表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
3章.ありのままの彼女を愛して
65/321

11. 宿場町での穏やかな時間

(注意)前日にも投稿しています。













   11



 木造家屋の二階。

 ここまで同行してきた兵士たちと別れて、おれたちはセラッタの近郊にある宿場町で過ごしていた。


 騎士団御用達の商人に団長が話を通して、ひとの住んでいなかった物件を仮の宿として貸し付けてくれたのだ。


「主殿よ、これは面白いぞ」


 お陰で、眷属たちとひとつ屋根の下で言葉を交わすこともできる。


 濡れた髪をタオルで拭っていたおれは、なにやら楽しげに話しかけてきたガーベラに顔を向けた。


 シランの指導を受け、水浴びで汗を流したあとのことだった。

 体には、心地よい疲労感と充足感とが綯い交ぜになっていた。


 シランに教わり始めてから、単に戦闘という行為そのものに慣れるだけでなく、技術としての剣技というものが身に付き始めた実感がある。


 自分より成長著しい幹彦の存在も励みになって、最近では訓練に充実感だけでなく、純粋な楽しさも感じていた。


「どうした、ガーベラ」

「ローズ殿からもらったのだ」


 ガーベラの手には、二十センチメートル程の艶のない黒い棒が握られていた。


「えやっ!」


 気の抜けた気合とともにガーベラが棒を振るうと、その先から幅の違うパイプが飛び出してきた。

 一度飛び出したパイプは、摩擦力で固定される。


「ああ。そういえば、そんなものも作っていたな」


 それは、振り出し式の特殊警棒だった。

 加藤さんが作製を提案したもののひとつだ。


 彼女自身はどういうものか詳しく知らなかったので、作る段になって、知識を提供したのは幹彦になる。


 いまのローズはいろいろと試行錯誤している最中で、その一環として、積極的に新しい知識と概念を取り入れては実践していた。


 将来の応用を念頭に入れているため、とりあえず、いまは使えるかどうかを考えていない。

 そうして作り出されたものは、大半がガーベラやケイの玩具になっていた。


 おれからすると魔法に関連する品物が胸躍るものに感じられるように、彼女たちにしてみれば、小さなギミックが珍しくも感じられるのだろう。


「他にも、ほれ! こんなものももらったぞ!」


 ガーベラが取り出したのは、掌サイズの木彫り人形だった。

 高さは十センチくらいでデフォルメされているが、これはリリィだろうか。腕の部分はなく、絵として側面に彫られている。


「可愛いな」

「うむ。しかし、それだけではないぞ。これはな、ここが開くのだ」


 ぱかりと腹の部分がふたつに割れた。

 上半身と下半身に別れた中身は空洞になっていて、更に小さなリリィが……。


「マトリョーシカ?」


 幹彦はローズになにを教えているのだろうか。疑問に思えてきた。


 いやまあ、ガーベラが楽しそうなので良いのだけれど。


 ガーベラは更に、その小さなリリィを割って、なかから狐の人形を取り出した。

 これは、あやめらしい。


「可愛いのう、可愛いのう」

「……」


 見た目からすると、ガーベラはおれと同い年か、少し上くらいだ。

 そんな彼女が、ケイと同レベルで楽しんでいるのはどうなのかと、思わないでもないのだが――


「壊さないようにしろよ」


 ――そんなふうに思うのは、ほんの少しだけだ。


 血のように赤い目を、子供みたいにきらめかせるガーベラを見ていると、なんだか幸せな気持ちになる。


 はしゃいでいるケイのことを見たときの、微笑ましい気持ちとは少し違う。


 もちろん、微笑ましいとは思うのだが、それだけではない。

 いつまでも、その笑顔を眺めていたいような気持ちになるのだ。


 どちらかといえば、それはリリィと一緒にいるときに感じるものと似ているかもしれなかった。


 自然と笑みを浮かべながら、おれは部屋のなかに視線を巡らせた。


 部屋には、話しかけてきたガーベラの他に、リリィとシランがいた。


 ローズと加藤さん、それとケイは隣の部屋だ。

 昨日のうちに、彼女たちが騎士団のツテで、この宿場町で染料を買い込んだのは知っている。


 服を作るのだと言っていた。詳しいことは教えてくれなかったが。

 厚いとはいえない壁の向こう側からは、かすかに少女たちの楽しげな声が漏れ聞こえて、穏やかな時間を実感させてくれる。


 団長さんの故国アケルにつけば、このような光景が日常のものとなるのだろうか。

 それは、思い描くだけでも胸に痺れが走るような、幸せな未来予想図だった。


   ***


 おれたちに同行している騎士は、シランも含めて三名いる。

 それ以外の騎士たちは、他の転移者たちの護衛をしている者と、兵とともに町の外で待機している者とに分かれていた。


 団長さんはといえば、この家屋をおれたちに世話したあとで、騎士数名を伴って、先にセラッタに向かっている。

 幹彦もこれに同行した。もう一昨日のことになる。


 ここまで立ち寄ってきた町と違って、人口一万人以上を抱える帝国の大都市セラッタには、チリア砦から逃げてきた数百人の帝国軍兵士を一時的にせよ、受け入れるだけの余裕がある。


