13. ひび割れる戦況
(注意)本日4回目の投稿です。(9/21)
13
崩壊のひとつは、古城の外での戦いで起こりつつあった。
「そろそろ、諦めたらどうだ?」
「……誰が」
余裕のある呼び掛けに、飯野優奈は強気に答えた。
だが、その声は苦しげにかすれていた。
彼女は痛みを噛み殺して、疲労に息を荒らげ、力を失いつつある手で必死に武器を握り締める。
目の前には、中嶋小次郎の腹心が十名。
敵に回った他の転移者とは違って、明確な殺意を持って襲い掛かってくる。
最大の武器である速さを失ってなお、折れない戦意を奮い立たせて、飯野優奈は限界に抗っていた。
「ここからどこにも行かせないわ」
***
「確かに、こちらの防衛側の五十人を引き剥がされたのは想定外でした。そのうえ、現状では帝都に残った探索隊二十名に足留めを喰らっています」
栗山萌子は『天からの声』の力越しに得られた情報を口にした。
「しかし、あれだけの戦力を、たった二十人程度で封じ切れるはずがありません」
語る表情には、動揺が残っている。
だが、同時に強がりだけではない自信も垣間見えた。
「仕掛けがあるのです。彼らはとんでもない無茶をしています」
「というと?」
「元追跡部隊以外の十名を、怪我をした飯野さんが押さえているのです。それも、たったひとりきりで」
「……飯野も参戦してんのか? 怪我をしてたはずだろ」
これには、中嶋小次郎も驚いた顔をした。
異界の外のことは、さすがの彼も把握できていない。
参戦自体が予想外のことだったようだ。
「もう心が折れていると思っていたんだが、怪我を押して戦いに出てたってことか。しかし、ひとりで十人の相手を? それはまた、思い切ったことを……」
言い掛けて、目を細める。
「いや。違うな。それ以外に方法がなかったのか」
そう言う彼の声には、わずかばかりの憐憫の色がにじんでいた。
その推測は正しい。
コロニー崩壊時に暗躍していた中嶋小次郎の腹心十名には、他の五十人と明白に違うところがある。
すでに手を血で染めているということだ。
だから彼らは、同じ転移者相手でも殺害を躊躇うことはない。
帝都防衛側の転移者集団二十名は、五十名を相手に善戦していたが、それはあくまでお互いに殺人を禁忌としているからだ。
すでにその禁忌に手を染めた腹心十名との混戦になれば、帝都側には早々に死者が出ることだろう。
そうなれば、血が血を呼ぶ展開になるのも時間の問題だ。
敵に全力を出させないという作戦は崩壊する。
数に劣る帝都防衛側に勝機はないだろう。
よって、中嶋小次郎の腹心十名はどうしても隔離して対処しなければならない。
そのうえで、対処に当たる人間には、転移者でも上位クラスの力量と、敵の殺意に呑まれないだけの胆力が必要とされる。
そこで手を挙げたのが飯野優奈なのだとすれば、彼女には、殺しにかかってくる元仲間を相手に戦える覚悟はあるのだろう。
たったひとりでも、時間稼ぎくらいならできる見込みもあると判断したに違いない。
しかし……。
「耐えるだけならどうにかなると、飯野さんは思ったのでしょうね。しかし、あの十人はただのウォーリアとは違います。なにせ目的がありますからね、努力もしています」
無論、努力とは言っても、たとえば真島孝弘や鐘木幹彦が積み上げた過酷な訓練や実戦に比べれば甘いものだ。
死線をくぐり抜けたような経験はないし、それどころか、どうにか命拾いしただけの魔軍との戦いで一度は心を折られている。
ただ、転移してきてから得られた戦闘能力にあぐらを掻いている大半の探索隊メンバーと比べれば、間違いなく彼らの戦闘力は高い部類に入るのだ。
逆境になればともかくとして、優勢に戦っている間には、魔軍との戦いで植え付けられた恐怖が蘇ることもないだろう。
これは、ただでさえ絶望的な戦いに堪えなければならない飯野優奈にとって、大きな誤算だった。
「いまの怪我をした彼女では、いくら足留めをするだけと言っても無理があります。あなたには残念なことかもしれませんが」
「……そうだな」
この言葉に、中嶋小次郎も頷いた。
「あの十人を相手にするのは無理だろう、いまの飯野の力じゃあな」
***
まともに動かない片足のせいで不器用ながら、飯野優奈は果敢に立ち回っていた。
「おらああ!」
「――ッ!?」
重々しい魔力を撒き散らして、武器を手に敵が襲い掛かってくる。
「やあぁあああ!」
その攻撃を、彼女は盾で受けとめた。
普段は使い慣れた細剣だけで戦っているが、今日は違う。
彼女の代名詞であった足は死んでいる。
速攻はもちろんのこと、神がかり的だった回避も不可能だ。
間合いと防御を意識して、片手剣と盾の組み合わせを選択するのは妥当な判断と言えるだろう。
