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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
3章.ありのままの彼女を愛して
57/321

03. 希望の兆し

前話のあらすじ:


発情リリィさん。

ガードの上からでも削ってきます。百烈なんとかみたいに。

   3



 チリア砦に滞在するおれたちが利用しているフロアには、常に同盟騎士団が詰めている。部屋を出たおれとリリィは、廊下にいた騎士のひとりに同伴してもらってシランのもとに向かった。


 ひとけのない通路を進んでいく。

 重厚な石壁はところどころ崩れており、たまに足元に砕けた壁材が転がっている。このあたりまでは、まだ手が回っていないのだ。


「あ。そういえば」


 道中、ふとリリィが声をあげた。


「部屋を出ていく前にローズが言っていたんだけど。ご主人様にお願いがあるんだって」

「お願い?」

「うん。魔石をもっと多く見たいって言ってたよ」


 ここでリリィに言う魔石とは、たとえば光や水を生みだしたりといった魔法のような現象を起こすことができる石のことだ。

 それぞれの用途に応じて独特の文様が刻まれており、なかには使うために特別な訓練が必要なものもあるが、魔法の使えない者でも魔力を流すことで使用可能という利点がある。


 ただし、どうやらその効果はかなり限定的なものであるそうで、また、流通している何種類かの簡易な魔石を除けば、彫れる細工師がほとんどおらず、非常に高価なものだという話だった。ものによっては門外不出の代物もあり、おれが以前に訪れた山小屋を守っていた結界の魔石のように、製法が失伝したものもある。


「ローズが……そういえば、魔石に興味があるような素振りは見せていたな」


 チリア砦襲撃事件が、主犯である探索隊の十文字の死亡、ならびに工藤の逃亡という一応の決着を見たのち、一緒に砦に戻ってきたローズは魔石に興味を示していた。

 魔法道具の作製能力を持つマジカル・パペットとしては、未知の技術が気になっても不思議はない。昨日は、部屋に備え付けてある照明の魔石を取り外して調べていたようだった。


「照明の魔石以外の、別の種類のものも見たいんだって。できれば、加工前のものがあると嬉しいって言ってたけど」

「加工前の? ひょっとして、自分で細工を試してみるつもりか」

「可能ならそうしたいけど、駄目なら見るだけでもかまわないって。他にもちょっと気になることがあるみたいだったけど」

「ローズにしては、どうにも要領を得ない話だな」

「あの子もまだ確信がないみたいだったよ。というより、むしろ確信がないからこそ、ご主人様に頼んで検証をしてみたいんじゃないかな」


 なるほど。それも道理か。おれはひとつ頷いた。


「それじゃあ、シランに話を聞いたあとで、ついでに頼んでおくか」

「うん。そうしたげて」


 そんな話をしている間に、おれたちの滞在しているフロアの端の部屋に到着した。

 入れ違いで出てきた数人の騎士とすれ違う。

 彼らを見送った少女がこちらを向いた。眼帯をしたエルフの少女の、いまはひとつきりになった碧眼がおれとリリィの姿を認めた。


「来ていたのですね、孝弘殿。おはようございます」

「おはよう、シラン。忙しそうだな」


 挨拶を交わしたおれは、シランに勧められた椅子にリリィと並んで腰を落ちつけた。


「いえ。忙しいのは団長のほうで、わたしはそうでもありません。いまのでひと通り、一日の指示は終えましたので。……お体の調子はいかがですか?」

「疲れは抜けたよ。シランのほうこそどうだ?」

「お気遣い感謝します。いまのところ、特に不具合は出ていません」


 そういって微笑むシランだが、安心はできなかった。

 おれたちは同じ修羅場で死線をくぐった仲だが、おれとシランでは抱えている事情がまるで違う。なにせ、二日前の戦いで彼女は殺されているのだ。死線をくぐるというか、彼女はそれを踏み越えて、向こう側を見て来ている。


 その後、彼女はその強靭な意思力からアンデッド・モンスターとして目覚め、一度は意思なきグールに堕ちたものの、自意識を取り戻して、ここでこうして笑っている。


 この世界の伝説に謳われる悲劇の不死王カールは、リッチと呼ばれる強力なアンデッド・モンスターになったあとも、理性を保った王であったという。現在ではただのお伽噺として扱われている逸話だが、それがありうる事例だということをシランの存在は証明した。


