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15. 追い掛ける者たち

(注意)本日2回目の投稿です。(10/19)














   15



 手にした黒槍を、リリィは思い切り振りかぶる。


 険しい視線の先には、悪竜の巨体があった。


 すぐに主である少年を追おうとしたリリィだったが、期せずして悪竜が前に立ち塞がるかたちになっていたのだった。


「どきなさい!」


 怒鳴り付け、実力行使に出る。

 黒槍を振りかぶった少女の肌の下で、異なるモンスターの在りようが再現された。


 最適化された肉体が、黒槍を投擲する。


 風をまとわせた一撃は、暴走する悪竜の胸元に見事に直撃した。


 しかし、リリィは唇を噛んだ。


「ガァ……ァアアアアアア!」

「……くっ」


 倒れない。

 中嶋小次郎に倒されたあと、まともな治療を受けていないらしい悪竜はボロボロだった。


 翼は失われており、全身の鱗は焦げて剥がれて、抉られた肉が露出している。


 そのうえで、リリィの攻撃はダメージをきちんと与えている。


 だが、痛みを感じていないかのように、悪竜の力は衰えを知らなかった。

 実際、先程のリリィの攻撃を受けてよろめいたものの、怯む様子はかけらもない。


 埒があかないとはこのことだ。


 時間をかければ倒すことは可能だろうが、その時間こそが大事である。

 完全に足留めを喰らってしまっていた。


「ガアアアア!」


 吐き出された火炎が床を舐める。

 リリィは即座に構築した魔法で炎を減衰させつつ、範囲外へと逃れた。


 足をとめて、新しい槍を取り出す。


 目の前の障害を睨み付けて、ぎりっと歯を鳴らした。


「……わたしは、ご主人様のもとにいかなくちゃいけないんだから」


 脳裏に過ぎるのは愛しい声。


 ――おれは、大丈夫だから。


 壊れつつも抗うことを続ける彼。

 自身の破滅を予感してなお、励ましてくれた。


 ――わたしたちで、ご主人様を守るよ。

 ――……おれは結局、守られるんだな。


 苦笑する表情が愛おしい。


 なんとしてでも守らなければいけないものがあった。


「邪魔をしないで!」


 リリィは眦を決して、悪竜に飛びかかろうとする。

 そのときだった。


「お待ちください!」


 そんな彼女を、うしろから呼びとめる声があったのだ。


「あなたたちは……」

「我々が、ここは引き受けます!」


 そう告げたのは、竜淵の里のドラゴンたちだった。


 その表情には、並々ならぬ感情の猛りが見て取れた。


「引き受けねばならないのです。この相手だけは、我々が」


 言い放った肉体が変異していく。


 甲殻を備えたドラゴンに姿を変えた彼らは十体以上。

 トカゲのものに似た目は、強く悪竜を見据えていた。


 里が滅ぼされた際には『竜人』神宮司智也が大きな役割を果たしていた。

 ここでぶつかり合うことになったのも、因縁というべきなのかもしれなかった。


「グルルゥ、ガアァアアアア――!」


 城に響き渡る咆哮をあげて、ドラゴンたちが突撃する。

 激突し合う。


「……っ、ありがとう!」


 その脇を抜けて、リリィは駆けた。


 落ちていった大事な人を求めて。


   ***


 ドラゴンたちの大規模な激突が城を揺らし始めるなか、もう一方の戦場も火蓋が落とされようとしていた。


「……まさかお前たち、おれに敵うとでも思ってんのか」


 陰鬱な声で、日比谷浩二が尋ねる。


 その手に握られているのは頑丈なだけの剣。

 だが、いまは『絶対切断』の力によって、万物を切断する最悪の凶器と化している。


 だが、シランは臆することなく言い返した。


「無論です」


 心構えなんてとっくの昔にできている。

 彼女の戦意に応えて、周囲を契約精霊が飛び回り始めた。


「あなたは我らが倒す!」


 アンデッドの身体能力に、精霊魔法の援護。


 その力は転移者と変わらない域に達している。


 彼女の鍛え上げた剣腕であれば、正面からウォーリアを撃破することも不可能ではない。


 だが、相手は『絶対切断』。

