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19. モンスターのご主人様

(注意)本日2回目の投稿です。(12/14)














   19



 ――そうして、おれは現実世界に帰還した。


 最初に感じたのは解放感。


 ここ数日というもの、ずっと体を苛んでいた気分の悪さが消えている。

 完全に『接続者』としての力を掌握できた証だった。


「……真島?」


 急速に晴れていく禍々しい霧の向こうに、窪田さんの姿が見えた。


 戸惑いの表情に、恐怖が少し残っている。


 つい先程までの自分の行いは覚えていた。

 すべてを霧に還す『霧の怪物』はあまりにも凶悪で、彼がこちらの様子を用心深くうかがっているわけは理解できた。


 とはいえ、いまや状況は変わった。


「……よくわからねえが、理性を取り戻したってことか」


 こちらを見据える目から怯えが消えた。


「だったら、好都合だ」


 彼にしてみれば、こちらが暴走しているほうが恐ろしかったのだろう。


「今度こそ、終わらせてやる……!」


 戦意を新たに、駆け出してきた。


 単独で正面から転移者とやり合うのは、これが初めてだ。

 転移者独特の息が詰まるような重々しい魔力は、トラックが突っ込んでくるにも等しい。


 対応なんて、とてもではないができない圧倒的な暴力。


 ……これまでであれば、そうだっただろうけれど。


「悪いが、そう都合よくはいかないよ」


 おれは、腰を低くしてかまえた。


 左腕を失っていることを除けば、体の調子はとてもいい。

 これまでないくらいに、充溢していた。


 潤沢な魔力が、肉体を活性化させているからだ。


 とはいえ、おれは『災厄の王』ではない。

 そう都合よく他を圧倒するような力は『接続者』としての力を掌握したところで得られない。


 魔力量としては――せいぜい、ウォーリアの下位クラス。


 十分に強い、が……。


 ここまで努力して、大小の犠牲を払い、消滅の危機から舞い戻って――ようやく転移一日目の戦闘向きのチート持ちと、かろうじて同じ土俵に立っただけとも言える。


 どうやら窪田さんも気付いたらしい。

 やや警戒するように足がにぶったが、即座に思い切って踏み込んできた。


 固有能力『多重存在』を抜きにして考えても、彼にはウォーリアの平均以上の力がある。


 たとえ強化されたとはいえ、こちらはウォーリア下位相当。

 それも、片腕を失った相手なら潰せると判断したのだろう。


 その判断は正しい。


 もしもここにいるのが、転移一日目のスタート地点にいるウォーリアであれば、なす術もなくやられてしまっていただろう。


 だが、そうではない。

 そうではないのだ。


 だって、おれはずっと、死にもの狂いで走ってきたのだから。

 走り抜けてきたのだから。


 そうして、ようやくここに来た。


 だから、ここは通過点。

 置き去りにして、もっと先へ。


「一緒に行こう――魔法『霧の仮宿・サルビア』」


 彼女が遺してくれた、世界を侵す『接続者』としての力を解放した。


   ***


 ――無意識の海に、接続する。


 広い海に墨汁の一滴をこぼすように。

 圧倒的な混沌の前に、個人の自我はちっぽけだ。


 あっという間に境界線が溶け出して、存在が拡散しかかる。


 けれど、溶ける端から修復される。


 彼女がいてくれるから、大丈夫。

 崩壊を考える必要はない。


 なにを憂うこともなく、世界の最奥に繋がる『接続者』の力を取得した。


 認識によってなるこの世界を、根幹にある無意識の領域に干渉することで改変する能力者。


 敵対者の存在を抹消する『霧の怪物』は――使用不可能。


 あれは、暴走状態でのみ使える力だ。

 世界を消しゴムで消すような行いをするには、いまの自分では出力が足りない。


 かまわない。