 いまのシランはリッチとグールの間の存在……言わば、『デミ・リッチ』とでも呼ばれるべき存在だ。当然、過去にそう例のあることではなく、経過観察は必須だった。


「大丈夫ですよ。この通り、小精霊も呼び出すことができるようになりましたし」


 シランが指さした頭上には、子供の作った粘土人形のような精霊が、ふわふわ浮かんでいる。


 エルフのなかには、種族の特殊技能として精霊を扱える『精霊使い』と呼ばれる者たちがいる。シランはそのひとりであり、浮かんでいるのはシランの契約した小精霊のひとつだった。


 デミ・リッチ化した直後は魔力が不安定で精霊を呼び出せないと言っていたはずだが、ほんの二日で再び精霊魔法を使えるようになったらしい。このあたりのセンスは、さすが、凶悪なモンスターが跋扈する樹海北域で最高クラスの騎士だけあった。


「もっとも、恥ずかしながらまだ呼び出すのが精いっぱいで、周囲の索敵も頼めそうにありません。こちらに関しては、徐々に調整していく必要がありますね」

「順調ならそれでいいんだが……なにかあれば言ってくれ。おれにできることがあるかもしれないからな」


 アンデッド・モンスターであるシランは、もとから人間として一個の人格を持っていた。同じ意志持つモンスターであるリリィたちとは事情がだいぶ違っており、まさかおれも、彼女のことを自分の眷属だとは言えない。

 けれど同時に、彼女の存在がおれの眷属モンスターと同質のものだという事実は事実だった。問題が起こったときには、なにか力になれることがあるかもしれない。


 そして、たとえ彼女がおれの眷属ではなかったところで、彼女の力になってやりたいと思うこの気持ちは変わらない。そう思えるくらいには、おれはこの気高いエルフの少女のことを好ましく思っていた。


「ありがとうございます」


 シランは口元をほころばせて礼を言うと、本題を切り出した。


「それで、本日孝弘殿がいらしたのは、砦の現状について話を聞きに来た……ということでよろしいでしょうか?」

「ああ。一昨日に団長さんに聞いた話では、今日までには大体の方針を固めておくということだったと思う。そちらも合わせて話をしてもらえるか」

「わかりました」


 シランは頷き、いまのチリア砦の事情について話をしてくれた。


「まずは死者の埋葬についてですが、予定通り数日掛かりそうです。主に軍の人間が作業に当たっているのですが、動かせる人員に限りがあるうえに、どうしてもグールの存在に気をつけなければなりませんから」

「そのあたりは仕方ないな。……グールの発生はあったのか?」

「昨日のうちにグールになったものがふたり。両方とも処分されました。すぐに同盟騎士が駆け付けましたので、被害は数名で済みました」

「そうか」


 おれがその場にいればなにか違っただろうか、という考えがちらりと頭を過ぎった。

 ……難しいだろう。シランのような例がそうそうあるはずがない。ましてや、おれが駆け付けるまでの間、グールを処分することなく喰いとめておこうとすれば、悪戯に被害は増えてしまう。それでは本末転倒だ。

 シランの件は例外。そう考えて諦めるほかなさそうだった。


「時間が経つにつれてグールの発生率は上昇することが知られていますから、早急に母数を減らさなければなりません。きちんとした葬儀をしてやれないのは口惜しい限りですが……」

「おれたちになにか手伝えることはあるか?」

「いえ。それは……」


 表情を曇らせて、シランは言葉を濁した。

 隣のリリィが肘で突いてくる。どうやらおれは迂闊なことを言ってしまったらしい。


「悪い。困らせるつもりはなかったんだ」

「……申し訳ありません」

「謝らないでくれ。シランが悪いわけじゃない」


 おれは頭を掻いた。自分が気にしていないからと言って、相手もそうとは限らない。これはちょっと反省だった。


「それに、そうだな。現状を知るのは大切なことだろう。丁度良いから、教えてくれないか。……おれに対する砦の生き残りの感情は、どんなものだ?」


 おれがモンスターを率いる能力を持つことを、この砦の人間は知っている。

 ともに戦った同盟騎士は当然知っているし、砦を移動するおれたちの姿を見ている者も少数ながらいた。既に隠しおおせるような状況ではなかったのだ。


 この世界の人間にとって、モンスターは最大の敵だ。

 長い歴史のなかで人間の本能に根ざした恐怖と、実際に大切な者を奪われた怒りと憎しみの対象である。


 だからこそ、この世界には精霊使いを輩出するエルフという種族を、モンスター使いの亜種として、人類の裏切り者として、迫害してきた歴史があった。


 そんな世界の住人に、モンスター使いそのものに対する嫌悪感がないはずがなく、そうした意識というのは一朝一夕で変えられるものではない。

 このあたりの事情については、エルフの精霊使いであるシランが一番よくわかっているのだろう。彼女は眉を下げた笑みを作った。


「正直なところを申し上げれば、戸惑っているというのが実情かと思います。モンスターを仲間にする能力なんて、たとえそれが異世界から降臨された勇者様だったところで、聞いたこともありませんから」


