第19話 死霊の長
誰が最初に言い出したのだろう。人の命は何にかえることもできず、世界で一番大切で尊いものだと。
本当にそうだろうか? 触れれば壊れるこの生の先には何もないのだろうか。
本当はその先にもっと大切なモノがあって、命など、生きているということなど、そこまで大切ではないのではないだろうか。
その疑問を追いかけるために、彼は人の命を奪い続ける。その総数は100万以上。
「ねぇ聞いてくれるかな。君」
「はい」
「僕はね。愛してるんだ。人生を。人はいろいろな心を見せる。いろいろな生を見せる」
「はい」
「ありきたりでくだらない人生だとしても、それを覗けば、それを聞けば、僕は心が躍る」
「はい」
「だから欲しい。僕は人の生が欲しい。もっと見たい。もっとだ。もっと、もっと」
「はい」
「さて行こう。騎士として身を落としても、結局は僕は魔術師なんだなぁ。新しい術式に会うのに、楽しみで仕方がないよ。くくく」
「はい」
誰もいない村はただ静かで。今その村の中で響く音は金属の音。カツンカツンと小気味よく音が響く。
右に一つ。
左に一つ。
歩きながら、黒装束に身を包む男はナイフを投げる。それが刺さった部分は一瞬光り、そしてすぐに光は消える。
屋根の上に一つ。
柵の裏に一つ。
全て最初からわかっているかのように、彼は黙々とナイフを投げ続ける。
足を止め、周囲を見回し、彼は歩く。廃村の中で次々と罠を解除しながら彼は歩く。
ある程度進んだところで彼は足を止めた。リーザがしゃがみ込んで突き刺さったナイフに触れようとしているのを感じて彼は振り返る。
「ナイフ一本でよくもまぁこんな複雑な罠外せるわねぇ」
「触るな。外せてはいない」
「えっ?」
「それを動かしたら死ぬ。黙ってついてこい」
「ふええっ!?」
驚きのあまり、リーザはすさまじい速さでナイフから離れる。目を丸くさせるファレナを置いて。
「り、リーザさん?」
「はっ!? 姫様私の傍から離れないようにしてください! 危ないですよ危ない!」
「いやあの、リーザさんが離れたんですけど」
「そ、そそそそんなことは些細なことです! あ、あなた、っていうかあなた! っていうかね! 外せてないって何なの!? じゃあ何してるのこれ!?」
「止めてるだけだ。術者には壊されてるように感じるが。そこを利用できる」
「簡単にいうけどそんなのできるわけないでしょ! 対魔の鎧でも一時しのぎしかできないのに、どんな魔道具なのこのナイフ」
「ただの鉄のナイフだ。何度も言うが、触れるな。そこにあることが大事なんだ」
「うっ、この私にもわからないことがあるなんて。10年以上勉強したのに……」
「リーザ」
「何よ?」
「動くな。そこから」
「はぁ?」
スラッと、音もなくジュナシア・アルスガンドはその腰から短めの剣を二本抜く。
手首の動きを確かめるように、クルクルと剣を回す。二度、三度、回したあと、止めた剣は左右逆手に。
光、最初に現れたのは薄暗い廃村を照らす光の玉。一つずつそれは増えていき、あっという間に周囲はまるで昼間のような明るさになった。
「こうなるのか術式を遮断されると。いやぁ、君すごいね。完全に壊されたかと思ったよ」
手をパチパチと叩きながら、光をかき分けて一人の男が現れた。その整った顔とそれに似合わない醜悪な笑顔。長髪をなびかせて、ゆっくりとその男はやってきた。
「僕だとわかってきてるのだろう? そうだ、僕がシャールロット。騎士団最高位聖皇騎士にして、騎士団最強の魔術師だ」
丁寧に男は自己紹介をした。その仕草は、優雅で。
騎士というわりにはその男は鎧姿ではなかった。剣すらも持っていない。手ぶらで黒いローブを着ていた。
「む? おお、君は、リーザ嬢。どこかへ行ったと思ったが、まさか来てくれるとは」
「しゃ、シャールロット……殿」
「おっと、そこの、みすぼらしい恰好させているのはファレナ姫かい。これはこれは、まとめて抹殺できる。なんていい日だ」
「抹殺……本当にファレナ王国は、姫様を……シャールロット殿、どうして姫様を! 姫様には力などありません! 騎士団の誇りとして、王族は何としても守れと言われ続けたのを忘れたのですか!」
