表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
303/321

10. 臆病者であったとしても

前話のあらすじ


敵に回った追跡部隊と遭遇。

『剛腕白雪』御手洗葵の手引きで『妖精の輪』島津結衣が現れる。

   10



 御手洗葵が持っていたのは、転移の魔石だった。


 隙を突いて敵の集団の真ん中に放り込むようにと託されていたものだった。


 飯野優奈が怪我をしており、真島孝弘の眷属たちが主人を守らなければいけない以上、転移者集団の隙を突く必要のあるこの仕事は『剛腕白雪』が適任だったからだ。


 そんな彼女が我を失っているように見えたから、リリィは焦りもしたわけで、言い換えれば、それだけその役割は重要だったと言える。


 そうして作戦は成功し、この瞬間、島津結衣は敵の集団のど真ん中に飛び込んでいた。


 だが、転移の魔石で島津結衣を連れてきたところでどうなるのか。


 強力な攻撃能力を持つ転移者ならともかく、彼女の能力は『妖精の輪』だ。


 当然、同じ探索隊に所属していた転移者たちは彼女の能力を知っている。


 能力そのものに破壊性はなく、当人の戦闘力も平均より低い。

 とてつもなく便利な能力ではあるが、戦闘向けではないのだ。


 戦闘能力は、あくまで転移者ひとりぶんか、それ以下。

 あえて転移の魔石を使ってまで、この場に呼び出す意味はない。


 というより、同格以上の戦闘力を持つ転移者たちの真ん中に、このように放り出されてしまっては、袋叩きにされるだけだ。


 避けられるとしたら、それこそ『妖精の輪』で逃げるくらい。

 だが、それではなにがしたいのかわからない。


 飛び込んできた島津結衣に混乱しつつも、転移者たちは反射的に剣を向けた。


 その前で、現れた彼女は即座に独特のステップを踏んだ。


 やはり逃げるのか。

 それとも、誰かの背後にでも飛んで不意打ちをするのか。


 だとしても、倒せるのはせいぜいひとりだけだ。

 それほど直接戦闘力が高くない彼女では、防がれる可能性すらある。


 たいした意味はない。


 そう思った者たちは――直後に、彼女がすさまじい魔力をまき散らすのを感じて、ぎょっとした。


「ま、まさか……?」


 その場を包み込むほどの魔力量。

 集団での転移に必要なだけの。


 即座に溜め込めるような量ではなかった。


 御手洗葵が転移の魔石で呼び出す前に、準備をしていたのだ。


 なにが起こるかわかっても、もう遅い。


 これが真島孝弘だったなら、こうなる前に状況に気付けたかもしれない。

 かつて、これとまったく同じことをした者がいたからだ。


 そう。『万能の器』岡崎琢磨だ。

 彼は真島孝弘一行のもとに転移の魔石で飛ぶと、コピーした『妖精の輪』の力で彼らを異界に拉致した。


 だが、初見の転移者たちに――それも、御手洗葵の不意打ちで揺さぶられていた状況では、この展開を咄嗟に予想することは難しかった。


「行くわよ」


 とはいえ、島津結衣にはあのときの岡崎琢磨とは違うところもある。

 この行動がどのような結果をもたらすのかを知っていることだ。


 どれだけ酷いことになるのか、と言い換えてもいい。


 戦闘用の能力ではない『妖精の輪』は、脆い。

 抵抗されてしまうと、酷いダメージを受けてしまう。


 苦しむだけではなく、下手をすると死にかねない。


 岡崎琢磨はそれを知らなかった。

 知らなかったからこそ、なにも考えずにできた。


 知っていれば、覚悟がなければできない。


 彼女の体は震えていた。

 顔面は真っ青だった。


 けれど、表情には覚悟があった。


 臆病者である自覚があればこそ、誰よりも強く。


 転移の力が世界を歪め、敵対する少年たちをこの場から飛ばした。


   ***


 空間を満たしていた魔力は、一瞬あとには嘘のように消えていた。


「これは……」


 石田哲男は唖然と声をあげた。

 味方のなかでその場に残されていたのが、自分ひとりだったからだ。


 状況を呑み込もうとする一瞬の間。


 そこに、今度こそ御手洗葵が突っ込んだ。


「りゃあああああ!」

「……おご!?」


 虚を突かれた少年の顔面に、まともに拳が突き刺さる。

 反応できずにいる彼の腰を、御手洗葵は抱きかかえた。


「あ、葵……」

「あんたの相手はわたし! 付き合ってもらうからね!」


 探索隊三百名のなかで、単純な耐久力では他の追随を許さない『堅忍不抜』は、これで非常に厄介だ。

 幼馴染同士、いつもふたりでタッグを組んでいたからこそ、それを彼女は誰よりもよく知っていた。


 たとえば、これが自分が敵に回ったのなら、いくらでも倒す方法はあるだろう。


 そもそも『剛腕白雪』は、確かに探索隊では最高クラスの戦闘能力の持ち主とはいえ、二つ名持ちのなかではやや力が落ちる。


 二つ名を得られたのは、拳を武器にできる能力が、ろくな武器が手に入らなかった樹海という特殊環境に嵌り込んだだけ――少なくとも、彼女自身はそう思っている。


 だが、『堅忍不抜』は駄目だ。

 絶対に倒れないという能力は単純過ぎて、付け入る隙もない。


 純粋な破壊力、それも『光の剣』クラスを持ってこなければ、何人でかかっても絶対に倒れない。


 まともに戦っていては『災厄の王』と戦う前に消耗させられてしまうだけだ。


 だから、ここは彼女ひとりで引き受けると決めていた。


「逃がさないんだからぁああああああ!」

「――ッ!」


 天空城のせり出した回廊から、手すりをへし折って、ふたりの体が宙に飛び出した。


 自由落下を始める。

 こうなっては、どうしようもない。


 目を見開いた石田哲男の脳裏に浮かんでいたのは、ひとつの疑問だけだ。


 自分はここに残された。

 だったら、他の仲間たちは、どこに飛ばされたんだ?


