27. 未来へ
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ここまでみんなが力を出し尽くしてきた。
飛来する天空城。
騙されて敵に回った転移者たち。
コロニー崩壊に暗躍した敵の腹心と、一騎当千の二つ名持ちたち。
そして、強大な力を振るう『災厄の王』。
すべてを乗り越えて、ようやく追い詰めた。
力を出し切ったいま、これを逃せば、もう詰め切れない。
みんなが繋いでくれた好機だ。
絶対に逃さない。
強い決意を胸に、アサリナによって強化された左の怪腕を振りかぶる。
「終わりだ――ッ!」
全員の感知能力と先読みを駆使した強襲だ。
反撃はありえないタイミングだった。
しかし、すさまじいまでの反射神経で『災厄の王』は反応した。
「真島ァ……!」
悪魔がかった最短の手順で、右手に小剣が生成される。
手首の返しで投擲するのと、おれが左腕を繰り出すのがほぼ同時だった。
白い蜘蛛の力を再現した怪腕が、光の小剣を持つ腕を弾き飛ばす。
直後、小剣が解放される。
こちらの腹を狙っていた光線は軌道がずれて、それでも怪腕が縦に裂かれた。
「が……っ」
アサリナが根で操っているだけの左腕は死んでいるので痛みはないが、肩から脇腹のあたりもやられた。
激痛に視界が白く染まる。
体が固まり、意識が遠ざかって――
「ご主人様!」
――リリィの声。
守るべきもの。
負けるわけにはいかないから。
「おぉおおおお!」
途切れ掛ける意識の糸を引っ掴んで、手繰り寄せる。
覚醒する。
咆哮とともに、背中の蜘蛛の脚を目の前の男に叩き込む。
肉を貫く感触を得る。
だが、急所は防がれ、または避けられている。
「まだだ!」
最後に残った右手の剣を振りかぶった。
敵と目が合う。
戦いに乱れた青年の精悍な顔。
すべての元凶。
英雄になりえた男。
煌めく才能。
完成された個。
隔絶された孤独。
おれとは真逆の。
「おおおおおおおおおおおお!」
思考は刹那のものだった。
振り下ろした剣が肩口に吸い込まれる。
敵の干渉場が働くが、おれは同じ『接続者』だ。
強烈なまでの侵食の力も、周囲を守るようにたゆたう霧によって中和される。
研ぎ澄まされた剣の刃が、ついに肉に食い込む。
しかし、あまりにも強靱な青年の肉体の強度が、最後まで抵抗する。
このままではこちらの腕がやられてしまう。
かまわない。
本来なら、アサリナに補強された左腕にしか発揮できない白い蜘蛛の暴虐の力を、右腕に顕現させる。
「あああああああああ!」
無茶をした腕が軋み、破断していく骨と腱に激痛が走る。
代償に、剣が肉と骨を断ち割っていく。
そのまま中央近くまで切り下ろしたところで、異音が響いた。
切り開く肉と骨と強靱さ、なにより存在の強度に堪えかねて、ついにローズ謹製の名剣が折れたのだ。
「ぐあ……っ」
攻撃の勢いは殺せず、おれと中嶋小次郎は空中で激突した。
弾かれるようにふたり離れて、地面に着地する。
おれはすぐに身がまえようとして、膝が折れた。
「あ……」
視界が暗くなり、ぐらりと世界が揺れる。
乾坤一擲の攻撃は、肉体から根こそぎ力を奪い去っていたのだ。
左半身は腕から肩、脇腹にかけて焼かれ、右腕は攻撃の反動で駄目になっている。
こんな状態で反撃をされればひとたまりもない。
「真島!」
慌てた様子で飯野が叫んだ。
けれど、こちらに跳躍しようとする彼女を、おれは掌を向けて抑えた。
そんな心配をする必要はなかったからだ。
「……大丈夫だ」
反撃はありえない。
絶対に。
かすむ視線の先に、おれが見たものは青年の姿。
その胸元に、折れた剣の切っ先が刺さっている。
へし折れる寸前、剣の刃は中嶋小次郎の心臓を確かに破壊していたのだった。
***
致命的な傷から、おびただしい量の血液が零れ落ちる。
赤く染まる終末の荒野に、さらに鮮やかな赤が染みた。
ひとつの命が失われる。
戦いは終わったのだ。
「真島……」
こちらの名を呼ぶ口から、ごぶりと血が溢れ出した。
致命傷だった。
心臓を破壊されてまだ意識があるのが驚異的だが、長くはもたない。
たとえ『接続者』の力を使おうとしても、おれが半身のごとく使ってきたローズの剣が刺さっている以上、肉体の回復なんて許さない。
世界を脅かした『災厄の王』はここで倒れる。
ただ、彼は『そんなこと』を気にしてはいない様子だった。
「お前……おれに、なにを?」
こちらに向けられた目には、明らかな動揺が見て取れた。
探索隊のリーダーとして、あるいは『災厄の王』として振る舞ってきた彼が、これほど狼狽えているところを見るのは初めてだ。
なにを問われているのかはわかった。
おれはただ、青年に致命傷を与えたわけではなかったからだ。