「そんなの知らないよ。僕はやれといわれたことをやるだけさ。それと、リーザ嬢。君も抹殺対象なんだよ? 何騎士団側の人間のようなことを言ってるんだい?」
「なっ!?」
「それとも馬鹿なのかい? 君ね、危機感足りなすぎるんじゃないかい? 魔術師が国内で襲ってきて、そのことに関して騎士団はほとんど動かない。これってさ、明らかじゃないか? 魔術協会と騎士団の関係、忘れたのかい?」
そうかもしれないと、リーザは薄々感じていたのだろうか、シャールロットの言葉にリーザは絶望したような顔をみせる。そして、彼女は震える身体を抑え込んで、泣きそうな顔をして、ファレナの前に立ち剣を抜く。
「対魔の剣、厄介な魔道具だが、所詮まがいもの。所詮贋作。そんなものでは僕には勝てないよ」
理解していた。レベルが違うと。リーザは剣を抜いたまま、決して斬りかかることは無かった。
「リーザ、お前はファレナを守ることだけを考えろ」
その彼の言葉に、リーザはどこか安心したのか、結審したような顔をして、ファレナを背に腰を落として防御の姿勢をとった。
「姫様、動かないでください。お守りします。お守りしてみせます」
「はい、ありがとうございますリーザさん」
シャールロットは笑っていた。自分が強者だと理解している彼は、守ると言ったリーザに対して、馬鹿にしたように笑っていた。
それに怒りを感じたわけではない。シャールロットの顔を見ていたジュナシアは、顔を一瞬で凍らせて飛び出した。
まさに一瞬、遠く、10歩は歩かねば到達できない距離にいるシャールロットに、その首元に、一瞬でジュナシアの左の剣が触れる。それはまさにあっという間の出来事だった。
首の3分の2を斬られ、その切断面から一瞬遅れて血が噴き出す。シャールロットは笑みを消した。
そのままシャールロットは倒れた。大きな土埃を上げて。声の一つもあげることなく彼は絶命したのだ。
その様子を見ていたリーザは、あまりにも唐突で、あまりにも簡単すぎたために、安心するどころか逆に固まってしまった。
ジュナシアは倒れたシャールロットを見る。その身体はビクビクと痙攣していた。そして大きく一回跳ねたあと、シャールロットの身体は動かなくなった。
だが、当然のように、これで終わりではない。
周囲に浮かぶ光の玉がいくつかシャールロットの身体に集まる。それは特に、切断された首元に多く集まった。
シャールロットの眼が見開く、ぎょろっとしたその充血した眼は、自分の首を斬った男の姿を映し出す。
「ごぼっ、お、ごご……は、ぐ、お、お前、一度死んでしまったではないか、いったい、どういう教育を受けてきたんだ、戦いの前は、もっと、会話をだなぁ」
よろよろと立ち上がって、シャールロットが話しづらそうに言葉を繋げていく。ジュナシアは表情を変えず、剣を強く振ってそれに着いた血を払った。
「死霊使い、命のストック、肉体再生、いくつある?」
「さぁ? 100万以上はあるはずだけど、手あたり次第だからなぁ。今ので3つ使っちゃったし。もう全然わかんないや」
気が付けばシャールロットの首は完全に繋がっていた。流れ出ていたはずの血も綺麗に消えていた。
死んだ人は生き返らない。それは世の摂理。それを覆すことができるなら、まさにそれは人ならざる者。
シャールロットもまた、その領域に足を踏み入れた者だった。人を一歩、あるいは二歩、超えてた彼には、一度死ねば終わるということはない。
故に、シャールロットは自信家だった。死なないのだから、負けることを想像すらできない。彼が傲慢な理由はそこにある。
ジュナシアは剣を回し、順手に持ち直した。
「おっと! さっきの動きで分かった。君は強い。正直、復活したての僕では手に余る。だから君の相手は彼女にやらせるよ」
パチンと、シャールロットは指を鳴らした。その音を合図に、周囲を覆っていた大量の光の玉は一か所に穴をあけた。
そこは通路のように。光がなくなることでできた暗い通路から、何かが来ていた。
一歩一歩、その何かは歩を進める。
シャールロットは語る。
