第17話 魂の狩人
晴れやかな世界。素晴らしき世界。
人は皆、思い思いに生きている。だからこそ美しい。皆が同じでないからこそ、美しい。
その男は魂の収集者。無数の魂に囲まれて、彼は人の生を謳歌する。捕らえた魂と共に。
「うん、うん、そうかい。君の時代はそんなことをして遊んでいたんだ」
男は周囲に立つ人ほどの大きさをした大きな人形に手を触れていた。微笑みながら、その人形と会話を楽しんでいる。
唐突に、男の顔が歪む。男は人形の頭を握りつぶすと、そこから溢れる光を食べる。一気に吸い上げ、喉を鳴らし。ゴクゴクと光を飲み込んでいく。
「くっだらない遊び。やっぱりなかなか君のような面白い人生のやつはいないねぇ」
男の隣には漆黒の髪と眼をしたメイド衣装の女が立っていた。彼女は瞬きすらせずに、人形のようにただ立っていた。
「彼女は……逃がしたかなぁ。どう思う?」
「存じません」
「だよねぇ。いやぁ人に任せると碌なことが無いねぇ。逃がしたかどうかもわかんないや。腐っても対魔の騎士だなぁ」
椅子に浅く腰掛けるその端整な顔立ちの青年は大量の人形に囲まれて、ニヤニヤと顔を歪める。隣に立つ無表情のメイドは、眉一つ動かさない。
「さぁって。ねぇ彼女を逃がした魔術師を連れて来てくれないかな?」
「はい」
固まった顔のままで、メイドはその漆黒の髪を翻して、姿を消した。男は傍に立てかけている剣を装備して、人形を見回す。醜悪な笑顔を浮かべながら、美しい顔を歪めながら。
「それじゃ行ってくるよ。帰ってくるまでにたっぷり話を用意しておいてね。面白かったら彼女のようになれるよ。くくく」
その部屋から出るその男は、誰よりも美しい鎧を着て、誰よりも美しい顔で、しかしながら誰よりも醜い笑顔をして。
魔法機関指定オーダーナンバー5。命を弄ぶ者シャーロット・セルレッラ。その男は、真っ直ぐに、命を謳歌していた。
その男がファレナ王国を出て数日後のロンゴアドの国。人々は賑わい、ロンゴアド兵団の兵士たちも笑顔で町を警備するその広場の裏で、場違いなほどにボロボロの姿で彼女は走っていた。
服は破れ、髪は乱れ、所々血を流している。両手で大事そうに剣を抱え、彼女は走る。
しばらく走った後、疲れ切った彼女は壁にもたれ、肩で息をしていた。
「何で、何でこんなことに……」
眼からは涙が溢れる。彼女は、リーザ・バートナーは必死に何かから逃げていた。逃げて逃げて、騎士団に隠れて転移の術式を使って、リーザはロンゴアドの国へと戻ってきたのだ。
「私が何したっていうのよぉ……ひっぐ」
涙を流しながら、リーザは地面に腰を落とした。逃げ疲れた彼女は、完全に心が折れ、もはや動くことすらできなくなっていた。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないぃ……騎士なんてならなきゃよかったよぉ……お母様ぁ……」
絶望の中で、彼女はただひたすらに後悔していた。自分の人生そのものに、ただ後悔していた。
ふと、唐突にリーザに影がかかる。急に薄暗くなったことを疑問に思って、彼女は顔を上げた。
「リーザさん?」
「ひ、姫様……?」
そこには、黄金色の髪に青い眼をしたファレナが立っていた。逆光となって、彼女の後ろから光が差し込める。
その光景に、リーザはより涙を流した。
「姫様……姫様ぁ……」
「どうしましたリーザさん、そんな恰好をして、傷だらけじゃないですか」
「うっぐ、うわあああ!」
リーザはファレナに抱き付き、恥ずかし気も無く大きな声で泣いた。何が何だかわからないといった顔をしてファレナは、手を少し上げておろおろと周囲を見回した。
