03. 初めての眷族
前話までのあらすじ:
異世界でフルボッコされて人間不信になった件。
3
「……そうだ、人間なんて屑ばかりだ」
自分の声で目が覚めた。
おれは暗い場所にいた。そこは小さな洞窟のようだった。
眠りに落ちる前のことが思い出せない。おれは一体、何をしていたんだ?
重い頭を抱えつつ、身を起こした。
そうして初めて、おれはおれ以外の存在に気がついた。
「う、うわっ」
傍らにいたのは、おれたちがスライムと呼んでいるモンスターだった。
「……。ああっ!?」
それでおれは全てを思い出した。
ひっと悲鳴をあげて、おれは頭を庇って座り込んだ。
とはいえ、こんな反射に何の意味もないことは言うまでもない。
そのまま訪れるべき破滅を待つ――が、おれはふと首を傾げた。
「……?」
いつになってもスライムが襲いかかってくる気配がない。
そんなはず、ないのに。
何故か、スライムはその場に立ち尽くしていた。
おれのことに気が付いていないというわけではないだろう。
「どうして……」
と、言いながら頭から手をおろしたところで、もう一つ重要なことに気がついた。
「あれ? おれ、腕がついてる?」
おれの記憶が正しければ、気を失う前に、おれは片腕を目の前のスライムに消化されていたはずだった。
よくて大怪我、悪ければ腕一本を失っていてもおかしくない光景だったはずである。
しかし、おれの手はついている。意思に従って、五指は自由に動いた。
それどころか、小さな怪我さえなくなっている。
腕だけじゃない。
鈍痛を訴えかけてきていた体中の傷が、どれ一つ残っていなかった。
「どうして……」
疑問に答えるように、スライムがこちらに近づいてきた。
敵意がないことは、何故か、何となくわかった。
……本当に、どうしてだろうか。
おれは確信さえしていたのだ。
そもそも、目の前のスライムにそのつもりがあるのなら、おれが意識を失っているうちに全身を溶かしてしまっていたことだろう――という理屈は理屈で思いついたのだが、それは目の前のスライムに敵意がないと判断をした根本的な理由ではなかった。
もっと本能的な部分で、おれは『これは敵じゃない』と確信していた。
「ん?」
自分の中の不可解な確信に戸惑っているうちに、スライムが数本の触手をこちらに伸ばしてきた。
触手がおれの膝に触れた。思ったよりもすべすべとした感触があり、わずかな痛みが走った。さっき慌てて頭を抱えて丸くなった時にすりむけたのか、膝には小さな擦り傷があった。
おれの膝をなでる触手の先に、小さな白い光が生まれた。
「っ!?」
光は複雑な幾何学模様を描いた。
それが、魔法陣と呼ばれるものであることは、おれだってこの一ヶ月の異世界生活で知っている。チート能力者連中が使っていたのだ。
魔法の光は属性を表す。白は光。退魔と治癒を得意とする。
触手がひかれた時には、おれの怪我はすっかり治っていた。
こうなれば、おれにも事情は読めてくる。
「ひょっとして……お前がおれを助けたのか?」
尋ねるが、返答はない。当たり前だ。相手はモンスターなのだ。しかし、どう考えてもこいつはおれの味方だった。
味方だと、また根拠のない確信があったのだ。
此処までヒントを出してもらって、ようやく、おれの理性は事態を把握しつつあった。
「……ああ、そうか」
吐息のように、独り言が漏れた。
「これが、おれのチート能力か」
異世界転移した千名のうち、チート能力に目覚めたものが三百人。
持つ者と持たざる者。その違いは何かと考えていた。まったく、的外れな思考だったと、今ならわかる。
多分、七百人の学生たちは、ただ自分の力に気が付いていなかっただけなのだ。
おれのように。
『モンスターを眷族にする能力』なんて、安全な場所に引っ込んでいて気付けるはずがないのだから。
「……最高じゃないか」
あまりにも唐突に放り出されたこの世界で、傷つき死に掛けたおれは、生き抜くためには力が必要であると思い知らされていた。
独立した、おれだけの力が必要だった。
だって、人間は信用出来ないから。奴らは裏切る。おれはそれを知っている。机を並べていた級友でさえ、おれのあばらをへし折って嘲り笑っていたのだから。
一人で生き抜く。
これはそのための力だった。
人間の仲間は信じられないが……モンスターの眷族なら、不思議と嫌悪感もなく、おれは受け入れることが出来た。そうしても大丈夫なのだと、本能が教えてくれていた。
奇妙な話だ。だが、おれにとっては、それが自然だったのだ。
「これからよろしく頼む」
おれはスライムの体を撫でた。つるつるとした表面が心地よかった。
「ええと……お前に名前が必要だな」
ゼリーのような見た目を見て、おれは即興で名付けた。
「お前はリリィだ」
女性の名前を付けたのは、何となくだ。
普通に考えたら、こんな性別の存在しないような生き物に、女性を思わせる名前をつけるなんて有り得ない。だからひょっとすると、こいつは本当にメスで、おれのチート能力が彼女の性別を察したのかもしれない。
ともあれ。
「これからよろしくな。おれが生き残るために、どうか力を貸してくれ」
人間が信用出来ないというのに、モンスターにこんなことを言うおれは何処か人として致命的な部分が壊れてしまっているように思える。
だが、それで構わない。生き残れるのなら、何だって構わないのだ。
こうして、おれは力を手に入れた。
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