいわ。それじゃベルクス殿」


「うむ、では皆の衆! この作戦が失敗した時には我が国は全て焦土と化すと思え! 退路などは無い! ただ一駆けに攻め入れ! ロンゴアド兵団の力を見せるのだ!」


「うおおおおおおお!」


 天幕が雄叫びで揺れる。ロンゴアド兵団の兵士長たちが大声で叫ぶ。ベルクスはニヤリと笑って、その頼もしさを誇らしげに見ていた。


 ――そして時は戻る。


「走れ走れ走れ! 神速を見せよ! 我が兵団よ!」


「姫様は私の馬に! 魔法で速くなってますからこの馬も!」


「ありがとうございますリーザさん!」


 盛大に、盛大に土埃を上げながら、ロンゴアド兵団は駆ける。すさまじい速さで、すさまじい士気で。彼らは走る。


 後に、この戦いは人々の間で語られることとなる。歴史家にとっても大きな大きな出来事。世界のこれからにおいても意味がある大きな戦争は、今始まったのだ。

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