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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
3章.ありのままの彼女を愛して
71/321

17. 正義の味方の倒し方

(注意)本日二回目の投稿です。













   17



「やあああぁあ!」


 眷族たちの総攻撃で敵わなかった飯野に対して、リリィは単身で突っ込んだ。

 その手に愛用の黒槍はない。先程までの攻防で奪われてしまって、回収する暇もなかったのだろう。


「素手でなにができるっていうの?」


 呆れたふうに、飯野がちらりとこちらを見て尋ねた。

 リリィではなく、おれのほうを見て……。


 ……さっきから、なぜか飯野はおれにだけ話しかけてきている。

 本来ならリリィに言うべき台詞を、おれに対してぶつけている。


 こうも何度も繰り返されれば、さすがに変だなと思いもするというものだった。


 そうした彼女の態度は、まるでリリィたちには人格など認めていないかのようだった。


 モンスターに人格を認めない。……そういえば、さっき飯野は、ガーベラと正面から打ち合った際に、『悪党に操られるモンスターなんかに、わたしは負けない』と叫んでいた。


 モンスターを操る能力者。

 思い浮かぶのは、おれと似て、決定的に違ってしまった彼のことだ。


 これは果たして、偶然の一致だろうか?


 そもそも、どうして飯野はおれたちに襲い掛かってきたのだろう。

 問答無用で敵対されて、ほとんど制圧に近いかたちでやられてしまったため、それどころではなかったのだが、ひょっとして飯野は、とんでもない勘違いをしているのでは……。


「あっ!?」


 疑問に答えを出す暇もなく、おれは飯野がリリィの腹に蹴りを突き入れるのを目の当たりにした。


 武器も持たないリリィは、無防備にその一撃を腹に喰らってしまう。

 けれど、口元を吊り上げたのは、攻撃を受けたリリィのほうで、逆に、攻撃をした側の飯野の顔には、わずかな驚きが浮かんでいた。


「っ!? この、感触は……?」


 飯野の足は、不自然に深くリリィの腹にめり込んでいた。

 内臓もなにもかもぐしゃぐしゃになってしまったとしたら、こんなふうにもなるだろうが、これはそうではない。


 おれは即座に、リリィがなにをしたのかを理解した。


 彼女は部分的に腹部の擬態を解除して、スライムの体組織に戻したに違いない。

 スライムの体は柔軟にして強靭。単純な打撃を吸収してしまう。


「……捕まえた」


 驚きに硬直した一瞬の隙をついて、リリィが飯野の脚を掴んだ。

 即座に高まる魔力の気配。展開するのは、緑色の魔法陣。


 ――第三階梯の風魔法。範囲は狭く、その分だけ密度は高く。


 丁度、飯野とリリィを囲むように魔法が発動する。


 これは通る。

 できる限り魔法を操作して、的を外してはいるのだろうが、それでもリリィ自身ダメージを免れない、捨て身の攻撃だ。これでダメージが通らないはずがない。


 と、思った次の瞬間のことだ。


 飯野がわずかに身を沈めた。


 まさか、と思ったときには、飯野は行動を起こしていた。

 縮めた片足をバネにして、『韋駄天』の脚力が地面を蹴る。結果、生まれるのは爆発的な推進力だ。


「……そ、んな!?」


 リリィの悲鳴。彼女の両足が地面から浮く。

 あとはもう、『韋駄天』の速度を押さえつけるものはなにもない。

 飯野は魔法の発動領域から一瞬の間に離脱した。


 リリィの覚悟を宿した風が、虚しく空気を掻き乱した。


「……酷いことをするんだね、真島」


 脚を振ってリリィを振り払うと、飯野はこちらに言葉を投げかけてきた。


「都合の良い玩具とはいえ、可愛がっているモンスターを捨て駒にするなんてさ」


 瞳の奥には、怒りの炎が燃えている。

 そんな彼女の態度を見て――おれは、彼女が勘違いをしていることを確信した。


「飯野優奈殿!」


 そのときだ。睨み合うおれたちの間を分かつように、鋭い声があがった。


 いまにもおれに殴りかかってきそうだった飯野が、ぴくんと眉をあげた。

