26. みんなで
前話のあらすじ
望んだ全力を発揮して、あまつさえ成長する『災厄の王』。
徐々に追い付けなくなっていく主人公だが――?
26
中嶋小次郎は、ひとつ大きな勘違いをしている。
おれたちの勝機は、そこにあった。
「な……に!?」
まったくの理解不能といったふうに、呻き声があがる。
リリィが繰り出した黒槍。
頬を抉る傷。
そこそこ深い傷ではあるが、死に至るようなものではない。
ただ、喰らうはずがないと思っていた傷は、ダメージ以上の衝撃を与えたようだった。
もちろん、それくらいのことで『災厄の王』は戦闘に影響を及ぼさない。
驚愕とは無関係に思考と肉体は戦闘を続行し――その体を、岩盤の大剣が吹き飛ばした。
「よし! 直撃だの!」
「ごぉ、あ……っ」
大剣をぶん回したガーベラが快哉を叫び、中嶋小次郎は苦鳴をあげる。
また喰らった。
しかし、あくまでも驚きは戦闘に支障していない。
つまり、これは単なる実力だということで。
「上回られている、だと……?」
目を見開く中嶋小次郎の姿を見る限り、なにが起こったか理解はできていないだろう。
わけのわからないままでも、状況は展開する。
「いまです、真菜!」
「はい!」
加藤さんの『醜い怪物』の触手が踊り掛かった。
戦闘経験が浅く勘所が掴めない彼女の代わりに、ローズが指示を出している。
攻撃の出が速い。
それだけ早く戦況を把握できているということだ。
言い換えれば、おれのパスは戦況をリアルタイムで把握できている。
魔法『霧の仮宿』単体では、戦いの展開に認識が追い付いていなかったはずなのに、だ。
その計算違いが、中嶋小次郎の回避を失敗させる。
触手は青年の胸のあたりを強打した。
「ぐ、うっ……なにが」
拮抗したうえで、上回っていたはずだ。
追い付き追い越すことはあっても、追い付かれることはありえない。
そう思っていたのだろう。
だが、そもそも、それが勘違いだった。
おれが彼に追いつけないことを――ではない。
そこは正しい認識だ。
だから、勘違いしているのはそこではなくて――。
「いったい、なにが。おれは全力のその先に……真島を越えたはずだ!」
「そこは間違っていないよ」
言い返し、左の凶腕を地面に突き刺した。
潜行させた根が鋭い槍と化して、敵の足元から強襲をかける。
「お前は間違っていない。おれはお前に追い付けない。だけど、そんなのどうだっていいんだ」
「な……っ」
「さっき、言っていたな。これは『おれと飯野のふたりとの戦い』だって。それが、勘違いなんだ」
おれは正統な『接続者』で、飯野は転移者としての極限だ。
あのコロニーの地獄を生きのびて、あるいは、この世界で壁を乗り越えて。
同じ土俵に上がってきたから、ようやく『災厄の王』はおれたちを相手にした。
逆に言えば、それ以外のモノは本質的には眼中にない。
だから『ふたり相手の戦い』なんて言葉だって出てくる。
リリィたちの存在は、せいぜい『接続者』真島孝弘の『攻撃手段のひとつ』程度にしか感じられていないのだ。
絆とか仲間とか口では言っていても、それは言葉だけのことだ。
本質的にはまるで理解できていない。
先程、『災厄の王の騎士』のような存在を作り出して対抗してみせたのも、そのあたりの表れに違いなかった。
「そんなふうに認識していれば、見失って当然だ。障害として立ち塞がったおれを越えようって発想が……そもそも、ずれている!」
おれは弱いから、最初からひとりでは戦っていない。
だからこそ、確信している。
真島孝弘という人間ひとりの伸びしろが中嶋小次郎に敵わなくても――おれたち全員であれば、凌駕しうるのだと。
「おおおおおお!」
飛び退って逃げようとした中嶋小次郎に、絡めた根を引っ掻けて動きを阻害する。
戦闘の速度に追いすがる。
それは、おれだけの力でやっていることではない。
いまやパスは双方向に拡張していた。
おれが魔法『霧の仮宿』で認識した情報をパスに流しているように、ガーベラをはじめ人外の卓抜した五感を持つ眷属たちが、得た情報を全員で共有しているのだ。
動体視力、嗅覚、聴覚。
果てには、第六感的な獣の勘さえも。
そのうえ、シランは精霊魔法で危機をいち早く感知して、パスを介してノータイムの警告を発する。
「真島ァ!」
「――ッ! こんなもの!」
放たれた『小剣』の投擲を避ける。
避けられる。戦える。
中嶋小次郎に絡み付いた、怪腕から伸びる根が引き千切られた。
だが、そうすることで動きが鈍ったところに、ロビビアが襲い掛かる。
その機動はまさに黄金の弾丸だった。
