3. 猶予の時間
前話のあらすじ
主人公不在の間に襲撃を受けた仲間たち
どうにか難を逃れて、合流する
3
おれたちは帝都に到着すると、すぐに話し合いの場を設けた。
もちろん、いまや『災厄の王』と化した中嶋小次郎への対策を考えるためだ。
別行動をしていた眷属たちが合流したとはいえ、自分たちの戦力だけでは勝ち目はない。
聖堂教会、探索隊から戦力を集める必要がある。
とはいえ、ことが世界の根幹に関わる以上、無条件に情報を拡散するわけにもいかない。
聖堂騎士団からは、状況を把握しているゴードンさんが話し合いに参加することになった。
ちなみに、まだハリスンは治療中で意識が戻っていないらしい。
状況的に痛いが仕方なかった。
探索隊からは、飯野に加えて島津さんが駆け付けた。
また、この場にはいないが、御手洗さんにも協力してもらっている。
帝都に残っている他の探索隊メンバーを一室に集めて、見張ってもらうことにしたのだ。
攻撃を仕掛けてきた栗山萌子のような危険な行動に出る者がいるかもしれないし、そうでなくても、リーダーである中嶋小次郎のもとに走る者が出ては非常にまずい。
もっとも、島津さんの話によれば、中嶋小次郎に心酔していた者はみんな追跡部隊に組み込まれており、残された者は比較的冷静な立ち位置にはあるらしいので、これはあくまで念のための措置だった。
もっとも、心酔とまではいかずとも、彼らもリーダーに対して仲間意識や強い憧れの念を持っていたことには変わらない。
衝撃は大きかったようで、島津さんも例外ではなかった。
「リーダーが敵に……」
つぶやいた彼女の顔は、いまにも倒れそうなくらい蒼褪めていた。
「他にも探索隊の人間が何人かあっちについているのよね」
「はい。追跡部隊も取り込まれているかもしれません」
尋ねてくる彼女に、おれは最悪のケースを答えた。
アントンからは分体を介して、『絶対切断』日比谷浩二をはじめ数人の転移者が中嶋小次郎に協力者していることが伝えられていた。
また、追跡部隊が中嶋小次郎に心酔するメンバーばかりであったのなら、敵に回った者は多いはずだ。
異界攻略時での彼らの姿を思い出しても、全員が敵に回っていておかしくない。
「どうにかして戦いを回避することはできない?」
島津さんがそう問い掛けてきたのも、当然のことだった。
「たとえば……そう。『世界の礎石』を持っている真島が逃げてしまえば、どうにかならない? わたしの『妖精の輪』なら、たとえリーダーでも追い付けないと思うけど」
切羽詰まった態度で提案してくる。
ここでおれが頷けば、どこまでも同行してくれそうだった。
だが、その手は使えなかった。
「残念ですが、そう長い間は、おれと『世界の礎石』がもちません」
「……逃げてしまえば、時間切れになるだけということ?」
「そうなります」
頷きを返した。
いまはどうにか拮抗させている状況であり、長引けば地力が足りないこちらが先に力尽きる。
緩慢な自殺行為をするわけにはいかなかった。
「真島先輩」
そこで、加藤さんが口を開いた。
「逃げ続けるのは無理ですが、期間を限定すれば、島津さんの提案は悪いものではないと思います」
「というと?」
「先輩たちは消耗しています。回復しなければ攻勢をかけることも難しいでしょう。その間、もしも敵が攻撃を仕掛けてきたときに『妖精の輪』で逃がしてもらうのはどうでしょうか」
「なるほど」
要するに、時間稼ぎだ。
確かに、現状で敵と正面から戦えばひとたまりもない。
少なくとも丸一日。可能であれば二日は休みたいところだった。
「真島様。具体的に、その残された猶予の期間というのはいかほどでしょうか」
今度はゴードンさんが尋ねてきた。
「いえ、正確な時間を見積もるのは難しいかもしれませんが」
「そうですね。おれだと難しいですが……サルビア、どうだ?」
呼びかけると、霧を散らしてサルビアが出現した。
「限界ぎりぎりを教えてくれ」