「あるところに、娘がいた。その娘は気がついた時には人を殺す術を学んでいた」
ぼんやりと、周囲の光に照らされその何かは姿を浮かべる。
シャールロットは語る。
「彼女は、とても強くなった。その強さを認めたかの長は、彼女を自分の子の許嫁として育てようと画策する。より強い一族を作るために」
光はその何かを照らす。それは、人。
シャールロットは語る。
「普通なら反発して然り、だがその少女は、歓喜した。自分が選ばれたことに、歓喜した。何故かって? それはね、その少女は、長の息子が好きだったからさ」
光が照らしたその人は、漆黒の髪と、漆黒の眼を持つ女性。メイド衣装に身を包んで、しずしずと彼女は頭を下げる。
シャールロットは語る。
「そして彼女は強く、強く執着した。自分の恋が叶うことが約束されたんだ。だから彼女は執着した。その恋に。さぁみるがいいさ! 彼女こそが! 世界で最も愛を求めた女! 世界最高の暗殺者集団において最強の女! その名は!」
「イザ、リア……!?」
その名は、懐かしき名。アルスガンドの長の息子である彼は、普段では絶対にしないような顔を、驚き、焦燥したような顔をした。
光の下へとやってきたその漆黒の女性は、彼にとって忘れられない人。漆黒の女性は、彼をみてただ優しく微笑んでいた。
その笑みを見て、彼はハッとして、いつもならあげないような大きな声をあげた。
「リーザ! 魔道具を使え! 防御壁を張れ! 今すぐ!」
「何!?」
「早くしろ!」
「わ、わかったわよ!」
リーザが石を掲げる。彼女の前に光は三重に重なり、白く、青く、赤く、様々な色に輝く光の壁ができた。
その光の壁はみるみるうちに広がりリーザとファレナを覆い、ドーム状になる。
ジュナシアは壁が広がったのを見て、漆黒の女性へと目線を動かす。確かにそれは、彼の知っているその女性そのものだった。
「知り合いかいイザリア?」
「はい」
シャールロットの言葉に、その漆黒の女性は答える。その声は、ジュナシアにとってはあまりにも懐かしい響きで。
「シャールロット貴様ぁ!」
感情を見せない彼が、初めて怒りの声を上げた。そのことが、防御壁の向こうでそれを聞いたファレナに驚きの表情をさせた。
「おお、怖いな。そうさ、想像通り、僕は彼女の魂があまりにも綺麗で、あまりにも愛に溢れていたんで、喰わずにそのまま下僕にしたんだ。身体は魂の形にそってほとんど作り直したんだけど。外観はそのままのはずだよ」
「絶対に許さんぞ!」
「許してくれなくて結構、さぁイザリア、彼を殺したまえ。君なら簡単だろ?」
「はい」
その言葉に意志は無く、漆黒の彼女は言われるがままにどこからともなく剣を抜く。
それはジュナシアと同じ双剣。短めの剣が二本。構えも彼と全く同じ。
「イザリア」
グッと眼を強く瞑り、目を開ける。うっすらを浮かべる涙を払って、ジュナシアは剣を構える。
静寂、二人の間に一切の音は無く。
音もなく、彼らは消える。ここにいる誰の目にも彼らは映らない。
音、無音の後に広がるのは爆音。大きな大きな金属音。全く姿は見えないが、音だけは響く。
――花を植えたいのですか?
それは今では遠い日の思い出。文字通り目にも止まらない速度で剣を振う彼の脳裏に浮かんだのは、その思い出。
イザリアは彼の家の従者で、任務の度に村の子供たちから渡される花を一輪ずつ植えてくれる人。その姿は、彼への慰みとなっていて。
最初に足を止めたのは彼だった。数合打ち合って、彼はその足を止めた。イザリアも同様に足を止める。
「あとで言い訳は聞いてやる」
その声に、ジュナシアは顔を伏せる。彼の前に出たのは、もう一つの敵がいる候補地へと行ったセレニアだった。
彼女の眼はいつも以上に鋭く、殺気をにじませてイザリアをみる。
「こいつに触れるなと私はいわなかったか? なぁイザリア?」
イザリアは微笑みを浮かべながら、剣を構えて腰を落とした。腕を組んだまま、セレニアは怒りの表情で彼女を見ていた。
「はい、知ってます。でも、知りませんセレニアさん」
イザリアは微笑みを浮かべたまま、はっきりと、しっかりと言葉を発した。まるで、生きているかのようにはっきりと。




