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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
3章.ありのままの彼女を愛して
75/321

21. 追いかける/追いつめられる

(注意)本日二回目の投稿です。













   21



「ガーベラ!」


 飛び込んできた白い影を見て、おれは声を弾ませた。


「来てくれたのか!」

「ふむ。無事なようだな、主殿。まずは重畳」


 その場の全員を見回して、ガーベラが赤い目を細めた。


「……しかし、その分だと、どうやらなにかあったようだの」


 ガーベラがこちらに視線を向けてくる。おれは頷きを返した。


「ああ。お前の力が必要だ」


 絶望的な状況に、かすかな希望が差し込んでいた。


 ガーベラのことだ、大人しく待ってはいないだろうとは踏んでいたが、この分だと、彼女はあの崖崩れのあと、すぐにおれたちを追ってきたらしかった。


 追いついてくるのに時間が掛かったのは、怪我のせいだろう。


 ガーベラは、飯野との戦闘で負った傷がまだ癒えていなかった。

 本来八本の蜘蛛足は、左一本、右三本しか残っておらず、鉤爪を地面に突き刺して体を固定してはいるものの、着地したときによろけていた。


 まったく動けないわけではないだけマシだが、自慢の機動力は形無しだろう。


 しかし、それでも彼女がおれの仲間内で、最も強力な眷族であることには違いない。

 少なくとも、おれだけでリリィの奪還を試みるより、余程、成功する確率は高いはずだった。


 欲を言うなら、シランも来てくれれば良かったのだが、残念ながら彼女の姿はなかった。彼女は崖上の山道で、ケイと一緒におれたちが戻ってくるのを待っているのだろう。


 残念ながら、シランを呼びに行って、戻ってくるだけの余裕はない。

 いまでもリリィがどんどん遠ざかっているのが、パスを通じて感じられるのだ。彼女の存在が遠くなる。そのうち、感じ取れなくなってしまうかもしれない。


 まさか高屋の襲撃があると予想ができるわけもなし。ここは、ガーベラだけでも駆けつけてくれたことを幸運に思うべきだろう。


「なにが起こったのかは、道々話す。行くぞ」

「う、うむ。あいわかった」


 可能性の芽が出てきた以上、こうしてはいられない。おれは戸惑うガーベラに声をかけて、走り出した。


「ご、ご主人様!?」


 驚いたようなローズの声が、うしろから追いかけてくる。


「安心しろ!」


 おれは振り返ることなく、声だけを返した。


「リリィは必ず連れて帰る!」


 自分で言いながら、それが難しいことはわかっていた。

 それでも、諦めるという選択肢がない以上、ベストを尽くすしかない。


 ここは無理を押し通さなければならない場面だ。

 おれは拳を握りしめた。


   ***


 リリィを浚った高屋の目的地は、帝国領方面らしい。パスを通じて感じられるリリィの気配は、キトルス山脈を南東に直進していた。


 どうやら高屋は蛇行する山道を利用せず、チート持ちとしての身体能力任せに山中を踏破しているようだ。恐らく、追手がかかるのを嫌っているのだろう。


 ずいぶんと慎重なことだ。

 おれはリリィとの間にパスがあるから、彼女の位置がなんとなくでもわかるが、そうでなければ追跡は困難だっただろう。


 逆に言えば、図らずして、おれたちは高屋の狙いを外したことになる。


 リリィというお荷物を抱えた高屋は、山道より山中を歩くほうが手こずるはずだ。


 勝負はキトルス山脈を抜けるまでの間だ。

 どうにかして、追いつかなければならなかった。


「おい。主殿。そろそろ説明してくれんか」


 そのとき、隣を跳躍するようにして移動するガーベラが、しびれを切らしたように声をあげた。


 それで、おれは彼女にまだ説明をしていなかったことを思い出した。


「あ、ああ。悪い。いま説明する。実は、あの崖崩れのあとなんだが――」


 おれはガーベラに、彼女と離れている間になにがあったのか、手短に話した。


「なるほどの。リリィ殿が……」


 話を聞き終えると、ガーベラは唸り声をあげた。


「必ず取り返す。そのために、力を貸してくれ」