 もともと、おれは不特定多数をどうこうするような能力者ではない。


 それに……彼女は、おれの内側にいるのだ。


 荒唐無稽な夢を現実にする異界『霧の仮宿』は、真島孝弘の内側で展開され続けている。


 だから、変えるべきは自分自身。


 実際、すでに効果は出ている。

 その結果が、ウォーリア下位クラスの魔力と身体能力だ。


 それは、真島孝弘という個人の限界と言っていい。


 だが、目の前の敵を倒すには、まだ足りない。

 自分ひとりでは足りない。


 ならどうするか。


 決まっている。

 これまで通りやるのだ。


 ずっと前から、わかっている。


 おれはひとりじゃ駄目だから。

 みんなと力を合わせて戦うのだ。


「オ……オオオオオオオオ!」


 書き換える。


 自分自身の存在を書き換える。

 危機を前に、求めるのは自分の知る最強の存在。


 彼女と繋がり、受け取り、接続して、具現する。

 次の瞬間。



 ――ずるり、と。

 背中をぶち抜いて飛び出した『八本の蜘蛛の脚』が、突っ込んできた青年を強襲した。



「ぐっ、おぉお!?」


 さすがは探索隊の二つ名持ち。

 不意打ちだったにもかかわらず、窪田さんは八本の脚のうち二本を避け、二本を剣で弾いた。


 だが、残り四本は直撃する。


「ごは……っ」


 左肩と右胸、脇腹、左の太腿。

 神経の通った蜘蛛の脚の先に、肉を深く抉る感触を得た。


「な……なに、が!?」


 呻き声をあげた窪田さんが、大きく跳躍して後退した。


 かなりの深手だが、それよりも目の前で起きた変化を見た衝撃のほうが大きかったのかもしれない。

 追撃に備えて、こちらに必死な視線を向けてくる、が――。


 生憎、追う気なんてなかった。

 この際、追撃なんかどうでもいい。


 そんなことより、いまは他にやるべきことがあったからだ。


 そのために、再び内面世界の『霧の仮宿』に働きかける。


 思い起こすのは、自分に剣を捧げる騎士。

 アンデッドになっても高潔な彼女に繋がり、己の肉体をさらに深く変容させる。


「よし、これなら……!」


 確信を得て、二の腕から先のない左腕を振るった。

 同時に、とまっていた血が切断面から再び噴き出した。


 ただ傷が開いたわけではない。


 意志に従い、血液は蛇のようにくねりながら伸びていく。


 その先に、切り落とされた左腕があった。

 枯れた木竜の残骸が繋がった、おれの左腕だ。


 血液はその断面に喰らい付いた。


「そんな……馬鹿な!?」


 窪田さんが気付いたようだが、もう遅い。


 血液に引き摺られた左腕が、フィルムを巻き戻すように、元あった切断面に接着する。


 即座に断面が繋がった。


 ただし、感覚はない。


 無理な接続の仕方をしたからか。

 それとも、アンデッドの力を使ったのがまずかったのか。


 適切に回復魔法で処置すれば元通りになっただろう左腕は、二度と元のようには動かない。


 だけど、これでいい。


 一秒でも早く繋がること。

 大事なのは、それだけだったから。


「来い、アサリナ!」


 呼び掛けると、左の腕が跳ねた。

 左腕に張っていたアサリナの根が反応したのだ。


 繋がりさえすれば、死んだ左腕から体に根を伸ばすことが可能になる。

 無茶をしたのは、このためだ。


 そして、その甲斐は確かにあった。


 枯死しかけていた根が『接続者』の魔力を吸い上げる。


 瀕死の魂が、息を吹き返した。


「……ゴシュ、サマ」


 緑色の髪の少女の幻影が現れた。


 幼い顔をくしゃくしゃにしていた。


 彼女はおれの体を、サルビアと共有していた。

 ここに至るまでになにが失われたのか、すぐに悟ることができたのだろう。


「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ」

「アサリナ……」


 謝罪を口にして、幻影のアサリナが泣く。