 声の主のほうを振り向く。至極当たり前の反応ではあったが、ここに飯野が来てからは、初めての行動でもあった。


「えっと、あなたは確か……」

「同盟第三騎士団で副長を務めていました、シランと申します」

「ああ、そうそう。シランさん。一度、話をしたことがありましたっけ」


 明らかに反応が、リリィたちに対するものとは違っていた。

 やや冷ややかな声色ではあるものの、少なくとも、シランと飯野の間には会話が成立するだけの余地があった。


 それはつまり、飯野はあえてリリィたちを無視していたということであり、もっと言えば、ここに飯野が来てからの全ての災難が彼女の勘違いに起因することを意味していた。


「なぜ、突然、我らを襲われたのか。真意をお訊きしたい」


 割り込む隙をうかがっていたのか、シランはここぞとばかりに言い募った。


 強気の顔に緊張がわずかに窺えるのは、庇おうとするおれたちの状況の悪さを正しく理解しているからだろう。

 たとえシランが加勢したところで、状況は覆らない。それだけの戦力差が飯野との間にはあった。


「……むしろわたしとしては、どうしてあなたが真島孝弘と一緒に行動しているのか、そっちのほうが疑問なんだけど」


 非難を隠さないシランに対して、飯野は棘のある口調で返した。


「こいつはモンスターを操って、チリア砦を襲わせた犯人なのよ?」


 シランが目を見開き、おれは逆に目を細めて眉を寄せた。


 おれの確信は正しかった。だからといって、嬉しくもなんともないが。


 事情は、大体読めた。


 もう二ヶ月近く前のことだが、飯野はチリア砦から樹海深部に出発した。

 帰って来た彼女は、廃墟と化したチリア砦を目撃したはずだ。そこでなにが起きたのかも、ある程度は把握しているはずだろう。


 ただし……ある程度は、だ。完璧ではない。

 その場にいなかった以上、飯野が情報を受け取るのは、伝聞というかたちにならざるをえない。情報に欠落はあるだろう。誤りだってあるかもしれない。


 それにしたって、これは酷いが。

 なにがどうなったのか知らないが、飯野はおれがチリア砦を襲撃した犯人だと伝えられたらしいのだ。


 当然、まったくの誤解だ。

 問題は、その誤解がかなり厄介な類のものであることだった。


「っ!? そ、それは違います、優奈殿」

「なにが違うっていうわけ?」

「チリア砦を襲わせたモンスター使いは、工藤陸です。孝弘殿ではありません」

「工藤のことは聞いてるけど」

「で、でしたら話は早い! 孝弘殿は襲撃と無関係です。なにしろ、チリア砦を襲撃した十文字達也を倒し、裏でモンスターを操っていた工藤陸を追い詰めたのは、他ならぬ孝弘殿なのですから!」


 事実である。シランはなにひとつ、嘘は言っていない。

 だが、飯野はかぶりを振った。


「そっちの話は、聞いてないわね」

「そ、そんな……!」


 飯野にしてみれば、先に聞いた話もシランの主張も、同じく他人からの伝聞だ。

 であれば、あとはどちらを信用するか。


 シランはおれの同行者だ。

 身内の主張として、むしろ信頼性は低く見積もられているところがあるかもしれない。


「それに……十文字くんがチリア砦を襲ったって?」


 飯野はシランの言葉を信じない。それどころか、気配が鋭く尖った。


「ふうん。そういう馬鹿げた噂話をしている人間がいるとは聞いていたけど、本当だったんだ」


 十文字は飯野とともに第一次遠征隊のひとりとして、樹海を一緒に旅した仲間だ。

 大勢のなかのひとりであったにせよ、顔見知りであったことには違いない。


 それに加えて、どうも飯野は、もともと『そうした馬鹿な噂話がある』と、どこかで聞かされていたらしい。

 そんなふうに聞いていたなら、今更、誰がどのように伝えたところで取り合ってはくれないだろう。単純に心証を悪くしてしまうだけだ。


 そして……極めつけは、それを他でもないこのおれの同行者が口にしたということだ。


 飯野はおれがリリィに水島美穂を喰らわせたという事実を知っている。

 ひょっとしたら、彼女はおれが水島美穂を殺したとさえ思っているかもしれない。


 無論、そんなことはしていないが、そう主張したところで証拠があるわけでもなく、たとえそこをクリアして無罪証明ができたところで、遺体をリリィに喰わせた事実は変わらない。


