しろつめくさ
初投稿です。
よろしくお願いします。
「雨は綺麗よね」
彼女は深く傾けて、顔を隠した傘の内から、ひとことぽそりと呟いた。
「そうだね」
彼は傘を少し傾けて、桶に落とした墨のような濃淡のある雲から降りてくる水滴を、視線定めずぼんやり仰ぐ。
河原は僅かに滲み、河の対岸はすりガラスの向こうのように霧でぼやけ、遠くの山際が境をなくして蒼く波うっていた。
「同じ滴なのに、こんなにも涙と真逆だから、雨は嫌いじゃないのよ」
「突き詰めてしまえば、どちらも滴だと…思うけど」
「そんなことはないわ」
彼は彼女の言葉の意味をしばらく探り、困惑した面持ちになった。
理由や意味は違うかも知れないけど、水滴は水滴だよ。どこから零れてくるかは違っても」
「わかってないわね」
彼女はつと手を差し伸べると、その手のひらに傘の縁から雨垂れが一つ落ちてきた。
雨より大きなそれは、ぴしゃ、と広がって、そのあと細い手首をするり、流れる。
「ほら、やっぱり違う」
「…どうして、そう思うのかな?」
彼も濃鼠傘から、彼女を真似て手を差し伸べる。
いくつもの細かい雨粒が、空からかれの指先へ降り落ちる。
その滴は流れることなく、彼の指へ留まって、河原と雲の色を滲ませながら、僅かに艶を放った。
「雨は明日の為に降る恵みだけど、涙は明日のためのものじゃないから」
「でも、雨だって一つ間違えれば人の命を奪うことがあって…美しいものを見て泣くのは明日のためだと思うけど……違うかな」
「本当にあなたは理論ばかりを追求し、そして、忘れているのね」
傘の柄に両の手を添えた彼女は、今度こそ落胆した心持ちを隠すことなく、地面に視線を落とした。
白色をつけた雑草が、そこかしこに敷かれている。
これからその花の色を見せるもの、天を向くもの、水の重さに傾くもの、風に折られ地に臥すもの、そして明日には枯れ草の一つに連なるもの。
「私は視界がけぶる雨が好き。晴れたら見られる景色がどれぼど綺麗かいくらでも想像出来るから。そして涙は嫌い。悲しさや辛さを誰かに理解され、癒され、慰めてほしいなんて浅ましいことを考えた自分が嫌いになるから。……それだけの、ことなのよ」
彼は彼女の手をゆっくり柔らかく掴んだ。
しばしそうして二人、視界の端から端まで湿った空気がトロリトロリ流れるのを、沈黙のまま見つめ、あるいは聞いていた。
「……帰ろうか」
「もし、あなたが美味しい夕飯を作ってくれるというなら、考えてあげる」
ふふ、と、彼は笑みをこぼす。
「そうだね、二人の為に。いや、三人の為に。」
彼は踵を返し、復路を先に歩き始めた。
「ねえ」
彼女は足を止めたまま、ここへ来て初めて彼の視線を求めて呼び止めた。
彼は彼女を振り返り、まだ霧雨の降る彼女の目を見つめ、頬を溶かしてこう応えた。
「大好きだよ」
「……オムライスがいい、ケチャップ多めの」
できるだけ頑張るよといい、二人は並んで土手を上っていった。
読んで頂きありがとうございました。
ほとんど初めて書いた文章なので、未熟なものですが、楽しんで頂けていたら嬉しいです