21. 胸を張るために
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします!
21
真島孝弘の力は、心を繋ぎ絆を深めた仲間たちに力を与えた。
無論、助力が意味を持ったのは、そこまで仲間たちが強敵を相手にして喰い下がっていたからだ。
拮抗していたからこそ、応援が決め手となり得たのだった。
「ご主人様!」
先程まで、心配で気が気でない様子だったローズが、喜色に満ちた声をあげた。
加藤真菜はそんな親友の姿を見て、口元に笑みを浮かべた。
パスの根幹である少年が『接続者』として完成したことは伝わっている。
そのおかげかパスの繋がりはより強化されており、この場にいながら各地で他の仲間たちが困難を乗り越えた事実を知ることができていた。
目の前の戦場、帝都近郊の荒野で行われていた戦いもまた終息しつつあった。
敵に回った転移者たちは、拘束されたり動けなくなった者が何人もおり、こちらが優勢だ。
このままいけば、何事もなく鎮圧できるだろう。
残る困難な戦場は、あとひとつだけだった。
「……飯野さん」
眷属でもない彼女には、真島孝弘の『接続者』としての助力は及ばない。
それどころか、パスによって様子を見ることさえできない。
なにもない――。
「――いえ。そうとも言えない、かもしれませんけど」
加藤真菜はつぶやいた。
唯一、眷属ではなく彼と心を繋げた彼女だけは、経験として知っていたのだ。
想いを寄せる少年に初めて出会った、あの日のことだ。
確かに自分は、彼の心に触れたと感じたのだ。
だったら――『それ』は、ありえないことではない。
***
飯野優奈は、苦痛のなかで自分の終わりを目の当たりにしていた。
「――」
殺意を向けてくるのは、十人もの元探索隊の転移者たち。
複数の巨大魔法陣がこちらに展開されるさまは、もはや絶望の壁のようだった。
いくら強靭な転移者の肉体でも、このように十分に準備された大魔法をまともにいくつも喰らえば、ひとたまりもない。
足が動かない以上、代名詞である『韋駄天』は使えない。
痛めつけられた体に反撃の術はない。
それでも膝を屈することはなかったのは……きっと、絶対に諦めない誰かの顔が脳裏によぎったからだ。
ああ。認めよう。
目の前の彼らに言われたことは正しい。
自分はみじめで、愚かだった。
だけど……そんな自分を彼は認めてくれたのだ。
――無駄だった。なんの意味もなかった。さっき、そう言っていたよな。
――だけどおれは、お前のしてきたことが無意味だとは思わない。
へし折れてしまった自分に、そう言ってくれた。
――わたしは、あんたにだけは馬鹿にされたくない。
――あんたのことなんて、きらいなんだから。
こんなことを言って強がったけれど、本当はとても嬉しかった。
だから。
たとえ馬鹿だとしても、彼にだけは馬鹿にされたくはないから。
自分の道を貫き通す彼に、胸を張れる自分でいたいから。
……きらいだけれど、きらいじゃないから。
彼が無意味じゃないと言ってくれたこの道だけは、貫き通す。
「わたしは負けない!」
声を絞り出した、そのときだった。
「――」
時間が停まったような感覚のなか、彼女は『それ』を感じた。
錯覚だ。
ありえないことだ。
そう思ったけれど、確かに感じたのだ。
ほんの一瞬だけ。
「……真島」
彼の存在を感じた。
無論、その接触に実際的な効果はない。
真島孝弘の『接続者』としての力は、あくまでパスで強固な繋がりを持つ相手のみを対象とする。
飯野優奈に助力はない。
そもそも、彼女はそんなもの必要としていない。
なぜならば。
ただ、その存在を感じられるだけで十分だったから。
「――」
直後、連続して襲い掛かった大魔法が、大地を破壊し尽くした。
***
この世界の人間では手の届かない、第四階梯の大魔法。
行使したのは、四名。
彼らが本来、一時代にひとりかふたり程度しかいないはずの存在であることを考えれば、その攻撃はあまりに強力過ぎた。
実際、結界による密閉空間のなかで行使した結果、土煙は容赦なく彼ら自身に吹き返ってきた。
「……ちょ、お前ら。少しは加減しろ」
そんな冗談半分の文句も出る。
敵であった『韋駄天』飯野優奈を撃破できた達成感が笑いを誘ったのだろう。
思った以上の抵抗があったが、これで結界は起点を失う。
あとは、中嶋小次郎のもとに戻るなり、他の戦場に加勢するなり自由にすればいい。
「よし、それじゃあ……」
どちらを選ぼうとしたのか、青年がなにか言いかける。
その言葉が途切れる。
とてつもない勢いで突っ込んできた人間大の弾丸が、彼のあごを打ち抜いたからだ。
「な……っ」
気を抜いていたとはいえ転移者である彼らが、反応すらも許されなかった速度。
弾丸は、少女の姿をしていた。
みじめなくらいにボロボロだった。
けれど、そんな外見なんて目に入らないくらいに、少女の存在感は大きく覇気に満ちていた。
見かけだけではない。
思い切り振りぬいた拳は、見事、青年の顎を撃ち抜いて、粉々に砕いていた。
「飯野!?」
驚愕の声があがった。
「まさか、なんで生きて……!?」
近くにいたひとりが、咄嗟に剣を振るった。
敵陣に突っ込んできて、至近距離。
すでに『韋駄天』の力を失った彼女には、避けられない攻撃のはずだった。
しかし、これを彼女は思いもしない方法で回避した。
「なに……!?」
体高が低い。
しなやかな獣のように、少女は地面に両手をついていた。
四つ足の獣。
正確には、片足を怪我しているので三つ足だが。
