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14. 希望を繋ぐために

前話のあらすじ



厳しい戦力差を前に、敵を封じ込める薄氷の戦いを講じる主人公たち。

しかし、薄氷についにひびが入る。


足が自由に動かない飯野優奈を遠距離攻撃が襲い、前線で戦う孝弘たちを光の奔流が吹き飛ばして――。



   14



 ――破綻が近い。


 飯野優奈は、その事実を肌で感じていた。


 単純な話なのだった。

 いまの彼女には、速度がない。


 近接戦闘であれば、まだしも立ち回りでどうにかなるだろう。

 だが、遠距離戦に徹されてしまえば、話は別だ。


 これが本来の彼女なら、魔法攻撃なんて当たらないし、そもそも発動前に潰せる。

 けれど、いまはどうしようもなかった。


「させない!」


 もちろん、こんな状況も想定していなかったわけではない。

 

 右手に握った片手剣に魔力を流せば、その剣身が輝き始めた。

 この剣もまた、聖堂教会から供出された最高クラスの魔法道具なのだった。


「切り裂け!」

「……悪あがきを!」


 繰り出した剣から広範囲の風の刃が発生して、転移者たちに襲い掛かる。


 長時間の溜めが必要な極大魔法を使おうとしていた彼らは、一度、魔法の構築をストップして、代わりに迎撃の魔法を放って相殺した。


 これでとりあえず、窮地を脱することはできたわけだが……。


「邪魔しやがって……!」

「落ち着け。こんなのは悪あがきだ」


 ――あくまで、時間稼ぎにしかならない。


「第四位階以上の大魔法は必要ない。手数で潰すぞ」


 方針は変更され、続けざまに魔法陣が展開された。


 発動スピードが速い。

 今度は邪魔をする間もなかった。


「……くっ」


 火球が眼前を埋め尽くした。


 短時間なら先程のように剣の力で迎撃もできる。


 だが、この程度の魔法ならウォーリアレベルは連続して発動し続けられる。

 短い時間では、焼け石に水だ。


 だから、今度は盾のほうに魔力を伝わらせた。


「まだよ!」


 こちらも魔法道具だった。


 機能は、障壁の形成。

 敵からの遠距離攻撃対策に持たされていたものだった。


 ただし、その際にはこうも言われていた。


 これは、最後の手段だ。

 あとはない、と。


「……っ!」


 着弾、爆発。


 立て続けの炎弾を障壁が受けとめる、が――。


「数が、多い……!」


 膨大な魔力を誇る転移者たちが、手数を重視して放っているのだ。

 攻撃は、ほぼ横殴りの火球の雨に等しかった。


「あ……あぁあっ」


 こんなもの、そう長く受けとめ続けられるはずがなかった。


「きゃあああああ!」


 甲高い破砕音が響き、爆風が少女の体を吹き飛ばした。


 あとは、立て続けだった。


「あっ……あああっ、うあ、あぁあ!」


 爆発に体が吹き飛ばされては、地面に叩き付けられる。

 魔力で強化した体とは言っても、衝撃と熱を何度も喰らえば傷付きもする。


 それでも地面を這い、盾を振り回して、直撃だけは避ける。

 足を引きずって逃げ回る。


「あっ、うう……」


 痛くて、苦しくて、みっともなくて。

 ああ。確かにこれは、みじめだ。


 ……自分という人間は、あまりにもみじめだ。


 何度も何度も衝撃に打ちのめされるなか、そんな想いが胸に湧いた。


 悲劇を食いとめ、人々を守り、理不尽をなくすために、正義を為そうと頑張った。

 けれど、そのたびに失敗して、力足らずを思い知らされた。


 駆け付けたときには、もう遅いことが何度もあった。


 考えてもみれば当然だった。


 あの真島孝弘は、大事な人だけでも守ろうとしていて、それでもあがき苦しんでいるのだ。


 たとえ『韋駄天』という強力な能力を持っていたとしても、すべての悲劇をなくすなんてことできるはずもない。


 自分は馬鹿で、無様だ。


 そう認めたそのときに――ついに、その光景を見た。


「……あ」


 強大な力を秘めた、巨大な魔法陣。


 いつの間にか、弾幕が薄くなっていた。


 もちろん、手を抜いていたわけではない。

 その間に敵の一部は、高位魔法を準備していたのだ。


 邪魔をするための剣は、いつの間にか手元からなくなっていた。


 縋るように持ち続けていた盾では、あのレベルの魔法は防げない。


「終わりだ」


 そうして、魔法が放たれた。


   ***


 破綻は連鎖する。


 古城の最奥近く。

 恐るべき光の奔流が、通路を破壊しながら戦場に迫った。


「まさか……自分が巻き込まれるのを承知で!?」


