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7. 帝都防衛戦

前話のあらすじ


中嶋小次郎が異界を乗っ取り、決戦までのときを待つ一方で、

真島孝弘は戦いの準備を進めつつ仲間たちとの最後の時間を過ごす。


そして迎えた最後の日、戦いが始まった。

   7



 大聖堂の一角、騎士たちが集まった部屋を、戦慄が走り抜けた。


「空を飛ぶ古城……話に聞く『天空城』か!」


 ゴードンがすぐに状況を理解して、部下に指示を出す。


「映像を!」


 即座に部屋の壁に、物見台からの光景が映し出された。

 遠隔地を映し出すことのできる魔法道具だ。


 帝都の東の空に見えていたのは、『世界の礎石』を守る第三の異界、天空城だった。


「……異界を掌握したというのか」


 すでに『世界の礎石』の保管場所は初代勇者の手によって閉じられている。

 侵入者を防ぐ三重の異界は無用の長物と化していたのだが、それを現実世界に持ち出していたらしい。


 接続者として規格外の力を持つ中嶋小次郎であればこそ、可能な所業ではあっただろう。


 その場にいる騎士たちに動揺が走った。

 なにせ、およそ帝都と同規模の都市ひとつが突っ込んでくるのだ。


 だが、そこで声があがった。


「臆することはありません」


 微塵も動揺を見せずに言ったのは、シランだった。


 浮足立つ騎士たちを静かに見回したあとで、彼女は堂々たる天空城の威容に目を向けた。


「確かに『これ』は想定していませんでした。ですが『大掛かりな仕掛けを繰り出してくるであろうこと』は予想していました」


 あの異界で、唯一、まともに中嶋小次郎と剣を交えたのがシランだった。


 どれだけ底知れない存在であるのかは、剣を介して理解していた。


 これくらいはしてくるだろうと思えば、特に驚きもない。


 そして、手段自体は想定できなくても、相手の行動を予想することはできるのだ。


 正面切っての戦いを望んでいる中嶋小次郎が、なんらかのかたちで宣戦布告してくるだろうことは予想していた。


 いかにも派手な天空城での突撃。

 これがつまり『それ』だ。


 予想できるなら、対応も取れる。 


「この程度であれば、跳ねのけられる。そうですね、ゴードン様」

「無論です、シラン殿」


 大きく頷き、ゴードンは大声を張った。


「千年を超えて人の世を守ってきた聖堂教会の力、甘く見るな『災厄の王』!」


   ***


「爽快だな」


 天空の城の一角にあるテラスから、中嶋小次郎は眼下を見下ろしていた。


「帝都をこんな空から俯瞰したやつは、そういないんじゃないか」


 傍にいる栗山萌子に、いかにも楽しげな口調で声をかける。


「いや。ひょっとしたら、歴代の勇者のなかにはそうした能力を持つ者もいたかもしれないけど。なんにせよ、綺麗な光景だ。あれこそは、この世界の人々の希望の結晶だよ」

「そこをいまから壊滅させようという人間の台詞とも思えませんが」

「はは。それは違うぜ、萌子。希望の結晶だからこそ、世界の存亡を賭けた戦いの舞台に相応しいんだ」


 そう言って、中嶋小次郎は肩を揺らした。


「さて、相手はどうくるか……」


 言いかけたところで、その目が細まる。


「ほう」


 帝都で最も巨大な建造物は、聖堂教会の本拠地である大聖堂だ。


 遠くからでもよく目立つ。

 その中央部に位置するドーム状の建造物が、まばゆい輝きを発していたのだ。


 無論、魔法の力によるものだった。


「やるじゃねえか」


 つぶやく侵略者に対して、聖堂教会の所有する最大の魔法道具が発動したのだった。


 その機能は、帝都防衛。

 名を『大聖堂』という。


 そう。聖堂教会の本拠地である大聖堂は、ひとつの巨大な魔法道具としての機能を備えていたのである。


 先日の『竜人』神宮寺智也の戦いでは、不意打ちのうえ、内側からだったのでうまく機能しなかったが、外敵が現れれば話は別だ。

 みるみるうちに、遠目にはガラスのように見える障壁で帝都全域が覆われた。


 そのさまを、中嶋小次郎は顎に手を当ててじっくりと観察する。


