01. 遠い地の少年のこと
第4章開始です。
よろしくお願いいたします。
1 ~鐘木幹彦視点~
金属のぶつかり合う音が、まるで耳に打ち込まれるかのようだった。
「ぐっ、くくっ」
襲い掛かってくる剣を、両手の短剣で捌いていく。
相手のほうが間合いが長いので、必然、こちらは防御に回ることが多くなる。
技量が上の者を相手にしているとなれば、尚更のことだった。
どうにかして、こちらの間合いに持っていこうしているのだが、敵もさる者、そう易々とは踏み込ませてくれない。
そうこうするうち、衝撃が徐々に掌の感覚を失わせていく。
すでに勝機はなかった。
「おぁああああっ!」
そうとわかっていても喰らいつく。
こんなところで諦めていては、届かないものがある。
限界のぎりぎりまで振り絞らなければ、守れないものがある。
だから、歯を喰いしばって剣を振るう。
そうして、どれだけの時間が経っただろうか。
部屋でゲームでもしていれば、一瞬で過ぎゆく時間。
けれど、いまのおれにとっては、とてつもなく長く感じられる時間が過ぎて……。
「あっ」
おれは小さく声をあげた。
痛撃を受けて、痺れた手に握っていた短剣を弾かれたのだ。
一本になった短剣での抵抗は数秒ともたず……おれは、降参した。
「ま、まいった。マーカスさん」
尻餅をついたおれの眼前には、模擬剣の切っ先が突きつけられていた。
「勝負ありってことでいいですか、幹彦様?」
「降参! 降参だってば!」
大声で言うと、突きつけられていた剣が引かれた。
それでようやく緊張を解くことができたおれは、ばたんと背後に倒れた。
握っていられなくなった模擬剣が、掌からこぼれる。
「……あーぁ」
見上げた先にあったのは、皮肉なくらいに青い空だった。
「やっぱ本物の騎士は強いなぁ」
ぼやくと、笑い声が返った。
「いやあ、幹彦様もずいぶん強くなりましたけどね」
「一発も当てさせなかった相手にそんな慰めされても惨めなんですけど。むしろ勝ち誇られたほうがマシっつーか」
「正直、おれに勝つには百年早いっすね。せいぜい頑張ってくださいね、幹彦様」
「極端!?」
跳ね起きて叫んだ。
自覚はあるが、おれはけっこう負けず嫌いだ。
こんなことを言われて、黙ってなんていられない。
「畜生、負けるかンにゃろう!」
萎えた体に気合を入れて、立ち上がった。
「じゃ、今度は槍でも使ってみますか?」
「望むところ!」
最近は、腕力も強くなってきたので、色んな武器を試している。
やる気満々で頷いて、おれは練習用の槍を取りにいくために踵を返した。
「ねえ、幹彦様」
そこで、背中から声がかかった。
「頑張りましょうね」
おれは、振り返らずに頷いた。
「……ああ」
そして、駆け出す。
嫌な思いを振り払うように。
――チリア砦陥落について事情を話に行った団長が、交易都市セラッタでマクローリン辺境伯の手によって拘束されてから、そろそろ一ヵ月が経とうとしていた。
マクローリン辺境伯が団長を連れてセラッタを発ったのは、おれが孝弘たちと別れた三日後のことだった。
それからというもの、おれは団長を護送する一団にくっついてくるかたちで、ずっと移動を続けている。
その間、一度も団長には会わせてもらっていない。
この一団にくっついてくること自体、勇者としての立場でごり押しした部分もあるので、さすがにこれ以上の要求をすることはできなかった。
おれ自身は、こうして同盟騎士のひとりを世話役として、監視付きながら身柄を拘束されることなく日々を過ごしているのだが……だからといって、警戒されていないわけではないのだろう。
おれは一度、団長が拘束されたあとでセラッタを脱出している。
そのせいで、マクローリン辺境伯は一部の同盟騎士の身柄を押さえることができなかった。
そのなかには、もちろん、騎士団で副長を務めていたシランさんの名前もある。