 あの時点では、それが生き残るために必要なことだと思ったと言っても、そんなの、なんの言い訳にもならない。


 真島孝弘は邪悪な存在であり、チリア砦を襲撃したとしてもおかしくない。

 この前提がある限り、飯野が引き下がることはないだろう。


 正面から、おれの手札で『韋駄天』を打ち破ることは不可能。

 だからといって、説得することもできない。第三者であるシランでさえ無理だった。


 状況を把握して改めてわかる。八方塞がりだ。どうしようもない。

 だが……。


「……あのさぁ。いい加減、諦めたらどうなの?」


 シランから視線を外した飯野が、ややうんざりした調子で、おれに声をかけてきた。


「勝てないのは、もうわかったでしょう?」


 ちらりと彼女が一瞥をくれた先、リリィが魔力を集めていた。


「リリィ……」


 その表情には、飯野のものとはまた別の強さがある。

 不屈の意思。彼女は諦めてなどいなかった。


 であれば……いいや、そうでなくともだ。

 おれは諦めるわけにはいかない。パスを通じてわかる。眷族の他の誰も、諦めてなんかいない。諦めるわけにはいかないのだ。


 そう心を決めたときのことだ。

 予想外のことが起きた。


「わあぁああぁあ!」


 おれではない。リリィでもなければ、ガーベラでもローズでもなかった。


「加藤さん!?」


 破れかぶれのように声をあげて、おれのすぐ傍を駆け抜けていったのは、無力なはずの少女だったのだ。

 崖面にへばりつくようにして走る山道を、ナイフを逆手に持ち、決して鋭いとは言えない足取りで駆けていく。


 まったく想定していない事態だっただけに、反応が遅れた。

 それはこの場の全員がそうだったが――遅れたところで、『韋駄天』は最速だ。


「くっ」

「なんのつもり?」


 あっという間に、加藤さんは飯野に取り押さえられてしまった。


「見たところ、チート能力に目覚めてもいないみたいだけど……」


 地面に押さえつけられて、苦痛に顔を顰める加藤さんの顔を間近で見た飯野が、ふと眉を寄せた。


「って、あなた……ひょっとして、加藤真菜さん?」

「どうして、わたしのことを……んっ」


 押し殺した悲鳴があがり、飯野の手により背中に回された手から、ローズ謹製のナイフが落ちた。

 思わず駆け寄りそうになったおれたちを視線で制しておいて、飯野は加藤さんの問い掛けに答える。


「高屋くんから聞いていたのと、背格好が似ていたから」

「ああ。そういえば、遠征隊には高屋くんが合流していたんでしたっけ……」

「……理解できないわね」


 飯野の声のトーンが落ちた。


「高屋くんからは、あなたは水島さんと仲の良い後輩だったと聞いてるけど。それなのに、どうしてその水島さんをモンスターに食べさせた真島と一緒にいるの?」

「さあ。判断基準があなたと違うからじゃないですか」


 痛みに表情を強張らせながらも、加藤さんの返答はどこか飄々としたものだった。

 おれも飯野とは別の意味で、加藤さんのことが理解できなかった。


「飯野さん。あなたの言っていることは、正しいとは思いますよ」


 彼女の振舞いには、追い詰められて切羽詰まったふうがまるでなかったのだ。


「先輩がしたことは間違っている。だから、先輩は悪人だ。なるほど。そういうあなたは、善良な人なんでしょうね。おまけに、あまり見ないくらいに正義感に溢れている。仮に、この世界でわたしたち異邦人が勇者として扱われていなかったとしても、あなたは同じように行動していたんでしょう。本当はあなたみたいな人のことを、勇者というのかもしれませんね」

「なにを……」

「ですが、だとしても、わたしを助けてくれたのは真島先輩なんですよ。あなたじゃない」


 戸惑う飯野を、加藤さんが睨みつけた。


「わたしからすれば、真島先輩を傷つけるあなたが悪だ」

「わ、わたしが、悪……?」

「あなたが善人であるかどうかなんて、どうだってかまいません。ああ、いえ。あえて言うなら、こちらにとって都合は良いってくらいのものですか」


 ……都合が良い?