「なるほど。そりゃあまあ、人類最大の要所だ。防衛機構のひとつやふたつ、準備していてもおかしくないか」

「感心している場合ですか?」


 呆れたように、栗山萌子が尋ねた。


「どうなさるのです?」

「変わらねえよ。予定通りだ」


 軽く返して、おもむろに顎にやっていた手を掲げる。

 掌に身の毛もよだつような魔力が集中した。


 そうして生み出されたのは、彼の代名詞である輝く剣だった。

 そのうちでも最強の力を持つ『大剣』を手に、彼は犬歯を剥き出しにして笑った。


「折角の歓迎なんだ。正面から行こうじゃねえか」


   ***


 瞬間、帝都に激震が走った。


「お、おおおおおお!?」


 天空に陣取った城から一直線に飛んできた光線が、帝都を覆う防御壁に激突したのだ。


 帝都の防衛機構は、大聖堂という巨大建造物によって構築される世界最大の魔法道具である。


 それはつまり、この世界の人類の歴史の結晶と言って差し支えない。

 これで受けとめきれなければ、帝都は地獄となり果てる。


 騎士たちは、衝撃が過ぎ去ると天蓋を仰ぎ見た。


「無事だ……」


 ぽつりと誰かが漏らした。


 見上げた先には、壊れることのなかった障壁があったからだ。


「帝都は無事だぞ! 受けとめきれたんだ!」


 大聖堂が歓喜に沸いた。


 さすがは帝都防衛を担う魔法道具。

 帝都全体という広い範囲を覆っておきながら、あの大神官ゲルト=フォーゲラーの『献身結界』に近い強度を誇るだけのことはある。


 だが、帝都防衛戦の実質上の指揮官であるゴードンの表情は硬かった。


「受けとめきれはしたが、ここまでとは……」


 わかったのだ。


 直撃を喰らえば、耐えられるとして、あと一発。

 障壁は破壊されてしまうだろうことが。


 そうなれば終わりだが……。


「大丈夫です」


 彼の懸念に気付いたシランが言った。


 その表情は力強い。

 彼女には、信じるべきものが存在するからだ。


「孝弘殿がおります」


   ***


「へえ、やるな」


 中嶋小次郎は、無事な帝都を見ると、むしろ嬉しそうに笑みを深めた。


 抵抗がないのはつまらない。

 それが彼の思考法である。


「だけど、まだだな。それじゃ足りねえ。このままだと、ぶっ壊しちまうぜ」


 もう一度、手に『大剣』を創り出しながら言う。


 彼もまた、正確に状況を把握していた。


 しかし、そこで、ふと動きがとまった。


「これは……」


 まだかなり離れているが、それでも『感じ取った』のだ。

 端整な顔立ちに、先程よりもさらに深く笑みが刻まれた。


「来たな」


 見詰める先で、みるみるうちに帝都が霧に包まれていく。


 もちろん、自然現象ではありえない。


「『霧の仮宿』か」


 すぐに気付いたのは、予想していたからだ。


 だが、予想できていなかったこともあった。


「いや。しかし、これは……」


 展開された『霧の仮宿』は、これまでとあまりにも規模が違っていたのだ。


 生じた霧は、巨大な帝都をまるまる覆い尽くしていた。


 ただ『霧の仮宿』を発動させただけでは、ああはいかない。


 なにが起こっているのか。

 それを見抜けたのは、中嶋小次郎が『接続者』であればこそだった。


「あれは『異界』だな。ははっ、準備は万端ってわけかよ!」


 かつてドラゴンたちの隠れ里である竜淵の里は『霧の結界』で半異界化されていた。


 現在の帝都も同じだ。

 ほぼ異界と化している。


 そのための環境は揃っていた。


「考えてもみれば、真島は竜淵の里を半異界化させていた『世界の礎石』を持ってたんだったな」


 キーとなる道具は所有している。

 サルビアも手を貸したし、時間だってあった。

 聖堂教会からも全面的に協力を得られている。


 そして、なにより、いまの真島孝弘は限界ぎりぎりまで世界の深淵に至りつつあった。


 引き換えにした多くのものの代わりに能力が向上したいまだからこそ、このような大掛かりな仕掛けを打つことができたのだ。


 だからこれは彼の覚悟の表れだ。

 お前なんかには、大切なものを奪わせはしない――という。


 その覚悟のほどは、確かに中嶋小次郎に伝わった。


