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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
3章.ありのままの彼女を愛して
62/321

08. 白い蜘蛛と、人形のお洋服

前話のあらすじ:

じわじわと侵食するオタク因子。

   8   ~ガーベラ視点~



「お。ほんとにモンスターがいるっ!」


 そんな言葉とともに現れたのは、少年ふたりと、少女がひとりの三人組だった。


「お主らは……」


 顔に見覚えがあった。主殿と同じ、転移者の少年たちだ。


 名前は……なんだったか。

 思い返してみれば、聞いたこともなかった。これまで接点もなかった相手だから、当然といえば当然だ。


 そんな彼らがどうしてこんなところにいるのか。不審に思うより先に、戸惑ってしまう。


「やっべ。おれ、こんな近くでモンスターみたの初めて」


 こちらを見詰める少年たちの表情は、いかにも楽しげだった。

 悪意の類は感じられない。


 騎士からは、たまに処理し切れず滲んだ生理的な嫌悪を感じ取ったりするものだが、むしろ彼らが見せているものは、ある種、好意的な態度とさえ言えた。


 けれど、不思議なことにその視線は、妾にとって妙に不快なものに感じられたのだった。


「すげー。ほんとにモンスターだ」

「ちょ、ちょっと。危険なんじゃないの?」

「大丈夫だって。あいつは真島のモンスターなんだろ。傍にはエルフの女の子もいるし、危ないならとっくにやられてるって」


 なにやら話し合いながら、彼らはこちらにやってくる。

 少年ふたりは顔が赤い。鼻につく独特のにおいがした。


「……お酒に酔っていらっしゃるんでしょうか?」


 傍らのケイがつぶやき、妾は眉を顰めた。

 ケイが口にした『酒に酔う』というのはよくわからなかったが、それでも、大体の状況は呑み込めつつあった。


 ここはいま、主殿に好意的な同盟騎士団によって人払いがされている。


 兵士たちも、村人たちも、近づくことはできない。

 けれど、主殿と同じ転移者……すなわち、勇者である少年たちに対しては、騎士たちも強く出られない。

 実際、彼らのうしろには、困惑した様子の騎士たちがいた。


 どうやらいまの少年たちは、理性の箍が緩んでいるようだ。恐らく、これが酒の効能なのだろう。


 そうすると、事情はわからなくもない。

 彼らは酒を呑んで気が大きくなっている。そのせいで、普段はしないような行為に身を委ねているのだろう。


 とはいえ、なにをしにきたのかは、いまひとつわからないのだが……。


「お主ら、なにを……」

「本当に下半身が蜘蛛なんだな」


 妾は問い質そうとしたが、少年たちは妾の言葉など聞いていなかった。


「これ、どうなってるんだ?」


 それどころか、間際まで近付いてきた少年のひとりが手を伸ばしてくる。

 あまりに無礼過ぎて予想もしなかった行動に、不覚にも反応が遅れた。


 無遠慮な手が触れようとしているのは、アラクネとしての妾の下半身。白い毛並みの蜘蛛の体だった。


「……っ」


 この身に触れられる?

 主殿でもない男の手で?