のびしろという意味でいえば、おれたちのなかでも幼い彼女のそれは大きい。
父親から受け継いだ力に目覚める切っ掛けを与えたのはおれだが、彼女はそこからさらに飛躍する。
存在を抹消された勇者の力が、想いに応じて転移者並の力を発揮する。
「ガアァアアアア――ッ!」
素質の開花――勇者の血を引く『恩寵の血族』の『完全一致』。
おまけに、パスによる全眷属のバックアップも受けている。
ここまでダメージを重ねられてきた『災厄の王』には、これを避けることができなかった。
「ぎぃ……!」
中嶋小次郎の左腕を、黄金の竜が食い千切る。
押し殺した悲鳴があがり、確かなダメージを与えたと確信する。
ついに重傷を与えることに成功した――違う、まだだ。
叫んだ。
「吐き出せ!」
ロビビアは即座に従った。
吐き出した左手のなか、千切られる寸前に生み出されていた小剣が炸裂する。
「ギャッ!?」
口のなかで炸裂していては、ただでは済まなかっただろう。
至近距離で喰らいはしたものの、さいわい、黄金の鱗の防御力のお陰でロビビアは薙ぎ倒されるだけで済んだ。
だが、一方で中嶋小次郎は数秒の時間を得ていた。
偶然の成り行き……ではない。
左腕を犠牲にして、時間を創り出してみせたのだ。
彼の能力を開放するために必要な、溜めを作る時間を。
咄嗟にリリィが穴を埋めようと動くが、間に合わない。
「カァアアアアアア――ッ!」
放たれたのは、ここまで攻撃をたたみかけることで必死に封じてきた『光の剣』の最大解放。
世界最強の力が解き放たれる。
位階は二段目の『片手剣』だが、それでも本来なら個人の持ち得る火力ではない。
剣は人間を数人纏めて巻き込めるほどの極太の光線となって、荒野を切り裂いた。
「やば……っ」
剣を向けられたリリィが、身を地面に投げ出すようにして回避した。
それでも、少女の肉体の一部が蒸発する。
悲鳴すらあげられない。
ただ、擬態が解けかけながらも、彼女は地面に伏せてどうにかやり過ごした。
しかし、敵の目標は彼女ではなかった。
「……あ」
軌道上にもうひとり、目を見開く加藤さんの姿があったのだ。
こちらが本命。
ここまで計算して、左腕を捨てたのだ。
リリィには大ダメージを。
加えて、加藤さんがいなくなれば、こちらは最大の攻撃力のひとつを失う。
それだけではない。
互いに互いを高めて戦っている以上、その連携が崩れたときの戦力への影響はあまりに大きい。
ほとんど面で焼き尽くす極太の光線に対して、左腕から伸びた『醜い怪物』の一部が反応して迎撃するが、光の奔流に呑まれて一瞬で蒸発する。
加藤さん本人は反応できていない。
彼女の戦闘能力はあくまで『醜い怪物』頼りのものだからだ。
いくらパスで情報を共有していても、それを戦闘展開に間に合う反射神経で的確に利用できるかどうかは別の話だ。
「真菜!」
だから反応したのは、護衛として残っていたローズだった。
といっても、彼女にも加藤さんを連れて、面で空間を蒸発させる光線を避けるだけの身体能力はない。
避けようともしなかった。
「させません……!」
手をかざした彼女の前に、障壁が展開した。
敵に回った転移者たちを閉じ込めるときに使用していた、大聖堂の防御機構を流用した結界の魔法道具だ。
ここは大聖堂からかなり距離はあるが、無理矢理魔力を引っ張って発動したのだ。
ここ数日、ローズは帝都の防衛機構の修復に手を貸していた。
いざというときのための細工を、あらかじめ仕込んでおいたのだろう。
そんな使い方をしていては魔力のロスが多いため、ここで展開できるだけの魔力を吸い取られた大聖堂の防衛機構は今頃ダウンしているだろうが……向こうでの戦闘はすでに終わっているので問題はない。
とはいえ、それだけしても、この至近距離での『光の剣』の奔流を防ぎきることはできない。
衝撃音が響き、ひび割れ、砕ける。
ただ、一拍の猶予の時間ができた。
その間に、ローズは次の手を打っていた。
「戦装『マトリョーシカ』! 全展開!」
瞬間、多層構造になっていたローズの左腕がすべて展開した。
準備していた緊急回避手段――奥から出てきたのは、ほとんど壁というべき大盾だ。
ローズが持てるすべての技術を尽くして、頑丈さのみを追求した設置型の分厚い盾。
取り回しさえもできないそれは、ほぼ『壁』というべき代物だ。
文字通りの『奥の手』だった。
障壁を砕いて襲い掛かる光の奔流を、正面から受けとめる。
「なん……」
攻撃を撃ち放った中嶋小次郎が声を失った。
これまで誰も防ぐことのできなかった最強の一撃を、やり過ごしてみせたのだ。
