第23話 破壊に至る世界を救うために
3人の男たちはそれぞれの道を違え、それぞれの道で果てを目指す。
そこに何があるかも知らずに。ただそこが終着点だから、目指す。
彼ら曰く、我ら1人でもそこに至れば、人の世は終わる。そして始まるは新たな世界。魔を超えた先にある世界。
そこに意志は無く、そこに選択は無い。ただそれは終着点から始まる新たな世界。
見たいと思うならば進むがいい。見たくないと思うならば立ち止まるがいい。
だが必ずそれは訪れる。数千、数万、数億、ありとあらゆる試行の果てに、必ずそれは訪れる。
「こんなことが、あっていいのか……?」
とある小国の首都で、ある男が呟いた。彼は片腕が無く、全身傷だらけだった。
周囲は焦土。ただ黒い大地が広がるのみ。
「誰か、誰か生きていないのか? 誰か返事を」
数刻前には賑やかな街並みが広がっていたそこは、今では見る影もなく。真っ黒の土と、真っ黒の家、真っ黒の世界。
男は黒い町を見回す。片目は潰れている。彼は潰れた目から赤い涙を流しながら、町を歩く。
「こんなことがあっていいわけがない……こんな、こんな……」
無人の焦土を歩きながら、彼は涙を流す。あまりにも理不尽で、あまりにも不条理で。どこに何をぶつけていいのかも理解できずに彼は涙を流す。
そして彼は、この国で最後の犠牲者となった。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、ありとあらゆる感情はその一撃で灰と化す。
世界中の人たちが今日、この出来事に震撼した。
ロンゴアド国の郊外にある魔法機関支部で。数人の魔法師たちが深刻な表情をして言葉を交わしていた。魔法機関の埋葬者であるハルネリアもまた、そこにいた。
「ハルネリア様、この件、いかがなさいますか? さすがに国事には不介入とは言え、機関支部も吹き飛ばされたのですよ」
「そうね」
若い男の魔法師が必死な形相でハルネリアの支持を仰ぐ。ハルネリアは普段のひょうひょうとした感じは影を潜め、真剣な顔で何かを考え込んでいた。
「オーダーに載ってる魔術師が首謀者だったら私は本部無視して動けるけど、そういうわけではないのよね」
「はい、これは個人の仕業ではございません。ファレナ王国騎士団と、魔術協会が引き起こしたことです。実際に声明もあります」
「各国は我が国に従属せよ、ね。ロンゴアドの王様はどうでるのかしら。誰か知ってる?」
「連日重鎮を集めて会議ですよ。詳しくは知りませんけど、従属した国もいくつかあるようです。まぁこの状態での従属はもはや割譲ですね。自国丸ごと割譲」
「ふぅん……さてどうしたものかしらね。本部はだんまり、上位の埋葬者の問いにも答えやしない。迷ってるのかしらねぇ」
「ハルネリア様、どうすればよいですか我々は。その、ロンゴアドがもし交戦を選んだならば、同じことがこの町でも起こるでしょうし……一旦退避しますか?」
「馬鹿言わないで。魔法機関は冒険者ギルドでもあるのよ。市民や冒険者の最期の砦になるのはここよ。逃げ出すのはその人たちを連れてにしなさい」
「はい、すみません」
「ふぅ……あなたは本部を呼び出し続けなさい。もし繋がったら私の名を出していいわ」
「はい? ハルネリア様どちらへ?」
「愛しの我が子に会いに行くのよ。邪魔しないでね?」
「え? こんなときに?」
「こんなときだからよ。あと任せるわ」
「は、はい、ってあれ、ハルネリア様独り身だったんじゃ」
「はぁ……あなた冗談ぐらい理解しなさい。真面目なのはいいけどね」
「あ、すみません!」
後ろ手に扉を閉めて、ハルネリアは何かを考え込むかのように下を向く。どこからか本を出して無造作にページを開き、その開いたページをなぞる。
空に浮かぶ一人の男の顔。彼女はその顔を見上げて、小さく息を吐いた。
「らしくない冗談ね。私」
自虐的に笑い、ハルネリアは本を閉じた。浮かぶ男の顔は、ジュナシア・アルスガンドの顔は、本を閉じると共に消え去った。
――そして、数日後。