「いいぜ、真島。試してやるよ!」


 哄笑、一閃。

 再び光の剣が解き放たれる。


 圧倒的な威力を誇る光線が、霧を吹き飛ばして帝都に襲い掛かった。


 光の奔流は障壁に激突し、帝都を大きく震えさせる。


「……どうだ?」


 あと一撃が限界だと、ゴードンが見積もった攻防だった。

 しかし、光の奔流が消え去ったあと、障壁は揺らぐことなくその場にあった。


 攻め手である中嶋小次郎は、先程よりも手応えが得られなかったことを認識していた。


「……芯を外された、か?」


 もともと、霧の異界には幻惑による認識阻害の力がある。


 遠くからではうまく帝都を認識できない。

 いや。中嶋小次郎であればそれでも芯を打ち抜くことも可能だったかもしれないが、いまは帝都を陣地化しているぶん、真島孝弘の側にアドバンテージがある。


 さらには、異界に飛び込んだ瞬間、光線が霧の干渉を受けてわずかにずらされた。


 結果、光の奔流の入射角が浅くなり、障壁の表面を滑るかたちになったのだ。


 いなされたと言ってもいい。

 威力は半減だ。


 こうも完封される展開は、さすがに中嶋小次郎の予想のなかにもない。

 期待以上と言い換えてもいいだろう。


 世界を守るという共通の目的のために、真島孝弘と聖堂教会勢力が手を組んだいま、帝都はかつてない堅牢な防御を誇る要塞と化していた。


 評価されるべきは、長きにわたり世界を守護し続けてきた聖堂教会の歴史の重み。

 そして、仲間を想う真島孝弘の覚悟と献身だ。


 だからこそ、彼らがやられてばかりでいるはずもなかった。


「……来る」

「え?」


 つぶやいた中嶋小次郎が、目を見開いた栗山萌子を抱えて物陰に飛び退った。


「――!?」


 次の瞬間、帝都から放たれた一条の光が、天空城を打ち据える。


 大聖堂を取り囲む尖塔の先に集まった莫大な魔力が、光線として解き放たれたのである。


「やるじゃねえか……!」


 帝都全域を覆う超広範囲障壁が盾だとすれば、こちらは剣だった。


 すさまじい衝撃が天空城を震えさせて、吹き飛んだ瓦礫が周囲を打った。

 天空城の一部が欠け落ちるほどの一撃だった。


 天空城を前にして『聖堂教会の力を甘く見るな』とゴードンは啖呵を切ったが、まさにこれこそが、千年を超えて人の世を守ってきた彼らの力だった。


 庇われた栗山萌子が、目を細めた。


「どうするおつもりですか?」


 人類を守ってきた聖堂教会勢力は意地を見せて、『災厄の王』の襲撃に対応してきた。


 真島孝弘の協力があればこそだが、現時点では有利に戦況を進めている。


 このままではこちらの攻撃は通じず、一方的に殴り続けられる展開になる。


 とはいえ、栗山萌子の表情に焦りはない。

 目の前の男がどれだけ規格外の存在なのか知っているからだ。


「そうだな」


 その認識は間違っていない。


「だったら、避けられない攻撃を喰らわせてやるとしよう」


   ***


「やはり、そう来ましたか」


 ぽつりと加藤真菜はつぶやいた。


 見つめる先の映像では、天空城が速度を上げてこちらに迫ってきていた。


 依然、『大聖堂』の障壁と『霧の異界』のコンビネーションは健在だ。

 敵の攻撃に備えつつ、魔力の砲撃を撃ち込み、徐々にダメージを与えつつあった。


 だが、天空城を見詰める者たちの視線にあるのは、恐怖の色だった。


「おいおい。冗談だろう」

「まさか、やめてくれ……」


 敵からの『光の剣』の攻撃はしばらくない。

 有効ではないとわかっているというのもあるだろうが、その必要がないのだ。


 なぜなら現在も天空城は、攻撃を仕掛けてきている最中だからだ。


 ――帝都に匹敵する質量による体当たりという、超大規模な質量攻撃を。


 あまりにも荒唐無稽な攻撃だ。

 しかし、有効だった。


 さすがに、帝都そのものを全面的に押し潰す一撃は、『霧の仮宿』の認識阻害や干渉では対応できない。

 障壁だって、ひとたまりもないだろう。


 当然、狙いに気付いた帝都側も迎撃している。


 大聖堂の尖塔には常に魔力の輝きが宿り、必要なチャージが終わり次第、続けざまに砲撃が行われた。