それがまさか、眼中にも入っていなかった眷属――そのなかでも戦闘力の高くないローズだとは、予想できなかったのだろう。
光の奔流が過ぎ去ると、厚さが半分以下になった盾が前に倒れた。
倒れる盾の向こう側から、加藤さんが両腕を伸ばした。
「お返しです!」
両腕が触手に変わった。
彼女の力は暴走の危険があり、限界は片腕を数秒程度だ。
両腕を変化させるのは非常に危険な行為ではあったが、ここが踏ん張りどころと唇を噛んで必死で制御している。
倍に増えた触手が『災厄の王』を強襲する。
単純な破壊力としては、転移者でも指折りの攻撃だ。
「ぐ……っ」
中嶋小次郎にしてみれば、片腕を失ったうえに加藤さんが倒せなかったのは大きな誤算だったはずだ。
暴れ回る触手が、幾度となくその身を打った。
肉が弾け、血飛沫があがる。
体力と運動能力が、がりがりと削られていく。
だが、それでも彼は、致命的な一撃だけは避けていた。
「やってくれたな……だけど、これは悪手だぜ!」
額を割られて血で染まった顔で、いまだに猛々しく笑う。
実際、その手に『光の剣』が生み出された。
加藤さんの『醜い怪物』は、きちんと制御できていない。
凶悪な威力と速度があるので、仲間が攻撃範囲に入ってしまえば喰らってしまう。
そして、威力はあるし実際にダメージも与えられているとはいえ、無秩序な『醜い怪物』では、シランがしていた『攻撃の出を的確に押さえて光剣を使わせない』ような器用な真似はできない。
つまり、中嶋小次郎はあの攻撃の嵐のなかで『光の剣』を繰り出せるのだ。
そこに気付いたのはさすがというべきで、極小の隙を突いて『片手剣』を新たに作り出した戦闘センスに至っては、もはや人知の及ぶところではない。
唯一、同じく『醜い怪物』の攻撃範囲を『韋駄天』の速度でくぐり抜けられる飯野が押さえ込もうとするが、わずかに届かない。
過去の歴史を紐解いても、戦闘力で頂点に位置するだろうふたりの能力でも押さえ切れない。
これこそが『災厄の王』。
そして、だからこそ――彼は、その存在を見落としたのだ。
「フォローありがと、加藤さん」
地面の低いところから声がした。
今度こそ、中嶋小次郎の顔が凍り付いた。
転移者ですらない、眷属のひとり。
地面で横向けに転がっていたのは、半ばスライムの本性そのままのリリィだった。
先程、光剣の一撃で倒れたまま、機会をうかがっていたのだった。
おれたちの陣営、最大威力の攻撃は加藤さんの『醜い怪物』だけではない。
これまで捕食してきた、ありとあらゆる怪物たちを再現し、解放し、爆発させて吹き飛ばす一撃。
片手を向ける、リリィの手の先がほどけた。
「吹き飛べ――ッ!」
恐ろしいほどの魔力が吹き上がり、魑魅魍魎が溢れ出す。
リリィの切り札。
後先を考えない乾坤一擲の攻撃は、かつて『狂獣』を打ち倒したときよりも威力をはるかに増している。
ぎりぎりのところで、飯野は回避した。
だが、それは『韋駄天』の速度があればこそだ。
また、加藤さんの伸ばした触手はあくまで末端、それもパスで事前にわかっていたので、タイミングを合わせて、大半は引き戻せた。
しかし、中嶋小次郎はそうはいかなかった。
「ごぉ、ああ、がぁああああああ!?」
怪物の群れに呑み込まれる。
その手に形成されかけていた『片手剣』が、触れた魑魅魍魎の一部を消し飛ばしたが、圧倒的な物量に巻き込まれて、強い光は消滅した。
「かは……っ」
青年の体が打ち上げられる。
まるで襤褸雑巾のように、ずたずただ。
だが、まだ手も足も付いている。
生きている。
本来、リリィの最大攻撃は無防備に喰らって原型が残る類のものではないのに。
中嶋小次郎は戦闘力を残していた。
「……まだ、だ!」
体の周りに『接続者』の干渉場が張り巡らされているのがわかった。
あの干渉場が、直撃すれば本来誰も耐えられるはずのないリリィの一撃の威力を押さえ込んだのだ。
世界自体に干渉するこの防御は、あらゆる攻撃を減衰させる。
唯一の例外を除いては。
「終わりだ、中嶋小次郎」
「――」
中嶋小次郎が打ち上げられたその先で、おれは大きく怪物の左腕を振りかぶった。
◆コミックス『モンスターのご主人様』の6巻が今週7月30日に発売しました!
表紙は、睨み合うガーベラと十文字が目印です。
店頭に並んでいると思いますので、応援よろしくお願いします!
◆辿り着いた最後の交錯。一騎打ち。
忙しかったり、立て続けに体調崩したりで一息にはいけませんでしたが、続きは近く更新予定です。