おれの体の状態を、おれ自身よりよく知っている彼女は一瞬、気遣うような顔をしたあとで口を開いた。
「五日ね。それ以上は無理よ」
「五日ですか……」
ゴードンがうめいた。
想定していたよりもはるかに短かったのだろう。
「その時間制限からすると、むしろ敵が姿をくらました場合が懸念されますが」
現時点で中嶋小次郎の所在は不明だ。
逃げ出されてタイムアップを狙われてしまうと、こちらとしてはどうしようもない。
確かに、その通りだった。しかし……
「多分、それはないと思います」
「と言われますと」
「中嶋小次郎はおれとの直接対決を望んでいるはずですから」
おれの返答を聞くと、ゴードンさんは不可解そうな顔をした。
だが、こればかりは、実際にあの男の異常性に触れなければ理解は難しいだろう。
確かに、世界を滅ぼすだけならゴードンさんの懸念しているような行動を取るのが正しい。
だが、それはない。
中嶋小次郎はこの世界を滅ぼそうとしているが、別にこの世界を滅ぼしたいわけではないのだ。
――つまらない。つまらない。つまらない。
――なにもかもがつまらなくてたまらない。
だから、アレはただ全力を尽くしたいだけだ。
その際の立ち位置が善であろうと悪であろうと、そんなことは『どうでもいい』。
たとえば、もしも自分とは別に世界を滅ぼそうという人間がいるのであれば、その企みをとめるために喜々として働いただろう。
実際、神宮司智也に対しては、そうした。
劇的であればあるほどいいのだ。
そんな彼にしてみれば、一方的な蹂躙など、最も忌み嫌うものだろう。
実のところ、先程の加藤さんの提案については頷いたものの、おれ自身は中嶋小次郎が回復前のこちらに攻撃を仕掛けてくるとは考えていなかった。
「綱引きをしている相手ですから、恐らく、こちらの限界も知られています。攻撃を仕掛けてくるのは五日後でしょう。向こうとしても、突然、立ち位置を変えられる追跡部隊の掌握にも多少は時間がかかる。それに、工藤との戦いで生き残った中嶋小次郎の腹心は、酷い戦いで疲弊しているはずなので、疲れを癒そうともするはずです」
「なるほど、向こうも時間がほしいと。敵が体勢を整えてしまうのは問題ですが……それでも、すぐ襲い掛かられるよりマシではありますな」
お互いに全力でやりたい中嶋小次郎と、こちらの思惑は一致している。
警戒は必要にせよ、決戦は五日後でまず間違いないだろう。
「敵の戦力と状況、開戦時期についてはわかりました」
鉛を呑み込んだような声で、ゴードンさんが言った。
「それでは、中嶋小次郎個人の戦力はどうなのでしょう。真島様は直接、交戦されたのですよね」
「そうですね……『光の剣』と『闇の剣』がある以上、遠距離戦ではまず相手にならないと思います」
「やはりですか。可能性があるとすれば、近接戦ですか」
「そちらについては、実際にやりあったリリィたちのほうが詳しいと思います」
水を向けると、半スライムの姿のままテーブルを囲むリリィが口を開いた。
「異界で中嶋小次郎と戦ったのは、わたしとシランさん、ロビビア、ベルタ、あやめだね。わたしとシランさんは、その前に大技を喰らってたけど……」
「リリィ殿は実力を発揮できる状態ではありませんでしたね」
シランが応じる。
「アンデッドは無理が利きますから、正面から剣を交えたのはわたしになります。自ら暴走状態になることで、普段の全力と同じ力は出せていたと思います。そのうえで、中嶋小次郎は近接戦闘で互角でした」
ここに、おれも補足する。
「もともと、生前でも精霊のブーストの力を持つシランは、短時間であれば一般的な探索隊ウォーリアと互角にやり合えました。アンデッド・モンスターとして素の力が上がっているいまなら、ウォーリアを圧倒する近接戦闘能力を発揮することが可能です」
「そんなシラン殿と、中嶋小次郎は互角ということですか。遠距離はもちろんですが、近接戦闘でも穴がないと」