 生理的な嫌悪感で、全身に鳥肌が立った。蜘蛛の毛が逆立つ。


 きちり、と反射的に蜘蛛脚が蠢き、そして――


「なにをしてるんですか!」


 ――森の静寂を切り裂く、叱責の声が届いた。


 ぴたりと少年の手がとまった。その場の全員、揃って視線を巡らせる。


 肩を怒らせて、小柄な少女がこちらに歩み寄ってくるところだった。


「……加藤殿?」


 少女の名を、妾は口にした。


 加藤殿は確か、仲の良いローズ殿の鍛錬を見学していたはずだ。

 こちらに戻ってきたらしい。


 他の誰もが反応ひとつできずにいるうちに、表情を険しくした加藤殿は足を止めると、妾に触れようとした少年たちを睨みつけた。


「女の子の体に、好き勝手触れようとするとは何事ですか!」

「お、女の子って、こいつはモンスターだろ」

「だからなんですか。女の子には違いありません。自分がどれだけ非常識なことをしようとしているか知りなさい!」


 横合いから吹っ掛けられた怒気に、少年たちが水をかけられたかのように後ずさる。

 しかし、それも一瞬のことだった。


「……このっ」


 女の子を相手にして怖気づいた自分に気付いたのだろう。

 そこに至る経緯に恥じ入ることができるのも、理性がまともに働いていればこそ。彼らのちっぽけなプライドに火がついたのが、傍らで見ていてわかった。


 これは――暴発する。

 そう思った妾は、きちりと音を立てて腰をあげた。いざとなれば、多少荒っぽい手段を用いてでも彼らをとめるためだった。


「だ、駄目だよ。ふたりとも」


 しかし、そこで同行していた少女が、少年ふたりの服の裾をひいた。


「多田さん?」

「い、行こう。ね? 悪ノリしちゃった、わたしたちが悪いんだしさ……」


 彼女の目は、加藤殿の左の腰にさげられたものを見詰めていた。


 それは、大振りのナイフだった。

 先日、主殿がローズ殿に言って、加藤殿の護身用に作らせたものだ。


 極薄の刃はサイズの割に軽く、恐ろしく切れ味が良い。


 加藤殿の左手は、鞘に収められたナイフの柄に添えられていた。


「ご、ごめんなさいね」

「……」


 加藤殿は妾たちから少し離れた場所で仁王立ちになると、無言のまま、さっさと行けと顎で示した。


 愛想笑いを浮かべた少女は、蒼褪めた顔で逃げるようにその場を去った。

 不満げながら、男子ふたりも舌打ちだけを残して、彼女のあとを追っていく。


 済まなさそうな顔をした騎士たちもいなくなったところで、妾は吐息をついた。


 逆立っていた下半身の蜘蛛の毛が、ようやく落ち着きを取り戻した。


 無礼な連中だった。気分の悪い出来事だった。

 ただ、何事もなく済んだのは重畳と言えた。


 さすがの妾も、モンスターである己が暴力沙汰を起こせば、経緯がどうあれ主殿の立場を悪化させかねないことくらいは理解している。


 妾は加藤殿に顔を向けた。

 ことを荒立てずに済んだのは、割って入ってきてくれた彼女のお陰だった。


「ありがたい、加藤殿」

「……」


 返事はなかった。

 妾は首を傾げて、加藤殿の様子を窺った。


 ややあどけない印象のある彼女の顔は、土気色になっていた。


「……加藤殿?」


 呼び掛けに反応はない。

 加藤殿の体が、ぱたりと倒れた。


   ***


 幸いなことに、加藤殿の症状は重くなかった。


 気分が悪くなって倒れてしまった彼女は、少し休めば治るという本人の言に従って、しばらく横になって休んでいた。


 目から額を覆うように置かれた濡れタオルをケイが何度か取り替えたところで、加藤殿は身を起こした。


「……ご迷惑をおかけしました」

「大事なくてなによりだ」


 人間というのはどうにも脆くて、見ていて心臓に悪くていけない。

 ほっと息をついた妾は、小さく肩を竦めた。


「しかし、助太刀に入ってもらって言うようなことではないが、無理をするものだな」


 あとで話を聞いてみれば、加藤殿が無礼な少年たちを目の前にして仁王立ちしていたように見えたのは、もうあれ以上、一歩も動けなくなっていただけのことらしい。


 いまから思い返してみると、ナイフに触れていたのも、『なにかあったときに攻撃してやろう』という積極的な考えからではなくて、主殿が与え、ローズ殿が作製した代物に縋るような気持ちでいただけのことだったのだろう。


