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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
第一章 美しく醜悪な世界で
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第10話 街道を行く

 馬車が走っている。街道を馬車が。


 馬を操る男は薄汚れた服を着て、日の光を防ぐように布を頭にかぶる。


 道はなだらかで、馬車は軽快に走って行く。馬車の中には二人の女性。黒い装束のセレニアと、町娘の恰好をしたファレナ。


 そして馬車を引くのは馬飼いに扮した黒い男、ジュナシア。


 彼らは朝日の下で、馬車に乗って移動していた。


「あの人、何でもできるんですね。馬も操れるなんて」


 馬車の中でファレナが呟く。さも当たり前のように馬車を操るジュナシアに、彼女はただ感心していた。


「当たり前だ。私たちは人に頼れないからな。それに、馬車を借りるのに十分な金貨もある。ああ、こんな時なんだが、かなり贅沢できるな。14を狙ったのは正解だったな」


 セレニアが誇らしげに鼻を鳴らす。馬車の隅には食料の詰まった大きな袋、そこからおもむろにパンを取り出すと、馬車の前へと行き、半分にちぎったパンをジュナシアの口に突き付ける。


 彼は横を一瞬向いてそれを口で受け取る。満足そうに、セレニアはもう半分のパンを口に運んだ。


「本当は走ればもっと早く着くんだがな。全く、文字通り荷物だな姫様は」


「酷いこといいますね……まぁ否定はしませんけど」


 そういうと、ファレナは赤いものを袋から出して口に運ぶ。カラカラと口の中でそれを回し、興味深げに馬車の後方に流れていく景色を眺めていた。


 空、土、木。後方から見える景色は天幕に遮られそこまで視界はよくは無い。だがそれでも彼女にとっては興味深いものなのだ。


「飴か? いつの間に買ったんだ? 私に一つくれないか?」


「セレニアさん甘いものお好きで?」


「そういうわけじゃないが、たまには欲しくなるんだ」


「何となくわかります。いっぱい貰ってますからどうぞ」


「ああ」


 手渡れたその真っ赤な飴をセレニアは口にほりこんだ。舌でそれを転がす。すると、彼女の顔はみるみるうちに歪んでいった。


 飴を噛み砕き、水を使って一気に飲み込む。信じられないものを食べたというような顔で、セレニアはファレナを睨んだ。


「な、なんて……お前、なんてもの……! よく食えるなこの飴……ごほっ!」


 恨み言をいうセレニアを、きょとんとした顔でみるファレナ。セレニアが咳き込み、水をどんどんと飲んでいく。口に残っている飴の味を胃に押し込むように。


「どう表現すればいいんだこれは……まるで、そうだ、苦い草を煎じて、塩をかけたような……生臭さもあるっ……お前これどこで手に入れたんだ?」


「え? あの何て言うんですか? ジュナシアさんが倒してくださった魔術師の方の、部屋にいっぱいあったものですけど。凄く甘くておいしんですけど。セレニアさん舌おかしんじゃないです?」


「お前! それを先に! くっそ、魔術師が作った飴だと!? 怪しすぎるだろ! まさか、毒……いや毒なら私は飲み込めないから……くっ、何かの実験材料? いや、あいつの術式はそこまで高度には……」


「もう一個食べてみます? きっと次は甘いですよ」


「いるか! ああくそ、水が……はぁ、全く……人によって味が違うのか? 魔力量の判断? いや……まぁいい。はぁ……」


 セレニアは空になった水袋を潰しながら、袋の中へと入れた。まだ口に味が残っているのだろうか。彼女はしかめっ面で口を押えていた。


 その姿がおかしかったのだろうか。ファレナは笑顔を見せる。つられて少しだけ、セレニアも笑った。


「セレニアさん、次どこいくんです?」


「ああ、残りの金を受け取りに近くの町にある魔法機関の支部に行く。まぁ表向きはただのギルドだがな。全く、500枚となると小さなギルドでは用意できないとは知らなかったな」


「そうなんですか? それで、この街道の先にその、目的の町が?」


「ああ、それを手に入れれば、あとは潜伏地を探してほとぼりが冷めるまで家でも借りて潜伏する。どこまでも逃げてもいいが、さすがにな。無理に険しい道を選ぶ必要もないだろう」


「では、しばらく三人で暮らすんですね」


「三人か……あいつがそう決めたんだ。私は従うさ。気は、乗らないがな」


「私は、楽しそうだと思うんですけど……」


「ちっ……能天気な奴め」


 セレニアは飽きれたような顔で外を見た。ファレナも外を見る。


 後ろに流れる土、たまにすれ違う馬車、流れる木、高い空。


 のどかな風景がそこにあった。道は続いて、ただ進んでいく。

 

