9. それぞれの覚悟
前話のあらすじ
暗躍していた『天からの声』に、歯止めがかけられる。
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「……ついに、だね」
帝都外縁部の防壁。
島津結衣は落ちた天空城を眺めていた。
脳裏には先程『天からの声』を介して聞いた、栗山萌子の慌てふためきぶりが思い出されていた。
ここ数日というもの、真島孝弘は『天からの声』に盗聴を仕掛けていた。
やりとりはすべて筒抜けだったわけだから、帝都に残ったメンバーが敵に回ったように見せかけることも、情報を抜き取ることも容易い。
もっとも、慌てふためくさまを笑うつもりにはなれなかった。
とはいえ、これは不思議というほどのこともない。
探索隊では気の合わないほうだったが、彼女は仲間だったのだから。
溜め息をついたところで、声をかけられた。
「結衣先輩……」
飯野優奈が、心配そうな顔を向けてきていた。
傷付けられた片足を引き摺りながら、世界を守る戦いに参加することに決めた健気な後輩だ。
見も知らぬ誰かのために世界中を駆け回って、傷付いてへし折れて、それでも立ち上がった。
それが、どれだけ大きなことだったのか。
彼女を立ち直らせた張本人である真島孝弘は気付いていなかったが、探索隊の一員として、ずっと傍にいた島津結衣は知っていた。
「それじゃ、優奈。あとのことは頼むね」
「……はい!」
声を掛けると、彼女は表情を引き締めた。
凛々しい眼差しは一振りの剣のようだ。
最大の武器である足を傷付けられていても、その輝きは曇らない。
思わず、目を奪われる。
引き込まれる。
初めて彼女に会ったときのことを思い出した。
転移直後、絶望的なモンスターの群れを相手取って、親友の『闇の獣』轟美弥と最後まで踏みとどまって戦っている場面だ。
平和な元の世界から放り出された直後でありながら、生死を賭けて誰かのために戦うことのできたその心の強さは、二つ名持ちのなかでも際立っている。
あの『竜人』神宮司智也も認めていたほどだ。
実際、まだどのような脅威があるかもわからなかった初期の樹海探索の頃から、彼女は常に最前線に立って戦い続けてきた。
その姿を知っている。
探索隊の『韋駄天』。
臆病者の自分とは違う、本物の二つ名持ち。
リーダーである中嶋小次郎を除けば、『竜人』神宮司智也と二分して大きな信頼を集めていたのが『韋駄天』飯野優奈なのだ。
だから、その復活はただひとりの戦力増加を意味しない。
戦意を漲らせた彼女が振り返った先には、二十名ほどの転移者の姿があった。
帝都に残った探索隊メンバーが、その場に集まっていたのだった。
「みんな! 準備を始めるわよ!」
「おおおおおおおお!」
彼女が声をあげれば、応じて彼らも武器を掲げた。
その光景を見て、島津結衣は微苦笑を浮かべた。
「……まったく、敵わないなぁ」
自分では、せいぜい敵に回らないように説得することくらいしかできなかった。
へし折れてなお立ち上がった飯野優奈の姿が、彼らを動かしたのだった。
本当に、強い。
真島孝弘といい、年下とは思えなかった。
「でも、わたしも少しは頑張らないとね」
島津結衣は拳のなかにあるモノを握り締めた。
その頭上に、ドラゴンの影が差した。
***
迎撃のために大聖堂の各所に散っていた戦力が集まってくる。
ここからは総攻撃だ。
真島孝弘とその眷属たちも集まっていた。
「いよいよ突入だね」
ドラゴンの背に乗り込んだリリィは、目の前に座った少年に声をかけた。
「勝てるよね、ご主人様」
「……ああ」
静かな声が返ってきた。
「打てる手はすべて打った。負けはしない」
そこには、覚悟があった。
すべてを守り抜くと誓い、貫き通す男の声だった。
「うん。そうだね」
胸が潰れそうなくらいに愛おしい。
