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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第16話 深い森の中で

「ふんふーん」


 ロンゴアド王国にある深い森の中、誰も訪れることのないその場所に、場違いなほど煌びやかな宝石を全身につけた赤い長髪の女性が鼻歌交じりに歩いていた。


 一歩歩くごとにその宝石は光る。それと反応するように木の根元が一瞬光り、細い糸のようなものが彼女の眼の前を飛んでいく。


 進んだ先で、彼女は大きな木の根に腰を下ろす。彼女の周囲では小動物たちが顔を出し、虫が歌い、鳥が飛ぶ。微笑みながら彼女が手を出すと、ひらりと蝶が止まる。


「お久しぶりアルスガンドの暗殺者さん」


 眼を瞑りながら、彼女は上を見上げて声をかける。木の上には漆黒の装束を纏うセレニアが立っていた。


「ちっ、自分から探知に引っかかる間抜けがいると思ったら、お前かハルネリア」


 魔法機関が埋葬者、魔術師狩りのハルネリアは笑顔でセレニアに手を振る。その赤い髪を風になびかせて。


 地面に音もなく降りるセレニアは、彼女を一瞥するとそのまま木に寄りかかった。


「聞いたわよロンゴアド兵団をそれはそれは痛めつけたって。何のつもりかは知らないけど、あなたたちにしては派手ねぇ」


「ほっておけ、お前たちに迷惑はかけていないはずだ」


「うんそうね、私たちは魔術師以外はノータッチだけどねぇ。でももし変な魔術使ってたりしたら、速攻でオーダーに載ってたわよ。気をつけなさいセレニアさん」


「ふん、それで脅してるつもりかハルネリア。師父に一度殺されかけたのを忘れたのか?」


「ふふふ……懐かしいわね」


 二人は傍にいながらも互いの眼を見ることは無い。セレニアは腕を組んで、ハルネリアは手に止まった蝶を愛でて、二人は静かにそこに佇む。


 鳥の鳴き声が響く。木漏れ日が動く。


「全く、それで、何の用だハルネリア」


「あらあら、せっかちな子。もっとこの静かな森の一時を楽しみましょうよ」


「お前とか? はっ、冗談を言うな」


「本当につれないわね。それじゃあ本題にいきましょうか」


 ハルネリアはそういうと、一枚の紙をセレニアに向かって投げた。それは風に乗って、一つのズレも無くセレニアの手に収まる。


 セレニアがその紙を撫でると文字が空へと浮かび上がった。そしてある者の顔が浮かぶ。


「オーダーナンバー5? なんだ、かなり上位だな。直接依頼か?」


「ええ、報酬はいい値で出すわ。魔道具が欲しければ言えば準備する」


「ほぅ……中々奮発するな。それほどの相手か?」


「危険度が高すぎるのよ。埋葬者も2人やられた」


「それはそれは、魔術師狩りも地に落ちたものだ」


「言葉も無いわ」


 セレニアは空に浮かんだ文字を読み進める。そこには、ある魔術師の情報がびっちりと書かれていた。名前、出身地、経歴、罪状、判明している術式の効果。


「シャールロット・セルレッラ? 聞いたことがないが、最近オーダーに載ったのか?」


「最近っていうか、うーん去年ぐらいからかしら。ファレナ王国の町から人がいなくなる事件があってね、彼の仕業だと言われているわ」


「町か。人口は?」


「1万人」


「それはそれは、よっぽど効率が悪いのか、どんな稚拙な術式か逆に興味があるな」


「セレニアさん。逆よ。すっごい効率がいい術式を使ってるの。その上で1万人」


「効率がいい? というと死霊喰いか」


「その系統ね」


「そうか、そんな危険な奴が、騎士団所属の騎士か。全く、叩けば埃がでるどころではないな」


「魔術協会お抱えの国だから、戦力と引き換えって面もあるんでしょうね。力のバランスが崩れたらあの国、一気に魔に傾倒するでしょうね」


 セレニアはやれやれといった感じで息を吐き、空に浮かぶ文字を上から抑える。文字は紙に戻って、その紙をセレニアはハルネリアの方へと投げた。


 紙は空を舞い、ハルネリアの手元へと戻っていく。受け取った彼女はふてくされたように口を尖らせた。


「受けない、と。セレニアさんらしくないわね。次期頭首様もいるんでしょ? そんなに難しい相手ではないはずよ」


「お前がやれ。悪いが私たちは、オーダー狩り専門ではないんだ」


「そう、残念ね。あーあ、それじゃファレナ姫で釣らなきゃ駄目かなぁ」


 ハルネリアは悪戯をする子供のように、ニヤリと笑った。その顔は、それでもいいのかと訴えかけているようで。


「……ちっ」


 セレニアは舌打ちをする。ハルネリアは魔法機関屈指の情報屋、そのため、彼女は想像混じりとは言えセレニアを揺さぶる手段を知っているのだ。


「シャールロットはファレナ姫奪還のための切り札よ。始末しとかないと、後々ひどいことになるわ。ふふふ、あなたたち後手に回るのは嫌でしょ?」


「くそ、どこまで知ってる?」


「あなたたちが何故かファレナ姫をかくまってるところまでは知ってるわ。まぁ、私は誰にも教えることは無いけどね。魔法機関員で知ってるのは私ぐらいじゃないの?」


「何故知ってる?」


「私、顔知ってるのよねファレナ姫の。前に連れてたでしょ? ふふふ。あとは王国の情報を繋ぎ合わせてちょちょっとね。まっ理由までは知らないけど。国家に関しては魔法機関は不介入だから知ってもどうもしないけど」


「そうか、可能性を考えてなかった」


「若い若い、セレニアさんもそこは17歳よねぇ」


「歳を言うな。わかった。受けてやる。報酬は忘れるなよ」


「はいはい、がぁんばってねぇ」


 そう言い残し、ハルネリアは一瞬光るとその姿を消した。森に残されたセレニアは、ハルネリアが消えたところに残る紙を拾い上げるとそれを仕舞った。


「全く、あんなのが師父の恋人だったとはな。はぁ……あいつの母親にならなくてよかったよ」


 セレニアは木に跳び乗ると、そのまま木々を跳ねるように森の奥へと消えていった。木の間に罠を仕掛け直して。


 木漏れ日の中で森は揺れる。森はただただ静かに光を抱いて木々を鳴らしていた。

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