 戸惑っているという表現に、おれは天秤を思い浮かべた。不安定にぐらぐらと揺れている。


 安定させようと下手なことをすれば、引っ繰り返ってしまうかもしれない。迂闊に手を出すわけにはいかない……。


 このあたりが、おれがモンスターの屍の処理を請け負ったもうひとつの理由でもあった。

 団長の意志がいきとどいている同盟騎士はともかくとして、帝国軍の兵士たちと肩を並べて同じ作業をすることが、おれたちにはできなかったのだ。

 おれたちがひとつの区画を借り切って、そこを同盟騎士が守っているのも、単なるVIP待遇というわけではない。言わば同盟騎士はおれと砦の兵士たちの間にある緩衝剤なのだった。


「この世界の転移者にまつわる長い歴史のなかで、おれと工藤のふたりしか持っていない能力だ。簡単に受け入れられないのも無理はない。最初から覚悟していたことではあるし、そういう意味では思っていたよりもマシなくらいだ」


 言ってしまえば、この世界はまだ、リリィたち眷族モンスターを率いるおれという存在を受け入れる準備が整っていないのだ。

 人間は心のないロボットではない。彼らにも彼らなりの価値観がある。郷に入っては郷に従え……と言ってしまうと少しニュアンスが違うが、無理に受け入れてもらおうとしたところで、混乱が起こるだけ。互いに不幸になってしまうだけだ。そんなのは単なる我が侭でしかないだろう。


 少なくとも、こちらが妙なことをしない限り、彼らは不干渉でいてくれる。だったら、それで十分だった。


「……むしろ、もう少し拒絶反応があるものと思っていたけどな」

「あの戦いのあと、孝弘殿たちに救出された者も多いですから」


 シランの言う通り、二日前、工藤が立ち去ったのを確認したおれたちは、同盟騎士団とともに砦の生き残りの救出活動に当たっていた。リリィが回復魔法を掛けてやった者もいるし、ガーベラが瓦礫から引き摺り出した者もいる。当然、悲鳴をあげられたが。


「十文字達也を倒し、工藤陸を退けたという意味では、いまこの砦にいる全員が孝弘殿たちに助けられたと言えますが……やはり、直接命を救われた実感は大きなものだったのでしょうね。孝弘殿に敵意を抱いている人間がいないとは、さすがに言い切れませんが、それは極少数と考えていいでしょう。十分、我々がお守りできる範疇内です。この程度のことしかできないのが心苦しくはありますが」

「十分ありがたいと思っているよ。……そういえば、同盟騎士には不満を持っている人間はいないのか?」

「第三同盟騎士団は、あの団長が選出した人員ですし、エルフであるわたしが副長でしたから。不満があるような人間は最初からいません。……お陰で団長は、一部ではエルフ好きの変わり者扱いですが」

「なるほどな。そのあたりに、シランも幹彦も惹かれているというわけだ?」


 おれは肩を揺らした。

 同意を示してシランは微笑み、静かな眼差しでこちらを見詰めた。


「孝弘殿はこれからどうなさるおつもりですか?」

「……どう、とは?」

「死者の埋葬が済み次第、我らはチリア砦を放棄します」


 シランの言葉に、おれは小さく息を呑んだ。


「そうか。団長さん、決めたのか」

「はい。現状、生存者のうちまともに動ける人員は、せいぜい三分の二くらいです。戦える者は、その半分もいるかどうか。さっきはああ言いましたが、実際のところ、たとえ孝弘殿に悪意を抱いていたところで害を加えようという気力さえないほど、みな消耗しているのです」


 回復魔法も万能ではない。

 たとえば、リリィの第三階梯の回復魔法は、条件がよければ千切れた手足をくっつけることもできる。しかし、それもモンスターに食い千切られてはどうしようもない。

 そして、この第三階梯というのは、この世界の人間に到達できる最高クラスの魔法なのだ。チリア砦でもシランくらいしか使えないらしいし、アンデッド・モンスターとなったいまの彼女は、回復魔法を失っている。治療が手遅れだったケースも多く、戦うどころかリハビリが必要な人間も多かった。