守りたいと切に願う。
リリィは、自分と同じくドラゴンの背に乗り込んだ仲間たちと視線を交わした。
ガーベラ、シラン、ロビビア。
もちろん、ここにいない面々も、自分の役目を果たしている。
想いはひとつだった。
そして、主である少年がつぶやいた。
「……動いたな」
その手が高く挙げられる。
「地上部隊が出発した! こちらも出るぞ!」
攻撃部隊は二手に分かれて、落ちた天空城を目指すことになっていた。
一方は竜淵の里のドラゴンに騎乗した航空部隊だ。
ただ、騎乗可能な人数に限界があるので、大多数は地上の部隊に割り当てられている。
地上部隊が門を開いて出発したところで、こちらも出る手筈になっていた。
合図によって、ドラゴンたちが次々と大聖堂から飛び立った。
自分たちを乗せた一体も空に羽ばたいた。
帝都の上空へと飛び上がる。
向かう先に、荒野に落ちた天空城が見えた。
「さて。あそこまで無事辿り着けるかどうかだの。ここまで、向こうの行動は邪魔できておるが」
ガーベラが言って、目を向けてきた。
「リリィ殿? どうかしたかの?」
「……」
少し険しい表情になってしまっていたらしかった。
ただ、ふと不安がよぎったのだった。
確かに天空城を落とすことはできた。
さらには、『天からの声』の動きを封殺したうえで逆手に取った。
だが、天空城はあくまで宣戦布告の道具に過ぎない。
手玉に取ったのは、あくまで栗山萌子のほうだ。
中嶋小次郎も、本人の動きは封じたが……。
ただ、リリィは『災厄の王』としての彼と戦っている。
だから思わずにはいられない。
こちらは攻勢に出た。
だったら、向こうは……?
不安を拭い去ることができずにいた、そのときだった。
「……なんですか、あれは」
シランが怪訝そうな声をあげた。
片側だけの碧眼が、遠くに向けられていた。
「城からなにか出てきています」
「嘘。まさか転移者?」
それは予定にない。
事前に『天からの声』から引き抜いた情報では、敵方の転移者たちは城で待ち構えているはずだった。
転移者が打って出たなら、こちらも対応を考えなければいけない。
しかし、目の良いガーベラがこの予想を否定した。
「いや。さすがに遠過ぎてよくわからんが、あれは違うぞ。わらわらと出てきておるし、人型ではあるようだが、背の丈が人の倍ほどある」
「人の倍……」
リリィも目を凝らした。
ガーベラのほうが目は良い。
ただ、今回は事前に見たことがあったために、気付いたのはリリィが先だった。
瞬間、怖気立った。
それだけの事態が起こっていると、理解してしまったからだ。
「あれは……まさか『守護の巨人』!?」
それは、異界を守る強力なモンスターの名前。
恐るべき力を秘めた巨人の群れが、地上に解き放たれたのだ。
***
「おれを封じたのは見事だったけどな」
中嶋小次郎はひとり、すでに機能を果たさなくなった天空城最奥で笑みを深めていた。
自分がうまく乗せられて、動きを封じられていることには気付いていた。
そのうえで、勝負に乗った。
敵がこちら好みに盛り上げてくれているのだ。
あそこで乗らずにいられるのなら、そもそも、彼は世界を滅ぼそうとなんてしていない。
真島孝弘がここまで現れることを期待して待つと決めたのだった。
しかし、ただここまで来るだけでは足りない。
困難こそが人を成長させるのだと、中嶋小次郎は信じているからだ。
無論、その過程で犠牲は出てしまうだろう。
それは大変残念に思うし、できればみんなに乗り越えてほしいと願っている。
頑張れ。頑張れ。負けるな、と。
いつだって、心の底から応援している。
けれど、それでも死んでしまったなら――そのときは仕方ない。
必要な犠牲だ。
資格なき者は振るい落とされて、資格ある者は大きく飛躍する。
どこまでも、どこまでも。