 無理をした自覚はあるのか、加藤殿は少しばつの悪そうな顔をした。


「それはまあ……でも、それだけの価値はあったと思うんですけど」

「それはありがたく思っておるよ」


 妾もそれは認めるところだった。


 反射的に動きかけていた蜘蛛脚は、もしも加藤殿が割り込まなければ、一秒後にどのように動いていただろうか。

 無意識の挙動だっただけに、自分自身でも断言ができなかった。


 咄嗟に飛び退っていたならいい。

 まかり間違っていれば、無礼な少年の手を千切っていた可能性もあった。ぞっとする話である。


「女の子が突然、異性に体に触られたら反射的に叩き返しても無理ないですけど……」


 加藤殿は苦笑めいた口調で言った。


「ガーベラさんは、スペックが桁違いですからね。ちょっと怪我させてたかもしれません」

「……そうだの、『ちょっと』な」


 妾は視線を逸らした。

 状況の見方に微妙な齟齬があったが、そのあたりに関しては黙っておくことにしよう。些細な問題である。


 そんな妾の反応を見て、少し不思議そうな顔をした加藤殿が言葉を続ける。


「まあ、それ自体はわたし的にもどうでもいいというか、当人にその気はなかろうが普通にセクハラですから、痛い目見ればいいと思うんですけど……」

「結果として、主殿に迷惑がかかってしまいかねぬからな」


 加藤殿は、頷いて賛意を示した。


「面倒事にならずに済んだのは、いいことでしょう」

「だの。……しかし、なんだったのかの、あれは」


 自然と渋い表情になりながら妾がぼやくと、加藤殿も眉に皺を寄せた。


「酔っ払いのすることです。無意識のところが出たんでしょうね」


 それは、迂闊な少年たちに対する冷たい怒りのこもった口調だった。


「ガーベラさんに限らずですけど、無意識の部分で一段下に見ている部分があるんだと思います。だから、ちょっと理性をなくしたくらいで、普通しないような失礼なことをしてしまう……」


 加藤殿のこの台詞を聞いて、ふと妾は、もうひとりのモンスター・テイマー、工藤陸に侍る二体のモンスターのことを思い出した。


 アントンとベルタの名を与えられた彼女たちは、あくまでも手駒として扱われていたように思う。


 妾が先程の少年たちを気持ち悪いと感じたのも、ひょっとして、根は同じところにあるのではないだろうか。


 悪意がなければいいというものではない。

 あけすけな好奇心。端的に言えば、あの少年たちは妾のことをモノかなにかのように見ていた。


 モンスターはモンスター。人間ではない。

 転移者には、この世界の住民が持っているようなモンスターに対する憎悪の念は存在しないが、だからといって、妾たちを対等に扱ってくれるとは限らない。


 主殿に巡り合えた妾たちは、この上なく幸運だったのだろう。


「とはいえ、さすがに酔いが醒めれば、あのひとたちも自分たちの失敗に気づくでしょう。真島先輩に喧嘩を売るつもりはないでしょうから」


 加藤殿が続けた。


「それに、あのひとたちのグループの三好先輩は、話を聞く限り、そこそこリーダーしてるみたいです。今回の件も彼がいない場所で起こったようですし、このことを知れば、真島先輩との仲が悪化しないように、きっと動いてくれるはずです。そういう意味では、早いうちに釘を刺せてよかったかもしれません。ローズさんがあんな絡まれ方をしたら目も当てられませんからね」