 ただの転移者ではなかった。


「……やってみろ」


 陰鬱につぶやいて、青年は床を蹴りつける。


「……っ」


 迫り来る姿は、まさに死の化身だった。


 振りかぶった剣に宿るのは、万物を切り裂く反則の力。


 受け止めることはできないが、かといって、すべてを避け続けるには日比谷浩二という男は強過ぎる。


 だから、シランは受けとめも避けもしなかった。


「はあぁあ!」


 敵に合わせて剣を振るったのだ。


 擦過音が響いたあとには、お互いに剣を振り切ったふたりの姿があった。


「……なっ」


 驚きに動きをとめなかったのは、日比谷浩二も場数を踏んでいたからだろう。


 悪魔的なスピードで切り返した剣は――しかし、シランを捉えない。


 受けとめるわけではなく、敵の斬撃に添えるようにして軌道を逸らす。


 以前、チリア砦襲撃事件の際、彼女は十文字達也相手に同じことをしたことがあった。


 だが、あのときとは違って、たった一回でも失敗すれば、剣は失われて彼女は両断される。


 極限の集中力で、ほんの一瞬のタイミングを逃さない。

 樹海北域最高の騎士と謳われたシランの絶技だった。


 日比谷浩二は舌打ちをした。


 しかし、彼もまた探索隊で最上位にある能力者であり、中嶋小次郎に有用性を見いだされた者だ。

 切り替えは早かった。


「なら、これでどうだ」


 途端、攻撃が軽くなった。


 その分だけ、回転が上がって手数が増える。


 もちろん、威力は落ちて当然だが、そうした常識から外れているのが転移者という存在だ。


 シランの表情が強張る。

 触れれば確実に切れる『絶対切断』の威力は落ちないのだ。


 ただ手数だけが増える。


 あまりにも理不尽だった。

 だが、これが転移者という存在なのだ。


 高度極まる技能を発揮しているシランの負担は、天井知らずに増えていく。


 遠からず破綻を迎えるのは自然なことで――だから、そうさせるわけにはいかなかった。


「妾のことを忘れてはおらんかの」


 そこに、ガーベラが飛びかかったのだ。


「……忘れてたわけじゃないけどな」


 ただ、対する日比谷浩二の反応は冷めていた。


 彼女はさしたる脅威ではないと判断していたからだった。


 ガーベラの武器は蜘蛛脚であり、シランと違ってそこに技はない。

 剣をいなすようなことはできないし、正面からぶつかればそれこそ『絶対切断』の思うつぼだ。


 切断した脚はまた生えてくるとはいえ、回復魔法の使い手もいない現状、再生に時間はかかる。


 また、蜘蛛糸のほうは少し厄介だが、直接の殺傷能力はない。

 近接戦でシランと切り結んでいる限り、投げ付けるタイミングは難しいし、効果は限定的なものとならざるをえない。


 脅威度を低く設定するのは、自然なことで――。


 ただ、そんなことは樹海最強の白い蜘蛛は、重々承知だったのだ。


「使わせてもらうぞ、ローズ殿」

「……なっ」


 日比谷浩二が目を見開いた。


 ガーベラが蜘蛛脚を繰り出すことはなかったのだ。


 代わりに振りかぶられたのは、彼女がローズから与えられた魔法道具だった。


 腕ほどの長さの短い杖、と見えた。

 かつて高屋純が使っていた魔法の剣を参考にして作られた、土の柱を生成する能力を持つ魔法道具だ。


 しかし、大した長さも重さもない杖ではガーベラの膂力を生かすことはできないし、技術もなにもない力任せの振り下ろしでは『絶対切断』に斬り飛ばされて終わるだけだ。


 そもそも、魔法の杖で殴り掛かってどうするというのか。


 そう考えるのが自然なことだったし、ただそれだけなら、日比谷浩二も驚きはしなかっただろう。


 だから、彼を驚かせたのは、ガーベラが振りかぶっていたのが『そんなものではなかった』からだった。


「潰れよ、我らが敵!」


 長く、重い。


 振りかぶった魔法道具の先に延びていたのは、砕けた城の構造物で構成された『剣身』だったのだ。


 これこそが、ローズがガーベラに与えた専用武装の正体。

 土の魔法で柱を形成する、その効果を応用することで超重量の剣身を生み出す魔法道具だった。


 まさにそのさまは『巨人の剣』。