いずれ自分に届くところまで。
そうして、自分は本懐を遂げる。
やっと本気を出すことができるのだ。
「手は抜かねえぜ」
異界を守る『守護の巨人』の戦闘能力は通常のモンスターよりもかなり強い。
たとえ転移者でも数の差があれば危ない。
そんな強力なモンスターが、天空城から帝都に向けて放たれたのだ。
総数は三百以上。
「さて。どう出る?」
端正な顔立ちには、子供のような笑みが浮かんでいた。
「対応できるだけの準備はしてあるか? できてないなら……帝都が落ちちまうぜ?」
***
「……なんということだ」
ゴードンは呻き声をあげた。
地上部隊を率いる彼のもとには、すでに『守護の巨人』の情報が伝わっていた。
このままなにもしなければ、帝都がその脅威に晒されることは明白だ。
本来であれば帝都を守る主戦力であるはずの聖堂騎士団がすべて出撃する以上、常備の帝国軍しか対処できない。
帝都の軍は兵士としては精強だが、聖堂騎士団に比べれば実力は一枚も二枚も落ちる。
非常に堅牢な帝都に立てこもっての防衛戦とはいえ、異界の番人である強力な『守護の巨人』が雪崩を打って押し寄せては、守り切れるとは思えなかった。
かといって、地上の聖堂騎士団が帝都防衛に回れば、天空城の攻略に向かう戦力が減ってしまう。
なら帝都を見捨てればいいかといえば、そんなことは看過できない。
ゴードン自身の個人的感情が許さないというのもあるが、現実問題として、帝都が落ちれば聖堂騎士団の士気はガタガタになるだろう。
また、世界を運営する聖堂教会が壊滅的な被害を受ければ、今後の世情は手の打ちようのないものになる。
なにより住人に何万という多大な被害が出てしまう。
許すわけにはいかなかった。
「どうにかしなければ……」
すでに攻勢に出ている以上、考えている時間はない。
「どうにか……」
数秒だけ瞑目し、拳を握り締めた。
しかし、どう考えても状況を打開できないと結論は出ていた。
少なくとも、尋常な手段では――だから、覚悟を決めてゴードンは告げた。
「……あなたの提案に乗るしかなさそうですな」
ひとつだけ手段はあったのだ。
「お任せください」
応えたのは、軍馬にまたがった老人だった。
老いてなお覇気にかげりはない。
その立ち振る舞いからは、ひとかどの人物であることがうかがえた。
それも当然のことだった。
彼こそは、帝国南部の貴族最大の雄。
グラントリー=マクローリン辺境伯がそこにいた。
***
マクローリン辺境伯が軍勢を率いて帝都に到着したのは、三日前のことだ。
精兵で知られる軍勢が二千。
戦力としては決して小さくない。
助勢を頼むことは、聖堂教会側では早い段階で議題にあがっていた。
しかし、これは非常に難しい判断だった。
そもそも、辺境伯が帝都にやってきたのは真島孝弘との会談のためだ。
これは聖堂教会が強いた行動であり、辺境伯にとって不本意なものだった。
そのために彼はせめてもの抵抗として、護衛としてはありえない軍勢を率いてきた。
その一方で、中嶋小次郎と戦うためには絶対に欠かせない『接続者』である真島孝弘にとっては、辺境伯領軍はかつて自分たちを追い詰めた因縁の相手だ。
どのようにして両者を説き伏せるか。
そう頭を悩ませていたものだったが、これは思わぬかたちで解決された。
辺境伯領軍に力を借りる提案が、当の真島孝弘から出たからだ。
これはゴードンをひどく驚かせた。
もっとも、当人にしてみれば、これは当たり前の判断ではあったのだが。
打てる手はすべて打つ。
その言葉には、一切の嘘はなかったのである。
「敵の敵は味方だ、なんてことを言うつもりはない」
呼び出されたグラントリー=マクローリンが、なぜお前と肩を並べて戦わなければならないのかと尋ねたところ、真島孝弘は答えた。