「妾と違って、ローズ殿は冷静だからな。主殿に迷惑をかけまいと、大人しく触られていたかもしれんな。内心、嫌がっていても」

「嫌なこと言わないで下さいよ。ローズさんに触っていいのは先輩だけです」


 本気で嫌そうな顔で加藤殿は言う。

 相変わらず、仲の良いことだった。


「む?」


 そこで妾は顔をあげた。

 また、誰かが近づいてきていたからだ。


 反射的に立ち上がったのは、無意識のうちにさっきの出来事が尾を引いていたからだろう。幸い、それは杞憂で済んだ。


 規則正しい足音をたてて近づいてきたのは、ひとつにまとめた金色の髪を揺らし、白い鎧に身を固めた、眼帯姿のエルフの少女――シランだったからだ。


 彼女は主殿の新しい眷族だが、それ以前には人として生きていたため、主殿はそのように扱っている。

 そのため、妾を含めた眷族たちもそれに倣っていた。妾自身も、眷族としての妹という認識より、ケイの姉であり主殿の朋友という印象が強い。


 そんな彼女の登場に、小さく加藤殿が首を傾げた。


「あら。シランさんは、どうしてここに?」

「部下から、ここでいざこざがあったと聞いたのです」


 やや険しい顔をしたシランは、周囲を見回しつつ、こちらまでやってきた。


「口論になりかけたくらいで、大事なかったということでしたが、孝弘殿たちも気にされていましたので。謝罪も兼ねて、わたしが様子を見にきたのです」

「そういうことですか。いいんですよ。騎士のみなさんのせいじゃないし、ましてやシランさんが謝るようなことじゃありません」

「しかし、真菜殿は……」

「大丈夫ですよ。ちょっと気分が悪くなっちゃいましたけど、ケイちゃんがお世話してくれましたから」


 気遣わしげなシランに対して、加藤殿は笑顔を返す。

 それを見て、妾は不思議に思った。


 その笑みが、心なし硬いものに見えたからだ。


「うん。そろそろ動いても大丈夫そうです。ありがとう、ケイちゃん」


 加藤殿がよしっと拳を作ってみせると、ケイは目を伏せた。


「そんな。わたし、さっきはなにもできなくて……」

「いいんですよ。子供がそんなこと気にしなくても」


 しょぼんと俯いたケイの頭を撫でて、加藤殿は立ち上がる。


 妾の目から見ても、彼女に無理をしている様子はない。

 どうやら言葉通り、この短い時間で回復したようだ。以前より、ずっと早い。


 幹彦殿が協力しているリハビリの効果が、徐々に出てきているのだろうか。あるいは、主殿との良好な関係が、彼女の精神に良い影響を及ぼしているのかもしれない。


 そんな彼女のことを、シランがじっと見詰めていた。

 その視線に、加藤殿本人も気付く。彼女は不思議そうに目を丸めてから、やはり綺麗な微笑みを返した。


「なんですか、シランさん?」

「いえ。その、わたしの気のせいなら申し訳ないのですが……」


 シランはやや気まずそうな表情を見せていた。


「……真菜殿の態度に壁のようなものを感じるのですが、わたしがなにかしましたでしょうか?」


 妾が不思議に思ったことが、どうやらシランも気になったらしかった。

 まあ、傍で見ていた妾が気付くようなことだ。当人が気付かないわけもなかったのだろう。


「もしもなにか気に触るようなことをしてしまったのでしたら、謝罪したいと思うのですが」


 騎士らしく、シランの態度は誠実なものだった。


「いえ。そんなことは……」


 と、言い掛けた加藤殿は、妾やケイが不思議そうに自分のことを見ていることに気付いて目を丸くした。


 曖昧な笑みが浮かぶ。


「……ひょっとして、態度に出ていましたか?」

「妾にもわかる程度にはな」

「あ。それ、意外とへこみますね」


 肩を落とした加藤殿が、シランに向き直った。


「ごめんなさい。自覚はなかったんですけど……」

「いえ。謝るようなことではありません」

「どうも無意識のうちに、余所余所しくなってしまったところがあるみたいです。ですが、それは一身上の都合によるものです。シランさんが悪いわけではありませんので、どうか気になさらないでください」

「一身上の、ですか?」

「……情けない話ですよ」


 加藤殿は苦笑を漏らした。


「心配してもらえるようになって嬉しい。信頼されるようになって幸せ。だけど、叶うなら彼をそう変える切っ掛けは自分でありたかった、なんて」


 溜め息をひとつ。


「羨んでもどうしようもないって、頭ではわかっているんですけどね。なかなかどうして、難しいものです……」


 ぼかした言い方ではあったが、妾には加藤殿が誰のことを言っているのかわかる気がした。


 疎い妾にもわかるくらいに、最近の彼女は嬉しそうな様子でいたからだ。


「ですから、シランさん。わたしは決して、あなたのことを嫌っているわけではないのです。むしろ、あなたの人柄については好ましく思っています。仲良くしていただけるなら嬉しいですね」


 さばけた口調で加藤殿は言った。


 情けないことだとわかっていても、羨ましいものは羨ましい。

 ひとの心はままならない。


 それでも、加藤殿は彼女なりに、自分のなかにあるわだかまりを解消しようとしているのだろう。


 そんな彼女を見て、シランはふっと笑みを浮かべた。

 好意的な笑みだった。


「わたしが羨ましがられている理由についてはよくわかりませんが……無論、かまいません。こちらこそ、よろしくお願いします」


 シランの言葉に、加藤殿も微笑みを返した。先程より自然な微笑みだった。


「孝弘殿の話では、真菜殿は魔法を習得しようとしているとか。なにか助けになることもできるかもしれません」

「本当ですか。それはありがたいです。最近、ようやく魔力を感知することもできるようになってきて、次のステップに進みたいと思っていたところですから」

「でしたら、昼からの近隣のモンスターの討伐から帰ってきたらお話しましょう。夕食のあとがよさそうですね」


 言葉を交わすふたりの姿を、嬉しそうにケイが見ていた。


 慕っている姉貴分と、最近仲良くなった異邦人との友誼が結ばれたことが嬉しいのだろう。


 少しひやひやして見守っていた妾も、ほっと胸を撫で下ろした。


「……ああ。そういえば」


 そのとき、シランがふと思い出した様子で、服の裾に手を入れた。


「聞くのを忘れていました。真菜殿は、これに見覚えはありませんか」

「あっ」


 妾は思わず声をあげた。

 シランが差し出したものは、幹彦殿から渡された例の紙片だったのだ。


「それをどこで……」

「ここに来る途中、風で飛ばされてきたものを拾ったのです。異世界の品であることはすぐにわかりましたから、てっきり加藤殿のものかと思ったのですが、ガーベラ殿のものだったのですか?」