「り、リーザさん? どうしました? えっと、もしかしてころんじゃいました? やっぱり騎士となると転んだだけでもボロボロになるんですね。痛かったですか? 大丈夫ですそれぐらいすぐ治りますよ」
「姫様……すみま、せん……」
優しく微笑みかけるファレナの姿に、リーザは少し落ち着いたのか、涙をぬぐって立ち上がった。剣を片手に持ち替えて、リーザは顔を伏せる。
「それで、どうしましたリーザさん」
「わからないんです。いきなり、行く先々で変な魔術師に襲われて……退けても退けても……ひっぐ」
「ま、待ってください。涙ひっこめてください。落ち付いてください」
「すみません……」
「……えっと、全然わかりません。ジュナシアさん何かわかります?」
「さぁ?」
突然響いた男の声に、リーザは身体をビクッとさせた。その声に聞き覚えがあったからだ。
恐る恐るリーザは振り返る。そこには漆黒の眼を持った男が両手を組んで立っていた。
その姿を見たリーザはみるみるうちに恐怖の表情に変わっていった。
「ぎゃああああ! あの時の化け物ぉ! 姫様、姫様助けて! 殺される! 殺されるぅ!」
必死に飛びのいて、リーザはファレナの背に潜り込んで震え出した。ファレナを盾にして、ファレナに助けを請うその姿は、騎士としては一番やってはいけないことなのではないだろうかと、その姿を見ていたジュナシアは思った。
「大丈夫ですよリーザさん。このお方、見た目よりもお優しいですから。悪いことしてなければ殺されません」
ファレナの言葉を受けても尚、リーザは震え、目をつぶっていた。その姿に彼は溜息をつく。
「うーん……あ、そうだ。リーザさん飴食べます? 甘くて落ち着きますよ。ほらこれ」
赤い飴、ファレナは鞄の中から飴を取り出し、それをリーザの口に押し込んだ。大きめの飴がいきなり口に放り込まれて、リーザは驚きのあまり目を見開く。
あまりにも大きくて、噛むことすらできないため、リーザはそれを舌でゆっくりと転がして溶かしていった。
「甘いです? セレニアさんはものすごくまずいとか言ってましたけど、リーザさんはどうです?」
「あまいれすひ、ひめしゃま……」
「それはよかったです」
しばらくの後、ようやく落ち着いたのか、リーザは地面に正座して申し訳なさそうにファレナから顔を背けていた。
「騎士としてあるまじき行為を……姫様申し訳ございません……」
「ジュナシアさん見ても大丈夫です?」
「は、はい……落ち着いてみると、普通の男性ですし……」
「えっと……リーザさん騎士のお方たち皆連れて一旦ファレナ王国に帰ったんですよね。何でここにいるんです?」
「はい……その、帰ったのは帰ったんですけど……その、いろいろありまして、私お休みをいただいて実家に帰ろうとしたんですね……実家は王国城下町から数時間馬を走らせたところにある村なんですけど……」
「はい」
「実家に帰ろうとしたらですね。いきなり黒いローブの男たちに囲まれまして……さすがに私聖光騎士ですから、対魔の剣を持ってますし、魔術師ぐらいはちょちょいのちょいっとですね」
「まぁ、それはすごいですね。リーザさんお強いんですね」
「ふへへ、まぁ、それでですね。何か変だなーとか思って、近くの騎士団のところへと行ってみたんですよ。いろいろあって落ち込んでるのもあったんで、他の騎士団に仕事押し付けて家へ早く帰ろうと思いましてね。騎士を襲う魔術師とか、ものすごい挑戦ですよ。命知らずも甚だしいですよ」
「はい」
「っと、それでですね。騎士たちにびしっと命令して、また街道に戻ったんですけど、進む度に魔術師が襲ってきまして。対魔の鎧もついに術式を吸収しきれずに壊れちゃって、泣きながら……い、いえ、勇敢に逃げてですね。そういえばラーズがこの町に転移陣繋げていたなって思い出しまして」