「おまけに勇者様方が……特に、兵士たちにもよく顔が知られていた探索隊の十文字達也が裏切ったのは、やはり大きいものがありました。勇者様がそんなことをするはずがないと混乱している部分もあります」

「だけど、それは事実だ」

「はい。我々はこの目で見ていますし、内壁での生き残りも数人ですが軍にいます。だからこそ、打ちのめされている者は多いのです」


 おれたち転移者は、この世界で勇者として扱われている。

 勇者とはこの世界の希望であり、ほとんど宗教的な心の支えでもある。勇者という名の、かたちのある希望を信じていなければ生きられないほど、この異世界の現実は過酷なものなのだ。


 その勇者が身勝手な理由で自分たちに強大な力を振るったとなれば、愕然とするだろうし、混乱もするだろう。心折られてしまっても無理はない。

 いまは戦いの余熱が残っており、グールの発生という目の前の脅威もあるためにどうにか持ちこたえているが、それが終わればどうなるかわからない。


 そうして考えてみると、むしろいま彼らが仕事をこなせていることのほうが、驚異的なのかもしれない。このあたりは、やはり彼らを指揮している団長さんの手腕によるところが大きいのだろうが。


 彼女は兵たちに膝をついてうなだれる暇さえ与えずに、「貴様らそれでも人界を守る戦士のひとりか」と叱咤激励していた。彼女はきっと、兵士たちが動けるうちに一気に撤退まで持っていこうとしているのだ。


「砦の施設もほぼ全壊状態です。大規模な修繕が必要ですが、これには千人単位の人員と数年の年月、綿密な再建計画が必要でしょう。いまここにいる我々にはどうしようもありません」

「……穴だらけのこの広大な砦を、百人そこそこで守りきれるはずもないか」

「はい。救援要請の使者は既に送っていますが、馬でも最寄りの街まで三、四日は掛かります。それから援軍がやってくるのは、更に時間が掛かるでしょう。このまま滞在し続けても悪戯に被害が増えるだけです」

「だから撤退すると」


 頷くシランの表情には、憂いの影が落ちていた。

 これまで彼女は人間世界の壁であるチリア砦を守るために命懸けで戦ってきた。それを放棄するというのだから、この決断は彼女を含めた騎士たちにとって断腸の思いに違いなかった。


「幸い、いまこの瞬間に限ってはこの近辺のモンスターは激減しています。十日と経たないうちに、周辺地域から新たにモンスターがやってきてしまうでしょうが、いまならまだ退避は間に合うはずです」

「工藤がまとめてモンスターをぶつけてきたからな。それは、数も減るか」

「ええ。砦がアンデッド・モンスターの住処になってしまっては再建計画も立たないでしょうから、せめて死者の埋葬は終わらせますが、それが済み次第、砦を発つと団長は決断されました」


 すうっとシランは息を吸った。ほんのわずかな緊張が、彼女の表情を硬くしている。


「その際には、孝弘殿にも一緒に来ていただきたいとのことです」

「手を貸してほしいというなら、もちろん、協力はする」


 なるほど、それでおれのこれから先の方針を聞いたのかと、内心でおれは納得した。


 チリア砦の生き残りの撤退においては、五百人近い人間が移動することになる。

 樹海を貫く街道は軍隊が利用することもあって、ある程度の整備と安全が保障されているらしいが、それでもモンスターとの遭遇を皆無にすることは難しいだろう。そもそも、その安全を保っていたのがチリア砦の戦力であることを考えれば、道中の危険は否定できない。おれたちがいれば、その被害をひとりでも減らすことができるかもしれない。


 しかし、おれの言葉を聞いたシランは、困ったような微苦笑を浮かべた。


「もちろん、協力していただけるなら嬉しいのですが、いまのはそういう意味ではありません」


 どういうことかと眉を寄せたおれに、シランが告げた。


「団長は孝弘殿を我が国に招待したいとおっしゃっていました」

「……えっと?」

「チリア砦が落ちたとなれば、これは大事件です。これから団長は事態の説明をするために方々を回らなければならなくなるでしょう。そこで、まずは一度本国に戻る予定でいます。その際に孝弘殿もともにいらしてほしいとのことです」


 ……まだよくわからない。

 確か団長さんは小国の姫君だという話だった。シランの言っている本国というのは、その小国のことなのだろう。


「おれがそこに行って、どんな意味があるんだ?」

「異世界からの賓客を招き、歓待したいという以上の理由が必要ですか? それに孝弘殿は、あの十文字達也と戦って我らの命を救った恩人であり、戦場をともにした戦友でもあります。無論、孝弘殿に他に予定があるのでしたら、無理にとは申しませんが」