ロンゴアドの首都から外れたある森の中でハルネリアは彼らに会う。いつにもなく真剣な顔で、彼女は彼らの前に大量の紙を並べる。
「よって、この埋葬者第6位ハルネリア・シュッツレイの名の下に、世界最高標高ハーボルド山脈の頂上に作られた兵器の破壊をアルスガンドの一族に頼みたいと思います。橋渡し、してくださるセレニアさん?」
「またやっかいな仕事を」
ハルネリアは服にぶら下がっている大量の宝石の一つを指で弾いた。並べられた紙から様々な情報が書かれた文字が空に浮かび上がる。
セレニアはそれらに目を通す。読みながら、みるみるうちに彼女の顔が曇る。そして一言。
「私たちの手に余る。他をあたってくれ」
その言葉はハルネリアにどこか違和感を覚えさせた。書類の一つを手に取り、ハルネリアは不思議そうな顔をしてセレニアをみる。
「それ、セレニアさんが決めること? 私は魔法機関の埋葬者としてあなたの一族に依頼してるのよ? あの人のところに持って行ってくれればそれでいいわ。受ける受けないはあの人に聞きます」
「……くっ」
セレニアは言葉に詰まる。それができないことを伝えるか否か、それは簡単に言えることではない。
ふと、彼女は彼に目線を送る。彼は、ジュナシアは黙って頷く。もういい、そう彼女に彼は伝えてた。
「……アルスガンドの一族は、今は私と、あいつしかいない」
「えっどういうこと?」
「死んだ。師父も、全員だ。あそこの里はもう刻印が並ぶ壁画以外何もない」
「そんなはず、セレニアさんにしては、面白い冗談言うのね」
「私は冗談は好きじゃない」
「そんな、馬鹿なことが……」
セレニアが告げた事実に、ハルネリアは驚き、そして狼狽えた。ハルネリアは知っているのだ。世界中どんな軍隊であっても、あの村を落とすのは容易ではないと。ましてや頭首を殺すことなど誰もできないと。
普段は常に余裕があったハルネリアは絶句していた。その姿は、セレニアに、そしてそれを見ていたジュナシアに、改めてありえないことがおきたのだということを理解させる。
言葉がでないセレニアをみて、彼は、ジュナシアはゆっくりと話し始めた。
「父は、胸を貫かれて殺されていた。それ以外の外傷は無い。だから、魔術や魔法でどうこうされたというよりは、剣、あるいはそれに準ずる刃物で殺されたんだ」
「あ、そ……そんなことありえない。あの人は、たぶん世界で一番そういった戦いは得意な人で……一対一で殺せるやつなんて……」
「ハルネリア心当たりはないか。それができる人物を」
「……知らない。だって、アルスガンドの暗殺者集団よ? 皆近接術に魔術と魔法を修めてるし、何よりも刻印、そう刻印師なのよ。程度の差はあれ、一段階上の魔をみせる刻印を皆持ってるのよ? それを全滅なんて……捕らえるだけならまだしも、そんなのオーダー1位のやつでも無理よ」
「……そうか」
「あの人、あの人が死んだなんて……最後に会ったのって、18年前? そんな、何で……そ、そうだ、エリンフィアさんは? あの人の奥さんは? エリンフィアさん。確か不死の刻印だったはず。無限の再生。それでも死んだの?」
「母さんは俺が殺した」
「なっ!?」
再び、ハルネリアは絶句する。その前にいるジュナシアは無表情で。周りにいたリーザとファレナもまた、何も言うことはできなかった。
暫くの沈黙の後にハルネリアは絞り出すように、声を出した。
「私は、魔法機関員、個人のことは、不介入。し、仕事、そうよ。仕事、それじゃ、助けには、な、なってくれないってことで?」
「……そうだな。セレニアはそれでいいか?」
「ああ、さすがに魔術協会の本拠地に突っ込むようなものだ。二人でどうこうするには骨が折れるどころじゃすまない」
「わかったわ。それじゃ別の」
「待ってください」
ハルネリアの言葉をさえぎって、唐突に聞こえた声はファレナの声だった。ファレナ王国の姫が彼女は、真剣な眼差しでハルネリアをみる。
「やります! その兵器、壊します!」
大きな声だった。森に響き渡るほどの大きな声。そこにいた全員は、その声にあっけにとられて動けなくなった。