「勇敢に逃げるってどうやるんです?」
「あ、いえ、それは、置いときましょう? それでですね。ラーズの術式を追って、私の魔力で一回限りの転移陣を繋げて飛んで来たってわけですよ。うん、姉弟だから繋げれるんですよね。これ秘密ですよ」
「は、はぁ……なるほど、よくわかりませんけど、殺されそうになって逃げてきたってことでいいです?」
「まぁ……平たく言えば……」
「じゃあお仲間ですね。私と一緒です」
「そう、ですね。私は王妃様に殺されかけたわけじゃないですけど……」
「ふふふ、あの実はですね。ジュナシアさんと今お仕事してまして。リーザさんお手伝い願えます?」
「え? ええ、私でよければ」
ファレナは笑顔でジュナシアを見る。しょうがないなと言う顔を見せて、彼は一枚の紙を出した。
紙を手で撫でる。すると紙の上に文字が現れた。
「魔法機関の、オーダー?」
「リーザさん知ってるんです?」
「ええ、実物を見たのは初めてですけど。へぇ法式で文字を。魔法は面白いですね。物自体を変異させてこういうものだと定義付ける。魔術よりも根源的で、幻想的」
「結構詳しいんですねリーザさん」
「実は私、子供の時は魔法師になりたかったりしてて……かなり勉強したんです。ふへへ」
「へぇー」
「でもこれって魔力流してる本人しか読めないですよね。どういう仕事なんです?」
「ジュナシアさん、どういう仕事か教えてあげてくださいよ」
ファレナの言葉を受けて、彼は面倒そうに空に浮かぶ文字を撫でて、ある男の顔が出ているページを開いた。そして彼はゆっくりとその男について話し始めた。
「シャールロット。術式は死霊使い、嗜好は魂喰い。魔法機関の魔術師狩りである埋葬者を二名殺害した男」
「へぇ本当にオーダーに載ってたんだ。それじゃ魔術の実験で町一つ消したっていう噂は本当だったのね……」
「こいつを殺す」
「ふんふん、こいつを殺す……殺す!? えっシャールロットを!? 騎士団最強の、騎士最高位の聖皇騎士の男なんですけど!?」
「どうにもファレナを狙っているらしい。お前たちの後釜……みたいなものかな。オーダーが出たからこいつは確実に殺す」
「うっそ! 無理無理! ぜぇったいむりぃ! 騎士団の中でも一番強いのよ!?」
「それは、腕が鳴る」
「リーザさん、大丈夫ですよ。この人強いですから」
「それは知ってますけど! いやでも……確かにあれ負ける気しないですけど、ううっ震えが……」
「リーザさん、今私たちはこの人がこの町に来るまでせんぷく?とかいうのしてるんですよ。もう一人女性の、セレニアさんって人がいるんですけど、その人は今お城に忍び込んでますし」
「ええ? そんな簡単に……」
「セレニアさん帰ってきたら何かおいしいもの食べましょうよ。ああ、この指輪つけると変装できますから。見た目変わらないんですけど何故か変装できるらしいんです。よくわかりませんけど」
「魔道具まで……なんなのよもう……」
「あ、その前に服ですね。買いに行きましょう。お金はいっぱい貰いましたから、それじゃジュナシアさん、ちゃんと離れないようにしてついて来てくださいね」
「わかってる」
ジュナシアは、それだけを言い残すと姿を消した。リーザは突然消えた彼を必死で眼で探したが、気配すら感じることは無かった。
冷や汗が頬を伝うのを感じる。これだけの隠密行動ができればきっと、どんなところでも忍び込めるだろうと彼女は思った。
「……彼ら、何者なんですか姫様」
「暗殺者とか言ってましたけど、いい人です。たぶん」
「たぶんって……」
そして彼女たちは街へと消えていった。賑やかな街に刺す太陽は、次第に傾いていった。