 刃渡りは、実に三メートルほどもある。

 分厚い刃に切れ味はなく、ただ力任せに敵を引き潰すためだけに存在する。


 ローズから与えられた魔法道具は『腕ほどの長さの短い杖』ではなかった。

 その正体は、長大極まる超重量武器の『長い柄』だったのである。


 当然、重さは半端なものではないが、握るのは樹海最強の白い蜘蛛だ。


 蜘蛛脚を地面に突き刺して、力任せに振りかぶる。


「シャアァアアアア――ッ!」

「うおっ」


 ぎりぎり日比谷浩二は避けたものの、シランへの攻撃は一時ストップする。


「避けたか! だが、まだ終わらんぞ!」


 恐るべき威力の大剣は、床を砕きながら自壊する。

 だが、すぐに周囲の建材を巻き込んで再構築された。


「喰らえぇえええ!」


 再び振るわれる、破壊と再生の大剣。


 これが、作り手たるローズが出した答えだった。


 怪物としての性質が強いガーベラは、小手先の技術と相性が悪い。

 馬鹿力のせいで、大抵の武器は力任せに扱って破損させてしまう。


 だったら、破壊されることを前提にした武器にしてしまえばいい。


「……この、滅茶苦茶な!」


 そして、期せずしてこの魔法道具は、日比谷浩二と相性がよかった。


 並大抵の武器と技術では『絶対切断』に破壊されてしまう。

 だが、破壊されることを前提とした武器であれば、なんの問題にもならない。


「……ぐっ」


 破壊を撒き散らすガーベラと、絶技で迫るシランを前にして、日比谷浩二の表情が強張る、が――。


「――だが、それがどうした!」

「……っ!?」


 これくらいで崩れるほど『絶対切断』はやわではない。


 どれだけ残酷に振る舞い、悪事に手を染めようとも、彼もまた『誰かのために戦う者』であることに違いないから。


 日比谷浩二は、初めて感情を剥き出しにした。


「負けてたまるか! おれは、帰らないといけないんだよ!」


 病身の父を想う。


 予感があった。


 転移から一年近くが経ってしまった。

 ひょっとしたら、彼はもう生きていないかもしれない。


 そう思うと、堪えようのない恐ろしさが体の芯を凍らせる。


 その恐怖が、どうしようもない衝動となって、体を突き動かすのだ。


 どんな手を使ってでも元の世界に戻れと魂を焦がす。

 だから、なにもかも切り捨てて――斬り捨てて、進んできた。


 そのために手に入れた『絶対切断』の力だ。

 こんなところで終われない。


「斬ってやるぞ! 必要があれば、何万人でも! 世界でさえも、斬り捨ててやる!」


 その意思を表すように、魔力が鬼火のごとく立ち昇る。


「お前たちも斬り捨ててやるぞ、怪物ども!」


 殺意が空間を埋め尽くす。

 障害をすべて切り裂かんとする意志が襲い掛かる。


 無論、それに呑まれるふたりではない。


「ぬかせ、たわけが!」

「我らは負けません!」


 一撃必殺の攻撃手段を持つ日比谷浩二が、いまだに有利。


 だが、ガーベラとシランのふたりは一歩も引かぬ互角の戦いを繰り広げる。


   ***


 現状、どうにか戦線は拮抗していた。


 悪竜には、竜淵の里のドラゴンたちが喰い下がっている。


 日比谷浩二は、ガーベラとシランが綱渡りの戦闘を行っている。


 そして、最後のひとつ。

 窪田陽介との戦線は、継続して河津朝日たち聖堂教会所属の転移者たちが戦っていた。


 唯一、ここで攻め手側に有利な戦場があったとしたら、ここだろう。


「……もう、降参したらどうですか」


 河津朝日の言葉に、窪田陽介は言葉を返さない。


 ただ荒い息を吐くだけだ。


 先程の『光の剣』を誘導した結果、彼はダメージを負っていた。


 実際、同一箇所に攻撃を受けなければダメージにならない『多重存在』の鬼門は、全員を同時に攻撃できる『光の剣』のような超広範囲攻撃だ。


 それをあえて誘導したからこそ、真島孝弘一行に対する奇襲になりえたのだが、当然、代償は支払っている。


 同じ場所にいた河津朝日たちもダメージ自体はそう変わらないのだが、戦いのなかでの消耗は窪田陽介のほうが大きい。


 その違いが、結果として現れつつあった。