 奇妙な言い分だった。どういうことだろうか。


「飯野さんは、さっきからずっと手加減をしてますよね?」

「……は?」


 傍で聞いていたおれが呆気に取られるのを余所に、加藤さんが続けた。


「あなたがその気なら、今頃、リリィさんたちの首はみんな落ちているでしょう」


 なにを言っているのだろう。

 と、最初は思ったものの、言われてみれば……。


 これだけ圧倒的な実力差があるにもかかわらず、おれたちのなかに未だ死者はいない。殺せる機会は、いくらだってあったはずなのに。


 飯野が剣を振るったのは、ガーベラに対してだけだ。

 それにしたところで、蜘蛛脚を落としただけだった。


「それがモンスターだとわかっていても、人間のかたちをしたものに剣を振るうのは、抵抗がありましたか? それに、先輩のことだって、そうです。殴るのではなく、斬り捨てることだってできたはずです」

「そ、そんなことしたら、死んじゃうじゃない!」


 ぎょっとした様子で飯野が言い返すが、おれとしては、認識の違いに愕然とするしかない。


 思い返してみれば、飯野は最初からおれのことを『叩きのめす』と言っていたし、実際、おれは顔面を殴られた。

 剣を握った拳で。斬られるのではなく、だ。


 こちらが殺されると思って必死になっていたというのに、こいつは手加減をして戦っていたのか……。


 聞かされた事実はなんとも絶望的な状況を示しているように思われたが、加藤さんにとっては違ったらしい。


「そうですよね。死んじゃったら大変ですものね。やっぱり、あなたは本物の勇者です。あなたがそういう人で良かった」


 彼女は脂汗が浮かんだ顔に、強気な微笑みを浮かべていた。


「覚えていてくださいね。さっきあなたが言ったように、わたしはただの人間です。戦う力もなければ、なにかあったときに生き残る術さえない。いざとなれば他人の弱みに付け込むことも厭わない、弱い人間なんですから」

