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20. ふたつの戦場

前話のあらすじ



少年はひとつの境地に辿り着く。

いつか再会の日を約束して。


   20



 薄氷の戦いはすでに踏み破られ、破綻は不可避のものとなっていた。


 日比谷浩二を喰い止めんとする、ガーベラとシランの戦場もそのひとつだった。


「しまっ……」


 致命的な隙を突かれたふたりに『絶対切断』の刃が迫る。


 まず狙われたのはシランだった。

 正面に立って暴れていたガーベラを、フォローしていたのが彼女だ。


 いなくなれば、この戦場における拮抗状態は成り立たない。


「……くっ」


 反応が一拍遅れたにもかかわらず、シランはよく応じた。


 強引に体を逃がして一撃を避け、体勢を崩しながらも続く連撃を捌いたのだ。


 まさに神業。

 精霊一体の助けを借りてなお足りない身体能力の差を剣腕で埋めたうえで、防御不可能の『絶対切断』の力までもいなしてみせた。

 ここ一番で樹海北域最高の騎士の剣は冴えていた。


 だが、それを蹂躙するからこその転移者である。


「……うっとうしい!」

「ぐふ……っ」


 誰であっても対処しようのない悪魔的なタイミングで繰り出された蹴撃が、腹を潰した。


 鎧が拉げ、シランの体が弾丸のように吹き飛んで壁を崩した。


 その体が瓦礫の下に消える。


 死んではいないだろうが、十分だった。


「これで、一対一だ」

「ぐ、ぬ……」


 振り返った日比谷浩二を前にして、ガーベラは顔を引き攣らせた。


 ローズ謹製の『瓦礫の剣』があるとはいえ、一対一ではあまりにも分が悪い。


 シランが戦線に戻ってくるまでの間、堪え切れるかどうか。

 冷や汗が流れた。


 状況は破綻寸前、真島孝弘は安否不明。

 そのうえで、目の前にある『絶対切断』の存在は絶望的過ぎた。


 さすがの樹海深部最強の白い蜘蛛の胸にも暗雲が立ち込める。


 その絶望に『絶対切断』の刃は滑り込み、切開して血と臓物をぶち撒けるだろう。


「行くぞ」


 これで最期。

 日比谷浩二は滑るように踏み込んで――



「……なに?」



 ――それは、この世界にやってきてから今日まで、暗躍を続けてきたなかで培った感覚が為せる業だっただろうか。


 呻き声をあげた日比谷浩二の足を鈍らせたのは、違和感だった。


 具体的に、なにが起こったわけでもない。

 空気が変わった、としか言いようがなかった。


 あるいは、風向きが。


 この瞬間、とある少年により変えられたのだ。


 それを感じ取ったことが、結果的に日比谷浩二の命を救った。


「……くふっ」


 吹き出す笑い声が聞こえて、その直後だった。


「――ッ!?」


 日比谷浩二の目前に、蜘蛛の糸が広がったのだ。


 規模が大きい。

 その中心で、白い蜘蛛が笑った。


「ふ、ふふっ! はははははは――ッ!」


 いかにも楽しげに。


 自棄になったわけではない。


「なん……だ、これは」


 日比谷浩二が目を瞠った。


 それも当然。

 唐突に、ガーベラから放たれる魔力規模が増大していたのだ。


 まるでなにかの後押しでもされているかのように。


 なにが起こっているのか。


 それを知っている当の本人は、誇らしげに――あるいは、愛おしげに叫んだ。


「さすがは妾が惚れた者! そうでなければならぬ!」

「なにを……言っている!」


 無論、日比谷浩二が臆することはない。


 異変に気付くのが早かったため、対応も可能だ。


 ――すべてを斬る。


 目的の障害となるものは、それがなんであろうと斬り捨てるのだ。


 強い望みが力を与える。


 爆発的に広がった蜘蛛糸を前に、この程度で拘束しようなどとは舐めるなと思い――瞬間、その足元がひび割れた。


「な……っ」


 咄嗟に飛び退った足元から、瓦礫の柱が飛び出す。


 ガーベラの持つ魔法道具の力だった。


「小細工を! こんなものを喰らうか!」


 叫んだ日比谷浩二は、事実、それを避けている。


 しかし、対するガーベラは、笑い声で返した。


「否! そうは言わず喰らっていけ、これはなかなかの大仕掛けなのだからの!」

