第4話
前回からかなり時間が空いての投稿になってしまいました。
少し別の作品の執筆に集中していたのですが、ながら作業というものはなかなか上手くいかないものですね……。
ともあれ投稿のペースが増やせるよう尽力していきますのでよろしくお願い致します!
まずは散乱した瓦礫を片付ける事になった。
「よし、じゃあ俺は箪笥を片付けるか!」
「人哉はそっち。テレビと冷蔵庫がぶつかって漏電してるみたいだから、コンセントは抜いてね」
迷うことなく箪笥の引き出しに伸ばした人哉の手は、冷ややかな笑顔の桐香にがっしりと掴まれた。仕方なくテレビにのしかかる冷蔵庫を起こすと、古い型のアンテナ式テレビが姿を現す。
「映るんですか、これ?」
砕けたテーブルを片付けるスミレに問う。
「周りに大きい建物が無いから、結構綺麗に映るよ。……冷蔵庫のボディプレスを受けたから、さすがに動かないかしら」
困ったように微笑むスミレ。画面には蜘蛛の巣のような亀裂が走っており、すでにテレビとしての機能は果たせそうになかった。
「あー……、国公消はそれなりに金持ってるんで、今の三式さんならそれなりの待遇が待ってると思いますよ。きっとこれより良いテレビも買えるようになりますって……多分」
首の後ろを掻きながら言う人哉は歯切れが悪く、スミレと目を合わせようとしない。みかねた桐香が口を開いた。
「私達は国交消の中でも下っ端です。だからそのテレビはもちろん、三式さんの処遇がどうなるかもわからないんです。すみません」
申し訳なさそうに目を伏せる桐香。
「なんだか重たい空気だけど、そういえばその収集官さんが私にどんな用事なの?」
片付けに気を取られて忘れていた。
少しの沈黙の後、人哉と桐香は互いに目配せをする。
「いいよ、俺が話す」
瓦礫の無い場所を選ぶと、意を決したように正座をする人哉。つられてスミレもその場に膝をついた。
「単刀直入に言います。三式スミレさん、これからあなたには国公消の監視下に入ってもらいます。ちなみにこれは交渉しているのではなく、決定事項を伝えているだけなのでお間違えなく」
スミレは目を丸くしたまま、何も言わない。
「消失物は文字通り物質としては存在していません。因果……、その存在が辿った軌跡が概念として時空を彷徨ってるんです。それがある理由でさっきのように具現化する訳なんですが、それは何故だと思いますか?」
「わからないけれど、その原因は私にある……。そういう事なのね?」
「えぇ」と短く首肯した人哉は、右腕を差し出して袖を捲った。グレイプニルに叩き込んだ拳には傷一つ無い。
「正確には俺と三式さんの二人にあります。実は俺の右腕は消失物でして、因果を同調させている状態なんです。仕組みは俺にもよくわかりません、そういうものだと考えて下さい。で、因果は近しいもの、より強大なもの同士で引き合う習性を持ってます」
間近で眺めてみたが、スミレの目には人間の腕にしか見えなかった。
「俺も具現化するまでは普通の腕じゃないかと疑ってましたよ。でも、さっき見てもらった通りです。あの鎖、グレイプニルは北欧神話に登場する消失物なんですが……」
「……あなたの右腕も、北欧神話の消失物なのね?」
説明するまでもなく答えに辿り着いたようだ。答え合わせと行こう。
「理解が早くて助かります。ちなみに俺一人じゃあ、グレイプニルほど高位の消失物は偶然近付いたりしない限りは具現化しません。……何が言いたいかは、もうわかりますね?」
「私にも北欧神話の消失物が同調している、という事でいいのかしら?」
90点。
正確には近くに留まっている状態なのだが、これは因果同調の前触れであり、グラムがスミレを所有者として選んだという証だ。おっとりしているようで、なかなか鋭い女性らしい。
「それを踏まえて聞きます。24時間以内で、何かおかしな現象は起きてませんか?変な夢を見たとか、頭の中に声が聴こえたとか、何でも構いません」
実際、因果同調の前兆は千差万別だ。人哉が話したようなケースが多いが、雷に打たれる、高熱を出す、というケースも記録に残っている。
「うーん、何かあったかな?昨日金縛りには遭ったけど、それは越してきた頃からだし……」
やはりこの部屋は色々と問題があるらしい。破壊されて正解だったかもしれないと割と本気で考えていると、人哉の携帯電話が着信を知らせる。