「無論だ」


 ガーベラは、力強く頷いてくれた。


「妾にできることがあるのなら、なんでも協力しよう」

「そう言ってもらえると、ありがたい」

「とはいえ、妾もこんな状態だ。どこまで役に立てるか保証はできんが……」

「それについては、大丈夫だ」


 ともすると強張りそうになる顔を笑いの形にして、おれは並走するガーベラに向けた。


「飯野によれば、高屋は魔法を使えないらしい。ウォーリアとしても、それほど強いほうじゃないって話だ。付け込む隙くらいはあるはずだ」


 なるべく落ち着いて、状況を見定めようとおれは努めた。

 こうしている間にも、叫び出したくなるような不安が胸中を焼いていたが、焦っても状況が好転することはない。


 必要なのは冷静さだ。平常心を見失えば、できることもできなくなる。


「魔法道具で武装しているのは厄介だが、それさえどうにかすれば、勝機はある。いや。おれひとりだったら、それすら覚束なかっただろうが、いまはガーベラがいてくれる。いくらでもやりようはあるはずだ」

「……そう言ってもらえるのは、嬉しいのだがの」


 言葉とは裏腹に、ガーベラは難しそうな顔を見せた。

 どこか不審そうに、赤い瞳がおれのことを窺っている。


「なんだ?」

「いや。妾の気のせいかもしれぬ」


 かぶりを振ってから、ガーベラは改めておれを横目で見た。


「しかし、その高屋とやらの目的はなんなのだろうな」

「それは……当然、水島美穂を取り戻すため、だろう?」


 当たり前のことを訊かれたので、おれは少し戸惑ってしまった。


「高屋は水島美穂の幼馴染だ。彼女のために、たったひとりで樹海を抜けたくらいに、彼女のことを大事に思っていた。だったら、目的は水島美穂以外にないだろう」

「おい。主殿よ。本気で言っておるのか」


 跳ねるように走りながら、ガーベラが言った。


「ならば、どうしてその大事な水島美穂を、高屋は攻撃した?」

「それは……」


 おれは虚を突かれた気持ちになった。


「……確かに。妙だな」


 高屋はリリィの頭部を剣で貫いた。

 相手がリリィでなければ、最初の一撃で死んでいる。


 水島美穂から抵抗力を奪うなら、もっと他にやり方があったはずで……。


 いや。これもおかしい。

 そもそも、どうして高屋は水島美穂が抵抗すると考えた? 


 高屋にしてみれば、水島美穂は幼馴染。不意打ちをする理由がない。

 普通に話しかけてくればいいのだ。それなのに、高屋は背後から不意打ち。それも、頭部を剣で突き刺すという、あまりにも過激な手段を取った。


「いったい、どうして……」

「あのな、主殿」


 隣を並走するガーベラが、横目でこちらを見た。

 細い眉が寄っている。妙に深刻そうな表情だった。


「さっきの小娘、確かイデテンとか言ったかの」

「『韋駄天』な。名前は飯野優奈」

「それだ。あの小娘が現れたときに、口にした言葉を覚えておるか?」


 衝撃的な出来事が続いているとはいえ、つい先程のことだ。もちろん、覚えていた。


「『自分の操るモンスターに、水島さんのことを食べさせたのか』って詰問してきたな」

「そうだ」


 ガーベラが頷いた。


「あの小娘は、リリィ殿の正体を知っておった。リリィ殿を浚った高屋とやらは、あの小娘と一緒にいたのであろ?」

「……」

「高屋もまた、リリィ殿の正体を知っておって当然ではないか」


 言われてみれば、その通りだった。


 事前にリリィの正体を知っていたのなら、高屋の行動は非常に納得のいくものとなる。


 高屋の持っていた『罪科の縛鎖』は、抵抗の意思があると発動しない。

 水島美穂が相手ならともかく、モンスターであるリリィの意識を奪うには、大きなダメージを与える必要がある。


 別に体を両断するでもいいが、擬態した頭部を一撃するのが最もスマートだ。これ以上に効率のよい方法はない。


「だが、これだとおかしなことがひとつある」


 ガーベラが続けた。


「高屋は、水島美穂の姿を借りたモンスターだとわかっていながら、リリィ殿を浚っていったということになる。そこが、解せぬのだ」

「……それどころか、あいつ、リリィのことを『美穂姉ちゃん』と呼んでいたぞ。『これからは、ちゃんとおれが守るから』って。あれは、演技には見えなかった」


 ……どういうことだ?


