11. 弱い男
(注意)本日2回目の投稿です。(9/21)
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島津さんと御手洗さんのおかげで、城への突入を邪魔する者はいなくなった。
今頃、ローズたちが足留めをしてくれているだろう。
この機を逃すわけにはいかなかった。
「周囲の警戒、頼んだ」
「うん。任されたよ、ご主人様」
リリィたちに声をかけておいて、おれは即座に異界に接続を試みることにした。
これから異界に飛び込んでいくのに、妙な仕掛けをされていては堪らないからだ。
「やるぞ、サルビア」
「ええ。旦那様」
姿を現したサルビアの力も借りて、集中して魔力を練る。
「――」
これまでとは比べものにならない深淵に繋がった実感があった。
……同時に聞こえる、ピシピシという幻の破壊音。
自分の世界が壊れる音。
砂の城のようにぐらつく意識は――いまは無視する。
「魔法『霧の仮宿』」
発生した霧は濃い。
世界を文字通りに白く染め上げる。
自分の領域へと変える。
あるいは、塗り潰すというほうが感覚としては近いかもしれない。
この世界を、自分の世界で塗り潰すのだ。
とはいえ、これでようやく中嶋小次郎の干渉能力に抵抗できるかどうかといったところだろうが。
それでも、あるとないとでは大違いだ。
最低限の安全は確保しなければいけない。
そうする間に、おれたち航空部隊と平行して城に向かっていた地上部隊が追い付いてきた。
集中は切らさないまま、二百名ほどの彼らを迎える。
「ゴードンさん。よかった、無事に辿り着けたんですね」
「はい。そちらも。島津様は成功したようですな。見事です」
「本当に。……あとのことは任せるしかないのが歯がゆいですが」
「お気持ちはわかります。ですが、そこは信じるしかありますまい。五十名もの転移者がいては、中嶋小次郎を倒すことなどできようはずもないのですから」
彼らが足留めをしてくれなければ、勝利は覚束ない。
そのなかで犠牲が出るかもしれなくとも。
いいや、すでに犠牲は出ているのだ。
「ゴードンさんのほうは、マクローリン辺境伯は……」
「我々が城に辿り着いたときには、軍は壊乱しかけておりました」
思い出したのか、岩から削り出したような顔に悲哀の色が浮かんだ。
「それでも、最低限の陣形を保ちながら後退して戦闘を続けていましたが……それが最後に見た光景でした。真島様は思うところがおありでしょうが、あの方はご立派に成すべきことを成し遂げられました」
「そう、ですか。いえ。気にしません。敵対していた事実と、これは別の話ですから」
帝都防衛だけではない。
みんなが死地に身を投じているのだ。
世界を破壊させないために、主義主張もいまだけは忘れて戦っている。
希望を繋げている。
おれたちも。
ここにいるのは、絶大な力を持つ中嶋小次郎と戦う覚悟を決めたメンバーだ。
他の全員が犠牲を払い、奮戦した結果として、おれたちはいまここにいる。
その事実を改めて感じ取れたから、気負いなく口を開くことができた。
「……行きましょう」
***
外に持ち出された第三の異界、天空城は基本的に中嶋小次郎の管理下にある。
つまり、以前にハリスンが異界でおれたちを分断したようなことが、容易にできることになる。
そうでなくても、進む道には当たり前のように罠が仕掛けられている。
中嶋小次郎からすれば、お遊び程度の仕掛けだろう。
とはいえ、対策がなければ、十メートルも進めずに体はミキサーにかけられた肉の塊のようになる凶悪なものだ。
もっとも、おれはこの五日間の間に、犠牲を払って『接続者』としての階段を昇ってきた。
干渉力自体はまだあの男の足下にも及ばないが、正面からやり合うのでもなければ、ある程度はどうにかなるレベルには達している。
「どう? ご主人様?」
「……うん。これなら、罠の発動は抑えられるな」
尋ねてくるリリィに答える。
「ただ、こちらから仕掛けることや、周囲の索敵まではできないが」
「十分であろうよ。主殿がいなかったらと思うとぞっとするの」
「これも、あの男なりの試練ということなのでしょう」
「身勝手だねえ。今更だけど」
言い合いながらも、古城に足を踏み入れる。
外の世界に持ち出されはしたものの、内部の構造は変わっていない。