その光景に、ファレナはきょろきょろと見回して、やってしまったという顔で照れくさそうに顔を赤らめた。だがそれでも彼女は退くことは無く、言葉をつづけた。
「あ、えー……あはは、すみません。えっとでもですね。ここに書いてますよね。小国の首都や村を一気に焼き払ったって。そんなのあったら、危ないじゃないですか。ねぇリーザさん」
「え、ちょっ、私にふらないでくださいよ。えっ、えと、そ、そうですね」
「それに、ファレナ王国が悪いことするのって、嫌です。あそこは英雄が作った国なんですよ。そんなの、似合わないじゃないですか。ねぇリーザさん」
「だから私に……そ、そうですねはい……」
「うんうん。だから壊しましょうよ。ジュナシアさんも、セレニアさんも、お強いんですから大丈夫ですって」
事の重大さを理解していないかのように、カラカラと笑いながらファレナはそういった。呆れた顔をしたセレニアはたしなめようと一歩前に出る。
だがその一歩は、彼の腕によって止められた。
「ファレナ」
「はい、なんですかジュナシアさん」
「本当にそれだけか? 嫌だというその気持ちだけか? それだけで俺とセレニアに死にに行けと言えるのか?」
「それは、えっと、ちょっと違います」
「どう違うんだ」
「思ったんですけど、お二人だけではきついんですよね?」
「そうだな」
「じゃあ皆でやりましょうよ。私も、リーザさんも、あとハルネリアさんも、あとあと、ほらこれ、ここ見てください。ロンゴアドにも徹底抗戦派がいるらしいですよ」
「……説得する? できるのか?」
「やります! だって皆死にたくないんですもん。降伏したからって、殺されないわけじゃないじゃないですか。だったら壊さなきゃ。皆で壊さなきゃ。協力ですよ協力。ねっ?」
「…………セレニア」
「全く、どこまでもお花畑なやつだ。好きにしろ。だがな、言ったからには責任はとってもらうぞ」
「はい、当然です!」
セレニアも、そしてジュナシアも、納得したわけではなかったが、やらせるだけやらせてみようという気にはなったのだろう。呆れた顔をしつつも彼らは何も言わなくなった。
ハルネリアが何かを考え込むように口を押させて下を向く。そしてゆっくりと顔を上げた。
「……面白いわね。たぶん、こうなることを恐れて姫様を殺そうとしたのねあの国。ファレナ王国が一枚岩ではないと世界に発信できれば、きっと抗戦を選ぶところも多くなる。ねぇお姫様、一つ聞いていい?」
「はい、なんです?」
「兵器が壊せればの話だけど、そのあとってあなた、間違いなくファレナ王国に表立って敵対されるわ。当然ファレナ王国に付いた国々とも。それって、宣戦布告に近いんだけど。それからどうするかは決めてる?」
「決めてないです!」
「そう、そこまではっきり言われると逆に気持ちいいわね。いいわ、なるようになれ、それってある意味人を進ませるには最高の選択よ」
「ありがとうございます!」
「ふふふ、それじゃ私、なんとか埋葬者上位何人か引っ張ってくるから。あなた達はロンゴアドを説得して。そうね、それじゃ一週間後、また会いに来るからその時までに何とかするのよ。時間はあまりないわ」
「はい! それでいいですよねセレニアさん!」
「好きにしろと言っただろ」
「ジュナシアさんはどうですか!」
「任せる。お前の戦いだ」
「ではそういうことで!」
ぐっとファレナは手を握る。ハルネリアは微笑ましそうにそれをみて、バサッと服を翻しその場から立ち去ろうとした。
数歩歩いたところで、彼女は止まる。
「……ジュナシアさん、ね。ねぇ、あなた、今まで辛かった?」
「いきなり何を」
「いいえ、何でもないわ。それじゃあまたね」
背中越しにハルネリアは言葉を残して、そのまま消えていった。残されたのは彼女の香水のにおいだけ。
鼻息荒く、興奮するファレナをリーザが落ち着かせようとしているのを横目に、ジュナシアはこれはきっと人を救うための戦いであると思い、何か、胸の中にこみあげてくるものを感じていた。
世界は動き、そして回る。今大きな波が、訪れようとしていた。