 団長さんは今頃、セラッタに居を構えるローレンス伯爵を訪ね、話をつけているはずだ。


 おれはふと、窓から外に視線をやった。

 そこには、団長さんが訪れているセラッタの景観が見えた。


 ローレンス伯爵領は、南を樹海、北東を昏き森に塞がれているものの、西は穀倉地域であるロング伯爵領に接し、東は東域三国のひとつヴィスクムに接している。


 ロング伯爵領とヴィスクムを結ぶ街道上にあり、更には北のマクローリン辺境伯領にも近いセラッタは、帝国南部の物流拠点のひとつになっているのだった。


 そのため、交易都市セラッタと呼ばれている。

 しかし、そんな名前からは思いもよらないくらい、都市の外観は物々しい。


 防御塔を備えた城壁が、ぐるりと街を囲んでいる。いわゆる、城郭都市というやつだ。


 街を取り囲む城壁は、小さな円と、大きな円の二重になっている。

 都市の成長に従って城壁が拡張されたことが伺えた。


 こうした景観は、この世界の都市においては、ありふれたものなのだという。


 魔法のあるこの世界では、建築に土の属性魔法を利用することができる。

 それに加えて、モンスターというあまりに大きな脅威に対応する必要性が、この世界の土木建築技術を高めたのだろう。


 開拓村の防壁もずいぶんと立派だと思ったが、これを見てからだと貧相なものに思えてしまった。


 しかし、重厚な城壁より、もっと物々しさを感じさせるものがある。


 それは、都市の中央に聳え立つ巨大な『要塞』だった。


 その名を、セラッタ砦という。

 都市と同じ名前……というより、都市のほうに砦の名前をつけたというのが経緯としては正しい。


 おれがついこの間まで逗留していたチリア砦、東の地にあり探索隊を迎え入れたエベヌス砦と同じく、かつては樹海の最前線にあった要害である。


 この世界の大きな都市は、少数の例外を除いては、本来の役目を終えたこうした砦を中心に築かれた城下町なのだという。


 モンスターによる襲撃に備えることを考えれば、都市の成り立ちがこのようなかたちになるのは、極々自然なことなのだろう。


 いまではこの砦に、この地方を収める領主であるローレンス伯爵と、その手勢、それに、帝国南方方面軍の一部が駐留している。


 団長さんは、チリア砦にあった遠距離情報伝達手段が失われてしまったため、それがある最寄の街へやってきた。

 それがセラッタだったのは、チリア砦と同種の要塞を抱えているから、というのが理由だったわけだ。


 兵士の受け入れを含めた様々な作業を終えて、団長さんが戻ってくるのは、最低でも三日程度かかると聞いている。


 可能なら、それからすぐにアケルに出発することになる。

 いまは英気を養わなければならなかった。


「あぁ、もう。また失敗っ」


 リリィが声をあげたのは、加藤さんに呼び出されたガーベラが隣の部屋に移り、おれがシランと今日の訓練内容や今後の眷族たちの指導に関して話をしているときのことだった。


 ベッドに腰掛けていたリリィは、諸手をあげて背後に倒れた。


 正確には、両腕をあげたというべきだろうか。


 いまのリリィには、両方とも手首から先がなかったからだ。


 怪我をしたわけではない。

 少女の姿を模したまま部分的に別な生き物を擬態しようと試みて、その部分の擬態が解けてしまったのだ。


 以前、おれに話してくれた部分擬態を実現しようと、最近、リリィはずっと頑張っている。しかし、これがなかなかうまくいかないらしい。


 擬態に失敗したことでかたちを失った両手首の先に、ぼこぼことスライムの体組織が盛り上がって、元通りの少女の手を形作る。


 けれど、リリィは倒れたままだ。難しい顔を天井に向けている。


「あまり根を詰め過ぎるなよ」


 おれは隣のベッドに移ると、リリィの眉の間に寄ったしわを指先でつついた。


「やんっ。もう。ご主人様?」

「そろそろ休憩したらどうだ」

「ふふ。休憩されるのでしたら、お茶の準備をしてきましょうか」


 おれたちのやりとりを見て、微笑んだシランが腰をあげた。


「あ。なら、わたしも手伝うけど」


 ひょいとリリィが上体を起こすが、シランは首を横に振った。


「勝手もまだわからないでしょうし、リリィ殿はゆっくりしていてください」


 人の好い笑みを残してシランは部屋を出て行った。足音が階段を下りていく。


 ふたりきりになると、リリィはおれにもたれかかってきた。


「うー、うー……やっぱり駄目なのかなあ」


 おれに寄り添うことの多いリリィだが、今日のはむしろ、寄りかかっていると言ったほうが正しかった。

 ぐんにゃりしている。


「リリィ」


 おれはリリィの柔らかい体を抱き寄せた。抵抗はない。


 脱力した体が滑り落ちて、横になる。

 もぞもぞ位置を調節したリリィは、おれのふとももの上に頭を落ちつけた。


「んー」


 甘えるようにふとももに頬ずりをする姿は、どことなく猫に似ている。