   ***


 中嶋小次郎の腹心十名は、帝都の防壁のすぐ外の荒野にいた。


 彼らは呆然と立ち尽くしていた。

 状況が把握できなかったのもあるが、それ以上に目の前の光景にすくんでしまっていたからだ。


「あ、あ、あ、あ、ああああああああ……!」


 そこにいたのは、地獄のような苦しみにのたうつ少女だった。

 身の毛もよだつような悲鳴があがっている。


 彼らをここまで飛ばした島津結衣その人だった。


 普段のマイペースでけだるげな様子はどこにもない。

 体はびくびくと危険なほどに痙攣して、血混じりの泡を噴いていた。


 それも当然、彼女は六十名からなる転移者の集団を飛ばしたのだ。

 おとなしくしていればなんの問題もないが、抵抗されてしまえば、とてつもないダメージを受けることになる。


 さいわいだったのは、敵に回った彼らが自分たちを掴んだ『魔力の手』に抵抗して、その指を引き千切る感触と女の絶叫に怖じ気づいてくれたこと……。

 さらに、大半はそれが島津結衣の悲鳴だと気付いた時点で、それ以上の抵抗を続けるほど仲間への情を捨てていなかったことだった。


 もっとも、それでも代償は大きい。


 血反吐を吐いて苦しみ、のたうち回る。


 そこで、つんのめりながらも彼女に駆け寄った人影があった。

 苦しむ彼女の口を強引に開けて、手にした容器に入った液体を含ませる。


 悲鳴が途切れた。

 薬の効果で昏倒したのだ。


 ダメージが回復したわけではないし、体はまだ痙攣しているが、苦しみからは解放される。


「……お疲れ様でした、結衣先輩」


 そう言って彼女を抱き締めたのは、飯野優奈だった。


 自分のことを臆病者だと言い、常に引け目を感じているふしがあったが、島津結衣の勇敢な行動なしには敵対する転移者たちを排除することは難しかった。


 その覚悟を受け取るつもりで、ぎゅっと抱き締める。


「あとは任せてください」


 手に握った転移の魔石が輝き、島津結衣の姿が消える。

 あとは手筈通りに治療がほどこされるはずだ。


 そうして、飯野優奈は立ち上がった。

 壮絶な光景を前にしてすくんでいた転移者たちが、視線を向けられてびくりとした。


「……先に言っておくわ。戦う気がなければ武器を捨てなさい」


 細剣を抜いて、彼女は戦意を剥き出しにする。


「そうでなければ、わたしが相手になるわ」


   ***


 航空部隊と地上部隊が天空城に突っ込む際、最大の障害は敵に回った転移者たちの存在だ。


 神宮寺智也追跡に加わっていた約四十名に加えて、中嶋小次郎の腹心が十名。

 総勢五十名の転移者の戦力は、あまりにも大きい。


 そこで、島津結衣の提案で対策を立てた。


 まず彼女の力で、可能な限りの敵を帝都近郊の所定の位置にまで飛ばす。


 転移先には、戦力を準備する。

 可能であれば飛んできた転移者たちを捕縛し、難しそうなら足留めする。


 これが作戦の概要だ。


 さいわいなことに『天からの声』から向こうの動きは筒抜けだったので、タイミングを計ること自体はそう難しくなかった。