「……なっ!?」


 実際、その言葉の通りになった。


 次の瞬間、周りの地面から次々に瓦礫の柱が突き上がったのだ。

 どういうわけか増大した魔力規模があってこその、無茶苦茶な魔力運用だった。


 突き出した無数の柱は、出鱈目に広がった蜘蛛糸を絡め取っていく。


 そうして作られたのは――巨大な蜘蛛の巣だった。


「なんのつもりだ……?」


 とはいえ、こんなあからさまに張られた罠にかかるわけがない。

 特に『絶対切断』にしてみれば、斬れば終わり程度のものだ。


 だが、そんなことは、ガーベラだってわかっているはずで……。


 なにをしているのか意図を図りかねた日比谷浩二が見たのは――先程までよりも巨大化した瓦礫の剣を振りかぶるガーベラの姿だった。


「まさか……」


 気付いた日比谷浩二に対して、ガーベラは猛々しく笑う。


 咆哮一閃。


「シャアァアアァアアアアアア――ッ!」


 馬鹿力で、その大質量を振り回した。


 周囲すべてを薙ぎ払う、超巨大な斬撃だ。

 無論、そんな大雑把な攻撃を喰らう『絶対切断』ではない。


 だが、この攻撃の目的はそこにはなかった。


「ぐ、おぉお!?」


 巨大な蜘蛛の巣を支える柱が砕け、瓦礫と蜘蛛の巣を撒き散らす。


 ほとんど空間の蹂躙だ。


 斬ればいい、などとは言えないほどに。


 日比谷浩二はその滅茶苦茶さに驚愕しながら、『絶対切断』の力を全開にした。


「おおおおおお!」


 シランとは違い、彼は別に剣の達人というわけではない。


 剣の結界は神域の技量ではなく、障害を斬り捨てる鋼の意志によって成立する。


「舐めるなァ!」


 ゆえに切り抜けられたのは、執念の為せる業だった。


 全周囲から襲い掛かってくる蜘蛛の糸を、斬って斬って斬りまくった。

 さすがに全部避けることはできず、少し下半身に纏わりついたが、上半身は無事だった。


「これで……」


 剣を振るうのに支障はない。

 何者であろうと斬り殺して進むのだと――そう彼が睨み付けた眼前に、ひとりの騎士が飛び出したのだ。


「……なに!?」

「はぁああああ!」


 ガーベラの攻撃を隠れ蓑にして、騎士剣を振りかぶったシランが踏み込んでいたのだった。


 これは、完全に日比谷浩二の虚を突いた。


 アンデッドの修復能力があるとはいえ、あまりにも戦線復帰が早い。

 早過ぎる。


 それだけではない。


 彼女の周りには、精霊四体が舞っていた。


 同時の精霊魔法による最大ブースト。

 前人未踏の四体との精霊契約を成し遂げた、精霊使いシランの真骨頂。


 ただし、アンデッドになってから使われることのなかったものでもある。


 魔力が変質してしまったために、うまく使えなくなっていたためだ。


 実際、この戦いのなかでも彼女が精霊四体を同時使役することはなかった。

 このときまでは。


 彼女たちの背中を押す『何者か』の存在は、もはや明らかだった。


 まったく状況が掴めない日比谷浩二の口から呻き声が漏れた。


「いったい、なにが起こってやがる……!?」


   ***


 無論、その『何者か』が真島孝弘その人であることは、言うまでもないことだろう。


 同じ『接続者』でも、彼は中嶋小次郎とは違っている。


 中嶋小次郎ほど出力がない――という話ではない。

 それ自体は事実ではあるが、本質ではない。


 我欲で世界を好きなように変えようとした『災厄の王』との違い。


 真島孝弘の在り方は、何者かを自分の意思で塗り潰すようなものではないのだ。


 これまで彼は繋がりを求めて大事なものを手に入れて、二度と失わないように弱い己自身を鍛えあげた。

 ゆえに『接続者』としての在り方も同じように発現した。


 ひとつが、窪田陽介との戦いで見せた自身の書き換え。


 そして、もうひとつが眷属たちの身に起きていることだった。


 少年の力は確かに世界を塗り潰すことはできない。

 けれど、絆を深めた仲間たちの背中を押すことならできる。


 そう確信できたから、『接続者』の力はパスを繋いだ眷属たちに作用した。


 ガーベラは力を増し、シランは本来の性能を発揮することができるようになった。