 おれはリリィの前髪を弄りながら、彼女に声をかけた。


「……なあ、リリィ」

「なぁに?」

「ひょっとして、落ち込んでる?」


 リリィはくるりと仰向けになって、おれのことを見上げた。


「ちょっとだけ」


 力のない笑みが口元に浮かんだ。


「なんとなく、わかってきたの。多分、これがわたしの、ミミック・スライムの能力の限界なんだなあって」

「……」


 部分擬態についておれに話してくれたのは、チリア砦を出て、初めの開拓村に到着する前のことだ。時間にして、既に二十日が経過している。


 それなのに、リリィの部分擬態は、いっこうに成功する兆しを見せない。

 一歩も前進していないのだ。


 リリィは小さく溜め息をついた。


「わたしのなかにあるモンスターの能力を最大限発揮するためには、どうしても必要なことなのに」

「リリィの言いたいことはわかるが……」


 部分的にモンスターの能力を擬態することができるのなら、それは良いとこ取りということだ。


 たとえば、樹海深部最強の白い蜘蛛ガーベラと正面から戦って、通常のモンスターがこれを打ち破ることはまずできない。


 筋力に頑丈さ、速度に回復力。ありとあらゆる戦闘能力がいずれも最高クラスでまとまっているガーベラには、こと戦闘に関しては一分野でさえ対抗することが難しい。たとえどこかで対抗できたところで他の部分で圧殺される。


 けれど、仮にリリィが部分的な擬態を身につけたなら?

 あるいは、ガーベラに迫ることさえ可能かもしれない。


 ……そうすることができたなら、だが。


「できないものはできないんだ。それに関して落ち込んだところで、仕方ないことだろう?」


 おれはリリィの頬に触れた。


「人間には地面を蹴って跳躍することはできても、空を飛ぶことはできない。両手で水を掻いて泳ぐことはできても、何千メートルっていう深海に潜ることはできない。リリィはモンスターだけど、それでも限界はあるだろう」

「だけど、人間は空を飛ぶし、深海に潜るわ」


 聞きわけのない子供のようなことを言うリリィに、思わず苦笑が漏れた。


 眷族たちの姉として振舞うリリィが、こうして弱ったところを見せるのは珍しい。

 これまで支えられるばかりのおれだったから、甘えられるのは嬉しかった。


「それは、飛行機や潜水艦を使って、だろう」

「……うん。それはそう、なんだけど」


 あやすように額を撫でてやると、リリィは目を閉じた。


 ふたりきりの時間が流れる。

 やがて、ぽつりとリリィが言った。


「だけど、ご主人様」

「なんだ?」

「たとえ他のものに頼っているにせよ、空を飛んでいるし、深海に潜っていることは、変わらないんだよね」


 ……なぜだろうか。

 おれはふと、背筋に寒気を感じた。


 それはひょっとすると、まぶたを下した彼女の凪いだ表情が、殉教する聖職者を連想させるくらい穏やかだったからかもしれない。


「人間だったら……」

「リリィ?」


 呼び掛けたおれの目の前で、リリィがゆっくりとまぶたを持ちあげた。

 そして、ぱちくりと瞬きをした。


「ん? どうしたの、ご主人様?」


 膝の上のリリィは、おれを見上げて、不思議そうな顔になった。

 そこにいるのは、いつものリリィだ。


 かけるべき言葉を失って、おれは頬を掻いた。


「……いや。なんでもない」

「変なご主人様」


 くすりと笑って、リリィが身を起こした。


「甘えさせてくれて、ありがと。なんだか元気出てきたかも」

「そうか。なら良かった」


 どうやら、いつもの調子を取り戻したらしい。

 へこんでいた彼女のためになれたのなら、おれとしても嬉しいことだった。


「できないのなら、別の方法を考えればいいことだものね。それに、まだできないって決まったわけじゃないし。もう少し頑張ってみる」


 小さく握り拳を作って笑ったリリィが、不意に視線を巡らせた。


「あれ? 誰か来た?」


 階下で物音がした。

 間をおかず、忙しない足音がまっすぐに階段を駆け上がってくる。


 反射的に身構えたおれたちの前で、ノックもなしに扉が開いた。

 おれは剣に伸ばしかけていた手をとめた。


 部屋に飛び込んできたのが、ぼさぼさ頭のおれの友人だったからだ。


「なんだ、幹彦。戻ってきてたのか」


 ここまで走ってきたのか、肩で息をする幹彦に、こちらから声をかける。


「そんなに急いでどうしたんだ。団長さんは一緒じゃ……」

「まずいことになった」


 開口一番、告げられた言葉に、おれのなかで緩みかけていた気持ちが引き締まる。


「なにがあったのですか、幹彦殿」


 階下にいたシランと他の騎士ふたりが、幹彦を追って部屋にやってくる。

 幹彦は彼らのことを振り返ると、低い声で告げた。


「団長が拘束された」

◆次回更新は、1/10あたりを予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