 幻影として世界に現れるやり方は、サルビアに教わったものだろう。

 見ていると、どうしても彼女のことを思い出してしまい、胸が締め付けられる。


 けれど、その彼女のおかげで、こうしてアサリナを取り戻すことができたのだ。


 だったら、この場面は笑顔こそが相応しい。


「おかえり、アサリナ」


 微笑みかけ、心の底から告げる。


「また会えて嬉しい」

「ゴシュ、サマ」


 アサリナは赤い目を丸くした。


 やがて、涙の残ったままの顔に、泣き笑いの表情が浮かんだのだった。


「アリガトウ」


   ***


 これで、取り戻すべきものは取り戻した。


 ここから先は、守り抜くための時間だった。


 幼いアサリナの幻影が消え去る。

 同時に、動かなくなったはずのおれの左腕がビクリと持ち上がった。


「頼むぞ、アサリナ」

「サマ!」


 死んでしまった左腕を動かすことはできない。

 だが、そこに根を張ったアサリナに動かしてもらうことは可能だ。


 ある種の義手みたいなものだ。

 彼女はおれの意思を汲んで腕を動かし、おれは彼女からのフィードバックで欠けた感覚を補う。


 さらに、アサリナが左腕にからみついて、強化外骨格として機能する。


 動物の牙のようにも見える葉の棘が、径と強靭さを増しながら長く伸び、おれの左腕は爪を備えた異形のものに変じる。


 背中に展開する蜘蛛脚を蠢かせつつ振り返れば、そこに窪田さんの姿があった。


「……怪物め」


 引き攣った顔で、苦笑していう言葉は罵るようだったが、語調に悪意はなかった。

 どこか自嘲するような、ほっとしたようなふうがあった。


 それに、おれとしてもそう言われても仕方ないという自覚はあったし、その事実を不名誉なことだとは思っていなかった。


「否定はしません」


 怪物たちの主。

 モンスターのご主人様。


 どんな姿になろうと、その在り方は変わらない。


 みんなで生きていくために、戦うのだ。


 身構えたところで、傷付いた体を押して、窪田さんが地面を蹴った。


「行くぞ、真島……!」


 襲い掛かってくる。


 対して、おれは左の怪物の腕を持ち上げて、思い切り叩きつけた。


「ぐおっ」


 怪物の腕が地面を砕く。

 苦鳴を漏らした窪田さんは、ぎりぎりで避けていた。


 横っ飛びに避けて、攻撃を仕掛けてこようとする。

 しかし、こちらは文字通りに手数が多い。


 背中から伸びる蜘蛛脚の二本が、振り下ろされた剣を受け止める。


「――ッ!?」


 途端、窪田さんが声にならない悲鳴をあげた。


 足元の地面から槍のように、無数の『根』が突き出してその身を抉ったからだ。


 地面に叩き付けた左腕から伸びた、アサリナの追撃だった。


 大きな隙を逃さない。

 おれは強く地面を蹴る。


「おおぉおおおおお!」


 繰り出した蜘蛛の脚が、上半身を貫いて『多重存在』の分身を撃破した。


◆ウェブ版『モンスターのご主人様』を投稿し始めてから、今日でちょうど6年となりました。


6年前の登場時、生死の淵にいた主人公も、ついにここまできました。

最終章も佳境。いま少しお付き合いください。



◆書籍『モンスターのご主人様』15巻は、今月末の12月30日発売になります。

表紙画像を活動報告で公開していますので、興味のある方はぜひどうぞ。


内容は加藤さん章のラストです。

書き下ろしは、幹彦短編と加藤さん短編が収録されています。イラストともどもお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 六周年おめでとうございます!
[一言] 怪我して死にかけたり毒や呪いで死にかけて弱り続けたり存在削られたり長い間ほぼ最弱だった主人公がついに覚醒!
[一言] 身も心も全て接続させて、モンスター達と共に生き、モンスター達と共に戦う。 ここまで来てしまいましたね。
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