 手に入れたのが水島美穂でないのなら、あの台詞は出てこない。

 だが、水島美穂であるのなら、あのように乱暴極まりない方法で身柄を確保するはずがない。


「まさか……」


 ふと思いついたことがあって、おれは眉をひそめた。


 ――やっと取り戻したよ。美穂姉ちゃん。


 純朴そのものといった調子の声が、耳の奥で蘇った。


 態度とは裏腹の、容赦のない攻撃。

 常軌を逸した眼光と、怨念めいたものを感じさせる佇まい。


「高屋は、どこかおかしくなってしまっているのかもしれない」


 今更ながら、おれはその可能性に思い至った。


「おかしく、とな?」


 尋ねてきたガーベラに、おれは頷いた。


「ああ。高屋純は、幼馴染である水島美穂に惚れていた。だからこそ、自分の身さえかえりみずに、水島美穂のことを案じていたんだ。そんな彼女が失われてしまったんだ。おかしくなってしまっても無理はない……」


 喋っているうち、おれの背筋に、不意にぞわりと悪寒が走った。


 考えてはならないことを、頭に思い浮かべてしまったからだった。


 自分の身より大事な人。大切で愛おしい女の子。

 高屋にとって水島美穂がそれなら、おれにとってはリリィがそうだ。


 だから、思ってしまった。



 ……たとえば、おれがリリィを失ったとして。

 おかしくならずにいられるだろうか?



 おれは慌てて、それ以上考えるのをやめた。

 こんな状況で考えるようなことではなかった。あまりにも不吉過ぎる……。


「なるほどの。高屋とやらは、もはや水島美穂とリリィ殿の区別もつかぬのやもしれぬな。だが、それは我らにとっては、安心材料でもあるのではないか?」

「……え?」


 ガーベラが話しかけてきたことで、おれは我に返った。


「えっと」


 一拍、反応が遅れた。


「……安心材料っていうのは?」

「主殿が恐れておったのは、リリィ殿が水島美穂ではないことが高屋に露呈して、危害が加えられることであろ?」


 励ますような口調で、ガーベラが言った。


「だが、その可能性はなくなったではないか。もともと高屋は、それと知っていて、リリィ殿を誘拐したわけだからの」

「あ、ああ……」


 言われてみれば、これも確かにそうかもしれない。


 ガーベラの言っていることは正しかった。

 ただ、それで安心できるかというと、そうではなかった。こうしたことは、理屈ではないからだ。


 おれは曖昧に頷いた。


「そうだな」

「……」


 そんなやりとりを最後に、おれたちは無言で先を急いだ。


 視界の端に、太陽がちらついた。

 日が少し傾きかけている。うなじのあたりで、じりじりとした感覚がした。リリィが浚われてから、どれだけ時間が経っただろうか? どれだけ距離を詰められただろうか? まさか引き離されているのではないか?


 考えても仕方のないことが、頭のなかをぐるぐると巡っていた。


「……?」


 ガーベラがおれのことを窺うように見ているのに気付いたのは、沈黙の時間が数分経ったあとのことだった。


 不審に思って、おれは口を開いた。


「どうかしたか、ガーベラ?」

「……なあ、主殿よ」


 ずがん、と大きな音がした。

 突然、ガーベラが鉤爪をブレーキにして、急制動をかけたのだ。


 おれも慌てて足をとめた。


「っと」


 その拍子に、バランスを崩した。

 つんのめって、地面に片手を突く。


「……?」


 気付けば、息があがっていた。どくどくと動悸がする。


 立ち上がると、小さな眩暈。振り払って、うしろを振り返った。


「どうした、ガーベラ?」


 そこには、足をとめたガーベラの姿があった。

 蜘蛛脚を突き刺した地面から、土煙が立ち昇っている。


 脚をとめた拍子に前傾になった彼女の俯いた顔は、長い髪に隠れて見えない。


「前言を撤回する」


 ぽつりと、ガーベラが言った。


「やはり、これは妾の気のせいではなさそうだ」

◆更に一時間後に、また更新です。

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