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第6話

「チンタラしやがって、てめぇは亀か⁉︎」


 いつになく真剣な表情でエレベーターを降りた人哉の顔は、受付嬢のその一言によって一瞬で引きつった笑みに変わる。


「風輪の坊主め、すぐに向かわせるってんなら窓から落としゃ良いんだ!まぁいい、さっさとあの鎖をどうにかしろ!」


 押し黙る人哉の右腕は小刻みに震え、振るう相手を間違える寸前だ。


「ひ、人哉!受付さんがグレイプニルを抑えてくれてたんだよ。まずはお礼しなくちゃ」



 受付嬢は椅子に座って前方を向いたままだ。強いて言うなら眉が八の字になっているくらいだろうか。


「そんなに悠長な事も言ってられないみたいだぞ、桐香」


 彼女の視線の先へ目をやると、つい数十分前まで綺麗に舗装されていた道路はコンクリートが剥がれ、丁寧に手入れされた植木はことごとく薙ぎ倒されている。


「ビル全体は結界で守られてるから地響き一つしなかっただろうが、それ以外はそうはいかねぇ。修繕費はてめぇのケチな給料から天引きかもな」


「くそっ、胸糞悪い女だ。俺の銀行口座がマイナスになる前に、さっさと外に出させてくれよ」


 人哉は苦い顔で制服の上着を脱ぐと、近くにあったソファに放る。


「あんまり役に立てそうもないから、私は風輪さんの指示通り三式さんの護衛に専念するね」


 すかさずキャッチした桐香が制服を畳んでソファに置くと、キョロキョロと辺りを見回していたスミレが口を開いた。


「ところで、肝心のグレイプニルは何処に……?」


「クソガキも嬢ちゃんも慌てなさんな。……来るぞ!」


 辺りが暗くなったかと思った次の瞬間だった、巨大な鎖がビル目掛けて降って来たではないか。


 思わず目を瞑るスミレだったが、脳内で再生されたような衝撃は訪れない。恐る恐る目を開く。


 なるほど、受付嬢の話は本当だったようだ。


 恐るべき速度で迫っていた筈の鎖がビルのほんの少し手前で停止し、ゆっくりと上へ登って行くではないか。


 ビルと鎖を隔てる何かが存在しているのだろうが、僅かに空間が歪んでいる様に見える以外には何もわからない。


「何回かビルをノックしては上へ引き上げて行きやがる。多少浸入されるのを覚悟で斬り込んで行っても良いが、それは業務内容に入ってないんでな」


「はいはい、専守防衛って訳ね。……もう一度来たら外に出る。開けるタイミングは任せたぜ」


 受付嬢が45℃の角度で了承を示すと、人哉は腕を回しながら正面の自動ドアへ向かう。



 待つ事数十秒、再び視界が暗くなる。


 ビルに肉迫する鎖の横でゆっくりと自動ドアが開いた。


「……っ!!」


 激突の直後に開けた為に激突音が屋内まで届く。だが、それは最早音と呼んで良いものではなかった。


 耳よりも先に全身を音が打ち付け、身体を震わす振動によって鼓膜は本来の役目を果たせていない。


 受付に置いてあった花瓶が倒れ、ソファは数10cmにわたって移動し人哉の制服がずり落ちる。


 予期せぬ衝撃にスミレは短い悲鳴を上げて尻餅をつき、桐香は足を前後に開いて堪えた。受付嬢すら僅かに顔をしかめている。



 人哉は、走り出していた。


 あまりの衝撃に一瞬身体を持っていかれそうになりながらもなんとか足を前に運び、外へ。


 少し埃っぽい空気を吸い込みながら身体を反転させると、まさに巨大な鎖がゆっくりと持ち上がる所だ。


「俺はここだ、さっさとケリをつけようぜグレイプニル!!」


 その声に反応したのかは定かではないが、ピタリと動きを止めた鎖は先端を鎌首のように持ち上げる。


「俺に反応したって事は、やっぱ因果が繋がってるんだな。しょうがないから相手してやるよ、……来い」


 僅かに全体を軋ませた次の瞬間、生き物のように巨体をくねらせた鎖が人哉を襲う。アパートの時とは違い、鎖自体の質量と落下しながらのスピードを活かした一撃だ、まともに食らえばひとたまりもない。が、


