表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
316/321

23. 悪意なき邪悪

前話のあらすじ


災厄の王と、みんなを率いる少年との断絶。

   23



「まずは小手調べだ!」


 先手を取ったのは、中嶋小次郎だった。


 同じ『接続者』として完成に至ったとはいえ、いまだに戦闘能力でも干渉力でも、おれは彼に敵わない。


 けれど、格下相手に先手を譲るなんていう発想は『災厄の王』にはない。


 まるで獲物を前に涎を垂らした獣だ。

 我慢がならなくなっている。


「しのいでみせろ!」


 投擲、二連。

 左右に生み出された『小剣』を、交互に投げ付けてきた。


 速度は驚異的だが、単純な投擲だ。

 避けること自体は可能だ――と、思った直後、光と闇がそれぞれ膨張する。


 次いで、いくつもに拡散して襲い掛かってきた。


「ぐっ!」


 まるで散弾だ。

 小手調べと言いつつも、当たれば吹き飛ぶ程度の力はある。


「……っ」


 奥歯を噛み締める。

 焦ってはいけない。


 攻撃の起こりは把握している。


 空間を薄く満たした『霧の仮宿』の認識能力のお陰だ。


 とはいえ、これまでの魔法『霧の仮宿』であれば『災厄の王』の干渉能力に喰い尽くされていただろう。

 いまは違う。


 いいや。いまでも『接続者』としてのレベルの違いは、足元にようやく手が届いた程度のものだ。

 世界に干渉する出力そのものは、まったく敵わない。


 ただ、それはつまり『足元に手が届くレベルにはなっている』とも言える。


 具体的には、自分自身の肉体であれば、干渉は完全に無効化できる。


 そして、周囲に広がった魔法の白い霧はサルビアの一部であり、いまや彼女はおれの内面世界に溶けている。


 必然、この霧もまたおれの肉体の延長ということになる。

 干渉は受け付けない。


「ぐ……おおっ!」


 背後の壁と床が爆散する。

 ぎりぎりのところで、おれは襲い掛かる光剣の群れを回避した。


 攻撃が放たれるより前に感知したところで、これまでなら避けられなかっただろう。

 だが、いまは『接続者』による自己変革で、ウォーリア下位クラスの肉体能力がある。


 これくらいなら、いくらでも避けてやると――考えた次の瞬間、目の前を光と闇の散弾が再び覆い尽くした。


「こいつは……!?」

「はははははは! まだまだ行くぞ!」


 話は単純だった。

 光の剣と、闇の剣は、異能により生成される。


 特に小剣は威力が低い代わりに制限がない。


 それを作っては投げ、投げては作り、交互に投げ付けてきているだけだ。

 ただ、その生成速度は尋常なものではなかった。


「この……っ」

「かまうな、リリィ!」


 防御に回ろうとしたリリィに、おれは叫んだ。


 こちらを庇っていては、リリィまでやられてしまう可能性がある。


「これくらいなら、どうにかする!」


 大言壮語。


 と、これまでなら口にすることもできなかった言葉だ。


 だが、いまは違う。


 目標を捉えることなく着弾した床と壁が、爆弾でも吹き飛ばしたかのように爆ぜて砕ける。

 そんな身の毛もよだつ光景を背後に置き捨てて、ひたすらに走る。