「それって、どういう……」


 言いかけた飯野が、はっと顔をあげた。


「くっ……くくくっ。加藤殿よ。妾はな、やはりお主が一番恐ろしいよ」


 その視線の先には、散々にやられたはずのガーベラがいた。

 どうやら加藤さんが時間を稼ぐうちに体勢をどうにか建て直したらしい。


「まるで正気とは思えん」

「酷いですね。前も言いましたけど、わたし、これでも怖がりなんですよ」

「だからこそ、お主は恐ろしいのだ」


 加藤さんとやりとりをするガーベラは、残り少ない蜘蛛脚を山道の地面にしっかりと突き刺して、片手には、牽引していた車の取っ手を握っていた。


 さっき飯野に殴り飛ばされたとき、ガーベラの落下位置には同盟騎士団から借りた車があった。

 それを、ガーベラは片手で持ちあげていたのだった。


 飯野が少し呆れたような顔をした。


「……ずいぶんとお粗末な打撃武器ね」


 ローズがカスタムして、持ち運べるようにした頑丈な車体だ。

 あんなふうに棍棒みたいに持ちあげては、各所にかなり無理な力がかかっているはずだが、軋みながらも空中分解することはなかった。

 打撃武器としての使用は可能だろう。


 だが、それで飯野に対抗できるとも思えない。脚を失っているガーベラは、移動さえまともにできないのだから尚更だった。


「真島。こいつがあんたの最強の手札なのは知ってる。だけど、いくらなんでも、いまのこいつに頼るのは無理があるんじゃないの?」


 飯野がそう考えるのも当然のことで……だが、おれは別のことのほうが気になっていた。


 ガーベラ。そう、ガーベラなのだ。

 おれが覚えていた、違和感の正体はこれだ。


 飯野は知らないことだが、加藤さんはローズと本当に仲が良い。

 それなのに、加藤さんは岸壁に叩きつけられたローズのことを一顧だにせずに、ガーベラのもとに駆け寄った。


 取り乱しているように見えたが、だとすれば、尚更その行動は不可解だ。

 とすれば、むしろ逆。


 加藤さんは慌ててなどいなかったのだ。冷静に、冷徹に、状況を見て動いていた。である以上、彼女がガーベラのもとに駆け寄ったのは、明白な意味があるに違いなく――……。


「これで、終わり――!」


 飯野が『韋駄天』の本領を発揮して駆け出した。

 対抗するガーベラは、思い切り手にした車をぶん回した。


 もちろん、そんなの『韋駄天』を捉えることはできない。


 そもそもガーベラは彼女を狙ってさえいなかった。


「なっ!?」


 ただの鈍器として扱われた車はガーベラの手を離れて、その前にいたシランとケイの頭上を通り抜けると、山道の片側に広がる脆い地層の崖面に、思いっきり叩きつけられたのだ。


 飯野はまだガーベラのところまで辿りついてさえいない。とめることもできない。


 さっき飯野に殴られたローズがぶつかっただけでも崩れそうだった崖面に、白いアラクネの全力を以ってして、頑丈な車体が叩きつけられた。


 車体も、ぶつけられた崖面も、諸共に砕けた。

 結果、これまでおれたちも何度も道中で足をとめられた現象――土砂崩れが引き起こされる。


 崖下にある渓流へと、山道が崩れ出す。


 無論、こんなもので『韋駄天』がダメージを受けることはない。彼女の速度を以ってすれば、ここから離脱することなど容易だろう。


 そう。彼女だけなら、簡単なのだ。


「な、なんで……?」


 言いかけた飯野が、はっとした。

 彼女も思い出したに違いない。さっきの加藤さんの台詞を。


 ――覚えていてくださいね。さっきあなたが言ったように、わたしはただの人間です。戦う力もなければ、なにかあったときに生き残る術さえない。


「まさかっ」


 振り返る。その先には、微笑んで手を差し出す、加藤さんの姿。


 なんてことを考えるのだと、おれは戦慄した。

 ただ土砂崩れを起こしただけでは、『韋駄天』からは逃げられない。少なくとも、飯野はおれの身柄だけは確保することだろう。


 だが、この状況。

 目の前には、誰かが助けなければ死んでしまう、なんの力もないひとりのか弱い少女がいる。


「ば……」


 悪を打ち破るか、弱きを助けるか。

 天秤にかけた飯野は、迷わず加藤さんの手を取ることを選択した。


「馬鹿――っ!」


 しかし、である。飯野はひとつ勘違いをしている。

 加藤さんは直接的に戦う力はない。それは事実だ。


 けれど、決してただの弱者ではない。


 彼女の武器は、その覚悟だ。

 その在り方は、正義ではない。かと言って、悪でもない。加藤真菜は、ただただ必死なだけの、女の子だ。


 ゆえに差し出した手は、助けを求めるものではなく。

 その手首に嵌っているブレスレットは、護身用のためにおれが渡した魔法の道具だった。


 嵌っている宝玉は、閃光の模造魔石。一度きりの、殺傷能力さえない目潰しの道具である。


 ――いざとなれば他人の弱みに付け込むことも厭わない、弱い人間なんですから。


 少女の言葉に嘘はない。

 崩れる山道が、爆発的な白い光に包まれた。


「ちょっ……待っ……」


 まさか助けに向かった少女から、不意打ちを喰らうとは思わなかったのだろう。飯野は無防備に、白光に突っ込むかたちになったのだ。


「ほっ……ほんとに馬鹿――ッ!?」


 悲鳴とともに、韋駄天が墜ちた。

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