チリア砦襲撃事件でアンデッド・モンスターになってしまったシランさんの身柄を、マクローリン辺境伯の手に委ねるわけにはいかなかったのもあるし、正直言えば煮え湯を呑ませてやったこと自体はざまあみろだったのだが、警戒心を抱かれてしまったのは少し痛かった。
マクローリン辺境伯がおれと団長との接触を許さないのは、姿を晦ませた騎士たちと一緒に、団長の身柄を奪還することを恐れているのだろう。
まあ実際、おれは密かに一部の騎士たちと連絡を取り合っていたりするのだが……。
とはいえ、おれたちに団長を奪還しようなんてつもりはない。
そんなことをすれば、団長の立場が危うくなってしまうのは、わかり切ったことだからだ。
それでも、マクローリン辺境伯としては、懸念は尽きないのだろう。
あとで追いかけてきた領軍とも合流して、かなり物々しい兵力で団長の護送は行われていた。
そのためもあって、一団の足は遅い。
ローレンス伯爵領を出て、マクローリン辺境伯領西部に広がる穀倉地帯に入ったのが、セラッタを発ってから十日ほどのことだ。
穀倉地帯を北東に走る街道を数日かけて進み、帝国南部の穀物庫とも呼ばれる都市デュルシスに到着した。
おれたちがいるのは、そこからマクローリン辺境伯領の中心都市である鉱山都市ヌルヤスに向かって、大河アラリア沿いに街道を北東へ進むこと十日のところにある宿場町だ。
ここから更に一週間ほどで、鉱山都市ヌルヤスに着く。
実に一ヶ月の道程だった。
帝都に着くまでには、更にそこから一ヶ月以上の時間がかかると聞いている。
団長が帝都で何日勾留されることになるのかはわからない。
そのあたりの事情についても、辺境伯側からはなにひとつ説明されていないからだ。
嫌われたものだった。
こちらも嫌っているので、これはお互い様だが。
ともあれ、滞在期間は決して短くはないだろう。
少なくとも、チリア砦という人類にとっての要害が陥落した大事件に関して、その場でなにがあったのか、どれだけの被害があったのか、詳細な説明を求められるのはまず間違いない。
そして、それからチリア砦陥落の責任を問われることになるはずだ。
これは以前、別れる前の孝弘やシランさんにも話して聞かせたことだが、責任を取って処刑という展開はありえない。
いかにアケルが小国とはいえ、国民に慕われる王族のひとりである団長が理不尽な理由で処刑されれば、マクローリン辺境伯との間で戦争になりかねない。
勇者とともに戦場を駆け、平時は世界の秩序を維持する役割を担う聖堂騎士団は、無用な混乱を許さない。
どれだけ団長のことを嫌いでも、辺境伯が処刑を断行することはできない。
とはいえ、処分の軽重は責任を問う声の大きさによって変化しうる。
おれの出番があるとすればそこだった。
どこまで信用できるのか未知数とはいえ、帝都は勇者を奉じる聖堂教会の本拠地だ。
影響力はそれだけ大きいだろうし、立場上は勇者であるおれが、団長のためにできることだってあるはずだった。
そこまで終われば、たとえ団長職を取り上げられて謹慎処分が下されるというかたちになるにせよ、アケルに帰国することができる……。
「……先は長えなぁ」
ここが我慢のしどころだった。
「アケルと言えば……孝弘、あとどれくらいで着くもんかな」
ここまで乗ってきた魔石駆動の車に駆け寄り、置いておいた練習用の槍を引っ張り出したところで、おれはふとつぶやいた。
アケルに向かっているはずの孝弘だが、たとえ順調な行程だとしても、まだ辿り着いてはいないだろう。
キトルス山脈越えのルートは険しいと聞く。
いまはほとんど使われていない道だということだし、悪路に足止めを喰らっている可能性も高い。
あるいは、思わぬアクシデントに見舞われているかもしれない。
とはいえ、あちらのほうが先にアケルに辿り着くことにはなるのは、まず間違いのないことだ。
団長の帰国についていけば、あいつが出迎えてくれることになるはずだ。
再会したそのときに笑われてしまわないよう、おれは気合を入れ直した。
◆プロローグになります。
今日はもう一度、更新します。