ゴードンさんがひどく苦い顔をした。
しかし、実際は『それどころではない』のだ。
シランが首を横に振った。
「正確に言えば、互角だったのは最初の瞬間だけです。わたしたちは秒殺されましたから」
「……それは、どういう?」
「打ち合っている最中に、動きを阻害されたのです。あっという間に、敵の動きについていけなくなりました」
「まさか妨害系の補助魔法を使われたということですか。あれは、激しい戦闘中に使えるものではないはずですが」
そのようなことができるのかと驚愕するゴードンさんだったが、シランの返答はより悪いものだった。
「いえ。それならまだしもよかったのですが。あれは恐らく『接続者』としての力です。世界そのものに対する『干渉』でこちらの動きを阻害したのでしょう。我々全員が一度に動きを妨げられました」
おれも幹彦との戦いでやったことだった。
ただし、おれの場合は干渉力が大したことないので、強力な個人に対しては、まったく効果がないが……。
中嶋小次郎は桁が違う。
世界最強クラスの戦闘能力を持つシランの動きをにぶくするほどの強度と、負傷していたとはいえリリィやベルタを含めた複数人を対象にする範囲性能を持っている。
「最悪なのは、補助魔法なら対抗魔法で解除できますが、『接続者』の『干渉』を使われている以上、解除ができないことです」
「……なんと」
さすがにゴードンさんも声を失った様子だった。
「同じ『接続者』である真島様には、なんとかできないものでしょうか」
「完全には無理です。レベルが違い過ぎます」
干渉力の桁が違う。
たとえるなら、ケイにガーベラと腕相撲をして勝てと言うくらい無理があった。
「ただ、直接やりあっている数人に絞れば、多少干渉を弱めるくらいはできるかもしれません」
「それでも、あるとないとでは大違いです」
直接剣を交えたシランが言った。
「どうにか近接戦闘に持ち込んで、孝弘殿の補助を受けたうえで数で押す。それ以外に方法はないでしょう」
「なんと厳しい……」
ゴードンさんは言いかけた言葉を呑み込んだ。
「いえ。この場合は、可能性が残されていることを喜ぶべきですな。真島様がいてくださらなければ、なすすべもないところでした」
「おれだけでも無理です。可能な限り、協力を集める必要があります」
そのための、この場だった。
視線を向けると、ゴードンさんと島津さんは頷いた。
「聖堂騎士団から可能な限りの人員を回しましょう」
「帝都に残った探索隊は、わたしが説得をしてみるわ」
「お願いします」
これで、少なくとも、この場にいる面々に関しては協力体制を組み上げることができたことになる。
ただ、全員表情は硬かった。
みんなわかっているのだ。
この戦いはあまりに厳しいものだと。
敵は探索隊の二つ名持ち『光の剣』中嶋小次郎、『絶対切断』日比谷浩二。
他に十名ほどの腹心がいる。
さらに、最大で四十名規模の追跡隊の参加者がここに加わる可能性が高い。
対してこちらは、おれと眷属たちの他は、竜淵の里のドラゴンたち。
探索隊からは『妖精の輪』島津結衣、『剛腕白雪』御手洗葵。
聖堂騎士団からは『輝く翼』ゴードン=カヴィルをはじめ聖堂騎士団。
帝都に残った転移者二十名弱が島津さんの説得で味方してくれたとしても、まだこちらが不利だ。
しかし、だとしても、諦めるわけにはいかないのだ。
一パーセントでも可能性があるのなら、手を伸ばす。
たとえ、その代償が大きなものであるとしても。
***
無理矢理、気を張って起きていたが、その日はもう限界だった。
気力ではどうしようもないところで、肉体が動かなくなった。
用意された部屋に着いたところで、意識がぷつりと途絶えた。
目を開けると、そこはおれの能力そのものである意識と記憶の世界だった。
正面に高校の校舎が見えた。
校庭の端あたりに立っている。
「……これも、成長といえば成長か」