「くっ、このぉ!」
敵はひとりだけではない。
方々から、容赦のない凶刃が迫ってくる。
元々剣道の経験があり、異世界転移後は誰より世界中を飛び回って戦ってきた飯野優奈の白兵戦能力は、足がまともに動かなくても探索隊で最上位にある。
だからあっさりとやられることはない。
とはいえ、数の有利を覆すのはさすがに不可能だ。
自分から攻撃を仕掛けるなんて、どだい無理な話。
ひたすら身を守ることで、戦いを長引かせることに最初から専念していた。
「喰らえええ!」
「誰が!」
手数が足りないぶんは、道具にも頼った。
あまりにも無謀な戦いに身を投じる彼女に、聖堂教会は様々な道具を貸し出してくれていたからだ。
指輪から放たれる光で、目潰しをする。
細工した魔石を投げて、小爆発を起こす。
剣から巻き起こる風で、自分の体を逃がす。
脚は動かなくても、反射神経は健在だ。
的確なタイミングで使用することで、致命的な場面をやり過ごしていく。
しかし、あくまでそれらは小細工だ。
敵の攻撃を完封できる類のものではない。
「う……」
すでに体はボロボロだった。
全身に大小の傷を負い、制服は擦り切れて、ところどころが破けてしまっている。
さすがにこの戦いが終わったら修繕はきかないだろう。
もっとも、そんなあとのことを心配している場合ではないが。
「……うっ」
立ち回っているさなか、毒を受けた右足が引き攣った。
怪我と疲労で意識が行き渡らなくなった結果だった。
硬直していたのは一瞬だったが、この状況では大きな隙だ。
「もらったぁ!」
「うぐ……っ!」
どうにか武器はやり過ごしたが、放たれた回し蹴りが腹にめり込んだ。
「ぐっ、ぐぐ……っ」
蹴りを喰らった勢いを殺すことなく、吐き気をこらえて背後に転がる。
砂煙をあげて立ち上がったときには、目の前に飛び込んできた大柄な少年が大剣を振り下ろしていた。
「おおおおおお!」
「――ッ!?」
叩き付けてきた剣をどうにか受け止める。
だが、さらに背後から襲い掛かってくる敵の気配があった。
無理矢理、体を目の前の少年の横に倒れ込ませるように逃がす。
それで、背後からの攻撃をやり過ごせた。
だが、安堵する暇もない。
横に回り込まれた少年が、足を振り上げたのだ。
「あっ!?」
衝撃が顔で弾けた。
体が浮き上がるほどの勢いで、頭が跳ね上げられる。
顔面を蹴り上げられたのだと気付いた。
無様に地面に叩きつけられる。
これは、咄嗟には起き上がれない、が――。
「ははっ、これで終わり……っとと!?」
突っ込んで来ようとした少年が、慌てて足をとめた。
その目の前で、指輪型の魔法道具が爆発する。
蹴り飛ばされたときに、咄嗟に投げていたものだった。
「くそ、しぶとい……!」
「容赦……ないわね」
わずかな時間を得て、飯野優奈はヨロヨロと立ち上がった。
鼻が熱い。
ぼたぼたと零れる鼻血を手の甲で拭って、揺れる頭を押さえた。
転移者十名。
姿を現すことがなかった『絶対切断』がいないにもかかわらず、恐るべき敵だった。
追い詰められることは想定していたが、思っていたよりもはるかに早い。
敵がそれだけ強いということだった。
本来であれば『韋駄天』の速度で引っ掻き回すことも可能だったかもしれない。
けれど、いまの自分には不可能だ。
まともな反撃のひとつもできず、ただ堪えるだけ。
良いようにやられてしまっていた。
「それでも……」
つぶやいて、剣を握り締める。
自分がここで敗れてしまった場合、すべてがドミノ倒しのように崩壊することはわかっていた。
中嶋小次郎の腹心たちが五十名の転移者たちと合流すれば、阿鼻叫喚の地獄が生まれることになる。
戦術は破綻して、折角、古城から遠ざけた敵を抑えきれなくなるだろう。
彼らは中嶋小次郎のもとに走り、挟み撃ちになった真島孝弘たち攻略隊は全滅する。
だが、薄氷の上であろうとここで自分が堪えている限りは、少なくともここからは状況は崩壊しない。
諦めるなんてできるはずもなかった。
しかし、そこで声をかけられたのだ。
「みじめだな」
攻撃がとまっていた。
視線を向ければ、一箇所に固まった少年たちの姿があった。
どれも知った顔だった。
当然だ。コロニーでは同じ探索隊だったのだから。
「なにか言ったかしら?」
「みじめだなって言ったんだよ。おれはあんたとは親しいわけじゃなかったけどよ。そんなおれの目から見ても、樹海にいた頃のあんたは輝いてたぜ。それが、その姿はなんだよ」
そう言うと、こちらを指さしてくる。
薄汚れた姿を晒す、いまの自分を。