 マシンガンのように襲い掛かる弾丸だが、霧の魔法のお陰で八割がたは回避できる。


 問題は、残りの二割だ。


 こんなものを喰らったら、手足なら吹き飛ぶし、胴体なら即死だ。


 だから、受けとめるのはそれ以外。

 背中から生えた蜘蛛の脚を、防御に回した。


「ぐ……あっ」


 一撃で一本、千切れ飛ぶ。


 洒落にならない。

 蜘蛛の脚は人間に比べてはるかに強靱で、おまけに魔力で強化していたのだが。


 ただし、目的は達した。

 死ななければ十分だ。


 リリィに叫ぶ。


「逆に走れ!」

「うっ……うん、了解!」


 一瞬だけ躊躇ったのは、こちらを気遣ってのことだろう。


 遠ざかっては護衛の役割が果たせないが、今回はこれが正解だ。


「はは。良い判断だ、真島!」


 敵は単独で、腕の数は二本しかない。

 二手に分かれれば、当然、弾幕の数は二分化されて薄くなる。


 ただ、それでもなお、圧倒的に手が足りない。


「が、ぐ……っ」


 蜘蛛脚が削り取られる。


 そのたびに霧の魔法で蜘蛛脚を修復する。


 だが、削られるスピードのほうが速い。


 このままでは……。


 冷や汗を流した、そのときだった。


「ご無事ですか! 真島様!」

「ゴードンさん!?」


 戦場に飛び込んできたのは、聖堂騎士団だった。


   ***


 窪田さんが自爆覚悟で誘導した『闇の剣』の砲撃が戦場を破壊したとき、聖堂騎士団は城の構造物の崩壊に巻き込まれて統制を失ったはずだ。


 どうやら持ち直したらしい。


 せいぜい七十名ほどに数は減っているが、彼らは勇敢だった。


「かかれえ!」


 中嶋小次郎に突撃を敢行したのだ。


 無謀だった。


 聖堂騎士団は、世界最高の戦闘能力を誇る。


 だが、あまりにも相手が悪い。

 防御に徹したところで、彼らはすぐに殲滅されてしまうだろう。


 だが、その攻撃は有効でもあった。


 なぜなら、彼らが死ぬまでの間、おれやリリィに対する攻撃の圧は分散されるからだ。


 騎士たちは死を覚悟して、弾よけになろうとしたのだ。

 守るべき世界と、奉ずるべき正義のために。


「駄目だ!」


 しかし、おれは咄嗟に声をあげていた。


 彼らが殺されてしまうとわかったから――ではない。


 状況は『それどころではない』と、おれだけは理解できたからだ。


「よくぞしのいだな、真島!」


 叫んだ『災厄の王』は――世界を侵す毒と化す。


「それじゃあ、ここからが第二幕だ!」

「ごっ、ぁあ!?」


 直後、部隊を率いていたゴードンさんが蹴つまづいたかのように突っ伏した。


 周囲の騎士たちに至っては、声さえあげられずにバタバタと倒れていく。


 なにもされていないのに……。


 いや、なにもされていないのは見た目だけだ。

 おれの『接続者』としての感覚は、おぞましくも強力な干渉を感知していた。


「な……なにが」


 ゴードンさんがうろたえた声をあげた。


 無理はない。

 なにが起こっているのか、咄嗟にはわかるはずもなかった。


 彼らは攻撃を受けている。


 しかし、当人を攻撃しているのではない。

