1. 帝都への帰還
新章スタートです。
最後までお楽しみください。
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屍の竜が森に降りる。
ここまで来ればもう大丈夫だろうと告げるかのように、屍竜は低く鳴いた。
それが、最期だった。
腕が千切れ、翼がもげて、頭部が落ちる。
もともと、崩壊していないほうがおかしい状態だったのだ。
想いだけが肉体を維持していたのだろう。
「ありがとう、マルヴィナ」
「母様……」
泣き顔のロビビアを抱き締めてやりながら、すべてをやり遂げた竜に敬意とともに感謝を告げる。
無論、彼女だけではない。
おれたちが生き延びることができたのは、たくさんのもののお陰だった。
「……工藤」
口にした名前は苦い。
おれたちを逃がしたあとの戦いの顛末は、アントンの分体から聞いていた。
魔軍は全滅。
工藤は死亡。
……行ってしまったベルタも、運命を同じくしたのだという。
結局、おれはあいつをとめられなかった。
もっとしてやれることがあったのではないだろうか。
工藤にも、ベルタにも。
そう思わずにはいられない。
ただ、おれたちのもとに分体を寄越していたアントンからは、ひとつ伝えられていたことがあった。
――これで、良かったのだ。
――我らが王は、確かに最後に救われたのだから。
そう言って、分体を維持することのできなくなったアントンは消えていったのだった。
「ご主人様。大丈夫?」
「……ああ」
リリィが声を掛けてきたので、おれは頷きを返した。
詳しいことはわからないが、きっと、ベルタは望みを果たしたのだろう。
工藤の最後は絶望だけではなかったはずだ。
だとすれば、おれのすべきは、彼らの死を悲しむことではなかった。
「中嶋小次郎をとめるぞ」
リリィたちの助けもあって、おれはこの世界の要である『世界の礎石』を確保することに成功した。
工藤のお陰で戦域を離脱することもでき、即座に世界が滅びる展開は回避できている。
とはいえ、これはあくまでも時間稼ぎだ。
もたもたしてはいられない。
猶予はあまりないからだ。
「……」
この瞬間も、おれは『世界の礎石』と繋がっている。
意識の一部が引っ張られているような、不愉快な違和感があった。
中嶋小次郎に世界の制御権を渡さないように、邪魔をしているためだ。
ただし、根本的にレベルが違うため、この状況を維持するのには無理をしている。
実際、ずっと全身の悪寒が消えてくれない。
自分がとけていくような、酷く嫌な感覚があった。
無意識の海に触れたときにも似ているが、あのときほど劇的ではない代わりに、じわじわと輪郭を侵される感覚があって気持ちが悪い。
このままでいけば、いずれおれは『とけてなくなって』しまうだろう。
その前に、中嶋小次郎を倒さなければいけなかった。
「そのためには、まずは帝都に戻ることだが……」
言いかけたところで、数体のドラゴンが地上に降りてきた。
彼らは人間に姿を変えると、こちらに走ってくる。
「孝弘様。いったい、なにが起きたのですか」
竜淵の里のドラゴンたちだった。
追跡作戦に参加した彼らは、異界には突入せずに離れていた。
しかし、母親であるマルヴィナのアンデッドがおれたちを連れて離脱したのに気付いて、追い掛けてきたのだった。
おれは、わけがわからず混乱した様子の彼らに、簡単に事情を説明した。
すぐに呑み込める内容でもなかっただろうが、さいわい、緊急事態であることは伝わった。
帝都に連れて行ってもらうように話を付けて、彼らにはドラゴンの姿に戻ってもらう。
重い体に鞭を打って、その背中に乗り込んだ。
まだ目を覚まさないシランはロビビアに任せて、あやめはリリィが抱いた。
マルヴィナをこのままにしておくのは心が痛むが、家族をあれだけ思っていた彼女なら、いまは行けと言うだろう。
すべてが終わったあとで必ず葬ろうと誓い、すぐに出発した。
「ご主人様。少し休んだら」
帝都までは、それなりに時間がかかる。
リリィが声をかけてきたが、首を横に振った。
「その前に、帝都にいるみんなに連絡をしないと」
「それは……うん、そうだね」
リリィが頷いて、尋ねてくる。
「遠距離通信の魔法道具は無事?」
「ちょっと待ってくれ。――ああ、大丈夫だ、壊れてない」
戦闘中の余波で壊れていてもおかしくなかったので、これには胸を撫で下ろした。
「よかったね。これで連絡が取れる」
「ああ。さっきは、加藤さんの呼び掛けに答えられなかったからな。きっと心配して……」
言いかけたところで、言葉を切った。
取り出した遠距離通信の魔法道具を、まじまじと見詰める。
ふと引っ掛かったのだった。
「ご主人様?」
「……」
異界の最深部、中嶋小次郎が正体を現した直後のことだった。
帝都で動いていたらしい加藤さんは、この遠距離通信の魔法道具の片割れを使用して、『接続者』の存在について伝えてくれた。
あの非常事態では、それに応えることができず、いまに至るわけだが――これは少し奇妙だった。
あれから中嶋小次郎の手を逃れて、マルヴィナのお陰でここまで逃げてくる間、少しだが時間があった。
再度の連絡がなかったのは不自然だ。
「まさか、あちらもなにか……」
≪先輩、聞こえますか≫
遠距離通信の魔法道具が声を届けてきたのは、まさにそのタイミングだった。
「加藤さんか」
≪ああ。良かった、繋がりました≫
心の底から安心したような声だった。
悪いことを予想していただけに、おれも安心した。
≪ご無事ですか≫
「ああ。心配をかけた。いま連絡を取ろうと思っていたんだ。話さなければいけないことがある」
≪……ええ。こちらも≫
伝わる声は硬い。
≪話さないといけないことがあります≫
それだけで、なにかあったと言っているようなものだった。
どうやら予想は半分当たっていたらしい。
「なにがあった?」
おれは尋ねる。
帝都へ着くまでの間、まだまだ休むわけにはいかなさそうだった。
◆新章のプロローグになります。
帝都側でもなにかあったようですが、詳しくは次回をお待ちください。
◆来週5月30日(木)は、「モンスターのご主人様」14巻発売日です。
孝弘と幹彦の表紙が目印ですね。
活動報告にカバー絵をあげてありますので、よろしければご覧ください。
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