ぽつりとつぶやいたのは、ここに来たのが意図したことだったからだ。
初めてではあったが、うまくいってよかった。
本当に。
そうでなければ……眠ることさえできないところだった。
というのも、おれは現状『世界の礎石』を介して、世界の維持機構の一部として機能している。
しかし、意識が落ちて繋がりが切れてしまえば、その機能は喪失する。
つまり、いまの自分は、厳密な意味では眠ることさえ許されていないのだ。
肉体的には休めるだけマシではあるが。
とはいえ、そのたびに『ここ』に来なければいけないというのは……少しだけきつい。
「……」
おれそのものでもある世界は、また少し様変わりしていた。
もともと、学校の敷地しか残っていなかったのだが、残されたそれらにも影響が出つつあった。
校庭には亀裂が走っている。
よく見れば、校舎も壁面がひび割れているのがわかった。
「来たのね、旦那様」
気付けば、サルビアが正面に立っていた。
ひどく悲しそうな顔をしていた。
彼女こそが、なにかを失っているかのように。
彼女は知っているのだった。
ハリスンに語った、限界までの五日間。
それは、ただ過ぎ去るだけではないのだと。
その間も、ゆっくりと真島孝弘は壊れていく。
五日後には、この世界は目も当てられないことになっているだろう。
だから中嶋小次郎を倒すのは、早ければ早いほうがいい。
そんなことはわかっていた。
それでもおれは、なるべく長い時間を戦いの準備をするために確保すべきだと判断した。
少しでも勝率を上げるために。
だから、それはいい。
いいのだ。
みんなを守る――その時間を稼ぐためなのだから。
覚悟はしていた。
ただ、そんなおれの姿を、誰よりも残酷なかたちで目の当たりにすることになるサルビアには、申し訳ないと思った。
もっとも、謝ったら彼女は怒るような気がした。
だから、少し考えてから口を開いた。
「そういえば、約束をしていたよな」
「……旦那様?」
「学校を案内するって」
以前に、この世界を一緒に歩いたときに、そのような約束をしていたのだ。
望まれない謝罪をするよりは、埋め合わせをするほうがいくらか建設的だろう。
それに……その約束を果たせるのは、いましかないかもしれない。
「付き合ってくれるか?」
尋ねると、サルビアは泣きそうに顔を歪めたあとで微笑んだ。
母性に満ちた微笑みだった。
「ええ。旦那様。楽しみにしていたの」
***
昼過ぎに、目が覚めた。
寝ている間に治療が施されており、怪我の痛みはなかった。
ただ、疲れまでは抜けきっていない。
汚れた体が気持ち悪かったので汗を流したあとで、食事を摂って、もう一度眠った。
結局、まともに動けるようになったのは、さらに次の日のことだった。
その一方で、傷の深かったリリィとシランは、動けはするものの、まだ万全ではなかった。
やはり万全を期すためには、決戦は五日後にしたほうがいい。
彼女たちにはゆっくり休んでもらうことにして、おれの護衛にはガーベラが付いた。
その日は、おれが目覚めたと聞いたゴードンさんがやってきて、この二日間にあったことを報告してくれた。
なんでも彼は聖堂騎士団のほうだけでなく、聖堂教会とも様々な調整をしていたらしい。
考えてもみれば、聖堂教会はトップをなくしたわけで、政治的な混乱は当然生じている。
そんな状況で、中嶋小次郎との最終決戦に挑むのだ。
いろいろと調整事項はあるはずで、それらは世界の危機とは別個に対応しなければいけない事柄だった。
そして、おれ自身、他人事ではない部分もあった。
「これは別件ですが、真島様に関わることもひとつご報告を」
「おれですか?」
「はい。マクローリン辺境伯が、帝都に到着しました」
……そういえば。
そもそも、おれは帝都に辺境伯との会談のためにやってきたのだった。
いろいろあって忘れていたが。
「ご報告はしておかねばならないと思いまして」
「それは、確かにそうですね。ありがとうございます」