スミレに断りを入れて画面を覗いた人哉は、「砕けるのはこっちの画面だったら良いのに」とでも言いたそうな表情を作った。
「やぁ、上篠くん。電話に出たという事は、対象との接触は今の所順調と考えて良いかい?」
順調とは言い難いが、風輪が懸念していた事態には至っていない。グレイプニルの襲撃をもっと早く察知出来ていれば、少なくともテレビは無事であっただろうと思うと、人哉自身は不調と言えるが。
「えぇ、今の所は。具現化したグレイプニルが対象の部屋に突っ込んできたくらいですかね。色々と壊れちゃったんで、新しい部屋が要りますよ、あとテレビも」
スミレに目配せをしながら告げる。風輪の立場であれば、それぐらいの手配は簡単だろう。何より彼は人哉以外には基本的に好意的だ、特に女性には。
「そうか、それは申し訳無い事をしたね。三式さんには都内の一等地の部屋を用意しよう、テレビは50インチでいいかな?」
期待通りの返答に満足した人哉が、スミレに新生活の案内を始めようと微笑んだ時だった。衝撃の一言がスピーカーを揺らす。
「と言いたい所なんだが、状況が変わってね。……グラムの反応がロストした。彼女を好待遇で迎えるのは難しいなぁ」
不愉快な事に、電話越しでも不敵な笑みを浮かべているのが分かる。
グラムの反応が消えた。
見失ったのでは無い、消失したという事だ。だが何故だ?消失物の探知を苦手とする人哉ではグラムの現在地を捕捉出来ない、隣に寄って来た桐香に尋ねてみる。
「……ごめん、戦闘に集中して探知が解けてたみたい。どうしよう人哉、本当に消えてるよ!」
側頭部に手を当てる桐香の表情は、死亡宣告をされた病人のようだ。状況を知らされていないスミレも不安の色を浮かべている。
国公消の任務に就く際は人哉が戦闘と交渉、桐香が探知と分析を主に担当しているのだが、探知を怠った事に責任を感じてしまったらしい。
あの時だ。
己の担当である戦闘を彼女にさせてしまった人哉にこそ原因があり、責められるべきは人哉だ。言葉の代わりに手を頭にのせてやると、幾分か顔色が戻る。
とは言え、ツーマンセルで行動していた桐香にも責任の追及はあるだろう。風輪の出方を待つ事にする。
「さて、どうしたものかなぁ。消失物が完全にロストするなんて予想外だよ、これはいよいよ探知を怠った事が響いてくるね。気は進まないが、処罰を与えないことには上が納得しないだろし………」
携帯を握る人哉の指に、無意識に力が込められる。
「今まで桐香が目標をロストした事なんてあったかよ。反応が薄れた事はあっても、完全に消えたなんて記録は無かった筈だろ。何よりあんただって探知出来なくなったんだろ、筆頭収集官殿?」
「そんなに強く握ると壊れるよ?貸与品は大事に扱ってくれないと」
怒気を含んだ人哉の抗議に押される様子も無く軽口を叩く風輪。
「とは言え君の意見にも一理ある。本部の探知班でさえロストした案件を強く追求はされないだろう。だが、さっきも言った通りスミレさんを収集官候補として好待遇で迎える事は……」
「見付ければ良いんだろ、グラムを」
電話の向こうでニヤリと、風輪が笑った気がした。
「反応がロストしたというのにかい?探知能力皆無の君がどうやって探す?」
「それは……」
具体的な案がある訳は無かった。消失物の反応がロストするなど前代未聞の事態にどう対応するべきかなど、収集官としての経歴の浅い人哉にどうして判断出来るだろう。
押し黙る人哉に対し、「ふぅ」と息を吐いた風輪の呆れたような声が届く。
「君にそこまで期待はしていないさ。処分は後々考えるとして、まずはスミレさんを本部まで連れておいで。グラムがロストした件は恐らく彼女がカギだ」
「……了解」
言い終えない内に電話を切ると、人哉はまだ青い顔をしたままの桐香へと向き直る。
「とりあえず大丈夫だ。三式さんを本部まで連れて行く事になった」
「そう……。うん、本部の探知班なら同調しかけた因果の残滓から手掛かりを見付けられるかも」
思考の内容がグラムの追跡に変わったらしく、桐香の顔色はいつも通りだ。
「……やっぱり美人だな」
「何か言った?」
「いいや、何も」
そうと決まればさっさと移動しなくては。どのくらい歩けばタクシーが拾えるだろうか。
「うーん、30分くらいかな?」
「リアルな数字ですね……」
次回もバトルは書けないかなぁ……