「お前は正しいと思うことのために戦うし、おれは大事なもののために戦う。この溝は埋まらない。絶対に、埋まることはない」
事実は事実として認めて、さらに続けた。
「だけど、だからこそ、ここでおれたちは同じ敵と戦えるはずだ」
その言葉には確信があった。
「お前の信念は、過去の確執程度で捻じ曲がるものなのか? 違うだろう。そうではないはずだ」
その確信が、帝国南部貴族の雄たる辺境伯さえ黙らせた。
「おれは大事なものを守るために、すべてを尽くす。お前は正義のためにそうしろ」
モンスターを絶対悪と見做して許さない価値観と、眷属であるモンスターを守り抜こうという価値観が混じり合うことはありえない。
彼らがわかり合えることは絶対にない。
マクローリン辺境伯とその郎党は、永遠に真島孝弘の敵であり続けるだろう。
だが、いまだけは、同じ敵と戦うほかにない。
自分が信じるもののために。
「小癪なことを」
グラントリー=マクローリンは忌々しげに言い捨て、ここに辺境伯領軍の参戦が決まったのだった。
***
「それでは、ゴードン様。御武運を」
これから辺境伯領軍二千は、単独で『守護の巨人』の大群とぶつかり合う。
軍を率いるグラントリー=マクローリン本人からの提案だった。
彼らの役割は陽動だ。
真島孝弘からの情報によれば『守護の巨人』は統制されていない。
天空城から出た以上、あれはただのモンスターの群れに過ぎないのだ。
大軍がぶつかれば、そちらに引き寄せられる。
そのまま辺境伯領軍は、帝都と天空城から可能な限り『守護の巨人』を引き離す。
無論、精兵とはいえたかだか二千程度の軍と、三百もの『守護の巨人』とでは戦力差がありすぎる。
全滅は必至だ。
どれだけ長い間、壊乱せずに引き寄せられるかという戦いになるだろう。
「わざわざあなたが指揮を執る必要はないのでは?」
「いいえ。死地で兵を指揮できるのはわたし以外にはおりません」
ゴードンが尋ねると、辺境伯たる老人は首を横に振った。
「ここにルイスが、わたしが息子にと見込んだ者がいれば、話は別でしたが」
「……」
「そのような顔をなさらないでください。あなたも、あの忌々しい小僧も、死地に向かうのは同じこと。世界を頼みます、ゴードン様」
真島孝弘にとって敵ではあったが、グラントリー=マクローリンという男は、決して悪人ではない。
人類のために、貴種の義務を当たり前のようにこなす。
必要とあれば、自分自身を犠牲にすることさえもいとわない。
そういう人間だ。
むしろその性質は、極めて善良と言える。
ただ、絶望的なまでに価値観が隔たっていただけ。
現実はままならない。
だが、そんな彼らでさえも共通して、現実にしてはならないと危ぶんだ未来がある。
それを実現させないために、自分たちは戦わなければならないのだ。
辺境伯の背中を見送って、ゴードンは大声を張り上げた。
「聖堂騎士団、出撃! 辺境伯領軍の働きを無駄にするな!」
***
辺境伯領軍が『守護の巨人』を誘引する間に、地上部隊は荒野を走る。
その間に、航空部隊は一足先に落ちた天空城に辿り着いていた。
「よし、突入する!」
真島孝弘が乗った一頭を先頭に、ドラゴンたちが天空城に飛び込んでいく。
「安全圏を確保しろ!」
無防備なこの瞬間が一番危ない。
逆にいえば、敵からすればここで攻撃を仕掛けない手はない。
だが、敵がやってきたのはドラゴンがみんな着陸をしたあとのことだった。
城の外周にはいくつかの回廊があるが、そのなかで待ち伏せをされていないポイントは『天からの声』から抜いた情報で事前にわかっていたからだ。
「……間に合わなかったか」
小さくつぶやいたのは、転移者たちを率いてきた『堅忍不抜』石田哲男だった。
朴訥とした大柄な少年は、彼我の戦力差を確認するように視線を巡らせる。
見た限り、ここにいるのは真島孝弘一行と、聖堂騎士団だけだ。