「降参しないというなら仕方ありません。おれたちは急がなくっちゃならないんです」


 河津朝日は覚悟の感じられる口調で言うと、剣をかまえた。


 他の戦いのフォローに向かうことができるのは、彼らだけだ。

 この戦いを決めることが、盤面を決めることにも繋がるかもしれない。


 そこには、かつて失敗をした少年の無様さはない。

 目的を見据えて、真剣に考えて、物事を決断して、果断に動く。


 奇しくも、ここに至って彼は、かつて中嶋小次郎に助言されたことを成し遂げていた。


 そんな彼を見て、窪田陽介は目を細める。


 眩しいと思ったのだ。


 彼だけではない。

 誰も彼もが、眩しくて堪らない。


 中嶋小次郎に従うだけの自分では持ちえないもの。


 自分がこのように成り果てた理由について、窪田陽介は自覚的だった。


 死にたくなかった。

 それだけだ。


 ……ただ、正確に言えば、死ぬわけにはいかなかったというべきかもしれない。


 そこには彼のバックグラウンドが影響している。


 幼い頃のことだ。

 窪田陽介には双子の兄弟がいた。


 自分自身とさえ感じられた、そっくりの半身。

 彼が事故で亡くなったのは、この世界に転移してきたのよりずいぶん以前のことだった。


 消えてしまった半身。

 それからずっと、ぽっかりと胸には穴が開いていて。


 その穴を再確認したのは、この異世界に飛ばされたあとのことだった。


 消えたくないと強く思った。

 残された自分だけは、消えるわけにはいかない。


 だから、安全と安心を求めて、中嶋小次郎に依存した。


 皮肉なものだと思う。

 最初は死にたくないから頼ったはずなのに、こうして身を張って戦うことになっている。


 間違った道へ進み続けている。

 いいように利用されている。


 そうとわかっていても、どうしてもやめられない。


 不合理でも、理不尽でも、愚かでも。

 人間の心というのは、どうしようもない部分がどうしてもあって。


 だから、心のどこかで願っている。


 誰か自分をとめてほしい。


 そうでなければ自分は――なにもかもを終わらせてしまうから。


「……悪いけどな、朝日。追い詰められてるのは、お前らのほうだぜ」


 あえぎながら言えば、怪訝そうな視線が返った。


「窪田さん? いったい、なにを……」

「切り札っていうのは、いざというときにだけ出すもんだ」


 それは、中嶋小次郎でさえ知らない最後の手段。


「長い時間は、無理だ。消耗が激しすぎるから。ましてや、魔力が枯渇しつつあるいま使えば、どうなるかわからない。だけど、これしかなかったらやるしかない」

「……なんだ? なんの話をしてるんです?」

「『多重存在』の上限は『五人』じゃない。『六人』だ」

「――」


 聞かされた河津朝日をはじめ、その場の転移者たちの顔が虚を突かれたものになった。


 理解が進むとともに、蒼褪める。


 崩壊した戦場のなか、彼らはよく『多重存在』を押さえていた。

 けれど、それはあくまで五人の分身に対してだ。


 わざわざ口にしたということは、六人目の分身はすでに存在する。

 だが、どこに?


「まさか……」


 河津朝日は血の気を失う。

 その最悪の想像は正しい。


   ***


「悪いな、真島」


 これも因果か。

 人の弱さに踏み躙られたことで歩み始めた少年のもとに、弱さを抱えたままの青年の刃が迫ろうとしていた。

◆ご報告です。

書籍版「モンスターのご主人様」の15巻が発売されます。

12月末発売予定になります。


内容としては、異界での加藤さん編のラストになりますね。お楽しみに。



◆もうひとつ報告です。

コミカライズ版22話が更新されました。チリア砦襲撃事件、開始です。


下のリンクから飛べますので、ご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >病身の母を想う。 >彼女はもう生きていないかもしれない。 母→父 彼女→彼 ここも母となってますね。
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