 中嶋小次郎は、騎士たちを含んだ『世界そのもの』に干渉しているのだった。


 たとえるならそれは、紙に書かれた絵を握り潰すようなものだ。


 紙の上にどれだけ頑丈な城塞が描かれていたとしても、紙を握り潰すのにはなんの意味もないように。


 ただし、この世界では本質的に人々には世界に干渉する力を持っている。

 自分で好き勝手に世界を変えることはできないが、外からの干渉を撥ね退けることはできる。


 意思持つ存在に対する介入こそが、最も難しいことなのだ。


 それも、転移者の子孫である『恩寵の一族』から選り抜かれた聖堂騎士団であれば尚更だ。


 ……そのはずだった。


 なのに、堪えられた者はいなかった。

 全員が倒れ伏した。


 血の気が失せた顔で、リリィが口許を抑える。


「まさか、全滅……」


 指先ひとつも触れていないのに、このありさまだ。


 恐るべきは『災厄の王』の干渉力。

 現実を塗り潰してでも、己の願いを叶えるというエゴ。


「さあ、まだまだここからだ!」


 そう叫ぶ声に表れた高揚は、全力に少しずつ近付いていく実感ゆえだろうか。


 戦闘用の『光の剣』と『闇の剣』に加えて、『接続者』としての力を行使する。


 おれも同じ『接続者』として干渉に影響することはできるが、根本的な出力差があるし、外界への干渉には得意不得意の問題がある。

 効果を軽減させられるのは数名程度だ。

 とてもではないが、七十名はカバーできない。


 とはいえ、戦闘前の作戦立案段階では、たとえ『災厄の王』であろうとも、干渉しづらい個人に対してまったく動けなくなるほどの影響力を発揮できるとは考えていなかった。


 大きな誤算だ。

 これは『災厄の王』の力が悪夢的であったというべきで――。


 しかし、本当の悪夢はこれからだった。


「おのれ……っ」


 副長であるゴードンさんだけは、どうにか立ち上がっていた。

 戦闘能力は劇的に低下しているだろう。


 しかし、それでもマシなほうだった。


 ゴードンさんが驚愕の声をあげた。


「な、なにをしているのだ!?」


 その視線の先で、次々と聖堂騎士たちが立ち上がっていたのだ。


 しかし、ふらふらと揺れる剣の切っ先が向けられていたのは、中嶋小次郎に対してではなかった。


「どうして……!?」


 おれたちだ。

 おれとリリィとに、騎士たちは剣を向けてきたのだ。


 状況が読めずに硬直して見詰めた先、彼らの口が開いた。


「……ぁあ、えげ?」

「……っ!?」


 ぞっとする。

 まるで、攪拌される臓物から押し出されたような音だった。


 聞いたおれたちは総毛立った。


 こちらに向けられた騎士たちの顔のなかで、両目が独立した生き物のように蠢いている。


 まともに意識があるものとは思えない。

 それは、彼らの内部で起こっている冒涜的な行為の表れだったかもしれない。


 混ぜて、捏ねて、ぐちゃぐちゃにして。

 もう一度、作り直す。


「――ッ!?」


 騎士たちの目が、不意にこちらに焦点を合わせた。


 その顔に理性が戻った。


 誇りと使命感は、完璧に元の通りに整えられる。

 完璧過ぎて、むしろ気持ちが悪いくらいに。


 支配を逃れて、正気に戻った?

 体の自由を取り戻した?