「よっ……と。なんだ、おかしな素材で作られてるって聞いたからどんなもんかと思ったが、知能はほとんど無さそうたな」


 あまりにも単純な一撃だ、躱すのは造作も無い。その場で跳んだ人哉は鎖の上に着地すると、鎖が伸びている屋上へ向けて駆け上がる。




 具現化した消失物は更に強い力をぶつければ消える、消失物への対処において最もシンプルな仕組みだ。


 しかし、それはあくまで具現化を解いているに過ぎず、時間が経てば再びどこかに現れる。


 その際、過度に消失物と接触していると因果の結び付きが強くなり、同じ人物の元へ現れる事があるのだが……


「その場合、対象の因果を強制的に同調させるしか方法はありません」


 上へ向かう人哉の姿を眺めながら、桐香が続ける。


「強制的、と言っても内容は消失物に力を認めさせて向こうから因果を同調させるもので、手段はいくつかあります。今回の場合は……」


 鎖を伝って屋上へと姿を消す人哉。



 数秒後、何かに吹き飛ばされたかのように地面へ激突した。


「力比べが必要みたいですね」




 土とアスファルトの欠片を振り払いながら立ち上がる人哉。目立った外傷は無いが、欠片で出来た細かい擦り傷が顔中にあった。


「ぺっ、とりあえずどのくらいの大きさか見てやろうと思ったのにな。流石は北欧神話最大級の神を縛ってただけの事はある」


 口に入った土を吐きながら、文字通り吐き捨てるように言う人哉の視線は、もう屋上には向いていない。


「まだまだ全身が見えないとは恐れ入ったよ」


 屋上のさらに上、すなわち空。鎖はそこから伸びていた。正確には上空に生じた因果の流れから一部だけを具現化している。


 屋上に半身を預けて攻撃を仕掛けていると思い込み、呑気に駆け上がって行った人哉はその威容に暫し呆気にとられ、単調である筈の攻撃を躱しそこねたという訳だ。




 グレイプニルは、人哉の言う通り北欧神話に登場する消失物である。


主神オーディンを喰い殺すとの予言を受け、拘束される事となった巨狼・フェンリルを縛り付ける為にドワーフが創り出したものだ。


 結局、神々の最終決戦・ラグナロクに際してフェンリルは解き放たれてしまうのだが、重要なのはその素材にある。グレイプニルを生み出すため、使用された素材はこの世から失われてしまったといわれているのだ。



「消失物で出来た消失物……か。そこまで高位の存在じゃないとはいえ、骨が折れそうだな」


 消失の因果が強いほど具現化した時の強度や破壊力は増す。消失物の性質の1つだ。


「何にせよもう少し様子を見なきゃ話にならないか」


 両腕を前に出し、深呼吸をする人哉。


「……来い、"御手杵"!!」


 現れたのは一振りの槍だった。しかし槍にしては長く、穂先だけでも人哉の胸元近くまであり、全長は人哉の身長を軽く越えている。



 そこへ再び鎖が標的を捉え、地面を砕きながら迫るが、人哉に回避する動きは無い。


 槍の感触を確かめるように振り回すと、裂帛の気合いと共に、大蛇のように這う鎖に向かって突き出した!


 衝突地点を中心に地面が抉れ、衝撃波で土塊となって吹き飛んでいく。


 動きを止めた鎖の先端へ、すかさず槍の追撃が繰り出される。


 下から掬い上げる様に一撃。僅かに持ち上がった所へ左右からの連撃を加え、鎖が体勢を立て直す前に渾身の力で打ち下ろす。


「少しは大人しくしやがれ!!」


 仕上げに地面へ叩き付けられた鎖に槍を突き立ててやれば、頭を押さえ付けられた蛇も同然である。


 なんとか逃れようと全身をくねらせる鎖だったが、深々と突き立てられた槍はびくともしない。


 人が扱うにしては大きい部類の槍だが、神話の巨狼を縛っていた鎖とは比べ物にならないほど小さなものだ。



 消失の因果が強いほど具現化した時の強度や破壊力は増す。


 この御手杵もまた、グレイプニルに勝るとも劣らない因果を持っているのだ。



「さて、と……。様子を見るとは言ったが、グレイプニルについては詳しく知らないんだよなぁ」


 未だもがき続ける鎖を前に首を傾げる人哉。数秒考えて出した結論は、


「よし、とりあえずブン殴ってみるか」



 決断が早い時は行動も速いのが人哉である。瞬く間に鎖の側面へ回り込み、スミレの部屋で見せたのと同じ構えをとった。




「あの時と同じように殴り飛ばすのかしら?でも、それじゃあ……」


 結界とガラスの内側で戦いを見守るスミレは、見覚えのある構えに思わず心の声を洩らす。


「いいえ、あの時の人哉は打撃の瞬間にだけ具現化する事で威力を抑えていたんです。吹き飛ばすだけならそれで十分ですから」


 静かにその推論を否定する桐香。


「人哉はグレイプニルを……、砕くつもりです」






書きたい描写だと執筆のスピードが上がる辺り、まだまだなんですなぁ……。

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