「もちろん、いまは考えていられるような状況ではありませんが」
ゴードンさんの言葉に頷く。
考えられる日が来るように、戦いに勝たなければならなかった。
忙しいゴードンさんが慌ただしく立ち去ると、入れ替わりで島津さんがやってきた。
彼女は彼女で、ここ二日で帝都に残った探索隊メンバーにあった出来事に関して教えてくれた。
「探索隊のみんなに『天からの声』の接触があったよ。わたしも含めてね」
テーブルの向こうで指を組んだ彼女は、包み隠すことなく自分の身に起こったことを語った。
「引き入れようとしてきましたか」
「うん。警告をもらっていたから、落ち着いて対応できたけど」
念のために警告をしておいて、正解だったようだ。
中嶋小次郎の方針とは少しズレているようにも思えるので、『天からの声』の独断での行動だろう。
島津さんは少し陰りのある笑みを浮かべていた。
「もちろん、突っぱねたよ。……信じてもらえるとありがたいけど」
「異界に飛ばされたとき、ボロボロになりながら助けてくれた人を疑いはしませんよ。それに、島津さんは、世界を滅ぼそうなんて企みに加担できるような人じゃないでしょう」
「そこまでの度胸はないからね」
自嘲するように言うが、実際のところ、島津さんは他の多くの探索隊メンバーと違って、落ち着いた思考の持ち主だ。
まともな倫理観を失うようなことはないだろう。
もっとも、この状況でまともであることは、むしろ不幸かもしれないが。
「『天からの声』は、他になにか話をしていましたか」
「それはもう。わたしたちの心を折るつもりだったのか、ぺらぺらとね。追跡部隊はほとんどそのまま敵に回ったみたい」
どうやら最悪のケースらしい。
とはいえ、想定の範囲内ではある。
ここは単に状況が確定したと考えておくべきだろう。
「ただ、実際、心折られた子たちが出ていてね。探索隊の居残り組は、いまのところは参戦が難しいと思う。窪田と石田が敵に回ったのが痛かったわね」
「『多重存在』と『堅忍不抜』の二つ名持ちですね」
どちらも神宮寺智也追跡作戦の際に、戦いぶりを目の当たりにしている。
敵に回ったとすれば脅威だった。
「こっちだと、二つ名持ちで参戦してくれるのは葵だけね」
「御手洗さんですか。『剛腕白雪』の二つ名持ちというのは知っていますが……石田とは親しい幼馴染と聞いていましたが、戦えるんですか」
「わたしも意外だったんだけど、大丈夫みたい。ショックは受けていたんだけど、すぐに立ち直って張り切ってたわ。殴って目を覚まさせるって言ってた」
確かに意外だった。
精神的に幼い印象があったのだが。
そういえば、加藤さんとも和解していたようだ。
そのときに成長するような出来事でもあったのかもしれない。
ともあれ、こちらも二つ名持ちは『妖精の輪』と『剛腕白雪』のふたりということになる。
二つ名持ちの数では拮抗するが、そのほかメンバーが参戦できないぶんだけ、純粋にこちらが不利だ。
「ごめんなさい。わたしには、人を引っ張っていくような力がないから」
島津さんはただでさえやつれた顔を、罪悪感で暗くした。
「もちろん、説得は続けるし、わたし自身は戦うつもりだけど」
「無理をしないでください……と言える状況ではありませんが、あまり根を詰め過ぎないようにしてください。島津さんには感謝していますから」
実際、彼女が言葉を尽くしてくれていなければ、帝都に残っていた探索隊メンバーからも敵に回る者が出た可能性は十分にあった。
こちらの気持ちは伝わったのか、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
***
それからいくつかの打ち合わせをした。
一段落ついたあとのことだった。
「『天からの声』の正体だけど、わかったよ」
付け加えるように、最後に島津さんは話を切り出した。
「驚かないのね。予想できていた?」