「パスの、応用……」
精魂尽き果てたせいで、言葉を口にするだけでもつらい。
それでも、枯れた声で答えるのが義務だと思った。
「『繋ぐ』ことはできなかった。『触れた』だけだ。だから、なにひとつ『伝わって』なんていないだろう。だけど、少しくらいは『感じる』ものはあったんじゃないか?」
この戦いを通じて知った事実。
中嶋小次郎は、なにも理解できていなかった。
世界に彼はただひとり。
他者を実感できず、石ころ程度にしか感じられない。
石ころを投げ飛ばして砕いたところで、罪の意識に襲われるような人間はいないだろう。
たとえ殺されたとしても、自分がどれだけ酷いことをしたのか本質的には理解できない。
当然、罪悪感など覚えるはずもない。
だけど、同時にそれは、どこまでも孤独な逸脱者のままということでもあって。
このまま死ねば、ただこの男は死ぬだけだ。
それはなにか違うと思った。
だから、気付けば能力を行使していた。
世界に繋がる『接続者』としての権能ではない。
他者と心を繋ぐ力のほうだ。
おれの力は、本来、モンスターに限らず他者と心を繋ぐ。
パスは強化されているし、おまけにおれは彼の中心に――心臓に触れていた。
結果、試みは成功した。
とはいっても『繋がった』わけではなく『触れた』だけだ。
心なんて伝わらない。
けれど『触れる』だけでもきっと感じるものはあるはずだ。
パスなんてものがなくても、人と人は触れ合うだけで感じられるものがあるのだから。
だからきっと、このとき、誰にも越えられない断絶の向こうにいた青年は、他者というモノを初めて実感したのだ。
それはつまり、自分の罪と向き合うということでもあった。
「……おれに、罪を突き付けたかったのか?」
問い掛けつつ、彼は周囲を見回した。
まるで初めて見るもののように、その目が敵対した面々を映し出していく。
「……罰を与えたかったのか?」
武器を構えるリリィたち眷属。
上体を起こして事態を見守る河津たち。
ゴードンさんや倒れ伏した聖堂騎士。
誰もが多かれ少なかれ傷付いていた。
どこか無垢な子供のような顔で、中嶋小次郎はその光景を目に映す。
これまで彼はなにも感じられずにいた。
あのまま死んでいたなら、なにもわからないままだっただろう。
だけど、いまは違う。
自分のやったことを理解し、実感し、突き付けられた。
今更、償うこともできない。
そういう意味で、これが罪であり罰であることは間違いない、けれど――。
「それとも、お前は……」
口の端から血液を零しながら、最後に、中嶋小次郎は視線をこちらに向ける。
「お前は、おれを」
そこで、彼は言葉を切った。
大きく吐息をつく。
なにかに気付いたかのように。
そこから先を口にする資格は、自分にはないとでもいうように。
だから、それで終わりだった。
「ああ。そうか」
均整の取れた長身が揺れて、膝から崩れる。
「だとすれば、やっぱり、お前はおれにとって……」
世界を脅かした『災厄の王』が、前のめりに倒れる。
そうして、二度と動かなかった。
***
しばらくの間、おれは倒れた青年の背を見下ろして、身じろぎひとつせずにいた。
「ご主人様」
気付けば、リリィがずるずると近付いてきていた。
全身全霊の一撃を放ったせいで、その姿は半ばスライムのままだ。
おれは彼女を伴って、中嶋小次郎に歩み寄った。
膝を折って確認した死に顔は、安らかなものではなかった。
たくさんのものを不幸にした人間にとって、これは当然の末路だ。
ただ、それは当然ではあっても、本来『災厄の王』が辿り着くはずのないモノだった。
最期の瞬間、彼は後悔したのかもしれない。
ただ、きっとそれは、後悔できたということでもあって――。
「ご主人様」
呼び掛けられて、おれは思考を中断した。
目を向けると、こちらを向いて微笑むリリィの姿がある。
「わたしたち、勝ったんだね」
「……ああ。そうだな」
ただ、仇敵を倒したというだけではない。
未来を勝ち取ったのだ。
気付けば、おれたちはどちらからともなく抱き締め合っていた。
そこに仲間たちも駆け寄ってきて、抱き着いてくる。
遠くで生まれかけていた赤い巨人が、無念の声をあげて霧散する。
勝ち取った未来が、おれたちを待っていた。
◆これにて、世界の命運をかけた最後の戦いは決着です。
『災厄の王』との戦いを経て、勝ち取った未来へと主人公たちは歩き出します。
あとはエピローグをお待ちください。
◆書籍版「モンスターのご主人様」の16巻は、8月30日発売になります。
異界攻略編。工藤とベルタの物語の辿り着く先が描かれます。
これまでの書籍版で最大ボリューム! 書き下ろしもたっぷりですので、お楽しみに!