「あんたもわからないわけじゃないんだろ。これ以上はなぶり殺しになるだけだ。おれは、別にあんたに恨みがあるわけじゃない。これ以上、痛めつけられたくはないだろ。ましてや死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。諦めて、結界を作ってる魔法道具を渡せよ。なんなら、おれから中嶋さんに取りなしてやってもいい」
ひょっとすると、これは彼なりの親切なのかもしれない。
だが、答えは決まっていた。
「……お断りよ」
「馬鹿だな」
少年は、きっぱりと言い捨てた。
「いや。わかってたことか。中嶋さんについていればよかったのに、そうしなかったんだから。本当、馬鹿なやつだよ」
今度こそ、明確な蔑みの色を浮かべてみせる。
言い換えれば、これまではまだ情を持っていたということでもあった。
それもいま、失われた。
「悪いけど、ここから先は徹底的にやらせてもらうぜ」
「……っ!」
乾いた声。邪魔者を見る目。
突然、この場に飛ばされたことで、彼らは間違いなく狼狽していたはずだ。
しかし、優位に戦闘を続けることで、落ち着いてしまったらしい。
口調は冷静だった。
冷徹でもあった。
この状況でもっとも有効な手段に気付き、実行する。
そうすることに躊躇いもない。
彼らは各々、元の世界に戻らなければいけない切実な理由があるのだ。
そのためにすでにコロニーを滅ぼしている。
今更、その手を汚すことを躊躇うはずもなかった。
「吹き飛ばすぞ」
向けられた手に、輝く魔法陣が生まれた。
***
薄氷のひびは広がり続ける。
それはここ、前線でも。
ここまで、真島孝弘と教会勢力は敵の行動を引っかき回し続けた。
常に自分たちから仕掛け続けて、ペースに引きずり込んできた。
傍目から見れば、いいように敵を翻弄し続けているようにも見えたかもしれない。
だが、裏を返せばそれは『そうでもしなければ自分たちが潰されてしまうと知っていた』ということでもある。
だから、恐ろしいのは敵から仕掛けてくることだった。
そうならないように、躍起になって芽を潰した。
だが、限界はある。
破滅に繋がりかねない違和感は、最初からあったのだ。
中嶋小次郎を除けば、もっとも警戒すべき人物が、まだ戦場に出てきていない。
そう。『絶対切断』日比谷浩二だ。
栗山萌子の指示に従い、結果として『妖精の輪』で飛ばされた者たちのなかにいなかったということは、彼女の指揮下には入っていないことは明らかだ。
よって、彼女の能力を逆手に取って得た情報から、その人物の行動を読むことはできない。
受け身は危険だ。
しかし、こればかりはどうしようもない。
城に侵入した面々は、ずっと警戒し続けていた。
どのようなかたちで襲われてもいいように、準備を整えていた。
「あ……っ」
だから、即座に対応できた。
窪田陽介の分身が消滅し、再構築されたあとフォローが入るまでの間の、わずかな時間。
二対一の状況になった途端に、分身のひとりが駆け出したのだ。
目標とされたのは真島孝弘。
無論、そのまわりは最大限の防備が敷かれている。
「――おおおっ!」
窪田陽介が懐から取り出したのは、転移の魔石だった。
考えていることはすぐにわかった。
「『絶対切断』を呼び出すつもりだよ!」
呼び掛けつつ、リリィが飛び出した。
彼女であれば、たとえ斬られたとしても即座に死に至ることはない。
敵の狙いが読めれば、対応することは不可能ではない。
封殺する。
彼らはベストを尽くしていた。
それだけは間違いない事実で――ただ、ひとつ不幸があったとしたら、それは日比谷浩二の執念もまたすさまじいものであったことだ。
彼は元の世界に戻らなければならなかった。
そのために、千人からなるコロニーを破壊することに、最も積極的に手を貸した。
手段を選ぶことはない。
たとえそのために、どんな犠牲が出ようとも。
味方であっても、例外ではなく。
自分を見失いつつあった窪田陽介に、彼はひとつの非情な策を授けていた。
「いまだ、やれぇえええええええ!」
窪田陽介が大声で叫んだ。
先程、彼は『ここを抜ければ中嶋小次郎が待つ最奥まではすぐだ』と言っていた。
この事実の持つ危険性に、攻め手である彼らは気付くことができなかった。
なぜならば、それは言い換えれば『超広範囲の攻撃能力である『光の剣』の射程範囲内である』ということに他ならないのだから。
「なに……っ!?」
次の瞬間、すさまじいまでの威力を誇る光の奔流が、窪田陽介の体ごと通路を破壊し尽くした。
◆本日の更新はここまでになります。
この戦い、中嶋小次郎をどう動かすかというのがひとつの争点ではあります。
敵である主人公はもちろん、味方にとっても。
◆コミカライズ版「モンスターのご主人様」ウェブ連載21話が更新されました(7/21 現在 ↓リンク)。
いよいよ、チリア砦での事件が始まります。