 性質としては『輝く翼』の支援魔法に近いだろうか。


 ただし、こちらはより深いレベルで存在に働きかける。

 場合によっては――まだ眠っていた資質を開花させるくらいに。


 変化が起こったのは、悪竜の暴れまわる戦場だった。


「――」


 なにかを感じ取ったのか、悪竜は頭を巡らせた。


 その周りには、竜淵の里のドラゴンたちが何頭も倒れていた。


 立っているものも傷付いており、最大の武器である甲殻が欠けているものも多い。

 目に戦意はあっても体がついていかない。


 そうしたなか、立ちあがったのは末の妹ロビビアだった。


 とはいえ、彼女は最初に手痛い一撃を喰らっている。

 これ以上は戦えない。


「ガアァアア……!」


 ごく自然に、竜淵の里のドラゴンたちは、傷付いた体を押してでも末の妹の盾になろうと立ち上がった。


 家族としての繋がりを大事にする。

 そうした在り方は、母である甲殻竜マルヴィナから受け継いだものだっただろうか。


 だが、そんな彼ら自身も認識していないことがあった。


 受け継ぐというのなら、もうひとりいる。


 大事な家族を守るために、慕う少年に背中を押されたロビビアは、いまこそ飛躍する。


「グルゥウウ……」


 他の兄弟たちより一回り小さなドラゴンの体に、変化が起きた。


 砕けた甲殻の亀裂から、金色の光が溢れ出したのだ。


 光はどんどん強くなり、ついには甲殻が砕けて落ちる。


 その下から現れたのは黄金の鱗だった。


 ロビビア自身は知らないことだが、兄弟たちはその輝きを知っていた。


 それは、存在を抹消されたかつての勇者の能力。

 黄金に輝くドラゴンに姿を変える力だった。


 竜淵の里のドラゴンたちもまた、ゴードンたち聖堂騎士団と同じ勇者の末裔たる『恩寵の血族』であることには変わらない。

 だったら、そのなかからかつての勇者の力を再現する『恩寵の愛し子』が現れてもおかしくはない。


「ガァアアァアアアア!」


 黄金の竜は咆哮をあげて、悪竜へと立ち向かって――。


   ***


 かくして、死闘は終結する。


 戦場と化した古城の廊下に、静けさが戻ってきていた。


「おれ、は……」


 日比谷浩二は呻き声をあげた。

 その口元から、ぼたぼたと血液が滴り落ちた。


 精霊使いとしての全力を取り戻し、アンデッドとしての力に乗せたシランの動きは、ついに『絶対切断』を凌駕していた。


 一太刀を浴びせたのだ。


 即座に絶命していてもおかしくない一撃だった。


 しかし、それでもなお日比谷浩二は抗った。


 最期の力を振り絞って、大上段に持ち上げられた剣が、シランを真っ二つにしようとした。


 そこに、ガーベラが突っ込んだ。

 蜘蛛脚の一突きは、今度こそ目的に憑りつかれた青年をとめていた。


 そのはずだった。

 しかし、予想外のことに、血にまみれた手が持ち上がったのだ。


 ただ、その手に力はない。


 震える指がガーベラの首元にかかったが、すでに圧を与えるような力は残されていなかった。


「……貴様」

「おれは……元の、世界に。父さんを、ひとりには……」


 なおも死に抗うのは、彼の胸にある想いがゆえだっただろうか。


 その姿はひどく弱々しい。

 死を前にして絶対の力を失ったいま、そこに残されていたのは、災害に巻き込まれて病身の親と引き離された子の姿だけだった。


「ここは、望みが叶う世界なんだろ。だったら、おれは負けない。負けるはずがない。そうでないと、おかしい。それとも、この望みが間違っていたっていうのか……?」


 文字通り血を吐きながら、彼は問い掛けて――。


「間違ってはおらんとも」

「……なに?」


 思わぬ返答に、光を失いかけている目を見開いたのだ。


「相反する望みは叶わぬ。貴様は志半ばで死ぬ」


 首に手をかけられたままのガーベラは、静かに残酷な事実を告げた。


 本質的には獣である彼女は、人の思想を理解しない。

 ただ、こうも続けたのだ。


「妾にわかるのは、貴様は強敵だったということだけだ。その想いゆえにな。だから……貴様の行いは間違っていたとしても、その想いだけは間違いなどではなかったのだろう」

「……」