「いや。そんなものはないが……」

「異世界からやってきた勇者様方は、帝都に招かれて厚くもてなされるのが慣例です。他の転移者の方々は、そうされることでしょう。ですが、孝弘殿は帝都には行かれないのですね?」

「ああ。おれの能力のことを考えると、勇者として生きることは難しいだろうし、そもそも、そんなつもりも端からないからな」


 二日前に工藤に言った台詞に嘘はない。おれにとって一番大切なのは、リリィたちの主としてともにあることだ。


「おれはこの世界でリリィたちと平穏に暮らせる場所があればそれでいい」

「でしたら、孝弘殿にとってこれは悪い話ではないと思います。滞在されている間、これからどういうふうにするのが一番いいのか、団長と相談しつつ今後の方針をゆっくり検討されてはいかがでしょう」


 それは、なんとも魅力的な誘いだった。

 おれの目的はリリィたちと一緒に暮らせる安住の地を探すことだ。

 とはいえ、なんの伝手もないまま、勝手も知らぬ異世界で活動するのは困難を伴う。最悪、物資の調達ルートだけでも確保することができれば、樹海で生活することも考えていた。


 小国の姫君でもあるという団長さんと相談できれば、選択肢は広がるだろう。少なくとも、行ったこともない帝都へと、信頼できるかどうかもわからない人間を頼って向かうより余程いい。


 あとは、どこまで団長さんの判断を信じられるのかということだが……。


 ちらりとリリィに目を向ければ、微笑みが返ってくる。おれは頷いた。


「わかった。その申し出を受けよう。仲間たちに相談をしてからだが、多分、反対はないと思う」

「よかった。それでは、のちほど団長にそのようにお話しておきます」


 嬉しげに口元をほころばせたシランに、おれは尋ねた。


「そういえば、シランはこれからどうするつもりなんだ? いまの言いようだと、団長さんと一緒に国に戻るようだが」


 シランのいまの立場は非常に微妙なものだ。

 いまの彼女がアンデッド・モンスターであることは、ぱっと見てわかるものではない。彼女の事情を知っているのは、おれたちを除いては、グールとして復活して暴れ回っているところを見ていた同盟騎士団の騎士たちだけだ。


 頼れる副長であるシランの秘密を彼らが吹聴するようなことはないだろう。とはいえ、なにかの拍子にばれてしまえばややこしいことになる。


「正直、迷いはあったのですが……ありがたいことに、団長からは騎士を続けるように言われています。副長としての任を解いていない時点でわかるだろうと。叱られてしまいました」

「らしい話だな」


 団長と副長という上下関係以上に、彼女たちの間に戦友としての絆があることは、あの戦いのなかで知っている。

 女傑というべき彼女が、不明瞭な将来の不安程度のことで、信頼する部下を手放したりはすまい。


「幸いなことです」


 噛み締めるような口調でシランは言って、胸元に下げたチェーンの先に掛かったものを手に取った。


 それは、赤い石の嵌った指輪だった。

 二度と彼女が人前で身につけられない、それでも捨てることだけはできない、騎士の証である指輪だった。


「わたしはこれまで通り、騎士であれる。守るべきもののために戦える。団長にはどれだけ感謝してもし足りませんね」


 騎士の指輪に嵌った魔石には、人間を青、グールを黄色として示す機能がある。そのどちらでもない赤色は、彼女の身がデミ・リッチであることを示している。


 だが、それ以前に彼女は騎士なのだ。

 シランは強い。その身がアンデッド・モンスターなんてものになってしまって、不安がないわけではないだろうに、それでも揺らぐことなく自分の為すべきことを見据えている。


 そんな彼女を支えているのが、きっと騎士としての自覚なのだろう。


「無論、孝弘殿にも感謝しています。あなたに出会えてよかった」

「おれも同じだよ。これからもしばらくは一緒にいることになるけど、よろしく頼む」

「はい」


 おれの言葉に、シランは眼帯で半分隠れた顔に、満面の笑みを見せた。



 こうしておれたちは、チリア砦を出たあと、シランたちの故国である小国に向かうことになったのだった。

◆IIのやつ。お相撲さんとチャイナ娘。

お相撲さんのほうは動ける。懐かしい。

という、前話のあらすじの話。すーふぁみ!


◆次回更新は11/15前後を予定しています。

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