 結果として、『絶対切断』『多重存在』を巻き込めなかったとはいえ、大部分の転移者を『妖精の輪』に捉えることに成功した。

 島津結衣の覚悟と献身は、報われたと言えるだろう。


 もちろん、飛ばされた転移者たちがその足で天空城に戻ってしまえば台なしだが、そのあたりはきちんと考えてあった。


「……な、なんだこれは!」


 残りの四十名ほどの転移者が飛ばされたのもまた、帝都防壁外の荒野だった。


「で、出られない……?」


 そのうちの数人はすぐに天空城へと戻ろうとしたが、できなかった。

 周囲に障壁が張られていたからだ。


「残念ながら、戻らせるわけにはいきませんので」


 そう声をかけたのは、ここで彼らを待ち構えていたローズだった。


 周りには、帝都に残った転移者たちと聖堂騎士団の姿もあった。


「お、お前は、真島の……?」


 敵の転移者たちの視線が集まるのを待って、ローズは片手に持っていた首飾りを高く掲げた。


 高らかに宣言する。


「聞きなさい、騙された愚か者たち! 我が主に徒なすことは許しません! わたしの持つこの障壁の魔法道具を壊さない限り、そう簡単には外に出られないと知りなさい!」


 この首飾りは聖堂教会所有の魔法道具だ。

 帝都防衛機構としての大聖堂の機能を一部利用して、周囲に障壁を張ることができる。


 今回は、これを牢獄として利用していた。

 飛ばした転移者を足留めし、この場で全員を倒してしまうために。


 実際、結界の魔力の気配を辿れば、ローズが嘘を言っていないことはすぐわかることだった。


「あいつだ! あいつを先にやれ!」


 こうなるのは当然の流れだろう。


 慌てふためく転移者たちが、襲い掛かってくる。


 もっとも、少しでも冷静さを取り戻すことができたなら、わざわざローズが事実を口にしたことに不審を抱けたかもしれない。


「……さすがは真菜も立案に関わった作戦。うまく引っ掛かりました」

「作戦を立てたのはわたしだけではありませんけれどね」


 隣にいる加藤真菜と、これは敵には聞こえない声量でやりとりをする。


 実のところ、それなりに頑丈な障壁とはいえ、四十名もの探索隊メンバーの攻撃に長く耐えられるようなものではない。


 なので、これはあえて状況を説明することで、狙いをこちらに向けようという作戦だった。


 もちろん、これで自分たちがやられてしまえばアウトだが、そう簡単にやられるつもりはない。


 準備は十分にしてあった。


「迎え撃つぞ!」

「勇者様たちを支えよ! 我らの世界のために!」


 帝都に残った二十名の探索隊メンバーたちが、結界の起点を持つローズを守る位置で雄叫びをあげ、聖堂騎士たちは一糸乱れぬ隊列を組む。


「邪魔だどけぇえええ!」

「お前たちがとまれぇええ!」


 両勢力が激突した。

◆転移者パートです。


もう一度更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