 リリィがあげた悲鳴が、瓦礫の破砕される音に掻き消された。


 光の奔流は窪田陽介ごと、その場にいる全員を巻き込んだのだ。


 まさに、計算外の一撃。


 とはいえ、ここに至れば状況は理解できた。


 中嶋小次郎はつまらない奇襲なんてしない。

 それを利用した真島孝弘の戦略は見事だったし、判断は正しかった。


 だが、今回の奇襲の主体は、あくまで窪田陽介だった。


 正確に言えば、日比谷浩二がそうそそのかしたのだ。


 真島孝弘がうまく中嶋小次郎を封じ込めたように、逆に彼らは動かした。


 自分自身を犠牲にした奇襲。

 いかにも中嶋小次郎好みの展開で、手くらい貸してもなんら不思議はない。


 結果、戦線は完全に崩壊した。


 これで勝機は一気に遠ざかった。

 代わりに、絶望が這い寄ってくる。


 折角得た好機を、仕掛けた者たちが見逃すはずがないのだから。


 城の構造物を内側から破壊しながら到達した『光の剣』は、大きく威力が落ちていた。


 とはいえ、無防備に受ければ転移者レベルでも大ダメージはまぬがれない威力はある。


 そんな破壊の奔流が暴れ回っているのだ。

 この瞬間、戦場は停止する。


「おおおおお!」


 その隙を突いて、窪田陽介の分身のひとりは手に持った転移の魔石を投擲した。


 直後、分身は光の奔流に身を砕かれて四散するが、目的は果たされている。


 転移の魔石を投擲した先にいたのは、真島孝弘。

 崩壊する通路のなか、魔石が黒い影を吐き出した。


「ぐっ……させるか!」

「孝弘殿は守ります!」


 立ち塞がったのは、ガーベラとシランだった。


 当然、光の奔流と飛び交う瓦礫は、彼女たちの体を傷付けている。

 だが、ふたりは怯まない。


 たとえ『絶対切断』日比谷浩二が相手でもとめてやると、むしろ戦意を燃やして間合いを詰める――ふたりの勢いが、わずかに緩んだ。


「こやつは……」


 現れた青年を見て、戸惑いの声があがった。


 違う。


 ふたりは日比谷浩二の顔を知らないが、少なくとも、聞いていた人相とは違っていた。


 そもそも、『絶対切断』の能力を発揮するために必要な剣を、青年は持っていなかった。

 それどころか、彼は武器の類を一切所持していなかった。


 なにも持っていない。


 ……なにも、ない。


 なくなってしまった。

 あとは暴走するだけの存在と成り果てた残骸が彼だったから――この戦場に、爆弾として放り込まれたのだ。


 虚ろな目が開かれて、苦悶に歪められる。


「ぎぃ、が……ぁあ、あぁあああああ――ッ!」

「なっ!?」


 苦しむ青年の体が輝いて、魔力が質量を持って膨れ上がった。


 そうして現れたものを見て、ガーベラとシランは驚愕に目を見開いた。


「あ、ありえません、これは……」

「ドラゴンだと!?」


 広がる翼。


 逞しい四肢は、強靱な鱗に覆われている。


 しかし、その肉体は大きく傷付き、焦げ付いている。

 太い尻尾は切り落とされ、牙や爪もひびが入っている。


 恐るべきは、それでもなお、依然としてその存在が脅威であり続けていることだ。


 該当する存在は、ひとつしかなかった。


「まさか『竜人』神宮司智也!? 生きておったのか!」


 驚愕の視線を向けられて、かつて『世界の礎石』を手に入れるために生み出された悪竜が吼える。


 想いは枯れ果て、理想は朽ちた。

 そこに残されていたのは、ただ周囲を破壊するだけの抜け殻である。


「ガァアアアアアア――ッ!」


 理性を失った悪竜が突撃する。


 もともと二つ名持ちの強力な能力者だった『竜人』が、自身を燃焼し尽したのがこの悪竜なのだ。


 その力は、中嶋小次郎を除けば、転移者では最上位にある。

 咄嗟に繰り出した蜘蛛脚も、振り切られた騎士の剣も、確実にダメージを与えこそしたものの、狂える悪竜はとまることなく彼女たちを弾き飛ばした。


 標的は、騎士たちに囲まれた真島孝弘である。


「……くっ」


 眷属最強クラスのふたりを蹴散らした脅威を、まさかとめられるはずもない。


 回避の一手しかないが、速度は相手のほうが上だ。

 逃げ切れない。


 しかし、その眼前に赤毛の少女が飛び出したのだ。


「させるかァ!」

「ロビビア……!?」


 少女の体が膨れ上がり、頑丈な甲殻を備えたドラゴンの姿に変化する。


「ガァアアアアアア!」


 武器は巨体から生み出される力と質量。

 小細工の余地はない。


 咆哮をあげて、二体のドラゴンはぶつかり合って――押し負けたのはロビビアだった。


 頑丈なはずの甲殻が、飴細工のようにひしゃげた。

 細かな破片が吹き飛んで、血飛沫があがった。