 コロニー崩壊から今日まで、多くの人間が魔人の剣にかかってきた。

 その何十倍もの人間が、彼が引き金を引いた事件で命を失った。


 それは、報いを受けるのには十分な行いだった。


 けれど。


 魔人も最初は災害に巻き込まれた被害者だったのだ。

 病身の父親を想い、なんとしてでも戻らなければいけないと決意した。


 たとえそれがのちに彼を凶行に突き動かしたものだとしても……その想いだけは否定されるようなものではない。


「……そうか」


 それが、彼の最期の言葉だった。


 首にかかっていた手が、力なく落ちた。


 コロニーの崩壊を実際に主導し、世界の裏で暗躍した青年は死んだ。


 その行いの報いのように、ひとりみじめに望みを叶えることもなく。

 ただ、ひとつ望んだ想いだけを胸に抱いて。


   ***


 そして、もうひとつの戦場でも、戦いの趨勢が変わろうとしていた。


 瓦礫舞い散る戦場に、数多のドラゴンの咆哮が交錯する。


 竜淵の里のドラゴンたちは、意思をひとつにして動き出していた。


 全員で一斉に悪竜に飛びかかったのだ。


 振り払われても、振り払われても喰い下がる。

 それが唯一の希望だと、黄金の輝きを見た瞬間に悟っていたからだ。


 たとえ悪竜が個々の膂力で大きく上回っていようとも、全員で必死に取りつかれては引き剥がせない。


 無論、代償は大きい。

 下手に飛び掛かったドラゴンたちのなかには、痛手を受けたものが何頭もいた。


 あと数秒もすれば、拘束は解けてしまうだろう。


 それに、甲殻がなくても悪竜の体は頑丈だ。

 動きをとめたところで、相当の威力の攻撃でなければ通じない。


 だからこそ、いまは必殺の一撃が必要だ。


「ルゥウウウウ……!」


 黄金の輝きが戦場を駆ける。


 家族の作ったこの機会を無駄にはしない。


「ガアァアアアアアア!」


 瓦礫を踏み砕き、壁を踏み抜いて、天井を蹴り付ける。


 巨体とは思えない速度で空間を駆け抜けて、ロビビアは悪竜に組み付いた。


「ルウゥゥウゥウウ!」


 たくましい首筋に、牙を突き立てた。


 だが、次の瞬間、刺さった牙は押し返された。


 喰い千切るには、まだ足りなかったのだ。


「ウウウウウウウウ……ッ!」


 出力には余裕があった。


 ただ、幼い体のほうが限界だった。


 心臓が出鱈目に早鐘を打ち、黄金の鱗の下で竜の筋力が骨を軋ませる。

 まだ早かった力の発現に、肉体が内側から弾けてしまいそうになる。


「――」


 でも、大丈夫。

 慕う少年が、いまは背中を押してくれているから。


 それを感じ取って、ロビビアはいま一度、力を振り絞る。


 喰い千切る!


「ォオオオオオ――ッ!」


 底上げされた力が肉を破り、骨を砕く。

 悪竜の首を、引き千切った。


 血を撒き散らす悪竜の体が、次の瞬間、光の粒子に包まれて消えていく。


 意識を失った青年の体が、地面に転がった。


 猛威を振るった悪竜の姿はもはやない。

 勝利の咆哮が戦場を震わせた。


◆お知らせしてきた通り、書籍版『モンスターのご主人様』15巻は年末発売です。


年末は流通の関係で早いところは早いので、もうこの週末には並ぶところもあるようです。

30日には全国店頭に並んでいると思います。


お手に取っていただければさいわいです。

加藤さんの笑顔が目印です。よろしくお願いします。


◆年内最後の更新になります。


今年もモンスターのご主人様シリーズを応援いただきありがとうございます。

良いお年をお迎えください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 日比谷浩二の家族構成ですが「29. 魔王の残した傷跡」では父一人子一人に思えるのですが >父は冴えない男だった。 けれど、子供がひどく荒れていた時期も、見捨てずにいてくれた良い親だった…
[一言] 今年一年の連載、お疲れ様でした。御体には気をつけて下さい。 書籍版14、15巻買いましたが、最終章が気になって、まだ未読(書き下ろし部分)の状態です。戦闘部分が終わったら、読もうと考えてい…
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