 ダメージは確実に与えているのだった。


 撃ち合いであれば、こちらが勝利していた可能性は高い。


 だが、これはダメだ。


 突っ込んでくるまでの短時間で天空城を打ち砕くには、威力が足りなかった。


「これまでですね」


 加藤真菜はつぶやいた。

 これまで数多の苦難を乗り越えたことで培われた彼女の判断力は、適切に切り捨てるべきものを判別していた。


「ローズさん、準備をお願いします」


 隣にいる親友に声をかける。


 そう告げる言葉に迷いはない。

 ただし、それは敗北を意味するものではなかった。


「ゴードンさんから連絡がくると思いますので」

「わかりました。すぐにでも対応できるようにします」


 そう応えると、ローズは手元の魔法の道具袋から手早く自作の魔法道具を取り出した。

 彼女自身しか把握していない手順で、素早く組み立てていく。


 遠距離通信の魔法道具でゴードンから連絡が入ったのは、それから間もなくのことだった。


≪ローズ殿、お願いできますか≫

「よろしいのですね」

≪ぜひもありません≫


 返答には覚悟があった。


 そこに込められた想いをローズは汲み取り、あとは黙々と作業を進めた。


 そうして手のなかにできあがったのは、掌サイズの箱型の魔法道具だった。

 彼女はそれを、周りにあるいくつもの模造魔石と導線で繋げていく。


 模造魔石を繋ぐ導線は、部屋に設置された大量の魔石に繋がっていた。


 ――帝都の防衛機構の中枢を構成する、制御用の魔石に。


 周囲にある模造魔石は、そこに追加で取り付けた魔法道具だった。


 箱型の魔法道具は、いわばその鍵のようなものだ。

 安全装置と言い換えてもいい。


 それはつまり、これからしようとしていることには、そんな保険が必要だということで……。


「……あなた方の志に、敬意を」


 ローズは静かにつぶやいた。


 長手袋に包まれた指が、魔法道具の箱を優しく撫でた。


 しかし、たおやかな仕草とは裏腹に、起こった出来事は強烈だった。

 周辺に設置されていた魔石が、すさまじいまでの魔力の気配を吹き上がらせたのである。


 実のところ、ここ数日というもの、ローズは帝都防衛のための準備を進めてきた。


 主である真島孝弘が帝都異界化を成し遂げている間に、帝都の守りを完璧なものにしたのが彼女である。

 たかだか五日程度で、本来であれば塔を一本失ったことで機能不全に陥っていた防衛機構を立て直したといえば、その貢献が半端なものではないことがわかるだろう。


「ローズさんは戦闘力で、リリィさんや、ガーベラさん、シランさんに及びもつかないと引け目を感じているふしがあるみたいですが」


 その姿を見守る親友の少女は、誇らしげな笑みを浮かべていた。


「ローズさんの身に着けた『力』も、決して劣るものではありません」


 その証明が、『災厄の王』を相手取った恐るべき危地で示される。


「――戦装『ファイアワークス』起動」


 ローズが起動したのは、帝都の防衛機構に追加した最大火力の切り札。

 魔石を使い捨てにすることで、瞬間的に大出力を得る機能を外付けする魔法道具だった。


 普段であれば彼女自身が生産した模造魔石を使用するが、今回は帝都の防衛機構に設置してある。


 無論、一発で魔法道具を壊してしまうことは変わらない。


 聖堂教会の長い歴史のなかで製作された世界最大にして唯一無二の魔法道具は、永遠に失われることになる。

 だが、それでもゴードンをはじめ聖堂教会勢力はこの判断を下した。


 失われてはならないもののために。


「撃ち落としなさい!」


 彼らの覚悟への敬意とともに、ローズは魔法道具を撃ち放った。


 爆発的に威力が向上した砲撃が空を切り裂き、天空城に突き立つ。

 そして、後方へと突き抜けた。


◆最後の戦いが始まりました。

まずは前哨戦。撃ち合いです。


◆コミカライズ版「モンスターのご主人様」4巻は、明日7月30日発売です。

全国店舗に並んでいるかと思いますので、応援よろしくお願いします!

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