 いや、そんなはずがない。


 一斉に、彼らは叫んだのだ。



「我らが王のために、敵を討て!」



 士気軒昂に雄叫びをあげると、騎士たちは地面を蹴った。


 向けられる切っ先。

 突撃をかけてくる。


 そこには、一緒に城に足を踏み入れた味方に対する情はかけらもない。


 ただただ、敵に対して向ける戦意だけがあった。


「な……っ!?」


 絶句する。

 意味不明だった。


 だが、状況はとまらない。


「進めぇええええ!」

「こ、これって……!?」


 リリィがうろたえる。


「な、なに? なんなの、これ。まさか洗脳でもされて……!?」

「……違う」


 なにが起こっているのか理解できたのは、おれだけだっただろう。

 血の気が引き、即座に沸騰した。


「お、前……なんてことを!」


 飛び込んできた騎士が剣を振るうのを避けながら、中嶋小次郎を睨み付ける。


 憤りをそのままに叫んだ。


「『上書き』したな! 彼らの存在を!」

「ああ! したとも!」


 爽やかな笑顔で返してくる。


「いまのこいつらは『災厄の王の騎士』だ! 存在を書き換えて、そのように作り替えた!」


 吐き気をもよおす冒涜的な行為。

 聖堂騎士たちは、存在そのものに干渉を受けたのだ。


 記憶改変ではない。

 もっと根本的な部分を――『人生』を上書きされてしまった。


「ちょっ、正気に戻って……!」


 リリィが呼び掛けるが、まったく理解されない。


「わけのわからないことを言うな、女!」

「敵を倒せ! 悪を討て!」

「王から受けた恩を返すのだ!」


 捨て身で切り掛かってくる騎士は、本気でそう言っている。


 それは、捏造された世界線。

 だが、その世界の人間にとって、まぎれもない真実でもある。


 彼らは彼らの人生を生きてきて、『災厄の王』に剣を捧げて、今日という日まで生きてきたのだ。


 だからこそ、その剣には重みが宿る。

 魂を燃やす勢いで踏み込んでくる。


 ――そんなもの、本来はどこにもないのだとしても。


「こんな……ことが!」


 あまりにもむごい。


 本来、その剣に宿っていたはずのモノは上書きされた。

 積み上げてきた鍛錬も、培ってきた想いも、なにもかもが別の色に塗り潰された。


 ただ、それは単なる喪失ではない。

 もっとおぞましい改変だ。


 代わりにその身には『災厄の王の騎士』としての力が宿っていた。


「……ぐっ、お!?」


 リリィと半数ごとで、聖堂騎士が三十名ほど。

 連携して次々と繰り出される剣を捌き、薙ぎ払って後退する。


 いまのおれの力であれば、どうにかなるはずの相手だ。


 しかし、捌き切れない。


 強いのだ。


 本来よりも、はるかに。


 ただの『記憶改変』では、そんなことはありえない。

 だが、これは『存在改変』だ。


 いまや彼らは『災厄の王の騎士』としての人生を――捏造された世界線を生きてきた存在として上書きされている。


 その動きは、並のモンスターなど比べものにならないほど速かった。


 肉体能力が同じであれば、技術があるだけ人間のほうが手強い。


 さらに厄介なのが士気の高さだった。

 騎士たちは本気で『災厄の王』のために剣を振るっている。


 まるで何度となく肩を並べて戦場を駆けたかのような信頼に満ちた表情で。

 そこにある感情は本物で――だからこそ、あまりに残酷な仕打ちだった。


「お前の眷属ほどじゃあないが、こいつらもなかなかのもんだろ?」

「……!」


 このままでは呑み込まれる。


 けれど、冷や汗が流れるよりも、体を焼き尽くさんばかりの怒りが勝った。


 この期に及んで、中嶋小次郎の態度に悪意はない。

 全力を尽くしたいと願ったから、できることをしただけなのだ。


 それがこのようなかたちになったのは――恐らく『こちらに合わせてきた』のだろう。


 モンスターを率いる主としての、おれという存在に。


 その結果が、目の前の彼らだ。

 信念と絆を模した、醜悪極まりないカリカチュア。


 こんなものを許すわけにはいかないから――。


「はああぁあああ――!」

「シャアァアアア――!」


 次の瞬間、息を合わせて戦場に乱入したのは、樹海北域最高と謳われた騎士と、伝説に語られる樹海深部最強の白い蜘蛛。


 騎士の剣と、振り回される蜘蛛糸が、騎士たちを薙ぎ倒した。


◆コミカライズ版『モンスターのご主人様』5巻は来週、1月30日発売となります。


チリア砦襲撃編ですね。楽しんでいただけると嬉しいです。



◆『災厄の王』との戦い。悪意なき邪悪が彼です。


発想としては、たとえるなら相手が人生をかけた剣で決闘を挑んできたから、こちらも剣で応じようというような。

ただ、彼の場合はそこで適当に落ちている棒きれを拾ってしまうわけですが……そこに理解はなく、区別が付かない。結果、相手が大事にしているものを踏みにじる。


今回は、相手が絆を武器にするなら、自分も同じものを武器として戦おうという発想です。当人は正々堂々のつもりの非道。


悪意なき邪悪を前に、白い蜘蛛と最高の騎士が駆け付けます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 中島君、とんでもない邪悪なんですが、悪意がほんとに無いです。物凄く怖い。 あんまり他では見ないタイプの敵で魅入ってしまってもやもや(良い意味)します(^^;) [一言] 現実にも力を渡した…
[一言] かつて読んだ漫画に、無邪気を悪としてる作品があったなぁ……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