「うむ。先程、転移者たちに絡まれたり、加藤殿が倒れたりでバタバタしていた折に、うっかり放り出してしまっておったらしいの」


 全然気付かなかった。


「なるほど。それでは、お返しします」

「ありがたい」


 シランから折り畳まれた紙を受け取って、ほっと妾は息をついた。

 危なかった。折角の幹彦殿の善意をふいにしてしまうところだった。今度こそ、なくさないようにしなければ……。


「……いや。そうだ。これも良い機会やもしれぬな」


 紙片を仕舞いこもうとした妾は、その直前に、ふと思いついたことがあって加藤殿に目をやった。


「加藤殿に見てもらいたいものがあるのだがの」

「わたしですか?」


 妾は大きく頷いた。


「うむ。以前に頼まれておったローズ殿の服の意匠だがの、幹彦殿に相談しておったのだ」

「え……? 鐘木先輩に? それが、その紙ってことですか?」


 普段は表情の変化が少ない加藤殿にしては珍しくはっきりと、絶妙に微妙な内心が声と顔とに現れていた。


「へえ。あのひとが。……なんか嫌な予感しかしないんですけど」

「なにをいうか。幹彦殿は自信があるようだったし、ケイも可愛いと言っておったぞ。まずは見てからそういうことは言うが良い」

「それもそう……ですね。それじゃ、見せてもらえますか」

「うむ」


 促された妾は、渡された紙を広げて見せた。

 紙面を見た加藤殿の目が、途端、小さく見開かれて――



「って、それ! メイド服じゃないですか!?」



 ――紙面を指差し、加藤殿は叫んだ。


「おお。加藤殿も知っておったか」


 ほうと妾は吐息をついた。

 どうやら加藤殿も知っているような、とても有名な衣服であったようだ。


 そして、この驚きよう。期待していた以上だ。

 さすがは主殿の友人というべきか。信頼して任せようという妾の選択は、どうやら正解を引いたらしかった。


「なんでも幹彦殿の世界では、男はみなこれを好むとか。主殿も、きっと満足してくれることであろう」


 しかし、自信満々にこう言い放ったところで、おや、と妾は内心で首を傾げることになった。


 目を輝かせているのが、幼いケイだけだったからだ。


 他のふたりからの反応が薄い。特に加藤殿。額を押さえてよろめいているのは、感動のあまりと考えたいのだがどうやらこれは違うっぽい。


「すごいですよね、姉様。フリルとレースがいっぱい。可愛いです!」

「え、ええ。しかし、いささか装飾過多ではありませんか。侍女服、なのですよね。実用性に欠けるというか、ちょっとどころでなく派手過ぎるような……」

「あ、言われてみれば、確かにそうかも。わたし、そこまで考えてなかったです」


 ……おやおやおやおや?


 エルフ姉妹のやりとり――特に、やや引き気味の姉のほうの言葉を聞いて、妾の頬に冷や汗が垂れた。


「スカートも短過ぎますし、胸元も開き過ぎです。こう言っては難ですが、少々いかがわしい雰囲気さえ……」


 ひょっとしてこれは、やらかしたのではなかろうか。

 いやいや。そんなことは……。


「……ガーベラさん?」


 そのとき、最後のひとりが口を開いた。

 びくりと蜘蛛脚が跳ねる。恐る恐る、妾は加藤殿のほうを窺い、ひっと悲鳴をあげそうになった。


「……本気でこれをローズさんに着せるつもりなんですか?」


 怒ってる。これは間違いなく、怒っている。


 静かな声が逆に怖い。

 握りしめられた手が、ぷるぷるしていた。


 ……しまった。これは駄目なやつだ、と妾は悟った。

 どうも判断を誤ったらしい。


「お、落ちつけ。加藤殿。妾はなにもこれをそのまま作ろうとしておるわけではない」


 慌てて言葉を重ねる妾の元に、加藤殿がゆらりと近づいてくる。


「……」


 無言のまま、彼女は妾が広げた紙面にじっと目を凝らした。

 恐怖である。


 以前に彼女に『してやられた』記憶が刺激されて、なんだか目の前がぐるぐるしてきた。

 どうにか、どうにかしなければ……その一心で、妾は言葉を紡いだ。


「これは、あくまで案のひとつ。実際、機会があってこうして意見を聞いたわけであろ。こんな機会がなければ見せていなかったのではないかと言われれば否定はできぬし、他に案があるわけでもないが、しかし……!」