「ええ、まあ。島津さんもじゃないですか」
「そうね。そうでなければいいとも思ってたけど……でも、彼女であれば説明がつくから」
溜め息をついて、彼女はその名を口にした。
「『天からの声』は、栗山さんだった」
それは、おれも予想していた名前だった。
中嶋小次郎は『光の剣』の対になる『闇の剣』の力を隠していた。
代わりに、栗山萌子がその力を自分のものとして扱っていた。
どうやら『光の剣』と『闇の剣』は、ストックしたものを他人に貸し借りもできるらしい。
転移者の能力に詳しいゴードンさんの意見では、そのまま他人が使えるわけではないはずだということなので、威力は落ちているのだろうが、それでも使いようだ。
実際、そのせいで栗山萌子の能力は誤認されていた。
あえて隠す必要のあるような能力が、別にあったということだった。
「真島も予想が当たっていたみたいね」
「はい。ですが、確証が得られるとは思っていませんでした。島津さんは、どうしてわかったんですか?」
「それはまあ、わかるでしょ。別段仲が良かったわけではないけど……同じ学年で、同じ女性で、ずっと探索隊でも一緒だったのは、わたしだけだったんだから」
思うところはあるのだろう、島津さんは物憂げに目を細めた。
「彼女はわたしと同じタイプだと思っていたのだけどね」
「島津さんと?」
「臆病者ってこと。世界の敵に回るなんて、だいそれたことができるとは思ってなかった」
視線はテーブルの上に落ちている。
その先には、探索隊の一員として活動していた思い出が見えているのかもしれなかった。
「島津さんが臆病ということはないと思いますが」
「……ううん。こんな状況だから、正直なところを言っとくね。わたしは、リーダーを斬れないかもしれない。自信がないの。いざというときに躊躇ってしまうかもしれないって……」
「それは臆病とは違いますよ」
そんなこと言っている場合ではないだろう――というのは簡単だが、頭でわかっているのと心は別だ。
彼女たち探索隊メンバーは、元の世界の感覚をそのままに、ここまで来てしまっている。
元の世界での話に置き換えて考えてみればいい。
憧れていて、慕っていて、頼りにしていた人が、実は世界を滅ぼしかねない極悪人だからこの拳銃で撃てと言われて、迷わず撃てる人間は少ないだろう。
おれの場合は、あのコロニー崩壊を経験している。
だが、彼女たちはそうではないのだ。
「迷惑をかけるかもしれない。ごめんなさい」
「いえ。正直に言ってもらったほうがありがたいですから」
謝られたが、おれとしては別に気にするようなことではなかった。
できないことがあるのなら、それを考慮したうえで作戦を練ることもできる。
できないことをできると言われるよりはいい。
「むしろ、おれとしては島津さんは戦いに参加してくれないかもしれないと思っていましたから」
彼女は『天からの声』の誘いを断ったと言ったし、世界を滅ぼす度胸はないとも言った。
だが、それとこれとは話が別だ。
傍観することもできたのに、彼女は協力することを選んでくれたのだ。
「確かに、そうね。逃げ出してしまっていてもおかしくなかったかもしれない」
自分のことを臆病者と言った彼女は、ほろ苦い笑みを浮かべて認めた。
しかし、こうも続けたのだ。
「でも、あの子の、あんな姿を見たらね」
「……あの子?」
話が掴めずに困惑する。
「……」
島津さんは眉を寄せていた。
何度かその口が、開きかけては閉じた。
なにか葛藤があったようだった。
だが、最後には、ひたむきな目がこちらを向いた。
彼女のなかで、躊躇いよりも想いの大きさが勝ったのだとわかった。
「ねえ、真島」
「なんですか」
「いまがとても大変な時期なのはわかってるつもり。だけど、ひとつだけ頼みたいことがあるの。真島にしか、できないことだと思うから」
島津さんは、どこか祈るような口調で言った。
「優奈に会ってほしいんだ」