巨人が暮らしていたとしか思えない異様なスケールの通路だ。
いまはそこに、薄らと霧がかかっているせいで夢の世界にでも迷い込んだような風情がある。
静謐ささえ感じられる光景かもしれない。
その裏では、片っ端から罠や仕掛けの類を解除しているのだが。
ただ、そうして危険を取り除いても、障害はまだ残されていた。
「ご主人様! 前! 気を付けて!」
進む先に『守護の巨人』が立ち塞がったのだ。
「真島様たちは、力を温存なさってください。ここは我々が」
前に出たのは、聖堂騎士団だった。
正確にいえば、ゴードンさんの率いる聖堂騎士団第二部隊だ。
以前に異界に飛ばされたときには発揮されなかったその真価を、おれは目の当たりにすることになった。
「総員、防御を固めつつ前に出よ!」
聖堂騎士団は半数の百ほどを残して、残りの百人がおれたちから少し離れた前方に展開した。
命じるゴードンさんの背中には、美しく華奢な羽があった。
彼の受け継いだ『輝く翼』は、かつての勇者の力をそのまま使える『完全一致』の領域に達している。
その効力は、味方に対する強力な支援だ。
味方が多ければ多いほど、効力は絶大なものになる。
「……これほどまでとは」
思わず声に出してしまうほど、支援を受けた騎士たちの働きは大きなものだった。
放たれる光線を盾でやり過ごし、振るわれる剛腕を避けて、重量級の武器を叩き付ける。
次から次へと現れる『守護の巨人』を倒していく。
とはいえ、犠牲なしとはいかない。
ひとり、またひとりと倒れていく彼らを横目に、前に進んでいく。
「孝弘殿。彼らも覚悟のうえなのです」
「……わかってる」
気遣わしげなシランの呼び掛けに、頷きを返す。
おれたちは、いまは力を温存することが仕事だった。
とはいえ、騎士たちではどうしようもない敵が出てくれば、そうも言ってられないが。
「このままいければいいんだけど……」
言いかけたリリィが、すんと鼻を鳴らした。
「そうはいかないか」
丁度、十字路にさしかかったところだった。
前方からは『守護の巨人』の一団が現れて、聖堂騎士団との戦闘に突入する。
そして、右側の通路には、ぽつんと人影があった。
「窪田さん」
「……真島」
迎撃に姿を現していなかった二つ名持ちのひとり。
最大の警戒対象である『多重存在』窪田陽介が姿を現していた。
***
以前に窪田さんに会ったのは、まだ五日前のことだ。
けれど、ずいぶんと印象が変わっていた。
「意外そうな顔してるな」
そう声をかけてきた彼は、ひたすら陰気な顔つきになってしまっていた。
こちらに向けている態度には、明らかな迷いが見て取れた。
これは……ひょっとして、説得の余地があるのではないだろうか。
少なくとも、試す価値はあるように思える。
現状、戦いはひとつでも避けられるに越したことはないのだから。
おれは仲間たちに目配せをしてから会話に応じた。
「意外そうな顔、ですか。そうですね。正面から来るとは思っていませんでしたから」
「奇襲でもかけてくると警戒してたわけだ?」
「はい。だけど、あなたは奇襲をかけてきませんでした。こうして、たったひとりで正面から来た。……戦いたくないからではありませんか?」
「……」
窪田さんと最後に会話を交わしたのは、丁度、ここ第三の異界でのことだった。
ほんの一時のこととはいえ、神宮司を追って、肩を並べて戦ったのだ。
あのときは、どれだけ中嶋小次郎のことを評価していているのかを聞かされた。
――なにがあろうと、おれはあいつについていく。そう決めてるんだ。
嬉しそうに、話をしていた。
まさかこんなふうになるだなんて、そのときは思ってもみなかった。
それは彼だって同じはずだった。
「窪田さんは、騙されていると気付いているんじゃないですか。だとすれば、こちらとしては受け入れる用意があります。拘束はさせてもらいますが、身の安全は保証します」
「はは。甘いな」
窪田さんは乾いた笑い声をあげた。
どこか投げやりな調子だった。
これは、あまりよくない兆候と思えた。
「いや。馬鹿にしてるわけじゃねえんだ。お前は立派だよ。おれとは違って」
「窪田さん……」
「おれには、リーダーに逆らうなんて考えられない。こうすることしかできねえんだ」
そう告げる声には、乾いた失望と恐怖があった。