 唐突に、馬車の足が遅くなった。ゆっくりとゆっくりと、馬は速度を落とし、ついには止まってしまった。


 セレニアたちは何が起こったのかと馬車の前へと向かう。ジュナシアが前を指差す。


 そこには、列があった。人と、馬車と、そして家畜の列。その列の先は槍を持った兵士がいた。


 検問だろうか、関所でもないこのただの道で、兵士たちは通行人を調べていた。


「……私たちを探しているのか?」


 セレニアが小さな声で呟く。ジュナシアは小さく首を横に振り、兵士の旗をみろと指さした。


「ロンゴアド兵団? 国境はまだのはずだぞ。この街道はファレナ王国の……ロンゴアドの国が国境を越えてるのか? 何故?」


 わからないと、彼はまた首を振る。セレニアは考えても仕方ないと思い、馬車の奥へと進み、また座り込んだ。


「セレニアさん、何なんですか?」


「わからんな。だが問題は無い。どうもお前の母上君が人を寄越したわけではなさそうだ。旅人を装っていればいいさ。やつらに街道を閉鎖する権利は無い」


「そうですか? よくわかりませんけど……何か聞かれても黙っていればいいですよね」


「ああ、お前は何も言うな。あいつが、うまくやってくれるさ。自分を偽る天才だぞあいつは。まぁみとけ」


「はい……あの全然喋らないジュナシアさんが、うまく説明できるんでしょうか……」


 そして彼女たちは待った。ゆっくりゆっくりと、列は進んでいく。


 どれほど待っただろうか。馬車の中でファレナがあまりの退屈さにうつらうつらとしていると、唐突に馬車の後方が開けられた。


 覗く兵士の顔、馬車内をぐるりと見回すと、兵士は顔を引いた。


「女性二人、男性一人、積み荷は日用品に護身用の武器が少々。あの失礼ですが、ロンゴアドの国へは何の用で?」


 兵士は馬を引くジュナシアに向かって声を駆ける。彼は、その兵士にさわやかな笑顔を見せて答えた。


「冒険者ギルドへ仕事をいただきに参ろうと思ってます。あそこのギルドは大きいのでね、いい仕事があると思いまして。それに定住先も探しておりまして、それの下見に」


 日常の、若者がみせるような笑顔で答えるその様子に兵士たちも警戒心を解いたのだろうか、槍を下し、笑顔で彼に話しかける。


「ああ、それならば我が国はいいところですよ。人も優しいですし、何よりも税が安い。ただ、できれば首都ではなく西方の町へ行くことを薦めます」


「どうしてですか?」


「実はファレナ王国が我が国に通知いたしまして……何でも我が国にかの国の姫が攫われたと。いや、国王陛下にも、我が兵団にも身に覚えが無い……っと、これ以上は。とにかく、今の首都はかなりぴりぴりしてます。旅人の移住許可は下りないのではないでしょうか」


「なるほど、西方の町ならば、まだ国境から遠いからそこは許可が下りやすいと」


「はい、我が国は地方は領主たちが治めておりますので。西方の領主はいい人です。あまりにもいい人過ぎて、税金を0にしてしまうぐらいに。畑を耕して生きてますからねあの人」


「そうですか、それは何やら、親近感がわきますね」


「ですよね。私も実はあの町出身で……っと、長話してしまいました。ということで申し訳ございません。我が国の警戒はここからもいくつかあります。どうか、ご協力をお願いいたします」


「わかりました。ああ、それと、ここファレナ王国の領土だと思うんですけど、何故、あなた達が?」


「あー……いや、ここだけの話……王の親族がファレナ王国への説明にですね……護衛で、越境を許可させてもらってて……秘密ですよ?」


「ああ、なるほど、わかりました。では頑張ってください」


「はい、ご協力ありがとうございました」


 馬車は動き出す。敬礼する兵士を後に。さわやかな笑顔をみせていたジュナシアは大きくため息をつくと、鋭い眼を一瞬みせて、無表情な、ただ周囲を警戒するような顔へと戻っていった。


「アーセルが死にたくない一心で言ってたでまかせではなかったのか。まだ戦争まではいってないみたいだがな」


 セレニアが呟く。その声に、ファレナはハッとした顔を見せた。


「あの人が言っていた、私が攫われたっていうやつですか? 戦争を起こして連れ戻すとか」


「ああ、だが、どうにもきな臭い。私たちをロンゴアドの者だと思っただと? だとしたら頭が悪すぎる。何かがおかしいな……まぁ関係ないか私たちには……おい、ジュナシア。悪いが私は少し眠るぞ」


 そういうとセレニアは馬車に横になった。一瞬で寝付いたのだろうか、横になるや否や寝息が聞こえる。


 ファレナは自分の国が何をしているかに少し興味を持ちつつも、その一瞬で寝たセレニアが面白かったのか、声を出さずに笑った。人はこんなに簡単に寝れるんだと思いながら。


 ジュナシアは前を見る。一時詰まっていた馬車や人々が集団となって街道を行く。馬車の速度はあげれない。


 ゆっくりと進む彼らの馬車、その道は、ロンゴアド国の首都へと続いていた。

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