なるほど、二足歩行で片足がダメになればまともに歩くこともできなくなるが、四足歩行であれば一本ダメになってもある程度は動けるだろう。
しかし、そんなのはあくまで理屈だ。
根本的に、人間は四つ足でまともに移動できるようにはできていない。
そのはず、なのに。
「嘘だろ……!?」
両手で体を支えて、片方だけの蹴り脚で加速。
必要とあれば両手で地面を突き飛ばして方向転換する。
「当たら、ない!? なんで!?」
超越者たる転移者の剣撃を掻いくぐり、敵陣の真ん中から離脱する。
あっという間に、彼女は誰の手も届かない場所に駆け抜けていた。
残されたのは、顎を打ち砕かれてのたうちまわって苦しむ少年と、唖然とする仲間たちだけだった。
「……ありえない」
ぽつりと漏れたつぶやきは、全員の心情を代弁していただろう。
しかし、当の少女は首を傾げた。
どこかぼんやりと。
そんなに驚くことはないだろうと。
馬鹿だと言われたし、自分でもわかっている。
そのうえ、さっきからぼうっと熱に浮かされたみたいで、いまひとつ頭が回っていない。
だけど、そんな自分でもこれくらいの計算はできるのだ。
「こんなふうに手を突いて走ったら、普通に走るときの何分の一のスピードになると思う?」
「……は? なに言ってんだ?」
怪訝そうな顔をする彼らに、飯野優奈は頓着せずに言葉を重ねた。
「五分の一? 十分の一? それとも、二十分の一くらいになってしまうのかしらね。まあ、どれだけ遅くなっても、関係ないんだけど」
こんなの、計算するようなことでさえないのだ。
頭の悪い自分にだってわかる、単純な理屈。
それは、すなわち――
「――遅くなった分だけ速くなれば、元と同じスピードで移動できるでしょう?」
***
飯野優奈の『韋駄天』は、探索隊最速の能力者だ。
これは、疑いようのない事実である。
だが、それだけの説明では『韋駄天』をきちんと理解することはできていない。
そもそも、ただ足が速いだけなら、ウォーリアとあまり変わらない。
彼女の能力はそのようなものではないのだ。
たとえば、『多重存在』や『堅忍不抜』が探索隊最高の耐久力を誇ったのは『存在を重複させる』『損傷を高速再生する』という固有能力があったためだった。
だったら『韋駄天』の固有能力は、どのようなものなのか。
足が速くなること?
確かに、それは間違いではない。
実際、こんなふうに足がまともに動かなくならなければ、彼女自身も気付けなかっただろう。
その真の力は『駆ける速度の最速化』だ。
走ることができるのなら、それが二足だろうが四足だろうが関係ない。
五分の一に落ちたなら五倍に。
十分の一に落ちたなら十倍に。
二十分の一に落ちたなら二十倍に。
速度をあげてやればいいだけのこと。
無理? ありえない? 滅茶苦茶だ?
お説ごもっとも。
だが、お生憎様。いまの彼女はトランス状態になっている。
常識なんて言われてもわからない。
ただただ、貫くと決めた道を駆けるだけだ。
悲劇が起きたとき、悪が為されるとき、助けが求められるとき。
何者よりも早く駆け付けるための力が『韋駄天』だ。
その志が折れない限り、探索隊の最速は最速であり続ける。
「……行くわよ」
燃え上がる心を燃料にして、『韋駄天』は再び最速を体現した。
***
すべての戦場が終息していく。
凶悪な『絶対切断』も。
暴走した『竜人』も。
中嶋小次郎の腹心たちも。
敵に回ってしまった探索隊メンバーも。
そして、『多重存在』窪田陽介もまた。
その体は幻のように消え去ろうとしていた。
蜘蛛の脚に体を貫かれてはいたが、これは直接の原因ではなかった。
そもそも『多重存在』にとっては、分身のひとりが撃破されたところで痛手ではないからだ。
彼の消滅の原因は『多重存在』を使い過ぎたことだった。
ひどく消耗した状態で、奥の手である六体目を使った時点で、とっくに彼は限界を超えていたのだ。
「……悪かったな、真島」
窪田陽介は、目の前にいる少年に声をかけた。
怪物じみた変わり果てた姿だった。
だが、その在り方はまったく変わっていなかった。
自分とは本当に違うと思って、少し笑った。
知っていた。
自分は依存して、利用された。
騙されていた。
どうしようもなく従って、こんなことになってしまった。
けれど、なぜだろうか。
いまとなっては、不思議と穏やかな気持ちだった。
ひとつは、目の前の少年が自分をとめてくれたからだろう。
自分勝手であるのは重々承知のうえで、感謝していた。
そして、もうひとつ。
たとえ操られていたとしても、きっと自分はあの青年のことが――。
「ありがとう、陽介」
「……」
存在を保てなくなる直前、思わぬ声を聞いた。
なにもかもを惹き付けてやまない青年の声が言う。
「お陰で、おれの願いは叶う」
その言葉を聞いた。
それを最後に、窪田陽介の存在は消え去る。
そして、ついに『災厄の王』が動き出す。
◆新年の区切りに、ご報告です!
活動報告ではお伝えしましたが、年末から新作の投稿を始めました!
(ページ下部にリンクがあります)
「モンスターのご主人様」を好きな読者さんが楽しめるように、頑張って書きました。読んでいただければ嬉しいです。
いま時間ないよって方も、とりあえずなろう内のブクマだけでもしておいてもらえればさいわいです。
ヒロインの属性とか、こちらを読んでいるとちょっとクスッとできるところもあります。どろろ。
◆当初から書きたかった飯野覚醒回でした。いかがでしたでしょうか。
ご存知の通り、苦しい日々を送っていた彼女でしたが、ようやく答えを得ました。
恋と正義を胸に、最速の乙女は駆け抜けます。