やっぱり彼は、中嶋小次郎についた他の転移者とは違って、騙されていることに気付いているらしい。
それでも離れられないのは……多分、恐ろしいからだ。
気持ちはわかる気がした。
おれも決して、強い人間ではないからだ。
探索隊において、中嶋小次郎は絶対の存在だった。
なにもかも任せていれば、安心できたのだろう。
なにひとつ憂うことなく、恐怖なんて感情を忘れてしまうくらいに依存した。
離反するということは、当たり前のものとなったその絶対の安心を失うことだ。
それはたとえるなら、真っ暗な樹海にひとりで歩み出すことに似ているかもしれない。
否応なしに放り出されたおれは、そこで生きていかざるをえなかった。
けれど、彼は違った。
すがることができてしまった。
今日のこの日まで、ずっと。
すがりつく対象と一体化してしまって、もう一歩も離れられないくらいに。
「悪い、真島」
うなだれた彼の体から、重々しくもどこか空虚な魔力の気配が漏れ出した。
「ここを抜ければ、リーダーのいる最奥まではすぐだ。抜けたければ、倒してみせろよ」
あまりに弱々しい在り方。
けれど、その力は絶大だ。
剣を抜いたその姿が、五人に増えた。
固有能力『多重存在』だった。
「真島様。おさがりください」
騎士たちが声をかけてくる。
説得は失敗だった。
味方だったときは頼もしかった『多重存在』だが、敵に回るとなると厄介だ。
単純にウォーリア五人分の絶大な戦闘能力。
加えて、同時にダメージを受けなければ傷を受けることのない、変則的な耐久性能を備えている。
ここでやりあってしまえば、大きな消耗はまぬがれない。
あくまで『守護の巨人』相手の消耗を避けることを想定して随伴している騎士たちが戦えば、犠牲者が大勢出るだろう。
もっとも、『多重存在』が敵にいるのはわかっていたことだった。
「待ってください、ゴードンさん。ここは手札を切るべき場面だと思います」
説得はあくまで、駄目で元々。
こうした場面も考えてあった。
「おれたちの出番だな」
うしろから少年の声が返った。
聖堂騎士たちの間から、六名の男女が歩み出てきたのだ。
その先頭に立つ人物を見て、窪田さんが虚を突かれた顔をした。
「お前、河津か? ……戻ってきてたのか」
「窪田さん。こんなことになって、残念です」
河津朝日。
おれたちと一緒に、神宮司智也追跡に参加した転移者だった。
ただし、彼は探索隊ではなく、現在は聖堂教会の所属だ。
他の五名も同じだった。
おれたちが異界から脱出して中嶋小次郎の手を逃れて帝都に戻ったときに、彼らはバラバラに異界から弾き出されてそれきりになっていた。
どうやら栗山萌子は完全に彼らの存在を計算から外していたらしく、『天からの声』から抜き出した作戦内にはその存在は出てきていなかった。
とはいえ、これは無理もないことではあった。
行きも帰りも竜淵の里のドラゴンたちの協力で空路を行けたおれたちとは違って、無理を重ねた強行軍でなければ、彼らが帝都に戻ってくることはできなかったからだ。
全員ではなかったにせよ、六名も戻ってきたのは、完全に計算外だったに違いない。
逆にいえば、彼らには栗山萌子の計算を覆すようなモチベーションがあったということになる。
「おれたちが出ます。みなさんはフォローをお願いします」
「……河津様。わかりました」
河津朝日が、騎士たちの前に出た。
探索隊離脱組のひとりである彼は、かつて帝国南部の小貴族領での偽勇者騒動の際、危うく人里ひとつを壊滅させかける大失敗をしでかした。
保護されて帝都に連れてこられたときには、ほとんど抜け殻のようなありさまだったのだという。
聖堂教会の尽力のおかげで立ち直ることのできた彼は、大きな恩を感じているらしい。
戦いに間に合うこの日に戻ってこられたのも、その想いがあればこそだったのだろう。
恩返しと、罪滅ぼし。
かつては偽者扱いされた彼だったが、いま胸にある覚悟だけは本物に違いなく。
「行くぞ!」
河津を先頭にした六人の転移者と、五人に分かれた『多重存在』が激突する。
騎士たちは援護の魔法を構築する一方で、おれも霧の魔法を操りつつ、仲間たちに指示を出した。
「フォローする! 押し通るぞ!」
ここが、正念場だった。
◆さらに更新します。






