第22話 遥か遠き故郷
「はい、では皆さん。ちゅうもっく。一個ずつ使い方と効果教えていくからしっかり覚えるのよ。まずはこれぇ、なんと火がでまーす」
「ふおおお! すごい! 姫様これすごいですよ!」
「わかります、わかりますからリーザさん、近づきすぎると」
「ああああ、あっつい! ちょっと、私の髪に火がぁぁあ! ちょっと止めてハルネリアさぁぁぁん!」
「もう、注意しないとだめですよリーザさん!」
月明かりの森の中で、ハルネリアの説明を受けるリーザとファレナがいる。
シャールロット撃破の報酬として、貰ったのは数百枚の金貨と大量の魔道具。
魔力に反応して様々な効果を示すその魔道具は、周囲に大量に並べられていて。まるで講師と学生のようにハルネリアは二人に笑顔で道具の使い方を教える。
「リーザさんは少しやる気が空回りしてるようね。ふふふ、さぁそれじゃ次はと。防御壁のやつは使ったことあるっていうし、んじゃ隣のちょっとだけ浮ける石。水辺とか進むのに便利よぉ」
「す、すごい! ハルネリアさん試してみてもいいですか!?」
「ええ、それじゃリーザさん魔力流しながらそこのため池の上歩いてごらんなさい」
「は、はい! 姫様お先に!」
「はい、リーザさん楽しそうで何よりです」
「ああ、ちなみに魔力流し過ぎると、足元どっかいっちゃうわよ。ちょっとずつ試しなさい」
「え? ちょわっ!? 足が、足が上、ゴボボボボ」
「うーん、この娘いろいろ緩いわねぇ……まぁいいでしょ。ほら姫様、助けてあげてくださいな。浮いてるから軽いはずよ。そのまま引っ張ればいいから」
「わかりました。リーザさん引っ張りますよ?」
ため池から引きずりだされるずぶ濡れのリーザを見て、悪いと思いながらもファレナは笑っていた。心の底から笑っていた。
それを遠くの木の上から見る二人。彼らは隣同士、木の枝に腰かけて。静かに、ただ静かに二人は座っていた。
「賑やかなことだ。年頃の女が集まれば、どこでもそうなるものか。おっと一人は年頃ではないか」
「セレニアも年頃じゃないか」
「言うな。子ども扱いされるのは好きじゃないんだ」
誰もそこに入ることはできない。雲一つない月夜の中で、彼らはただ寄り添う。
セレニアは自らの長い髪を手でいじりながら、優し気な顔をして首元のネックレスを引っ張りだしてそれを見ている。
「……なぁ、少し無粋かもしれないが、聞いていいか?」
そしてぼそりと、彼女は問いかける。そのネックレスの中心で黄金に輝く石をみながら。
その言葉に、ジュナシアは反応することは無い。ただ無言を持って、答えとした。
「まだこれを、イザリアを愛してるのか?」
木が風で揺れる。虫の音が聞こえる。
静かに、ただ静かに。遠くで騒ぐファレナたちをみながら、ただ静かに彼は頷いた。
「そうか。親友も、使用人も全て殺されてもまだ、想うか。羨ましいな姉さんは」
深く、深く言葉を発して、セレニアは黄金の石を握る。その顔はただ穏やかで。
「セレニア」
「わかってるさ。わかってる。だからこそ、な」
石は月の光を反射して黄金色に輝く。イザリアの魂は黄金色に輝く。それは終ぞ輝けなかった彼女の人生とは対称的に、強く輝いていた。
セレニアはそれを首元に仕舞う。服の中でもまだ、輝く石。魂の石。それを手で隠しながらセレニアは横を向く。
やさしく、月の明かりの下で、二人はやさしい口づけをした。ただ触れるような。そんな口づけを。
「今日はこれぐらいで、勘弁してやるさ。なぁ、若様」
「それはやめろ。今は名前もある」
「気に入ったか? それとも、まぁ、いいさ、なぁジュナシア・アルスガンド」
「言って何だが、慣れないな」
「ふふふ、そうだろうな。何年名無しだったんだ」
「18と少し」
「ふふふ」
そして二人は寄り添って、月を見上げていた。半分かけた月は、ただ静かで。
その月の下で、ジュナシアは腕を組んで話し始めた。
「イザリアは」
「うん?」
「イザリアは、セレニアだけには手を出さなかった。たぶん、たぶんだが、イザリアはお前を愛していたんだろう」
「うん、知ってる」
「辛いなら、言えばいい。腹違いとは言え、実の姉だ。辛くないわけがないさ」
「何言ってるんだ。私だぞ。大丈夫だ。大丈夫」
「今日は一緒に寝るか。セレニア」
「子供扱いは嫌いだと……しょうがないな。全く」
セレニアは飽きれたような言葉を発していたが、その顔は隠したかった胸の内を暴かれて、恥ずかし気に微笑んでいた。
「さて、これからどうする? しばらくは遊んで暮らせる金貨は手に入ったが、惰性に暮らす気はないんだろ」
木の枝の上で膝を抱えて、首を傾げて彼女は問いかける。その眼を真っ直ぐにみて、ジュナシアは声に感情を乗せて、言葉を並べる。
「出てくる。きっと出てくる。村を壊した敵が。イザリアを殺した敵が」
彼は知っていた。普通の魔術師や、暗殺者にあの村が滅ぼせるわけがないと。村の皆は暗殺者で、刻印師なのだ。誰もが滅ぼせるわけではない。
「セレニア、俺が言ってはいけないのかもしれないが、俺は、イザリアと、皆の仇を取りたい。ついてきてくれるか?」
「当たり前だ。お前が嫌だと言っても、お前を殺してでもついていくさ」
「ありがとう。俺は君がいるから、まだ魔物にならないですんでいる。ありがとう本当に」
「女々しいことを言うな。自分が思ってる以上にお前は強いさ。だから私も姉さんもお前が愛しいんだ」
「……ありがとう。君でよかった」
今は誰も彼らの間に入ることは無い。
月明かりの森の中で、身を寄せ合い彼らはただ座っていた。今は無き故郷を想って。今は無き人を想って。
先へ進むために、愛しさを交わす。上を見上げると、木々から覗く空には、とても美しい星々が輝いていた。