「……あれ? 侍女服というのは、案外悪くないのかもしれません」


 必死で言い訳をしていた妾は、はてと首を傾げた。

 いま、彼女はなんと言っただろうか。


「貸して下さい」

「あっ」


 紙をひょいと取り上げられた。

 片手に幹彦殿の絵が描かれた紙を持ち、加藤殿は思案げな顔でそれを見詰めた。


「本気ですか、真菜殿」


 そんな彼女を、シランが不審そうな顔で見た。


「普通の侍女服ならともかく、これは……真菜殿の世界ではどうだか知りませんが、それを日常で着るのは少しばかり難があるのではないかと……」

「いえ。誤解してもらいたくないんですけど、わたしたちの世界でもこれを普段着にはしませんよ。『鐘木先輩の世界』では、どうか知りませんけど」

「……おふたりは同じ世界から同時にいらしたのでは?」

「そのあたりはなんというか、業の深い話なのです。いや。わたしも詳しくは知りませんけど。といいますか、これ、そういう趣味のお店の制服なんじゃ……」


 加藤殿の言っていることは、妾にはよくわからなかった。

 しかし、ひとつ確かな事実がある。それは、妾が死刑宣告を免れたらしいということだ。


 それがわかれば、十分だ。

 ほっと息をついた妾は、真剣な顔をした加藤殿に尋ねた。


「では、それを作るということで良いのかの」

「いえ。普通に駄目ですけど」

「おろ?」


 ばっさりだった。

 見れば、シランも頷いていた。駄目らしい。


「ローズさんに似合うのは、こんなきゃぴきゃぴしてて、えっちな感じじゃありません。もっとシックな、大人っぽいデザインのものです。というより、このデザインはさすがにないです。趣味に走り過ぎです。あのひと、全部わかった上で面白がってやってるでしょう……」


 呆れた様子で言った加藤殿は、綺麗に紙を折り畳んで服のポケットに仕舞い込んだ。


「わたしが案を出します」

「それがいいでしょうね」


 加藤殿の言葉に、シランが同意する。

 ケイもこくこく頷いていた。


 幹彦殿が男の情熱を込めたという力作の、お蔵入りが決まった瞬間だった。ちょっと切ない気もするが……。


「街に着いたら染料を手に入れたいところですね」

「それはわたしが手配しましょう、加藤殿」

「あら。ありがとうございます、シランさん。そうだ。この際、長手袋とニーソックスも用意したほうがいいかもしれませんね」

「あ! そうすれば、ローズさんの人形の体を隠せるってことですか?」

「ええ。ケイちゃん。うまくいけば、ローズさんが真島先輩と街に出ることだって……なんだか、楽しみになってきましたね」


 和気藹々としたやりとりを聞いて、妾は肩を竦めた。


 幹彦殿には悪い気もするが……うむ、これは仕方ないだろう。


 彼の案もまったくの却下というわけでもない。参考になったと、彼にはあとで妾のほうから礼をしておくことにしよう。


 たとえば、そうだ。良いことを思いついた。

 幹彦殿がご執心のたくましきあの女傑に、先程の意匠の服を贈るというのはどうだろうか。


 ローズ殿のためにアレを作れば、主殿が喜ぶと幹彦殿は判断したわけだから、それは幹彦殿自身にとって同じはずである。


 きっと、幹彦殿も喜ぶことだろう。


「さて。結論が出たところで、そろそろ再開しましょうか、ガーベラさん」


 今後の予定を決めていた妾は、加藤殿の言葉に首を傾げた。


「なんのことかの」

「なにって、ガーベラさんの武器選びですよ」


 当たり前のように加藤殿は言った。


「それを手伝うために、わたしはここに来たんですから」



◆ガーベラ閑話その2です。

もうちょっとだけ、ガーベラ視点は続きます。


◆早いもので、『モンスターのご主人様②』の発売まで一週間を切りました。

来週金曜日(12/26)発売です!


今回は、ローズ視点の番外編を書き下ろして収録してあります。

お読みいただければ幸いです。

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