数は百名ほど。
地上部隊が辿り着くまでには、まだ時間がある。
対する彼らは五十名の元追跡部隊メンバーと、合流した中嶋小次郎の腹心が十名。
数の上では不利だが、ひとりひとりの戦闘能力が桁違いだ。
「これならまだ……」
「どうにでもなるって?」
しかし、そうつぶやいたところで、騎士たちの向こうから声が飛んだ。
その瞬間、あまり表情の変わらない石田哲男の顔が強張った。
無理もない。
歩み出てきたのは、彼の幼馴染の少女だったのだから。
「言ってくれるね、哲男」
「……葵。来てたのか」
「来てたのかじゃないよ」
眉を吊り上げて、御手洗葵は言った。
「なにやってんの、あんた。そんなに元の世界に戻りたかった? だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ」
「……」
「いまならまだ、一発殴るだけで許してあげる。ここにいる全員ね。だから、さっさと降参してよ」
威嚇するように、両の拳を打ち合わせる。
ただ、そう告げる表情にはどこかすがるような色があった。
それを見て、石田哲男は目を細めた。
「……悪いが、おれはひけない」
「――ッ! だったら、全員叩きのめしてでもとめる!」
叫んだ少女が飛び出した。
「ちょっ、御手洗さん!?」
慌てたように声をあげたのはリリィだった。
対して、襲われている側の石田哲男に動揺の色はない。
攻撃を仕掛けてくることを予想していたに違いなかった。
大きく拳を振りかぶった幼馴染を、どっしりと腰を落として迎え撃った。
「おれが受ける! みんなは追撃を!」
御手洗葵の二つ名は『剛腕白雪』。
なんでも殴って叩き潰す、ガチガチの近接戦闘能力者だ。
剣であろうと殴って潰す。
魔法であろうと例外ではない。
長物を扱うわけでもなく、『韋駄天』を例外とすれば速度もトップクラスの彼女は隙が少ない。
一対一であれば、探索隊でも勝てる人間は限られる。
とはいえ、その手は二本しかない。
一撃をあえて喰らって耐えしのいで、ふところに引き込むことさえできれば、あとは複数人での追撃をかければ終わる。
その点、どんなダメージも耐えて回復する『堅忍不抜』のタフネスは、最初の一撃を受け止めるのに最適だ。
自分自身をおとりにした幼馴染の罠に、まんまと御手洗葵はかかってしまったのだ。
――少なくとも、待ちかまえていた側はそう思ったに違いなかった。
飛び込んできたはずの少女が、ブレーキをかけなければ。
「なっ!?」
「べーっだ!」
彼女は舌を出してみせた。
「ひとりでなんて突っ込まないよ! 真菜ちゃんに言われてるもん!」
そのままうしろに跳ぶ。
冷静さを失っているように見えたのは演技だったのだ。
しかし、ただ逃げただけでは、なにをしたかったのかわからない……。
「……ぬ」
戸惑った石田哲男が、目の前に飛んできた魔石の輝きに動きをとめた。
後退した御手洗葵が、虚を突いて放り投げていたものだった。
「くっ」
まさかこのような搦め手を、幼馴染の少女が使うとは考えていなかったのだろう。
それでも即座に防御態勢を取ったのは、さすがは二つ名持ちというべきか。
自分の特性をよく理解している。
一撃でやられてしまわない限り、いくらでも『堅忍不抜』は態勢を整えられるのだ。
そもそも、彼を一撃でやれるような魔法道具はそうないし、防御を固めれば尚更だ。
これで、御手洗葵の不意打ちは封殺される。
それが本当に攻撃用の魔法道具であったなら、だが。
「……なっ」
今度こそ、驚愕に石田哲男は目を見開いた。
御手洗葵が投げ付けた魔法道具の正体は『転移の魔石』。
紫が混ざり込んだ黒の宝玉から飛び出したのは攻撃などではなく、ひとりの少女だったのだ。
「島津さん!?」
覚悟の色を目に宿して『妖精の輪』島津結衣が戦場に降り立った。