 二体のドラゴンはそのまま床に激突する。

 脆くなっていた周辺の城の構造物が、ついにまとめて崩壊する。


 ただ、ロビビアの行動にはちゃんと意味はあった。


「……ぐっ、危なかった」


 ぎりぎりのところで、真島孝弘は突進の直撃から逃れていたからだ。


 ロビビアが身を挺していなければ、避けきれずに押し潰されていたことだろう。


 飛び退った先に床はなく、瓦礫とともに落下する。

 どうにか命があることに、彼はとめていた息を吐き、ここまで崩されてしまった戦場をどう立て直すか視線を巡らせて――


「――ご主人様、うしろ!」 


 そこに、悲鳴のような警告の声がかかった。


 窪田陽介の分身のひとりに組み付かれて、一緒に落下していたリリィだった。


 必死な目が訴えている。

 まだ、終わりではないのだと。


 咄嗟に真島孝弘は空中で身を翻した。


「な……っ」


 絶句した。

 その先に、今度こそ、剣を振り上げた死神――日比谷浩二の姿があったのだ。



 ぎりぎりのところで渡ってきた薄氷が、ついに踏み砕かれた。



「ぁあああああ!」


 そこで咄嗟に反応できたことは、真島孝弘が積み重ねてきた弛まぬ努力の賜物と言えるだろう。


 霧の魔法での干渉を最大にしつつ、アサリナを繰り出して、盾で身を守る。


 最短にして、最大の抵抗。

 ここまで辿り着いた真島孝弘であればこそ、動けた。


 大切なみんなを守るために、唯一『災厄の王』への対抗手段を持つ自分はここで死ぬわけにはいかないのだと。


 だからこそ――『絶対切断』はそのすべてを断ち切った。


「無駄だ」


 アサリナは瞬時に切り刻まれた。

 霧の干渉は、最高クラスの能力者相手には大きな効果を発揮しない。


 必死の抵抗は、そのことごとくが無為に帰した。


 残酷な凶刃が走り、盾と左腕をすり抜ける。


「――」


 そうとしか思えないくらいに、あっさりと。

 すべてを斬る剣は、盾ごと真島孝弘の左腕を断ち切っていた。


 無論、それで終わりではない。


「死ね」


 翻った剣が、上段にかまえられる。


 絶対の死を前にして、もはや取れる手段はなく。


「駄目――ッ!」


 リリィの悲鳴が、砕け落ちる戦場を震えさせる。


 繰り出された絶命の一撃が、少年の体の中心に吸い込まれた。


   ***


「……あ」


 張り詰めていたものが切れる。

 破綻する。


 力を失った真島孝弘の体が、城の底へと落ちていく。


「あ、ああ……そんな……ありえない」


 周りの騎士を助けて回っていたゴードンが、その光景を目の当たりにして愕然と声をあげた。

 他の者も同じだった。


 終わった。


 真島孝弘は、唯一『災厄の王』に対抗できる可能性だった。

 希望を摘み取る一撃を前に、崩壊する戦場でどうにか立ち回っていた人々の心が折れる。


 無理もない。

 すべてを断ち切る『絶対切断』の剣を前に、命を繋ぐ手段などあるはずもないのだから。


 本来であれば。


「……なんだ?」


 だが、その一撃を放った青年は怪訝そうに、剣を握る手に目を落としていた。


「まさか」


 その目がすがめられる。

 落ち行く真島孝弘を捉える。


 おぞましい殺意の火が灯り――そこに、樹海最強の白い蜘蛛が襲い掛かった。


「貴様ァアッ!」


 暴虐そのものと化して、ガーベラは強襲をかける。


 揺らぐ長い髪は幽鬼のごとく。

 恐るべき力を秘めた八本の蜘蛛脚が、肉を裂かんと猛り狂う。


 しかし、最も驚嘆すべきことは、主を失っておきながら彼女の戦意にかげりがなかったことだろう。


「はぁあああああ!」


 さらに、シランもフォローに入った。


 眷属でも最高クラスがふたりがかりで死に物狂いで襲い掛かってくるとなると、さしもの『絶対切断』も足をとめざるを得ない。


 しかし、どうして彼女たちは主を失っておきながら、動揺ひとつなく戦えるのか。


 その理由は、本人たちの口から発せられた。


「主殿は死んでおらぬ!」


 パスで彼女たちは、主である少年と繋がっている。


 だから確信が持てたのだ。


 彼は死んでいない。

 死を叩きつけられたあの場面を、どういうわけか――どうにかして、生き延びた。


 先程の日比谷浩二の怪訝そうな表情は、下手人である彼はその事実に気付けたためだった。


 追撃を受けてしまえば、今度こそ殺されてしまうだろう。


 だから、ふたりは必死で告げる。


「孝弘殿を死んでも追わせてはなりません! ここで倒すのです!」


◆もう一回更新します。

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